王や支配者たちについて

2016/02/10 6

サタンの世 パウロの宣教 使徒たちの活動

t f B! P L

イスラエルのペルシャ帝国、ギリシャ帝国の属国時代

パウロの王たちへの証しへ移る前に、西暦1世紀のエルサレムの政治的な環境について復習します。

そうすれば、世の支配者たちとクリスチャンの関係をより良く把握できるでしょう。

神は西暦前539年にペルシャの王クロスを用いてユダヤ人をバビロンから解放しパレスチナに国家を再建させました。

イスラエルはペルシャ帝国の属国となり、ペルシャ帝国が任命する総督の支配の下に置かれます。

ペルシャ帝国は、総督としてユダヤ人のゼルバベルやネヘミアを任命しました。それで、イスラエルは、次の世界帝国ギリシャが出現するまで神の民としての国家宗教機能を維持できました。

ダニエルの予言にあるとおり、ギリシャのアレキサンダー大王は、ペルシャ帝国を倒しすばやい勢いで帝国を拡大しました。西暦前332年にエゼキエルの予言(26:4, 12)のとおりにツロ(Tyre)を攻略しエルサレム侵攻した際、彼はダニエル8章の予言を見せられたためにエルサレムは破壊を免れたとユダヤ人の歴史家のヨセハスは記録しています。

その後、西暦前323年に32歳の若さでアレキサンダー大王は急死し、翼を持つ豹のようなギリシャ帝国はアレキサンダーの4人の将軍に分割されました。

セレウコス・ニケイター (Seleucus Nicator) メソポタミア、シリア
カッサンダー (Cassander) マケドニア、ギリシャ
トレミー・ラガス (Ptolemy Lagus) エジプト、パレスチナ
リシマカス (Lysimachus) トラキア、小アジア

パレスチナは当初トレミー(プトレマイオス)の支配を受け、その後、西暦前198年にシリアのアンティオコス大王 (Antiochus the Great) がエルサレムを攻略しセレウコス王朝の属国となります。

ユダヤ人祭司マカベア家の反乱

西暦前332年のアレキサンダーの征服以来、ギリシャ支配の影響はユダヤ教にとって脅威となります。パレスチナにはギリシャの植民地が形成され、ギリシャ語を話す移民が増え、エルサレムには異教の崇拝の競技場が建設され、娯楽、宗教教理のギリシャ化が進みました。

ギリシャ宗教の霊魂不滅の教え、死後の世界などの教えがしだいにユダヤ教に根付き始めました。

西暦前168年にシリアのアンティオコス4世(エピファネス)は、ユダヤ人たちをギリシャ化するためにエルサレムの神殿をゼウスに献納し、汚れた犠牲で祭壇を汚しました。

これにより、ユダヤ人の祭司のマカベア家 (Maccabean or Hasmonaean) の反乱が起き、西暦前165年のチスリブの25日 (Chislev 25) にユダヤ人たちは、エルサレムとその神殿の支配を取り戻しました。

そして、ユダ・マカベアス (Judas Maccabaeus) によりその日は「献納の祭り」 (the festival of Dedication or Hanukkah) とされ、その祭りはイエスの時代から今日までつづいています。(ヨハネ10:22)

ユダ・マカベアスの宗教粛清により、ギリシャ移民や異教徒に対する強制改宗が行われます。

西暦前125年ごろ、マカベア家のジョン・ヒルカナス1世 (John Hyrcanus I) は、イドマヤを征服し、そこに住むヤコブの双子の兄弟のエサウの子孫のエドム人たちに割礼を受けてユダヤ教に改宗することを強制し、イドマヤ地方に住む人々は名目上のユダヤ人となります。

マカベア家の王アレクサンダー・ジャネイウス (Alexander Jannaeus) は、エドム人のアンティパトロス1世(アンテパス1世)(Antipater I, or Antipas I) をイドマヤの総督に任命します。

このエドム人のアンティパトロス1世は、聖書に登場するヘロデ王の先祖です。

ローマ帝国の時代

時代はギリシャ世界帝国からローマ世界帝国へ移ってゆきます。

西暦前160年ごろユダヤ人はギリシャ支配から独立するためにローマに援助を求めます。

西暦前142年ごろサイモン・マカベウス (Simon Maccabaeus) はエルサレムを首都としてギリシャの税金の取り立てから独立します。

西暦前104年にマカベア家のアリストビューラス1世 (Aristobulus I) は大祭司兼王となります。

エドム人の王統

アンティパトロス1世 (Antipater I) ユダヤ人の大祭司兼王であるマカベア家からイドマヤの総督の権威を与えられる。

アンティパトロス2世 (Antipater II) ローマ皇帝ジュリアス・シーザー (Julius Caesar) からローマの市民権と総督の権威を得る。

ヘロデ大王 (Herod the Great) キリストの誕生の際のパレスチナの支配者、ローマの元老院により西暦前39年にユダヤ地方の王に任命される。



アンティパトロス2世は、長男のファサエル (Phasael)をエルサレムの総督にし、ヘロデ (Herod) をガリラヤの総督とします。

マカベア家はレビ族の祭司の家系とされていますが、大祭司兼王として支配していました。 
注) マカベア(意味はハンマー)はあだ名で、正式にはハスモン家 (Hasmoneans) の者たちです。ハスモン家は、アロン系の祭司の家系ではありません。ハスモン家はレビ族ではなく、シメオン族のようです。大祭司ザドクの家系の正当な大祭司の職権を強奪してイスラエルの権力者となった者たちです。ユダヤ人の歴史家のフラビィウス・ヨセフス (Flavius Josephus) もハスモン家の者なので、マカベア家に好意的な記録を残しています。ギリシャのセレウコス王朝の末期の西暦前166年にハスモン家による反乱が起き、イスラエルは、ギリシャ支配から独立し、西暦前37年にローマにより属国とされるまで、ハスモン王朝による国家運営が続きました。大祭司の職権や地域の支配権を手にしたマカベア家の大祭司や支配者たちはエジプトやギリシャ、ローマなどと世俗的な権力闘争を展開しています。カトリック教会は、1マカベア書、2マカベア書を聖書聖典としていますが、マカベア家の反乱や、ハスモン王朝内の権力闘争、ハヌッカ(献納の祭り)を神からの導きとみなすことは不可能です。ユダヤ教の多くはマカベア書を聖典に含めていません。むしろ、ハスモン家は正当な祭司の職権を強奪した者たちとして、死海写本を残したクムラン共同体 (Qumran community) から厳しく非難されています。

マカベア家の王アレクサンダー・ジャネイウス (Alexander Jannaeus) の息子たちの間には支配権を巡る闘争がありました。

アレクサンダー・ジャネイウスの息子たち
ジョン・ヒルカナス (John Hyrcanus II)
アリストビューラス (Aristobulus)

エルサレムの支配権を巡る闘争は、マカベア支配を擁護するサドカイ派とそれに反対するパリサイ派の抗争にまで拡大して行きます。

当時のローマ帝国はエルサレムの混乱を沈静するためにグナエウス・ポンピー (Gnaeus Pompey) 将軍をエルサレムに派遣します。ポンピー将軍は、3ヶ月の包囲攻撃のあとエルサレムを西暦前63年に攻略しローマの属国としました。

ローマ帝国は、イドマヤ人のアンティパトロス2世をユダヤ地方のローマ総督に任命し、ユダヤ人のマカベア家は大祭司およびエルサレムの地方執政官とされました。

その後、西暦前39年にアンティパトロス2世の息子ヘロデ (Herod) がユダヤの王にローマの元老院により任命され、その3年後マカベア家の支配者アリストビューラスの息子アンティゴナス (Antigonus) を退陣させ西暦前36年ごろからエルサレムの実行支配を行うようになりました。

その後、ローマの元老院のマーク・アントニー (Mark Antony) を説得してマカベア家の最後の支配者アンティゴナスとその一族45人を殺害します。

ヘロデ大王

ヘロデは権力維持(保身)のために、破廉恥、狡猾、疑い深く、不道徳、冷淡、残忍でした。

これは人間の権力者の特徴です。なにもヘロデに限ったことではありません。歴史を調べれば支配者たちが弱肉強食、適者生存の原理に従って極めて動物的に振舞ってきたことが分かるでしょう。またそれは今でも同じであり、将来も変わらないでしょう。

王国の子たちは、そのような支配者たちにも神の救いの良いたよりを伝えることになるでしょう。

ヘロデ大王の妻の一人、マリアンメ1世 (Mariamne I) は、マカベア家の大祭司ヒルカナスIIの孫娘です。
ヘロデ大王は、疑心暗鬼から、妻、妻の親族、自分の友人、3人の息子、その他を殺害しています。

ヘロデ大王の家族(一部)
妻たち ひ孫
マリアンメ1世 アリストビューラス ヘロデ・アグリッパ1世、ヘロデア ヘロデ・アグリッパ2世
マリアンメ2世 ヘロデ・フィリポ
マルサス ヘロデ・アンテパス

ヘロデアはアリストビューラスの娘でヘロデ大王の孫娘、ヘロデ・アグリッパ1世の姉妹で、最初は、腹違いの叔父のヘロデ・フィリポの妻となり、その後、腹違いの叔父のヘロデ・アンテパスの妻となります。バプテスマのヨナネにその関係を戒められヨハネを殺害します。

ヘロデ・アンテパス バプテスマのヨハネの殺害を許可します。イエスは彼を「きつね」と呼びました。
ヘロデ・アグリッパ1世 ヨハネの兄弟のヤコブを殺害し、ペテロを牢獄で監禁しました。
ヘロデ・アグリッパ2世 ローマの執政官フェストと共にパウロの証言を聞いた王

  ヘロデ大王の人生
BC71誕生
BC39ユダヤ地方の王に任命される
BC36エルサレムを攻略
CE2キリストを除くためベツレヘムとその全域の2歳以下の子どもたちを殺害
CE170歳で死ぬ

上記の歴史の事実からイエスの誕生にまつわる出来事を復習すると、

東方からの占星術者たちがベツレヘムを訪れたのはイエスの誕生から1年も経っていないことが分かります。イエスは西暦前2年の秋(10/1ごろ)に誕生しています。

ヘロデ大王の死は 1-2月の2日(Shebat 2)で、ユダヤ人の歴史家ヨセハスによると、その死は過ぎ越しの前の月食のあと言われています。

その条件を満たす皆既月食は西暦1世紀の過ぎ越しの日の3ヶ月前の1-2月ごろに生じています。

それで、西暦前2年の10/1日ごろイエスはベツレヘムの宿の馬小屋で誕生し、飼い葉おけに寝ているところを訪問した羊飼いたちが確認し、その後数日して宿泊できる家に移ったとみなすことができます。

その家にいたときに、東方からの占星術者たちが訪問し、ヨセフの家族はイエスと共にエジプトに逃れ、その後ヘロデがベツレヘムとその周辺の2歳以下の幼児を殺害しました。

ヘロデの死は、西暦前1世紀の1-2月なので、イエスの誕生から3-4ヶ月後ということになります。

ですから、ヨセフの家族はエジプトに1年も滞在してはいないでしょう。

ヘロデの死を受けて、彼らはパレスチナに戻り、ナザレに住むことになります。

マタイ 2:1-23 (東方の占星術者たちのベツレベム訪問は、誕生間もないイエスが馬小屋から別の家に移ったときに起きました。多分8日目の割礼の傷も癒えてあとだと思います。そのときヘロデ王は70歳くらいで数ヵ月後に命を終えます。)
1 イエスが王ヘロデの時代にユダヤのベツレヘムで生まれたのち,見よ,東方からの占星術者たちがエルサレムに来て,2 こう言った。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおられますか。わたしたちは東方に[いた時,]その方の星を見たのです。わたしたちはその方に敬意をささげるために参りました」。3 これを聞いてヘロデ王は動揺し,全エルサレムも共に[動揺した]。4 [王]は民の祭司長や書士たちすべてを集めると,キリストがどこで生まれることになっているのかを尋ねはじめた。5 彼らは言った,「ユダヤのベツレヘムです。預言者を通してこう書かれているからです。6 『そして,ユダの地のベツレヘムよ,あなたは決して,ユダの統治者たちの間で最も取るに足りない[都市]ではない。統治する者があなたから出て,わたしの民イスラエルを牧するからである』」。
7 そこでヘロデは占星術者たちをひそかに呼び寄せ,その星の現われた時を彼らから注意深く確かめた。8 そして,彼らをベツレヘムに遣わす際にこう言った。「行ってその幼子を注意深く捜し,見つけたら,わたしのところに報告しなさい。わたしも行ってそれに敬意をささげるためである」。9 王の[ことば]を聞いてから,彼らは出かけて行った。すると,見よ,東方に[いた時に]見た星が彼らの先を行き,ついに幼子のいる所の上方まで来て止まった。10 その星を見て,彼らはこの上なく歓んだ。11 そして,の中に入った彼らは,その母マリアと共にいる幼子 (a young child/paidion G) を見,ひれ伏して敬意をささげた。彼らはまた,自分たちの宝物を開き,[幼子]に贈り物を,金・乳香・没薬を差し出した。12 しかし,ヘロデのもとに帰らぬようにと,夢の中で神からの警告を与えられたので,別の道を通って自分たちの国に退いた。
13 彼らが退いたのち,見よ,エホバのみ使いが夢の中でヨセフに現われて,こう言った。「起きて,幼子とその母を連れてエジプトに逃げ,わたしが知らせるまでそこにとどまっていなさい。ヘロデがまさに,この幼子を捜して滅ぼそうとしているからである」。14 そこで彼は起き,夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトに退き,15 ヘロデの死亡までそこにとどまった。これは,エホバがご自分の預言者を通して,「エジプトからわたしは自分の子を呼び出した」と語られたことが成就するためであった。
16 その後,ヘロデは占星術者たちに裏をかかれたことを知って大いに怒り,人を遣わし,占星術者たちから注意深く確かめておいた時にしたがって,ベツレヘムとその全地域の二歳以下の男の子すべてを除き去らせた。17 この時,預言者エレミヤを通して語られたことが成就した。こう言われていた。18 「ラマで声が聞こえた。泣き悲しみと激しいどうこくが。ラケルがその子供たちのために泣き悲しむのであり,彼女は慰めてもらおうとはしなかった。彼らがもういないからである」。
19 ヘロデが死亡してから,見よ,エホバのみ使いがエジプトにいたヨセフに夢の中で現われて,20 こう言った。「起きて,幼子とその母とを連れ,イスラエルの地に行きなさい。幼子の魂を求めていた者たちは死んだからである」。21 それで彼は起きて,幼子とその母とを連れてイスラエルの地に入った。22 しかし,アケラオがその父ヘロデに代わってユダヤの王として支配していることを聞き,そこに向かうことを恐れた。さらに,夢の中で神からの警告を与えられたので,ガリラヤ地方に退き,23 ナザレという都市に来て住んだ。預言者たちを通して,「彼はナザレ人と呼ばれるであろう」と語られたことが成就するためであった。

ルカ 2:1-21 (ベツレヘムの羊飼いの訪問は西暦前2世紀の10/1ごろ起きました。誕生したばかりのイエスは宿の馬小屋の飼い葉おけの中にいました。)
1 さてそのころ,人の住む全地に登録を命ずる布告がカエサル・アウグスツスから出た。2 (この最初の登録はクレニオがシリアの総督であった時に行なわれたものである。)3 それで,すべての人が登録をするため,それぞれ自分の都市に旅立った。4 もとよりヨセフも,ダビデの家また家族の一員であったので,ナザレの都市を出て,ガリラヤからユダヤに入り,ベツレヘムと呼ばれるダビデの都市に上った。5 約束どおり彼に嫁ぎ,今は身重になっていたマリアと共に登録をするためであった。6 彼らがそこにいる間に,彼女の出産の日が来た。7 そして彼女は男の子,初子を産み,これを布の帯でくるんで,飼い葉おけの中に横たえた。泊まり部屋に彼らの場所はなかったからである。
8 またその同じ地方では,羊飼いたちが戸外に住んで,夜間に自分の群れの番をしていた。9 すると突然,エホバのみ使いが彼らのそばに立ち,エホバの栄光が彼らの周りにきらめいた。そのため彼らは非常な恐れを感じた。10 しかしみ使いは彼らに言った,「恐れることはありません。見よ,わたしはあなた方に,民のすべてに大きな喜びとなる良いたよりを告げ知らせているのです。11 今日,ダビデの都市で,あなた方に救い主,主なるキリストが生まれたからです。12 そして,これがあなた方のためのしるしです。あなた方は,幼児 (babe/brephos G) が布の帯にくるまり,飼い葉おけの中に横たわっているのを見つけるでしょう」。13 すると突然,大勢の天軍がそのみ使いと共になり,神を賛美してこう言った。14 「上なる高き所では栄光が神に,地上では平和が善意の人々の間にあるように」。
15 それで,み使いたちが彼らを離れて天に行ってから,羊飼いたちは互いにこう言いはじめた。「ぜひベツレヘムまで行って,エホバがわたしたちに知らせてくださったこの出来事を見てこようではないか」。16 そこで彼らは急いで行き,マリア,それにヨセフ,そして飼い葉おけの中に横たわっている幼児を見つけた。17 彼らはそれを見ると,この幼子 (child/paidion G) について自分たちに語られていた事柄を知らせた。18 すると,聞く者は皆,羊飼いたちの話す事柄に驚嘆した。19 しかしマリアは,心の中であれこれと結論を下しつつ,こうして語られる事柄すべてを[記憶に]とどめていった。20 それから羊飼いたちは,自分たちが聞いたり見たりした事すべてについて神の栄光をたたえ,また賛美しながら戻って行った。自分たちに告げられていたとおりであったのである。
21 さて,八日が満ちて彼に割礼を施す時になると,その名もイエスと名づけられた。胎内に宿される前,み使いによって付けられた名である。

ヘロデ大王の死後、息子のアケラオ (Archelaus) がユダヤの王 (king) となり、他の息子のヘロデ・アンテパス (Antipater or Antipas) はガリラヤとペレアのローマの執政官 (tetrarch) となります。その他のヘロデの息子たちも同じでローマの執政官となっています。

ヘロデ・アンテパス

ヘロデ・アンテパスは、自分の異母兄弟ヘロデ・フィリポの妻ヘロデアを奪っていました。またヘロデアはヘロデ大王の孫娘で、アンテパスの姪です。

その不道徳な関係をバプテスマのヨハネから戒められていためヘロデアはフィリポとの間の娘サロメを用いてヨハネを殺害しました。

ヘロデアはヘロデ大王とマカベア家の大祭司の娘マリアンメ1世 (Mariamne I) との間の子アリストビューラス (Aristobulus) の娘です。

ユダヤ教に改宗したエサウの子孫のイドマヤ人の支配者とユダヤ人の大祭司の家系の婚姻関係、また権力保持のための策略、殺人、近親結婚を含む不道徳などは、西暦1世紀までにユダヤ教がギリシャやローマなどの異邦人支配により回復不能なまでに破綻していたことを物語っています。

この事実はキリストの宣教の意義を際立たせます。

イエスはヘロデ・アンテパスを「きつね」と言いました。

ルカ 13:31-35
31 ちょうどその時刻に何人かのパリサイ人がやって来て,彼にこう言った。「出て行ってここから去りなさい。ヘロデがあなたを殺そうとしているからです」。32 すると[イエス]は彼らに言われた,「行って,あのきつねに言いなさい,『見よ,わたしは今日と明日は悪霊たちを追い出し,いやしを成し遂げています。そして三日目には終わるでしょう』と。33 しかしやはり,わたしは,今日,明日,またその明くる日と,自分の道を進んで行かねばなりません。預言者がエルサレムの外で滅ぼされることは許されないからです。34 エルサレム,エルサレム,預言者たちを殺し,自分に遣わされた人々を石打ちにする者よ―めんどりが一かえりのひなをその翼の下に集めるように,わたしは幾たびあなたの子供たちを集めたいと思ったことでしょう。それなのに,あなた方は[それを]望みませんでした。35 見よ,あなた方の家はあなた方のもとに見捨てられています。あなた方に言いますが,『エホバのみ名によって来るのは祝福された者』と言うときまで,あなた方は決してわたしを見ないでしょう」。

西暦1世紀にユダヤ教は神の器ではなくなりました。

ですから政治的なシオニズム運動を宗教的に支持することはできませんが、19世紀から20世紀にかけて「ものみの塔協会」の初代会長チャールズ・テズ・ラッセルはシオニストとして活動しました。

➡ その活動資金はシオニズム運動の発起人のロスチャイルドから提供されてきました。現在でもそのことは変わりません。
➡ ものみの塔と金融ユダヤ人
➡ J.P. モーガンとものみの塔協会

世界の金融をコントロールしているシオニストたちは、パレスチナに世界政府の首都を建設する目論見の実現のために経済危機、地域紛争、世界大戦を演出しています。

➡ シオニズムについて
➡ カルトCIAはNWOの実行部隊です。

ロスチャイルド、ロックフェラー、その他の政治、経済、宗教のトップたちはヘロデ大王と同じ名目上のユダヤ人です。

これらの名目上のユダヤ人たちはローマ帝国から続いているヨーロッパの貴族や支配者たちと姻戚関係にあります。その生き方は西暦1世紀当時の支配者たちの生き方と同じです。

ですから、世の支配者たちの本質はニムロデのときから同じでニムロデがそうであったように神の義の裁きを招くでしょう。

名目上のユダヤ人、イドマヤ人(エドムの子孫)たちの権力者たちの子どもたちは、ローマ帝国の首都でローマ帝国の支配者たちの子どもたちと一緒に育ち同じ教育を受け、ローマ化されパレスチナの支配者としてローマの元老院により任命を受けて統治に就きました。

その手法は今日でも同じです。
例えば、日本はアメリカの属国ですが、日本の支配者層の子どもたちはアメリカで教育を受けアメリカの覇権維持の政策のために日本に戻り政(まつりごと)を行います。

ヘロデ・アグリッパ1世

ヘロデ大王の孫のヘロデ・アグリッパ1世はチベリウス・シーザー (Tiberius Caesar) の息子ドルスス (Drusus) と、そのいとこのクラウディウス (Claudius) と共に育ち教育を受けました。

ローマ皇帝の好意を受けローマ元老院によりパレスチナの王となったヘロデ・アグリッパ1世は、ガリラヤとペレアの執政官である叔父のヘロデ・アンテパスを追放しガリラヤとペレアを取得します。

クラウディウス・シーザー (Claudius Caesar) は、パレスチナの全領域の王権をヘロデ・アグリッパ1世 (Herod Agrippa I) に与えます。

名目上のユダヤ人であるイドマヤ人のヘロデ・アグリッパ1世は、ユダヤ人の意向にそってクリスチャンを迫害しました。また西暦44年に、その傲慢さの故にみ使いに打たれて54才で死にます。

ヘロデ・アグリッパ1世の家族
息子 ヘロデ・アグリッパ2世


ベロニケ (Bernice) ヘロデ・アグリッパ2世の妻(近親結婚)、彼女は夫であるシリシア(Cilicia)の王を後にしてアグリッパ2世と結婚
ドルシラ (Drusilla) ローマの執政官フェリクスの妻(ヘロデ・アグリッパ2世とフェリクスは親族となる)
マリアンメ3世 (Mariamne III)
 
使徒 12:1-3, 20-22
1 ちょうどそのころ,王ヘロデ(ヘロデ・アグリッパ1世)は会衆のある者たちを虐待することに手をつけた。2 彼はヨハネの兄弟ヤコブを剣にかけて除き去ったのである。3 それがユダヤ人の気に入るのを見て,彼はさらにペテロをも捕縛した。(ところで,それは無酵母パンの時期であった。)

20 さて,[ヘロデ]はティルスやシドンの民に対して戦闘的な気構えでいた。そのため彼らはこぞって[ヘロデ]のところにやって来て,王の寝室の世話係であるブラストを説き付けてから,和を請いはじめた。彼らの地方は王の[国土]から食物を得ていたからである。21 ところが,ある決められた日に,ヘロデは王衣をまとって裁きの座に座り,彼らに向かって演説を始めた。22 集まっていた民のほうは,「神の声だ,人の[声]ではない!」と大声で叫びはじめた。23 するとたちどころにエホバのみ使いが彼を撃った。彼が神に栄光を帰さなかったからである。そして,彼は虫に食われて息絶えた。

ヘロデ・アグリッパ1世のあと、その息子のヘロデ・アグリッパ2世がパレスチナの王にローマ帝国から任命されます。

ヘロデ・アグリッパ2世

ヘロデ・アグリッパ2世はローマの皇室の中で成長しました。彼の父親が死んだとき彼は17才でした。

クラウディウス・シーザー (Claudius Caesar) の助言者たちは、パレスチナの王権にはまだ若すぎると判断したためローマ皇帝クラウディウスはパレスチナのローマ帝国執政権を与えます。

その後、カルシス (Chalcis) 地方の王であった叔父が亡くなったため、そこの王権がアグリッパ2世に与えられます。

その後、ローマ皇帝クラウディウスは、かってフィリポ (Philip)と、ルサニア (Lysanias) に属していた領地の支配権をアグリッパ2世に与えます。

加えて、エルサレムの神殿の監督とユダヤ教の大祭司の任命権も与えられます。

また、ローマ皇帝クラウディウスの後継者の皇帝ネロ (Nero) によりアグリッパ2世の領土はさらに拡大されます。

パウロがヘロデ・アグリッパ2世に証言したのは西暦58年ごろです。その際パウロはシーザーに上訴しました。そのシーザーはネロです。

ローマ皇帝
BC31-AD14アウグスト(Augustus, Octavian)
AD14-37チベリウス(Tiberius)
AD37-41ガイウス(Gaius, Caligula)
AD41-54クラウディウス(Claudius)
AD54-68ネロ(Nero)西暦64年のローマ大火災後クリスチャンの公式迫害開始

まとめ

BC332 ギリシャのアレクサンダー大王エルサレム侵攻
BC168 セレウコス朝の王アンティオコス4世(エピファネス)エルサレムの神殿にゼウスの像を持ち込む
BC165 大祭司のマカベア家の反乱、ギリシャの影響を一掃
BC125 マカベア家のジョン・ヒルカナス1世、イドマヤを征服しエドム人を強制改宗、マカベア家のアレクサンダー・ジャネイウス、名目上のユダヤ人アンティパトロス1世をイドマヤの総督に任命
BC104 マカベア家のアリストビューラス1世大祭司兼王となる
BC39 イドマヤ人のヘロデ大王ローマ帝国よりユダヤ地方の王に任命される
BC36 ヘロデ大王、エルサレムを攻略
BC2-1 ヘロデ大王 誕生したばかりのイエスの殺害を企てる。
AD32 ヘロデ・アンテパス ヨハネを殺害する。
AD44 ヘロデ・アグリッパ1世 ヤコブを殺害する。み使いに打たれて死亡
AD58 ヘロデ・アグリッパ2世 使徒パウロの証言を聞く

ローマ帝国の総督
ポンテオ・ピラト (Pontius Pilate)
フェリクス (Felix)
フェスト (Festus)

世の支配者たちの生き方

サタンから権威を託されている支配者たちは、権力に貪欲にしがみつき、自らの保身のために生きています。

自らの血統にこだわり富と権力の独占のために身内で結婚します。
歴史の記録はその事実を物語ります。

それで、ニムロデの時代から今日までつづく支配者の血統が存在することを疑う理由はないでしょう。
現在の権力者は過去の権力者たちの末孫であり、彼らの生き方に変わりはありません。

彼らは強力で優秀な種を望み、誕生する子どもの間引きさえしています。
弱肉強食、適者生存の進化論や優生学は世の支配者たちの思いや生き方の反映でしょう。

帝国が帝国を征服すると何が起こるでしょうか。
勝者は敗者の王族の女性により子どもを作り覇権を安定させます。
つまり、世界帝国の支配者たちの多くは姻戚関係になるということです。
支配権と、血統には密接な関係が存在しています。

ヨーロッパの貴族、王族たちは、過去の帝国の支配者たちの末孫であり、互いに姻戚関係にあります。
ある中学生がアメリカ大統領や有力政治家の家系を調査したところ、そのほどんどは親族関係であることが分かりました。

Will Kate Related!?
Presidents Elected by Blood! Elite Family Tree!!


7TH GRADER PROVES THAT BARACK OBAMA
AND ALL US PRESIDENTS ARE OF THE SAME BLOODLINE!


12 yr Girl Discovers
42 US Presidents Related to One British King.


どこの国の状況も同じです。

世の支配者たちは血統によって支配権の独占をしており、ニムロデの時代から今日までサタンと取引をしています。

ヨハネ第一 5:19
19 [また,]わたしたちが神から出ており,全世界が邪悪な者[の配下]にあることを知っています。

ルカ 4:5-7
5 それで彼は[イエス]を連れて上り,またたく間に人の住む地のすべての王国を見せた。6 そして悪魔は言った,「この権威すべてとこれらの栄光をあなたに上げましょう。それはわたしに渡されているからです。だれでもわたしの望む者に,わたしはそれを与えるのです。7 それで,あなたが,わたしの前で崇拝の行為をするなら,それは皆あなたのものになるのです」。

キリストが再び到来するときサタンの支配は終わります。

次回は、ローマの総督フェリクスとフェスト、パレスチナの支配者ヘロデ・アグリッパ二世の前でのパウロの証しについて学びます。

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プロフィール



1972年にバプテスマを受けてクリスチャンになりました。

その後、エホバの証人として宣教活動を40年ほど行い、長老のときに「ものみの塔協会」の方針と異なる立場をとったために長老を削除されました。

長年のエホバの証人としての人生は「ものみの塔協会」の崇拝の様式とキリストの教えとの不調和を経験することになり、「ものみの塔協会」の始まりからの歴史をインターネットを用いて調査し、この団体がロスチャイルド資本によるシオニズム運動の器として始まったこと、宗教組織を利用したロスチャイルド資本の国際投資企業であること、小児性愛者の不適切な扱い、預言や教理上の破綻などの腐った実を知りました。

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