Thursday, August 6, 2015

使徒たちの活動 3

西暦33年のペンテコステの日にクリスチャン会衆が設立して、1-2ヶ月ほどで信者の数は120人から3万人を超えるまでなっていました。
それは、神の霊の強力な証しによりました。弟子たちは無償の賜物である聖霊を受け、外国語でキリストの復活について証しました。また多くの病人がキリストの名により奇跡的に癒されました。

これらの極めて明確で否めない公の神の霊の働きによりキリスト教は宗教指導者たちの反対にもかかわらず指数関数的 (exponentially) に拡大してゆきます。

そしてステージは第3幕へと移ります。

使徒たちの活動 3では、
キリストの指導は天から直接なされ、地上の統治体など存在しないことや、
サタンの器であったパリサイ人サウロから神の「選びの器」使徒パウロの誕生の経緯なども学べます。



ステファノの殉教を機に激しい迫害が起き、エルサレムの3万人ほどのクリスチャンの共同体は各地へ散らされます。
ペンテコステの祭りのために各地からエルサレムへ来ていた人々たちは、この出来事で帰国を余儀なくされたことになります。

この時点で、このクリスチャンの共同体を指導していたのが使徒たちではないことに気づいてください。
使徒たちは、キリストへの信仰を共にする同労者にすぎません。突然生じた激しい迫害に、それぞれが自分の意思で対応することになりました。この事態について使徒たちは何の指示も出していませんし、その必要もありませんでした。そもそも統治体などは最初から存在していませんでした。クリスチャン会衆の頭は天いるキリストであり、キリストは事態を把握し、個々のクリスチャンたちを天から導きました。

では、事の進展を追いかけましょう。


使徒 8:1-13
1 サウロとしては,彼の殺害をよしとしていた。
その日,エルサレムにあった会衆に対して激しい迫害が起こった。使徒たちのほかは皆,ユダヤ,サマリア地方全域に散らされた。2 しかし,敬虔な人々はステファノを埋葬所に運び,彼のことで大いに嘆き悲しんだ。3 だが,サウロは会衆に対して粗暴な振る舞いをするようになった。次々と家に侵入しては男も女も引きずり出し,これを獄に引き渡すのであった。
4 しかし,散らされた人々は,み言葉の良いたよりを宣明しながら全土を回った。5 そのひとりフィリポは,サマリア市に下り,人々にキリストを宣べ伝えはじめた。6 群衆は聴き,また彼が行なうしるしを見ながら,フィリポの語る事柄にこぞって注意を払っていた。7 汚れた霊につかれた者が大勢おり,それらが大声で叫んでは出て来たからである。また,まひした足なえの人も大勢が治された。8 こうしてその都市には非常な喜びが生じた。

9 さて,その都市にはシモンという名の人がおり,それまで魔術を行なってサマリア国民を驚嘆させ,自分は何か偉い者であると称していた。10 そして,最も小さな者から最も大きな者に至るまで,すべての者が彼に注目し,「この人は神の力であり,“偉大”とも呼ぶべきものだ」などと言った。11 それで,かなりの間その魔術によって人々を驚嘆させてきたために,人々は彼に注目するのであった。12 しかし,神の王国とイエス・キリストの名についての良いたよりを宣明していたフィリポ[のことば]を信じた時,彼らはついで,男も女もバプテスマを受けた。13 シモン自身も信者となり,バプテスマを受けてからは,絶えずフィリポに付き添っていた。そして,しるしや,大きくて強力な業がなされるのを見て驚嘆した。



散らされた人々は、良いたよりを宣明しながら全土を回ったと書かれています。それは統治体の指示によるものではなく、個々の信者の信仰による証しでした。キリストは信者のだれでも用いて業を天から導きました。そこに使徒たちや想像上の統治体の出る幕はありませんでした。

神の霊の働きにより、フィリポはサマリアで大きな成果をあげます。
エルサレムとユダヤにおける信者の拡大、およびサマリアの改宗は、イエスの与えた指示どおりに事が運んだことを示しています。

使徒 1:8
8 しかし,聖霊があなた方の上に到来するときにあなた方は力を受け,エルサレムでも,ユダヤとサマリアの全土でも,また地の最も遠い所にまで,わたしの証人となるでしょう」。

イエスの使徒たちは、イスカリオテのユダを除いて11人ともガリラヤ出身たちでした。それでエルサレムは彼らの活動拠点ではありませんでしたが、復活したキリストの指示で彼らはエルサレムに留まって活動していました。またサマリアでの活動は、使徒たちが企画したものではなくキリストの天からの指導の結果であるといえます。イエスは、統治体のような人間の中央監督機関を用いて弟子たちを導いてはいません。むしろ天から直接クリスチャン会衆を導いています。使徒たちの活動を読めばそのことが分かります。



サマリアで著名な魔術師がクリスチャンになったことを考えるとその影響は大きなものだったでしょう。
しかも、神の霊の働きは強力で多くの人々が癒されていたことを考えると、10,000人くらいの人が信者になったとみなせます。
この時点でクリスチャンの数は4万人としましょう。



次に、サマリアの信者たちが聖霊を受けるために使徒たちが働いたことが記録されています。

使徒 8:14-17
14 サマリアが神の言葉を受け入れたことを聞くと,エルサレムにいる使徒たちはペテロとヨハネを彼らのもとに派遣した。15 それでふたりは下って行き,彼らが聖霊を受けるようにと祈った。16 それは彼らのうちのだれにもまだ下っておらず,彼らはただ主イエスの名においてバプテスマを受けていただけだったからである。17 それからふたりが彼らの上に手を置いてゆくと,彼らは聖霊を受けるようになった


この記録で注目できる点は、
イエスの名によるバプテスマだけで自動的に聖霊を受けることはないこと、
霊をもつ者の祈りと手を置く行為があったこと、
です。

これは、聖霊をうける1つのパターンであり、このパターン以外はないということではありません。
異邦人の改宗者コルネリオとその親族や知り合いの場合、ペンテコステの日ように聖霊が注がれました。

使徒 10:44-48
44 ペテロがまだこれらのことについて話しているうちに,聖霊がみ言葉を聞いているすべての人の上に下った。45 そして,割礼を受けた人々で,ペテロと一緒に来ていた忠実な者たちは驚嘆した。無償の賜物である聖霊が諸国の人々の上にも注ぎ出されていたからである。46 彼らが[いろいろな]国語で話し,神をあがめているのを聞いたのである。これに答え応じてペテロは[言った],47 「わたしたちと同じように聖霊を受けたこの人々に,だれか水を禁じてバプテスマを受けさせないでいることができるでしょうか」。48 そうして,イエス・キリストの名においてバプテスマを受けるようにと彼らに命じた。それから彼らは,幾日かとどまるようにと彼に頼んだ。


話しをサマリアにもどして、
サマリアにはフィリポの伝道でバプテスマを受けたかっての魔術師シモンがいました。
この人は、使徒たちが手を置くことにより霊が与えられることを見て、お金をはらって聖霊を与える権威を使徒たちから買おうとします。その結果叱責されてしまいます。神の無償の賜物を金銭により手に入れようとしたからです。

英語の simony(聖職売買)は、かっての魔術師シモン (Simon) のこの行為に由来します。

ものみの塔協会の崇拝の様式においては simony により特権を得ることが許容されていますね。
2世の目の最後の方の投稿をご覧ください。


使徒 8:18-24
18 さて,使徒たちが手を置くことによって霊が与えられるのを見た時,シモンは彼らに金を差し出して,19 こう言った。「わたしにもその権威を与えて,だれでもわたしが手を置く人が聖霊を受けられるようにしてください」。20 しかしペテロは彼に言った,「あなたの銀はあなたと共に滅びてしまうように。あなたは神の無償の賜物を金銭によって手に入れようと考えたからです。21 この事においてあなたにはあずかる分も受け分もありません。あなたの心は神から見てまっすぐではないからです。22 それゆえ,あなたのこの悪を悔い改め,できることならあなたの心のたくらみが許されるようにとエホバに祈願しなさい。23 わたしは,あなたが有毒な胆汁,また不義のほだしであることが分かるのです」。24 それに答えてシモンは言った,「あなた方の言ったことが何もわたしの身に起こらないよう,皆さん,わたしのためにエホバに祈願をしてください」。


サマリアで徹底的な証しがなされ多くの人が信者になったと思います。
その後ペテロとヨハネおよびフィリポはサマリの村々を巡りエルサレムに帰ります。

エルサレムに戻って後、フィリポはみ使いの指示により、エルサレムからガザに下る道でエチオピアの宦官にキリストの良いたよりを伝えバプテスマを施します。

福音宣明者フィリポは使徒たちの統治体から派遣されたのではありません。彼の活動は天から直接指導されています。エルサレムにいた使徒たちは神の民を監督する職務を与えられていません。最初から中央統治体などありません。イエスキリストはみ使いや神の霊により天から王国の子たちの活動を監督し導いていました。


クリスチャン会衆は天的な実体であり、地上にある人間の宗教組織ではありません。
ものみの塔協会やキリスト教の教会のように地上に中央管理機関をもつ宗教組織は、天のキリストの支配の代理機関ではありません。キリストはそのような地的な代理機関を必要としません。天から直接ご自分の羊たちを保護し導くことができます。それで地上にある宗教組織はすべて偽物であり、いわば雑草の会衆であり、小麦の会衆ではありません。

王国の子たちの会衆は地上にではなく天に登録されています。
王国の子たちの名前は、地上の宗教組織の名簿にではなく天の会衆に記録されています。

ヘブライ 12:23
23 [すなわちその]全体集会,天に登録されている初子たちの会衆,すべてのものの裁き主なる神,完全にされた義人たちの霊的な命,



ここで、話しを使徒たちの活動にもどして、
フィリポの伝道によりエチオピアの宦官はバプテスマを受けます。


使徒 8:25-29, 35-40
25 こうして,徹底的に証しをしてエホバの言葉を語ってから,彼らはエルサレムに引き返したが,サマリア人の多くの村に良いたよりを宣明していった
26 しかし,エホバのみ使いがフィリポに語って言った,「立って,南へ,エルサレムからガザへ下る道に行きなさい」。(これは砂漠の道である。)27 そこで彼が立って出かけて行くと,見よ,エチオピアの宦官が[やって来た]。エチオピア人の女王カンダケのもとで権力のある人であり,その財宝すべてをつかさどる人であった。彼は崇拝のためにエルサレムに行ってきたのであるが,28 その帰りに,兵車の中に座って預言者イザヤ[の書]を声を出して読んでいるところであった。29 そこで霊がフィリポに言った,「近づいて,この兵車と一緒になりなさい」。

35 フィリポは口を開き,聖書のこのところから始めて,イエスについての良いたよりを彼に告げ知らせた。36 さて,彼らが道を進んで行くと,水のあるところに来た。すると宦官は言った,「ご覧なさい,水があります。わたしがバプテスマを受けることに何の妨げがあるでしょうか」。37 ―― 38 そうして彼は,兵車に,止まるように命令し,ふたりは共に,フィリポも宦官も水の中に下りて行った。そして[フィリポ]は彼にバプテスマを施した。39 彼らが水から上がって来ると,エホバの霊がフィリポを急いで連れ去り,宦官はもう彼を見なかったが,歓びながら自分の道を進んで行った。40 しかしフィリポはアシュドドに来ていた。そして,その地域一帯を回り,カエサレアに着くまで,すべての都市に良いたよりを宣明していった







ここで注目できる点は、
エチオピアの宦官はバプテスマのあと聖霊を受けることもなく、また何かの人間の組織に属することを説明されることもなく、もちろんそのような組織を意識することもなく喜んで帰路についたということです。エチオピアに戻ればそこでの普段の生活が待っていました。クリスチャンになるとは「生き方」であり宗教組織に属することではありません。

キリストについての良いたよりは、彼をとおしてエチオピアで聞かれたでしょう。

フィリポはみ使いによりアシュドドに連れて行かれ、そこからカエサレアまで、すべての都市でよい便りを宣明したと記されています。その海岸沿いの地方で幾人かの人たちが信者になったと思います。



時を同じくしてと思いますが、パリサイ人のサウロはクリスチャンの迫害のためにダマスカスに向かう途上で復活したイエスに遭遇することになります。サウロは盲目となりダマスカスに着きますが3日間飲食をせずに過ごします。イエスはダマスカスにいる弟子のアナニアにサウロの視力の回復を指示します。

ここで注目できる点は、
やはり、個々の弟子たちに対するイエスの天からの直接の指導です。
クリスチャン会衆の頭は天にいるキリストであり、地上の人間や人々のグループではありません。
宗教組織の中央統治機関は天のイエスの地上における代理機関ではありません。
それはサタンの雑草のインチキ会衆のインチキ権威にすぎません。


使徒 9:1-19
1 しかしサウロは,主の弟子たちに対する脅しと殺害の息をなおもはずませながら大祭司のもとに行き,2 ダマスカスの諸会堂への手紙を求めた。だれでもこの道に属する者を見つけたら,男でも女でも縛ってエルサレムに連れて来るためであった。
3 さて,彼が旅行をしてダマスカスに近づいたその時,突然天からの光が彼のまわりにぱっと光り,4 彼は地面に倒れ,「サウロ,サウロ,なぜあなたはわたしを迫害しているのか」と自分に言う声を聞いた。5 [サウロ]は言った,「主よ,あなたはどなたですか」。彼は言った,「わたしはイエス,あなたが迫害している者です。6 しかし,起きて,市内に入りなさい。そうすれば,あなたのすべきことは告げられるでしょう」。7 ところで,一緒に旅をしていた人たちはものも言えずに立っていた。確かに声の響きは聞こえたが,だれも見えなかったのである。8 しかし,サウロは地面から起き上がった。すると,目は開いているのだが,何も見えなかった。それで人々はその手を取って彼を導き,ダマスカスの中へと案内した。9 そして,三日のあいだ彼は何も見えず,また食べも飲みもしなかった
10 ダマスカスにはアナニアという名の弟子がいたが,主は幻の中で,「アナニアよ!」と彼に言われた。彼は言った,「主よ,わたしはここにおります」。11 主は彼に言われた,「立って,“まっすぐ”という通りに行き,ユダの家で,サウロという名の,タルソスの人を捜しなさい。見よ,彼は祈っており,12 幻の中で,アナニアという名の者が入って来て,視力を取り戻せるように手を自分の上に置いてくれるのを見たのです」。13 しかしアナニアは答えた,「主よ,わたしは多くの人からこの男について聞いております。エルサレムにいるあなたの聖なる者たちに対し,害となる事をどれほど多く行なったかということを。14 そしてここでは,あなたのみ名を呼び求める者を皆なわめにかけようとして,祭司長たちから権限を受けているのです」。15 しかし主は彼に言われた,「行きなさい。わたしにとってこの者は,わたしの名を諸国民に,また王たちやイスラエルの子らに携えて行くための選びの器だからです。16 彼がわたしの名のためにいかに多くの苦しみを受けねばならないかを,わたしは彼にはっきり示すのです」。
17 そこでアナニアは出かけて行ってその家の中に入り,彼の上に手を置いてこう言った。「サウロ,兄弟よ,来る道であなたに現われた主,イエスが,わたしを遣わして,あなたが視力を取り戻し,聖霊で満たされるようにされました」。18 するとすぐに,その両目からうろこのような物が落ち,彼は視力を取り戻した。そして,起き上がってバプテスマを受け,19 食事をして元気づいた。



かっての迫害の先鋒者の改宗は何を教えますか。

パリサイ人のサウロは神に対して熱心でした。
彼は律法の要求に関して義なるもの(非のないもの)だったので、自らが偽りと確信するクリスチャンの迫害にそれほどまでに熱心だったんでしょう。

パリサイ人のサウロは使徒ペテロやステファノやその他のクリスチャンの理性的な聖書の論議を聞いていいても、自らの誤った見方を変えることができませんでした。

それでもイエスは彼を諸国民のための選びの器と見ていました。パリサイ人サウロはサタンの操るユダヤ教の体制に騙されていたとはいえ、神や神のことばへの信仰、また忠実さは本物だったに違いありません。

サウロは奇跡的な出来事により軌道修正を余儀なくされました。
ですから、キリストへの信仰について彼には誇る理由はありません。
それは自らの努力や思考力によって得たものではないからです。
信仰は神の側の働きかけの結果であり、この点で優秀なパリサイ人サウロも他の人々と何の変わりもありません。キリストの側の強力な働きかけがない限り彼はパリサイ人サウロで人生を終えたに違いありません。

パリサイ人サウロのような奇跡的な体験をしなくても、わたしたちの信仰は神の側の働きの結果であり神の側の憐れみの産物です。そして多く許された者は、それだけ余計に神に感謝し神の愛にこたえ応じるでしょう。




使徒パウロは自らの経験を次のように評価しています。


テモテ第一 1:12-16
12 わたしは,自分に力を授けてくださったわたしたちの主キリスト・イエスに感謝しています。わたしを奉仕の務めに割り当てて,忠実な者とみなしてくださったからです。13 以前には冒とく者であり,迫害者であり,不遜な者であったのに,そのわたしが憐れみを示されたのです。わたしは知らずに,そして信仰のないままに行動していたからです。14 しかし,わたしたちの主の過分のご親切が,信仰と共に,またキリスト・イエスに関連した愛[と共に],大いに満ちあふれたのです。15 キリスト・イエスが罪人を救うために世に来られたとは,信ずべく,また全く受け入れるべきことばです。わたしはそうした[罪人]の最たる者です。16 それなのにわたしが憐れみを示されたのは,わたしの場合を最たる例としてキリスト・イエスがその辛抱強さの限りを示し,永遠の命を求めて彼に信仰を置こうとしている人たちへの見本とするためだったのです。


コリント第一 15:8-10
8 しかし,すべての者の最後として,あたかも月足らずで生まれた者に対するかのように,わたしにも現われてくださいました。
9 わたしは使徒のうち最も小さな者で,使徒と呼ばれるに値しないのです。わたしは神の会衆を迫害したからです。10 しかし,わたしが今あるのは,神の過分のご親切によります。そして,わたしに対するその過分のご親切は無駄になりませんでした。かえって,わたしは彼らすべてより多く労しました。といっても,それはわたしではなく,わたしと共にある神の過分のご親切です。


使徒 9:15-16でイエスはパリサイ人サウロについて次のように述べています。
「. . . わたしにとってこの者は,わたしの名を諸国民に,また王たちやイスラエルの子らに携えて行くための選びの器だからです。彼がわたしの名のためにいかに多くの苦しみを受けねばならないかを,わたしは彼にはっきり示すのです」。

悔い改めてバプテスマを受けたパリサイ人サウロは、使徒パウロとして知られるようになり、イエスの期待通り選びの器として最後まで信仰を守り通しました。


コリント第二 11:23-33
23 彼らはキリストの奉仕者ですか。わたしは狂人のように答えます。わたしはその点はるかに際立った者です。その労苦はさらに多く,獄に入れられたこともさらに多く,殴打を受けたことは過度に及び,死にひんしたこともしばしばでした。24 ユダヤ人たちからは四十より一つ少ないむち打ちを五回受け,25 三度棒むちで打ちたたかれ,一度石打ちにされ,三度難船を経験し,一昼夜深みで過ごしたこともあります。26 幾度も旅をし,川の危険,追いはぎの危険,[わたし自身の]民族からの危険,諸国民からの危険,都市での危険,荒野での危険,海での危険,偽兄弟たちの間での危険に遭い,27 労し苦しみ,眠らぬ夜を幾度も過ごし,飢えと渇きを知り,食物を取らないことが何度もあり,寒さと裸を経験しました。
28 そうした外的な事柄に加えて,日ごとに押し寄せて来るもの,すなわちすべての会衆に対する心配があります。29 だれかが弱くて,わたしが弱くないことがあるでしょうか。だれかがつまずいて,わたしがいきり立たないことがあるでしょうか。
30 もしどうしても誇らなければならないのであれば,わたしは自分の弱さに関することを誇ります。31 主イエスの神また父,永久に賛美されるべきその方こそ,わたしが偽りを語っていないことを知っておられます。32 ダマスカスでは王アレタ配下の総督が,わたしを捕らえようとしてダマスカス人の都市を警護していましたが,33 わたしは城壁の窓から編かごで降ろしてもらってその手を逃れました。


テモテ第二 4:7-8
7 わたしは戦いをりっぱに戦い,走路を最後まで走り,信仰を守り通しました。8 今から後,義の冠がわたしのために定め置かれています。それは,義なる審判者である主が,かの日に報いとしてわたしに与えてくださるものです。しかし,わたしだけにではなく,その顕現を愛してきたすべての人に[与えてくださるのです]。


使徒たちの活動は使徒パウロの生き方を記録しており、それからクリスチャンの生き方についての洞察や信仰を強化する励みが得られるでしょう。


では、イエスの名によりバプテスマを受けた改宗したサウロはどのように行動するでしょうか。


使徒 9:19-22
19 . . . 彼は幾日かの間ダマスカスの弟子たちのもとにいることになったが,20 すぐに諸会堂でイエスのことを,すなわちこの方こそ神の子であると宣べ伝えはじめた。21 しかし,彼[のことば]を聞く者はみな非常に驚き,「これは,エルサレムでこの名を呼び求める者たちを痛めつけた人であり,そうした者たちを縛って祭司長のもとに引いて行くという目的のためにここに来たのではなかったか」と言うのであった。22 しかしサウロはますます力を得,これがキリストであることを論証して,ダマスカスに住むユダヤ人たちをろうばいさせるのであった。


事実、真実が純粋な人に及ぼす影響は強力でした。
サウロは新たに確信した真実を公にすることを躊躇しませんでした。
イエスに対するこれまでのパリサイ人の見方は覆されイエスがキリストであることを喜んで伝え始めました。

その結果イエスを信じないユダヤ人たちの反感を招き命が狙われたために、ダマスカスの弟子たちはサウロを夜間に城壁からつり下ろし、彼は難を逃れます。これが改宗者サウロのクリスチャン宣教の始まりで、その後も予測どおりの生き方を貫いていきます。

使徒 9:23-25
23 さて,かなりの日数になろうとしていたころ,ユダヤ人たちは彼を除き去ってしまおうとして相談した。24 しかしながら,彼らのたくらみはサウロの知るところとなった。それでも彼らは,[サウロ]を除き去ってしまおうとして,日夜城門をもじっと見張っているのであった。25 そこで,その弟子たちは彼を連れて行き,城壁のはざまからかごでつり下げて,夜の間に彼を降ろした。


その後サウロはどうしたでしょうか。


26節では、直ちにエルサレムに向かったように書かれていますが、その出来事は3年後のことです。

使徒 9:26-31
26 エルサレムに到着すると,彼は弟子たちと一緒になろうとして努力した。しかし[弟子]たちはみな彼を恐れていた。彼が弟子であることを信じなかったからである。27 そこでバルナバが助けに来て,彼を使徒たちのところに連れて行き,彼が道の途中でどのように主を見たか,そして[主]が彼に語りかけたこと,またダマスカスでイエスの名においてどれほど大胆に語ったかを詳しく話した。28 こうして[サウロ]はずっと彼らと共におり,エルサレム内を行き来して,主の名において大胆に語った。29 そして,ギリシャ語を話すユダヤ人たちと話したり論じ合ったりしていた。ところがこれらの者たちが,彼を除き去ってしまおうと企てた。30 兄弟たちはこれを見破って,彼をカエサレアに連れ下り,タルソスに送り出した。
31 こうして,会衆はまさに,ユダヤ,ガリラヤ,サマリアの全域にわたって平和な時期に入り,[しだいに]築き上げられていった。そして,エホバへの恐れと聖霊の慰めのうちに歩みつつ,[人数を]増していった。


では、ダマスカスで難を逃れたサウロはどこへ行ったのでしょうか。
使徒パウロは改宗当時を振り返って次のように述べています。

ガラテア 1:13-24
13 もとよりあなた方は,以前ユダヤ教に入っていたころのわたしの行状について聞きました。つまり,わたしは甚だしいまでに神の会衆を迫害したり荒らしたりし,14 自分の民族の同年輩の多くの者に勝ってユダヤ教に進んでいました。自分の父たちの伝統に対してはるかに熱心であったからです。15 しかし,母の胎からわたしを分け,その過分のご親切によって[わたしを]召してくださった神が,16 わたしに関連してご自分のみ子を啓示することをよしとされ,こうしてわたしがその[み子]についての良いたよりを諸国民に宣明することになった時,わたしは直ちに血肉と協議したりはしませんでした。17 また,エルサレムに上って,わたしより先に使徒となっていた人たちのところへ行くこともせず,ただアラビアに行き,それから再びダマスカスに戻って来ました
18 それから三年後に,わたしはケファを訪ねるためエルサレムに上り,そのもとに十五日間滞在しました。19 しかしわたしは使徒のうちほかのだれにも会わず,ただ主の兄弟ヤコブに[会った]だけです。20 さて,わたしが[今]あなた方に書いている事柄について言えば,ご覧なさい,わたしは神のみ前にあって偽りを語ってはいません。
21 その後,わたしはシリアとキリキア地方に入りました。22 しかし,わたしはキリストと結ばれたユダヤの諸会衆に顔を知られていませんでした。23 彼らはただ,「以前わたしたちを迫害した者が,今では,自分が以前に荒らしてまわった信仰についての良いたよりを宣明している」と聞いていただけでした。24 それで,彼らはわたしのことで神の栄光をたたえるようになりました。


いくつかの点に注目してみましょう。

まず、16節にある「直ちに血肉と協議したりしなかった」という点について考えてください。
サウロは自分の信じていたことが間違いであることに気づいたとき、これからの身の振り方について他人に相談しませんでした。なぜでしょうか、間違いを正すつもりだったからです。彼は真実、あるいは事実に基づいて自分の歩みを正す意思を持っていたので他人にこれからどう振舞うべきかを相談する必要はありませんでした。

真実によって自らが失うものを心配するようなさもしい気持ちはなく、むしろ真実に沿って何をすべきかを自覚し喜んで真実を選択したということです。

真の悔い改めとはこのようなものです。

偽りや過ちを正当化する口実を探したりせず、また自分の立場を心配することもなく、正しいことのために喜んで一歩を踏み出すことが真実を愛する人の姿です。


もし、あなたが自分の属する宗教組織がインチキであることに気づいたなら、サウロと同じようにインチキを離れ真実を擁護しますか。


次に17節の「エルサレムに上って,わたしより先に使徒となっていた人たちのところへ行くこともせず」について考えてください。

この言葉からクリスチャン会衆の姿について何を学べますか。
まず、使徒たちは宗教カリスマとみなされていなかったことが分かるでしょう。
エルサレムにいた使徒たちはユダヤ教の宗教制度のサンヘドリンのようなものではありませんでした。
クリスチャン会衆はキリストを信じる人たちの兄弟関係であり、組織宗教の宗教権威階級制度ではありません。
エルサレムの使徒たちはクリスチャンの活動を決定する中央統治権威ではありませんでした。

ものみの塔協会やその他の組織宗教が持つ中央統治機関はキリスト教と相容れません。
そのシステムはサタンの世の組織のものです。

17節の後半でパウロは「ただアラビアに行き,それから再びダマスカスに戻って来ました。」と述べています。

改宗したサウロがまず向かったところはアラビアでした。
アラビアから何を連想しますか。

多分、彼はエリヤの事を思いアラビアのシナイ山に出向いて色々黙想したのではないかと思います。

本当のシナイ山はシナイ半島ではなくアラビアにあるジャベル・アル・ローです。
シナイ半島にある山はローマの皇帝コンスタンティヌスの母親が決めたインチキです。


エリアはイゼベルの殺意を逃れるためにベエルシバからシナイ山まで逃れ、そこで神からの指示を受けました。


列王第一 19:1-18
1 そこでアハブはエリヤがしたすべてのことと,彼が預言者をみな剣で殺したことに関するすべてのこととをイゼベルに告げた。2 すると,イゼベルは使者をエリヤのところに遣わして言った,「もしわたしが明日の今ごろ,あなたの魂をあの人たちの各々の魂のようにしないなら,神々がそのようになさり,重ねてそのようになさるように!」3 それで彼は恐れた。それゆえ彼は立ち上がり,自分の魂のために行き,ユダに属するベエル・シェバに来た。それから,彼は従者をそこに残した。4 そして彼は,荒野へ一日の道のりを入って行き,ついにあるえにしだの木のところに行き,その下に座った。そして彼は自分の魂が死ぬことを願って,こう言いだした。「これで十分です! さあ,エホバよ,私の魂を取り去ってください。私は父祖たちに勝っていませんから」。
5 ついに彼は横たわり,えにしだの木の下で寝入った。ところが,見よ,今度はひとりのみ使いが彼に触るのであった。それから彼は,「起きて,食べなさい」と言った。6 見ると,何と,彼の頭のところに,熱した石に載せた丸い菓子ひとつと,水の入った水差しがあった。そこで彼は食べたり飲んだりしはじめ,その後,再び横たわった。7 後に,エホバのみ使いが二度目に戻って来て,彼に触って言った,「起きて,食べなさい。旅はあなたにとって大変だからです」。8 それで彼は起きて,食べ,そして飲み,その栄養物に力を得て四十日四十夜,[まことの]神の山ホレブまで進んで行った
9 そこで彼はついにある洞くつに入って,そこでその夜を過ごそうとした。すると,見よ,彼のためにエホバの言葉があって,こう言った。「エリヤよ,何の用でここへ来たのか」。10 これに対して彼は言った,「私は万軍の神,エホバのために徹底的にねたんできました。イスラエルの子らはあなたの契約を捨て,あなたの祭壇を壊し,あなたの預言者たちを剣で殺したため,ただ私だけが残ったからです。彼らは私の魂を取ろうとして捜しはじめています」。11 ところが,それは言った,「外に出て,山の上でエホバの前に立ちなさい」。すると,見よ,エホバが通り過ぎておられ,エホバの前で,大きな強い風が山々を引き裂き,大岩を砕いていた。(エホバは風の中にはおられなかった。)そして,風の後に震動があった。(エホバは震動の中にもおられなかった。)12 そして,震動の後に火があった。(エホバは火の中にもおられなかった。)それから,火の後に,穏やかな低い声があった。13 そして,エリヤはそれを聞くや,直ちに職服で顔を包み,外に出て,洞くつの入口に立ったのである。すると,見よ,彼のための声があって,こう言った,「エリヤよ,何の用でここへ来たのか」。14 これに対して彼は言った,「私は万軍の神,エホバのために徹底的にねたんできました。イスラエルの子らはあなたの契約を捨て,あなたの祭壇を壊し,あなたの預言者たちを剣で殺したため,ただ私だけが残ったからです。彼らは私の魂を取ろうとして捜しはじめています」。
15 そこでエホバは彼に言われた,「さあ,ダマスカスの荒野へ帰って行きなさい。あなたは入って行き,ハザエルに油をそそいでシリアの王としなければならない。16 また,ニムシの孫エヒウに油をそそいでイスラエルの王とし,アベル・メホラの出身のシャファトの子エリシャに油をそそいで,あなたに代わる預言者とすべきである。17 そして必ずや,ハザエルの剣を逃れる者をエヒウが殺し,エヒウの剣を逃れる者をエリシャが殺すのである。18 ところで,わたしはイスラエルの中に七千人を残しておいた。すべてそのひざがバアルにかがまなかった者,皆その口がそれに口づけしなかった者である」。


サウロがアラビアで何を見聞きしたかについての記録はありません。
エリアがシナイ山からシリアのダマスカスに戻ったように、サウロもダマスカスに戻っています。
それからダマスカスでしばらく活動していたと推測できます。

それから、3年後に彼は使徒ペテロに会うためにエルサレムに行ったと記録されています。

ガラテア 1:18
18 それから三年後に,わたしはケファを訪ねるためエルサレムに上り,そのもとに十五日間滞在しました。19 しかしわたしは使徒のうちほかのだれにも会わず,ただ主の兄弟ヤコブに[会った]だけです。

使徒 9:26-31
26 エルサレムに到着すると,彼は弟子たちと一緒になろうとして努力した。しかし[弟子]たちはみな彼を恐れていた。彼が弟子であることを信じなかったからである。27 そこでバルナバが助けに来て,彼を使徒たちのところに連れて行き,彼が道の途中でどのように主を見たか,そして[主]が彼に語りかけたこと,またダマスカスでイエスの名においてどれほど大胆に語ったかを詳しく話した。28 こうして[サウロ]はずっと彼らと共におり,エルサレム内を行き来して,主の名において大胆に語った。29 そして,ギリシャ語を話すユダヤ人たちと話したり論じ合ったりしていた。ところがこれらの者たちが,彼を除き去ってしまおうと企てた。30 兄弟たちはこれを見破って,彼をカエサレアに連れ下り,タルソスに送り出した。
31 こうして,会衆はまさに,ユダヤ,ガリラヤ,サマリアの全域にわたって平和な時期に入り,[しだいに]築き上げられていった。そして,エホバへの恐れと聖霊の慰めのうちに歩みつつ,[人数を]増していった



西暦33年のペンテコステの日のクリスチャン会衆の設立から3年後のこの時期に、会衆はユダヤ、ガリラヤ、サマリアの全域で平和な時期に入り、人数を増していったと述べられています。


それで、このころまでに信者の数は7万人を超えるくらいまで増加していたのではないでしょうか。
その全ては、ユダ人かユダヤ教の改宗者たちでした。


次に、さらなる活動の扉が開きます。
諸国民の選びの器の活躍のためのステージが整えられます。
つづきは使徒たちの活動 4 をお楽しみに。

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