Thursday, August 27, 2015

カルトCIAはNWOの実行部隊です。

悪魔崇拝者のイルミナーティ貴族は、カルトマインドコントロールで世界を支配しています。
その実行部隊は、英国のMI5やMI6、米国のCIAのようなカルト情報機関です。 


カルト情報機関が世界情勢をインチキにより誘導しています。
それは、宗教がインチキにより人々を誘導しているのと同じです。
そもそも、宗教も政治も同じ悪魔崇拝者の道具にすぎません。





ISISは、CIAにより作られた機関でNWOのための道具です。
いつものように、クーデーター(内乱)を起こし侵略強奪作戦を行います。

Jim Stone (ジム・ストーン、NSAのインサイダー)により暴露されています。
ISISの断首はスタジオ撮影
ビデオリンク



NWOは、イルミナーティ貴族(ヨーロッパのロスチャイルドを筆頭とする国際金融マフィア)の目論見です。

イルミナーティはシオニストであり悪魔崇拝者たちです。
彼らがフリーメイソン、イエズス会を用いて、USをはじめ先進国の政府を中央銀行によりコントロールしています。

人類の戦争は、イルミナーティによる自作自演です。
フランス革命、アメリカ独立、明治維新、第一次世界大戦、第二次世界大戦、その他の戦争や地域紛争はすべてイルミナーティにより企画実行されてきました。

現在、彼らはイスラムと西側による第三次世界大戦をもくろんで、マッチポンプを行っています。
尚、イスラム教はカトリックのイエズス会が作ったと言われています。
それは、ユダヤ教と対抗させてユダヤ教の勢力を弱めてキリスト教の拡大を狙った政治的な陰謀といわれています。

カトリックのイエズス会はいわゆる秘密結社のはしり(始まり)です。

フリーメイソンと似たような組織です。
フリーメイソンは背教したサバタイ派のユダヤ人の秘密結社です。
サバタイ派は、モーセ五書でななくタルムード、やオカルト・カバラを信じています。

カトリックの十字軍遠征のときにエルサレムに駐留していた神殿騎士(ナイトテンプラー)たちがサバタイ派の影響を受けてユダヤ教に取り込まれて秘密結社となりました。目的はキリスト教を転覆させるためです。

カトリック教会、イエズス会、フリーメイソン、サバタイ派オカルト・ユダヤ教、による権力争いが、表の歴史を決定づけてきました。

ロスチャイルドはサバタイ派ユダヤ教です。秘密結社の勢力争いで、騙されたり騙したり、結合したり裏切ったりしてヨーロッパの歴史が書かれてきました。今日でも同じで表の世界の出来事は、裏の影の政府(shadow government)により操られています。

ものみの塔協会は、フリーメイソンが造りました。チャールズ・ティズ・ラッセルはイルミナーティ貴族の出身です。ロスチャィルドとつながっています。

秘密結社については、英語圏のサイトで暴露されています。
学者、インサイダー、牧師、元JW、などが膨大な文献から調査して情報を流しています。

英語で検索をかけて調査すれば多くの驚くべき事実が分かるでしょう。
ユーチューブにも1h-2hもののドキュメンタリー・ビデオがたくさんUPされています。

世界をコントロールしている者たちは、インターネットの発展により秘密がバレることを懸念して、当初インターネットに消極的でした。今は、混乱情報をたく さん流して情報かく乱作戦をしています。

ネット大手はすべて悪玉菌に買収され彼らのコントロール下に置かれています。インターネットは個人を解放する一方、監視やコントロールの強力な武器ともなります。

人類の歴史を知りたいなら膨大の嘘の中から真実を見つける努力が要求されるでしょう。
その努力をはらうかどうかは自分次第ということです。





2001年の911からNWOに向けての行進が始まりました。
ベネズエラ、アラブの春、アフガニスタン、イラク、リビア、シリアへの米軍の侵攻は、石油や金の強奪とイスラム包囲を達成しました。
それは全て自作自演でクーデターを起こしNWOの邪魔者を排除していくためです。そしてISISはCIAの内乱部隊です。

USやNATOの侵略について学んでください。
ベネズエラのチャベツ失脚内乱はアメリカにより起こされ失敗に終わりチャベツ政権がアメリカの干渉を排除しました。
そのドキュメンタリーが撮られています。
日本語でもこの事実がネットで拡散されていると思いますのでご自分で調査してください。





リビアのカダフィについて、







世界情勢や日本の社会の姿を知りたければ、ベンジャミン・フルフォードとリチャード・コシミズを読めば、おおよそ事足りると思います。ネットで検索すれば多くのことを見出すと思います。

ベンジャミン・フルフォード(日本語)
ベンジャミン・フルフォード(英語)
ユーチューブビデオ



リチャード・コシミズ


ロスチャイルドとシオニズムについて
ものみの塔とシオニズムについて 
巨大システム

Friday, August 21, 2015

善悪の知識の木

善悪の知識の木について書きます。


善と悪の対比は、
光と闇、
真実と偽り、
益と害、
などの対比から推論すると良いと思います。



真実が善を生み、
偽りが悪を生みます。


神は真実な方で、その方に偽りや悪はありません。
神は良いものの源です。

ヤコブ 1:13 17
13 試練に遭うとき,だれも,「わたしは神から試練を受けている」と言ってはなりません。悪い事柄で神が試練に遭うということはありえませんし,[そのようにして]ご自身がだれかに試練を与えることもないからです。

17 あらゆる良い賜物,またあらゆる完全な贈り物は上から来ます。[天の]光の父から下って来るのです。そして[父]には影の回転による変化もありません。


エデンの園に置かれた善悪の知識の木は、アダムとエバの教材であり、神に従うかどうかの選択の機会を提供していました。それはまた理性と自由意志をもつ全ての神の子たちの教材とも言えます。

まず始めに思いに留めていただきたい点は、神への不従順が生じる前には、偽りも苦痛も不安も悲しみも存在していませんでした。

つまり悪は存在していなかったということです。
ですから、アダムとエバは悪を知りませんでした。
罪を犯す前、アダムとエバは始まったばかりの命の祝福だけ知っていました。

つまり善だけを知っていたということです。

神に従順であり続ける限り、人は善だけを知り、悪を知ることはなかったでしょう。

神の理知ある被造物は、み使いたちも人間も神の像に造られていますから、神がそうであるように自由意志を与えられています。

もちろん、その自由意志は善のためのものであり、悪のためのものではありません。
アダムとエバは、自由意志の用い方について神を見倣うことが期待されていました。

どのような場合でも善の源である神に従うことが自由意志の最善の用い方です。
自らに存在しない悪で神が誘惑を受けることはありませんし、悪で他のものを誘惑することもありません。

アダムはそのことを十分承知していたと思いますが、サタンの罠に陥りました。

自由意志の誤用は、霊の領域で始まりました。
あるみ使いは偽りの推論を発展させ偽りの父となりました。
神には偽りはありませんので、偽りはその者の発明といえます。
それは自由意志の誤用の産物のひとつであり神の像(真実や善良さ)からの堕落への一歩の始まりです。

人間やみ使いたちは、プログラムに支配されるロボットでも、本能に支配される鳥や動物でもありません。

神の子たちには、見たり聞いたりして学び自分で自分をプログラムする能力が与えられています。
自らの内にある神の像を守るか崩すかは自らのプログラム次第ということになります。

ですから、アダムとエバが善悪の知識の木についての神の命令から学ぶべきことは沢山あったと思います。神の像に造られている彼らの頭脳は、知識を蓄積し、結果を判断し、最善の選択をするように彼らを導いていたはずです。

神に従順であれば、永遠にわたり善を経験できたでしょう。
神への不従順は、知る必要のない悪を経験するすることになるでしょう。

悪は、本人も含め関係者全てにとって有害で破壊的であるために悪を行うものには死が定められています。悪は死によって終わります。死は生存の停止であり、それをもって神への不従順が生み出す、痛み、悲しみ、害が終わります。

アダムとエバが失敗したのは、サタンの働きによります。
サタンとなったみ使いは偽りを発明し、それを用いてエバを騙し、アダムに不本意な選択をさせました。

アダムの罪のためにアダムの家族は悪を知るようになりました。
人類は今にいたるまで本来経験する必要のなかった悪に苦しんでいます。

天のみ使いたちも、人類家族に臨んだ不幸から不従順が生み出す悲惨な結果を知ることになりました。

このお粗末な惨状は神が意図したものではありません。

それは、真理の内に堅く立たず、つまり神の像を維持せず、利己心のために自由意志を誤用し偽りを推し進めた者から始まっています。

ヨハネ 8:44
44 あなた方は,あなた方の父,悪魔からの者であって,自分たちの父の欲望を遂げようと願っているのです。その者は,その始まりにおいて人殺しであり,真理の内に堅く立ちませんでした。真実さが彼の内にないからです。彼が偽りを語るときには,自分の性向のままに語ります。彼は偽り者であって,[偽り]の父だからです。


神は、生じた問題の解決のために即座に応じ、偽りの犠牲となったアダムの家族の救いを約束なさいました。

それはちょうど安息日に穴に落ち込んだ羊を助けることと似ています。

マタイ 12:10-13
10 すると,見よ,片手のなえた人がいた。それで彼らは,「安息日に[病気を]治すことは許されるだろうか」と[イエス]に尋ねた。彼を訴える理由を得ようとしてであった。11 [イエス]は彼らに言われた,「あなた方のうち,一匹の羊を持っていて,それが安息日に穴に落ち込んだ場合,それをつかんで引き出さない人がいるでしょうか。12 どう考えても,人は羊よりずっと価値のあるものではありませんか。それで,安息日にりっぱなことをするのは許されているのです」。13 それから,その人に向かって,「あなたの手を伸ばしなさい」と言われた。それで彼が伸ばすと,それは元どおりになり,他方の手のように健やかになったのである。


イエスは安息日の王と呼ばれており、ご自分の1000年統治に罪に陥ったアダムの家族を救出するでしょう。

全ての人は被った悪を取り除かれ善良な神の救いと善意を知ることになるでしょう。
西暦1世紀にイエスがなさった奇跡的な癒しは神の安息日のうちに生じることの予告編となっています。

創造の第7日は神の安息日と呼ばれており、その日を神は祝福なさっています。
つまり神の創造の第7日は、全ての人が神が意図なさった善を知ることになるということです。
アダムの不従順により人類家族は善と悪の双方を知ることになりましたが、罪からの救いは神の善良さの際立った証拠とるでしょう。

利己的な者が生み出す悪を除くために神は既に最大の犠牲を進んで払いました。
神には悪は微塵もありません。

サタンが悪を持ち込みましたが、善良な神はアダムの家族を悪から救出なさいます。
サタンは頭を砕かれ悪は終わることになっています。

創世記 3:15
15 そしてわたしは,お前と女との間,またお前の胤と女の胤との間に敵意を置く。彼(キリスト)はお前(サタン)の頭を砕き,お前は彼のかかとを砕くであろう」。

ローマ 8:20-21
20 創造物は虚無に服させられましたが,それは自らの意志によるのではなく,服させた方によるのであり,それはこの希望に基づいていたからです。21 すなわち,創造物そのものが腐朽への奴隷状態から自由にされ,神の子供の栄光ある自由を持つようになることです。

アダムの家族は、虚無に服させられたとあるとおり悪を知るに任されました。
なぜなら、善良な神からの救出の希望が与えられているからです。

神は罪に陥った人類を見捨ててはいません。
アダムの家族は、神の安息日のうちに救いにあずかり神の卓越した善良さを知ることになるでしょう。

創世記 2:3
3 それから神は七日目を祝福してそれを神聖にされた。その[日]に,造るために神が創造を行なったそのすべての業を休んでおられるのである。

神は七日目を祝福したと述べられています。
つまり、その日に神の意図なさった善が成就することを意味しています。

神の善意が、被造物の自由意志の誤用で生じた悪で潰えることはありません。
神の善良で愛ある目的は、キリストの1000年統治により必ず勝利を収めます。

啓示 21:3-7
3 それと共に,わたしはみ座から出る大きな声がこう言うのを聞いた。「見よ! 神の天幕が人と共にあり,[神]は彼らと共に住み,彼らはその民となるであろう。そして神みずから彼らと共におられるであろう。4 また[神]は彼らの目からすべての涙をぬぐい去ってくださり,もはや死はなく,嘆きも叫びも苦痛ももはやない。以前のものは過ぎ去ったのである」。
5 そして,み座に座っておられる方がこう言われた。「見よ! わたしはすべてのものを新しくする」。また,こう言われる。「書きなさい。これらの言葉は信頼できる真実なものだからである」。6 そして,その方はわたしに言われた,「事は成った! わたしはアルファでありオメガであり,初めであり終わりである。だれでも渇いている者に,わたしは命の水の泉から価なしに与える。7 だれでも征服する者はこれらのものを受け継ぎ,わたしはその神となり,彼はわたしの子となるであろう。


全ての悪が征服されたときキリストは王国を神に戻します。
そして全ての人は神の権威の下で独立した神の子としての栄光ある自由を享受することになります。

コリント第一 15:24-28
24 次いで終わりとなります。その時,彼は王国を自分の神また父に渡します。その時,彼はあらゆる政府,またあらゆる権威と力を無に帰せしめています。25 [神]がすべての敵を彼の足の下に置くまで,彼は王として支配しなければならないのです。26 最後の敵として,死が無に帰せしめられます。27 [神]は「すべてのものを彼の足の下に服させた」からです。しかし,『すべてのものが服させられた』と言うとき,すべてのものを彼に服させた方が含まれて いないのは明白です。28 しかし,すべてのものが彼に服させられたその時には,み子自身も,すべてのものを自分に服させた方に自ら服し,こうして,神がだれに対してもすべてのものとなるようにするのです。


それから、祝福された創造の第7日が終わるでしょう。
そののち神は自分の救いの業の実をご覧になったが,見よ,もはや悪はない[それは]永久にわたり非常に良かった。そして夕となり,朝となった。七日目である。


創造の第七日は、永遠にわたる神の善良さの根拠をすえて栄光のうちに終わるでしょう。
それ以後被造物が悪を知る、つまり悪により苦しむことは二度とないでしょう。

変節者の悪は、その者の頭に直接臨む事になり他の者が悪の犠牲になることはなくなります。
サタンの歩みに倣って利己的になり自由意志を誤用し内面の神の像を崩すものたちは、自分のまくものを刈り取り他を害することはもはやありえません。

サタンとその胤は、永遠に渡り愚か者とされるでしょう。

Thursday, August 20, 2015

エノクの書、外典、偽典などについて

聖書の筆者が引用したり言及したりしている書物はいくつもあります。
それらの古代の情報源の原本を確立することはできません。


しかし、聖書に記録されている箇所の史実性を疑う根拠はないでしょう。
聖書以外からの情報が聖書の真理全体と調和し矛盾をきたしていないなら真実として受け入れることができます。

でも、それは情報が取られた書物全体が聖書のように全て信頼のおける情報を提供していることを保証するものではありません。

使徒パウロは、クレタ人の詩人の言葉を引用していますが、それはその者が神の霊感を受けているということではありません。

テトス 1:12
12 彼らのうちのある者,彼ら自身の預言者*が言いました,「クレタ人は常に偽り者,害をもたらす野獣,無為に過ごす大食家」と
*Epimenides, a Cretan poet of the sixth cent. B.C.E.

エノクの書も同様にみなせます。
エノクの書は、6つの主要な部分によって構成されています。
考古学者たちは、300-400年かけて書かれた複数の筆者の作品をまとめたものと評価しています。

見張りの者の書 The Book of Watchers (chapters 1-36)
西暦前3世紀の終わりから西暦前2世紀の始めににかけて書かれたとされている。
この部分が最も信憑性が高いとされている部分です。聖書の内容と調和しています。
主題は「最後の審判」です。
内容は、
紹介(1-5章)最後の審判
堕落(6-36章)地上の女性との性関係のためのみ使いたちの天からの降下、子どもたちの邪悪さ、人類の堕落

寓話の書 The Book of Parables (chapter 37-71)
西暦1世紀に書かれたとされている。
主題は「メシアとその裁き」です。
内容は、
寓話1 義人、み使い、メシアのいる天についてのエノクの幻(38-44章)
寓話2 メシアによる裁き(45-57章)
寓話3 人の子(58-71章)

天文学と暦の書 The Book of Astronomy and Calendar (chapter 72-82)
西暦前3世紀の終わりから西暦前2世紀の始めごろ書かれたとされています。
主題と内容は、気象の要素、星の惑星、太陽、月の動きと暦についてです。

幻想の書 The Book of Vision (chapter 83-90)
西暦前165-160に書かれたとされている。(マカベア家による反乱のころ)
主題は、裁きと歴史です。
内容は、
幻1 最初の裁きとしての大洪水(83-84章)
幻2 反逆までのイスラエルの歴史(85-90章)

エノクの祝福と警告の書 The Book of Warnings and Blessings of Enoch (chapter 91-104)
西暦2世紀の初期に書かれたとされている。
主題は、警告と祝福と啓示です。
内容は、
週の啓示の予言(91-93章)
罪人と義人に臨むこと(94-104章)

ノアの書 The Book of Noah (chapter 105-108) 追加の書
西暦2世紀に書かれたとされている。
内容は、
この部分は後からの思いつきとして追加されたもののようです。それはノアの書のような他の書物からの断片を含んでいます。


エノクの書を読むと、聖書の記述と調和している部分とそうでない部分があることが分かります。
それで、この書物自体が霊感の書物でないことは歴然としています。

聖書の記録により歴史書を含めあらゆる書物の信憑性を評価できます。
聖書全体の真理が基準であり、その逆はありません。

箴言 30:5
5 神のことばはすべて精錬されている。[神]はご自分のもとに避難する者たちの盾である。6 その言葉に何も付け加えてはならない。[神]があなたを戒めることのないため,あなたがうそをつく者とされないためである。

コリント第二 10:4-6
4 わたしたちの戦いの武器は肉的なものではなく,強固に守り固めたものを覆すため神によって強力にされたものなのです。5 わたしたちは,[いろいろな]推論や,神の知識に逆らって立てられた一切の高大なものを覆しているのです。そして,一切の考えをとりこにしてキリストに従順にならせています。6 また,あなた方自身の従順が全うされたら,一切の不従順に対して直ちに処罰を加える用意を整えているのです。

神のことばに精通するなら真実と嘘の識別が容易になるでしょう。
神のことばに頼る人は幸いです。その信頼が失望にいたることはありません。



使徒ヤコブは、悪霊たちが信じていることを引用して論議を展開しています。

ヤコブ 2:19
19 あなたは,ただひとりの神がおられることを信じているというのですね。なるほどそれはりっぱです。ですが,悪霊たちも信じておののいているのです。


使徒パウロは、ある人々が主張する偽りを用いて論議を展開しています。

ローマ 3:8
8 そして[なぜ],わたしたちが言いがかりを受け,わたしたちがそう唱えているとある人たちが言うとおり,「良いことが来るように悪いことをしよう」と[言わ]ないのですか。そうした[人たち]に対する裁きは正当なものです。

これとは対照的に、聖書以外の文献、人々の語った真実の情報も沢山活用されています。

真実であれ、偽りであれ、霊感の論議を支えるパーツであり、その一コマで悩む人の思いがおかしいと思います。
疑う口実を求めているなら、それはその人の思考であり、わたしのものではありません。



聖書は多くの書物からの引用を含んでいます。
エノクの書を特別視する必要はありません。
ポイントは、文献が霊感を受けているかどうかではなく、引用されている箇所が真理か、真実か、および霊感を受けて展開されている論議を支えるものであるかという点です。

ですから、融通のきかない義にすぎる見方は、真理や真実を把握する上で何の役にもたたないでしょう。


以下に霊感を受けた聖書筆者が引用している文献のいくつかのサンプルを列挙します。

創世記 5:1-2
1 これがアダムの歴史の書である。神はアダムを創造した日に,これを神に似た様にお造りになった。2 男性と女性にこれを創造された。そののち[神]は彼らを祝福し,その創造された日に彼らの名を“人”と呼ばれた。
(アダムは霊感を受けたと言えないでしょう。)

サムエル第二 1:18
18 ユダの子らは「弓」を教わるようにと言った。見よ,それはヤシャルの書に記されている。

民数記 21:14
14 そのために“エホバの戦い”の書にはこう述べられている。
「スファのワヘブとアルノンの奔流の谷,

サムエル第一 10:25
25 そこで,サムエルは王権に伴って当然受けるべきものについて民に話し,それを書に記して,エホバの前に納めた。それからサムエルは民を皆,それぞれ自分の家へ帰した。

歴代第一 27:24
24 ツェルヤの子ヨアブは数え始めたが,し終えなかった。このため,憤りがイスラエルに臨み,その数はダビデ王の時代の事績の記録には載らなかった。

歴代第一 29:29
29 王ダビデの事績は,最初のものも最後のものも,予見者サムエルの言葉,預言者ナタンの言葉,幻を見る者であるガドの言葉の中にまさしく記されている。

歴代第二 9:29
29 ソロモンのその他の事績は,最初のものも最後のものも,預言者ナタンの言葉,シロ人アヒヤの預言,ネバトの子ヤラベアムに関する幻を見る者であるイドの幻の記録に記されているではないか。

歴代第二 13:22
22 また,アビヤのその他の事績,すなわち彼の行ないと言葉は,預言者イドの注釈に記されている。

歴代第二 20:34
34 エホシャファトのその他の事績は,最初のものも最後のものも,まさしく,イスラエルの“王たちの書”に載せられたハナニの子エヒウの言葉の中に記されている。

歴代第二 24:27
27 彼の子ら,彼に対するおびただしい宣告および[まことの]神の家の土台を置くことについては,まさしく“王たちの書”の注釈に記されている。こうして,その子アマジヤが彼に代わって治めはじめた。

歴代第二 33:19
19 彼の祈り,その嘆願が聞き入れられたこと,そのすべての罪,その不忠実なこと,および彼がへりくだる前に高き所を築いて,聖木や彫像を立てた場所は,彼の幻を見る者たちの言葉にまさしく記されている。

エステル 2:23
23 そこで,この事が追及され,結局明らかにされたので,彼らふたりは杭に掛けられることになった。その後,このことは王の前でその時代の事績の書に書き記された。

エステル 6:1
1 その夜中,王の眠りは消失した。それゆえ,[王]はその時代の事績の記録の書を持って来るように言った。こうして,王の前でその朗読が行なわれることになった。

列王第一 11:41
41 ソロモンのその他の事績,彼の行なったすべてのこと,および彼の知恵は,ソロモンの事績の書に記されているではないか。



上記の文献の原本は存在しません。
エノクの書の原本も存在していないのと同じです。
現在あるエノクの書は西暦前3世紀のもので、それはエノクが生きていた時代のものではありません。



誰が述べたり書いたりしたとしても真理は、やはり真理ですよね。
サタンや悪霊たちは神の存在を知っています。
彼らは神の名前、イエスの素性も知っています。

聖書は悪霊たちに言及して書いてある箇所がいくつもあります。
もちろん悪霊たちは神の霊感を受けてはいませんよね。

エホバ神を信じていない異邦人の歴史家、詩人の言葉を引用してパウロは論議を展開し、それが聖書に記録されています。

異邦人の歴史家や詩人は、もちろん神の霊感など受けていません。
イスラエル人の歴史家の書物や世俗的な公文書なども沢山聖書中に引用されていいます。
そららの文献は、もちろん霊感の書物ではありません。

ポイントは、
霊感の書物でない文献や、神を信じてない学者や詩人、悪霊たちのことばでさえ、それが真理であっても偽りであっても、討議中の論議を支えるものであれば、問題なく用いられるということです。

「霊感の書物に書かれていることは、すべて他の霊感の書物のなかに書かれていることであるべきである。だから聖書以外からの引用を含む書物は霊感を受けていない。」といいう発想は道理を逸しており聖書の実体からかけ離れています。聖書はそのように書かれてはいません。

もちろん、そのような極端な見方を取りたければ、それはそれで自由です。
しかし、それはわたしの見方ではありません。

聖書の内面の調和は、聖書以外の文献や引用句によって崩れることはありません。
聖書に内容に精通すれば、聖書の内面の調和をより一層意識できます。
内面の調和が理解できれば、不協和音の箇所は容易に分かり、取り除くなり、調整するなりして聖書の真理の純度を高めることができます。

乳にあずかる幼児にはできなくても、大人のクリスチャンにとってそれは容易なことです。
そして、聖書は、いつまでも自分で考えることができない幼児のままでいることを勧めてはいません。

むしろ円熟した大人を目指して成長することを励ましています。


ヘブライ 5: 11-14
11 彼について言うべきことはたくさんありますが,説明しにくく[思え]ます。あなた方は聞く力が鈍くなっているからです。12 実際あなた方は,時間の点から見れば教える者となっているべきなのに,神の神聖な宣言の基礎的な事柄を,もう一度だれかに初めから教えてもらうことが必要 です。そして,固い食物ではなく,乳を必要とするような者となっています。13 乳にあずかっている者はみな義の言葉に通じておらず,その人は赤子なのです。14 一方,固い食物は,円熟した人々,すなわち,使うことによって自分の知覚力を訓練し,正しいことも悪いことも見分けられるようになった人々のものです。

エフェソス 3:13-14
13 ついにわたしたちは皆,信仰と神の子についての正確な知識との一致に達し,十分に成長した大人,キリストの満ち満ちたさまに属する丈の高さに[達する]の です。14 それは,わたしたちがもはやみどりごでなくなり,人間のたばかりや誤らせようとたくらむ巧妙さによって,波によるように振り回されたり,あらゆる教えの風 にあちこちと運ばれたりすることのないためです。15 そうです,わたしたちは真理を語りつつ,愛により,すべての事において,頭であるキリストを目ざして成長してゆきましょう

ものみの塔のインチキシステムの中ではいつまで経っても赤子のままですよ。



聖書予言につて

以前にも書いていますが、

聖書の予言には2つのタイプがあります。
1) 意味が明白で理解が期待されている予言
2) 意味が不明で理解が期待されていない予言


意味が明白で理解が期待されている予言について
それは、主に警告のためのものです。
それは事前の警告ですから、誰でも意味が分かる必要があります。
この種の予言は他の人からの解説を必要としません。警告に従うか従わないかは各自の判断となります。

例えば、

マタイ 24:15
15 「それゆえ,荒廃をもたらす嫌悪すべきものが,預言者ダニエルを通して語られたとおり,聖なる場所に立っているのを見かけるなら,(読者は識別力を働かせなさい,)16 その時,ユダヤにいる者は山に逃げはじめなさい。

ルカ 21:20-22
20 「また,エルサレムが野営を張った軍隊に囲まれるのを見たなら,その時,その荒廃が近づいたことを知りなさい。21 その時,ユダヤにいる者は山に逃げはじめなさい。[都]の中にいる者はそこを出なさい。田舎にいる者は[都]の中に入ってはなりません。22 なぜなら,これは処断の日であり,それによって,書かれていることのすべてが成就するのです。

これは、事前の警告であり、それが生じたら山に逃げて生き延びることができます。
この種の予言において信者の間の不一致などありません。
指示は明白で誰にでも容易に分かります。
それでも、予言的警告への対応の仕方には違いがあるでしょう。
結果がどうなるかは、やはり個人の問題となります。



次に、意味が不明で理解が期待されていない予言について
その主な目的は神の栄光のためです。
その種の予言は、予言が成就して後に理解が与えられます。
この種の予言の理解を事前に知り、それによって栄光を受ける預言者はいません。
ある出来事が成就してから、それが予言された通りに完璧に成就したことが知らされます。
それによって栄光を受ける方は神のみとなります。

例えば、
メシアについての予言は、それが成就して後に理解されました。
ヘブライ語聖書の予言や律法から予言されていた詳細がナザレのイエスに上に成就したことを、イエスの弟子たちは、すべてが成就して後に理解しました。

ルカ 24:25
25 すると[イエス]は彼らに言われた,「ああ,無分別で,預言者たちの語ったすべてのことを信じるのに心の鈍い人たちよ。26 キリストはこうした苦しみを経て自分の栄光に入ることが必要だったのではありませんか」。27 そして,モーセとすべての預言者たちから始めて,聖書全巻にある,ご自分に関連した事柄を彼らに解き明かされた

ヨハネ 12:12-15
12 次の日,祭りに来ていた大群衆は,イエスがエルサレムに来られることを聞くと,13 やしの木の枝を取って彼を迎えに出て行った。そして,大声でこう叫びはじめた。「救いたまえ! エホバのみ名によって来たる者,イスラエルの王こそ祝福された者!」14 しかしイエスは,若いろばを見つけてから,その上に座された。まさにこう書いてあるとおりである。15 「シオンの娘よ,恐れてはならない。見よ,あなたの王が来る。ろばの子に座って」。16 弟子たちは初めこれらの事を気に留めなかったが,イエスが栄光を受けられたその時になってから,彼についてこうしたことが書かれており,また自分たちが[イエス]に対してこれらの事を行なったということを思い出したのである

イエスの弟子たちは、メシアに関するすべての予言を理解することは期待されていませんでした。なぜならその必要がないからです。それでこの種の予言を事前に知ろうとして頭を使うのは無駄なことです。

ダニエル書、啓示の書などの印による予言は事前に理解することは期待されていません。物事が成就して後に詳細が理解され神に栄光が帰されるでしょう。

ですから、王国の子たちの主要な関心事は、自分と関係ない予言の理解などではありません。
知るべき必要な情報は既に聖書で明らかにされており将来の出来事について、王国の子たちは無知ではありません。

テサロニケ第一 5:1-5
1 さて,兄弟たち,時と時期については,あなた方は何も書き送ってもらう必要がありません。2 エホバの日がまさに夜の盗人のように来ることを,あなた方自身がよく知っているか らです。3 人々が,「平和だ,安全だ」と言っているその時,突然の滅びが,ちょうど妊娠している女に苦しみの劇痛が臨むように,彼らに突如として臨みます。彼らは決 して逃れられません。4 しかし,兄弟たち,あなた方は闇にいるのではありませんから,盗人たちに対するように,その日が不意にあなた方を襲うことはありません。5 あなた方はみな光の子であり,昼の子なのです。わたしたちは夜にも闇にも属していません。

出来事のタイミングを計算やその他で知ることのできる人はいません。

使徒 1:7
7 [イエス]は彼らに言われた,「父がご自分の権限内に置いておられる時また時期について知ることは,あなた方のあずかるところではありません


王国の子たちの主要な関心事は、クリスチャンとして果たすべき責任であり、知るべきことを知り、行うべきことを行うことです。

使徒 1:8
8 しかし,聖霊があなた方の上に到来するときにあなた方は力を受け,エルサレムでも,ユダヤとサマリアの全土でも,また地の最も遠い所にまで,わたしの証人となるでしょう」。

マタイ 10:32
32 「それゆえ,人の前でわたしとの結びつきを告白する者はみな,わたしも天におられるわたしの父の前でその者との結びつきを告白します。33 しかし,だれでも人の前でわたしのことを否認する者は,わたしも天におられるわたしの父の前でその者のことを否認します。


予言に対する見方やクリスチャンの責任について王国の子たちの間に分裂はありません。
聖書を十分知らない霊的な赤子の間に分裂があるだけです。


もし、ある人が予言に関心があるとしても、事前に予言の実体を知ることはできないでしょう。なぜならその必要がないからです。成就して後に詳細を知ることになるでしょう。

また、他の聖句によって確認できる予言的な実体もあります。
例えば、啓示の「大群衆」とかは将来の出来事ですが、それがマタイ25:41の義なる羊であるとみなすことができます。

もちろん別の適用を考えることもできます。

しかし、この種の聖書解釈の相違は、王国の子たちの信仰の一致を脅かすほどのものではありません。

事が成就して後に、多くの詳細を知ることになるでしょう。

聖書解釈の問題の多くは、以下の原則で適切に処理できます。

ローマ 14:5, 22
5 ある人は,ある日がほかの日に勝ると判断し,別の人は,どの日もほかのすべての日と同じであると判断します。おのおの自分の思いの中で得心していなさい
22 あなたの抱く信仰は,神のみ前で自分自身にしたがって抱きなさい。自らよしとしている事柄について自分を裁かないでよい人は幸いです。

人の思いや自由意志を支配できる人はいませんので、いつでも聞く耳のある人は聴きなさい。(同調できる人は、同調しなさい。)ということになります。

ローマ 14:10, 4
10 それなのに,あなたはなぜ自分の兄弟を裁くのですか。また,なぜ自分の兄弟を見下げたりするのですか。わたしたちはみな,神の裁きの座の前に立つことになるのです。
4 他の人の家僕を裁くとは,あなたはだれなのですか。その人が立つも倒れるも,それはその主人に対してのことなのです。実際,その人は立つようにされるでしょう。エホバはその人を立たせることができるからです。

フィリピ 3:14
14 キリスト・イエスによる神からの賞である上への召しのため,目標に向かってひたすら走っているのです。15 それで,わたしたちのうち円熟した者は皆,このような精神態度を抱きましょう。そして,もしあなた方が何かの点でこれと異なる考え方をしているとしても, 神はここに述べた[態度]をあなた方に啓示してくださるでしょう。16 いずれにしても,自分がどこまで進歩したかに応じ,その同じ仕方で整然と歩んでゆきましょう






聖書目録について
  

聖書目録は、キリストの使徒たちの存命中に既に確立されていました。

カトリック教会は、既に確立されていた聖書目録を承認したにすぎません。
その目的は、自らの権威を聖書に基づくものとして印象付けるためです。
そのようにして彼らは、信者を支配するためいわばモーセの座に着きました。
しかし実際彼らが行ったことは、一般の人々が聖書を読めないようにすることでした。
そのために1000年以上にわたりカトリック教会の支配が人々を苦しめることになりました。

聖書に精通していない人々の間に分裂があるのであって、聖書に精通している人々の間に分裂はありません。

王国の子たちは、西暦1世紀から今日に至るまで、どこに住んでいても同じ思いでしっかり結ばれています。彼らは頭であるキリストと結ばれており同じ思い、信仰、希望を持っています。

ヨハネ 10:16
16 「また,わたしにはほかの羊がいますが,それらはこの囲いのものではありません。それらもわたしは連れて来なければならず,彼らはわたしの声を聴き,一つの群れ,一人の羊飼いとなります

この1つの群れは西暦1世紀から存在しています。




聖書に精通して、偽りを見抜いてください。

外典や偽典は単なる人間のコメントにすぎません。
それは主体ではありません。

大切な真理は聖書です。
ですから聖書に精通すれば真理と偽りを識別できます。

ヘブライ 5:13-14
13 乳にあずかっている者はみな義の言葉に通じておらず,その人は赤子なのです
14 一方,固い食物は,円熟した人々,すなわち,使うことによって自分の知覚力を訓練し,正しいことも悪いことも見分けられるようになった人々のものです。

まず、聖書に精通してください。
そうすれば偽りによって誤導されることはないでしょう。



聖書の真理に精通すれば、真理と調和しない箇所を容易に識別できます。
また写本の比較研究も聖書の純度を高める助けとなります。


聖書中の他の聖句や写本から明らかになった疑わしいいくつかの聖句

三位一体
マタイ28:19
パルーシア
家から家
コリント第一 14:33-35 、テモテ第一 2:11-15
新約聖書におけるエホバ(特にJWの聖書)

その他まだあると思いますが、聖書の真理そのものが、聖書中の加筆や変更を暴露します。

加えて、聖句の誤った適用も他の聖句により見破ることが可能です。
サタンは聖句を用いてイエスと論じました。
イエスも対抗する聖句を用いてバランスを取りました。
それでイエスのように聖句に精通するなら誤りの働きを見破れるでしょう。

聖書中の不協和音は容易に識別できると思います。
不協和音の原因となっている聖句は疑わしい聖句としてマークできます。

疑う理由を探すために聖書を読んでも益は得られないでしょう。
自分の信じていないものを読むのは時間の浪費と思います。
むしろ単純で明快な真理を探すために聖書を読めばやがて真理の全体を知ることになるでしょう。
そして確信している真理の全体が聖書中の偽りを排除すると思います。


わたしが「も塔」にいた頃は、サタンの働きによる「も塔」の偽りに誤導されていましたが、神の言葉に精通するにつれ偽りはその力を失いました。

も塔の偽りは使徒パウロが述べたようにもはやクズでしかありません。

フィリピ 3:7-11
7 しかし,わたしにとって得であった事柄,それをわたしは,キリストのゆえにすべて損と考えるようになりました。8 いや,この点で言えば,わたしは実際のところ,わたしの主キリスト・イエスに関する知識の優れた価値のゆえに,一切のことを損とさえ考えています。[キリ スト]のゆえにわたしはすべてのものを損失しましたが,それらを多くのくずの ように考えています。それは,自分がキリストをかち得て 9 彼と結ばれた者とみなされるためです。そして,律法による自分自身の義ではなく,キリストに対する信仰によるもの,すなわち,信仰に基づいて神から来る義 を得,10 こうして,[キリスト]とその復活の力またその苦しみにあずかることを知り,彼のような死に服し,11 何とかして死人の中からの早い復活に達しえないものかと[努めているのです]。

偽りは一時的であり、真理は永遠です。
サタンの成功は一時的であり、真理への愛は偽りを見破ります。
それで、神は偽りの働きを許しました。

箴言 12:19
19 永久に堅く立てられるのは真実の唇であり,偽りの舌はほんの一瞬にすぎない。
テサロニケ第二 2:9-17
9 しかし,不法の者が存在するのはサタンの働きによるのであり,それはあらゆる強力な業と偽りのしるしと異兆を伴い,10 また,滅びゆく者たちに対するあらゆる不義の欺きを伴っています。彼らが[こうして滅びゆくのは],真理への愛を受け入れず,救われようとしなかったことに対する応報としてなのです。11 そのゆえに神は,誤りの働きを彼らのもとに至らせて,彼らが偽りを信じるようにするのであり,12 それは,彼らすべてが,真理を信じないで不義を喜びとしたことに対して裁きを受けるためです。
13 しかし,エホバに愛される兄弟たち,わたしたちは,あなた方について常に神に感謝しなければなりません。神は,霊をもって神聖な者とすることにより,また真理に対するあなた方の信仰によって,あなた方を救いのために初めから選び出してくださったか らです。14 ほかならぬこの定めに,[神]はあなた方を,わたしたちの宣明する良いたよりを通して召してくださったのであり,それは,わたしたちの主イエス・キリスト の栄光を得るためなのです。15 それですから,兄弟たち,しっかりと立ち,口伝えの音信によってであれ,あるいはわたしたちの手紙によってであれ,あなた方が教えられた伝統をしっかり守 りなさい。16 また,わたしたちの主イエス・キリストご自身と,わたしたちを愛し,過分のご親切によって永遠の慰めと良い希望を与えてくださったわたしたちの父なる神 が,17 あなた方の心を慰め,あらゆる良い行ないと言葉の点で,あなた方を確固たる者としてくださいますように。

真理を愛する人はキリストの声に従います。

ヨハネ 18:37
37 それでピラトは彼に言った,「それでは,あなたは王なのだな」。イエスは答えられた,「あなた自身が,わたしが王であると言っています。真理について証しすること,このためにわたしは生まれ,このためにわたしは世に来ました。真理の側にいる者はみなわたしの声を聴きます」。

ヨハネ 3:19
19 さて,裁きの根拠はこれです。すなわち,光が世に来ているのに,人々が光よりむしろ闇を愛したことです。その業が邪悪であったからです。20 いとうべき事柄を習わしにする者は,光を憎んで,光に来ません。自分の業が戒められないようにするためです。21 しかし,真実なことを行なう者は光に来て,自分の業が神に従ってなされていることが明らかになるようにします」。


マラキ 3:18
18 そしてあなた方は必ず,義なる者と邪悪な者,神に仕える者と仕えなかった者との[相違]を再び見るであろう」。


啓示 22:10-15
10 彼はまたわたしにこう言う。「この巻き物の預言の言葉を封じてはならない。定められた時が近いからである。11 不義を行なっている者,その者はいよいよ不義を行なうように。不潔な者はいよいよ不潔になるように。しかし,義なる者はいよいよ義を行ない,聖なる者はいよいよ聖なる[者]となるように
12 「『見よ,わたしは速やかに来る。そして,わたしが与える報いはわたしと共にある。各々にその業のままに報いるためである。13 わたしはアルファでありオメガであり,最初であり最後であり,初めであり終わりである。14 自分の長い衣を洗って,命の木に[行く]権限を自分のものとし,その門から都市の中に入れるようになる者たちは幸いである。15 その外にいるのは,犬,心霊術を行なう者,淫行の者,殺人をする者,偶像を礼拝する者,また,すべて偽りを好んでそれを行ないつづける者である』。


聖書が真理であり、聖書に精通し真理を愛し真理によって生きる者たちは幸いです。


Wednesday, August 19, 2015

輸血

輸血について書きます。


ものみの塔協会は輸血について規則を設け、それにより信者を裁くことまでしていますが、そのような権限は聖書から裏付けられません。

輸血を受けるかどうかは、個人の医療行為の選択の問題だと思います。

各自が輸血を含む医療行為を受け入れるかどうか決めるべきで、その決定は宗教教理により裁かれるものではないと思います。


では、まず血について学んでみましょう。

血の主要成分
血漿(全血の 52-62%)
白血球(全血の 1%未満)
血小板(全血の 1%未満)
赤血球(全血の 38-48%)

各主要成分は、いくつかの分画を生成します。

血漿の分画
水 91.5%
たんぱく質 7%(アルブミン、グロブリン、フィブリノーゲン)
他の物質 1.5%(栄養、ホルモン、呼吸ガス、電解物質、ビタミン、消耗窒素)

赤血球の分画
ヘモグロビン 33%
ヘミン 2%
その他

白血球の分画
インターフェロン
その他

血小板
今のところ医療のための分画は分離されていません。

科学技術の進歩は、細分化(fractionation)と呼ばれる方法で血の要素を特定したり、抽出することを可能にしました。

たんぱく質、アルブミン、フィブリノーゲン、また各種グロブリンなどの血の分画を収穫するために分画抽出行程において、大量の血液の貯蔵が必要となります。

もし、聖句を字句どおりに解釈し、規則を厳格に守る視点で血液分画の抽出過程をみるなら、それは既に違反行為となります。

聖書は、血は貯蔵せず土地に戻すことを要求しているからです。

レビ 17:13-14
13 「『だれでもイスラエルの子らに属する者あるいはあなた方の中に外国人として住んでいる外人居留者で,食べてよい野獣または鳥を狩猟で捕らえた者がいれば,その者はその血を注ぎ出して塵で覆わねばならない。14 あらゆる肉なるものの魂はその血であり,魂がその内にあるからである。そのためわたしはイスラエルの子らにこう言った。「あなた方はいかなる肉なるものの血も食べてはならない。あらゆる肉なるものの魂はその血だからである。すべてそれを食べる者は断たれる」。

申命記 12:16
16 ただし,血を食べてはならない。地の上に,それを水のように注ぎ出すべきである。

申命記 15:23
23 ただしその血を食べてはならない。地の上に,それを水のように注ぎ出すべきである。



自己犠牲の精神について

血は魂を表しますよね。
では、隣人愛を表す高尚な方法はなんでしょうか。

それは、自分の魂を他の人を助けるために用いることではありませんか。

ヨハネ 15:13
13 友のために自分の魂をなげうつこと,これより大きな愛を持つ者はいません。

ヨハネ 6:53-55
53 そこでイエスは彼らに言われた,「きわめて真実にあなた方に言いますが,人の子の肉を食べず,その血を飲まないかぎり,あなた方は自分のうちに命を持てません。54 わたしの肉を食し,わたしの血を飲む者は永遠の命を持ち,わたしはその人を終わりの日に復活させるでしょう。55 わたしの肉は真の食物であり,わたしの血は真の飲み物なのです。


イエスは、血で表される自分の魂を死にゆく人類の救出のために用いました。

それは、わたしたちに対するイエスの深い愛の表明ではありませんか。

イエスのように血を死からの救出のために用いることが愛のあることであるなら、親が我が子を緊急事態から救出するために血を用いる気持ちを理解できるのではありませんか。

緊急事態から命を救うために血を用いることは、道徳的また心情的に問題はないと思います。

ほとんどの輸血は、アルブミンやグロブリン、フィブリノーゲンのような血液分画を用いてなされます。

人々は、毒蛇に咬まれたとき、毒を中和するために血清を用います。また血液の分画をウィルスと戦うために、また出血を止めるためなど、さまざまな救命、延命用途のために用います。


とはいえ、輸血も他の医療処置と同じでリスクが全くないわけではありません。人為的なミスや汚染、不適合などのリスクが伴います。

ですから、人々は無輸血手術や代替療法を考えるかも知れません。輸血を含む医療行為は、個人的な選択、決定の問題です。必要な情報を得て自らの裁量で選択、決定を行うことができます。

そのような個人的な問題で宗教組織に裁かれる理由はないでしょう。

しかし、ものみの塔協会の問題は、医療目的における血の用い方についての組織の解釈に同調しない信者に宗教的な制限を課すことです。

ものみの塔協会の独自の解釈で信者を裁き制裁を課す権限を宗教組織ものみの塔聖書冊子協会は神から与えられているとは言えません。

彼らは、聖書に書かれていることを超えて信者の上に采配を振るっています。

ものみの塔協会は、信者の信仰の主人ではありません。

コリント第二 1:24
24 わたしたちがあなた方の信仰に対する主人であるというのではありません。わたしたちはあなた方の喜びのための同労者です。あなた方が立っているのは[自分の]信仰によるのです。



個人的な判断の問題の扱い方

ローマ 14:4-5, 10, 22
4 他の人の家僕を裁くとは,あなたはだれなのですか。その人が立つも倒れるも,それはその主人に対してのことなのです。実際,その人は立つようにされるでしょう。エホバはその人を立たせることができるからです。
5 ある人は,ある日がほかの日に勝ると判断し,別の人は,どの日もほかのすべての日と同じであると判断します。おのおの自分の思いの中で得心していなさい

10 それなのに,あなたはなぜ自分の兄弟を裁くのですか。また,なぜ自分の兄弟を見下げたりするのですか。わたしたちはみな,神の裁きの座の前に立つことになるのです。

22 あなたの抱く信仰は,神のみ前で自分自身にしたがって抱きなさい。自らよしとしている事柄について自分を裁かないでよい人は幸いです。


ものみの塔の輸血の方針は何度か変更されています。
血液の分画が禁止されり許されたりしました。そのような指導は人々を混乱させますし、命にかかわる場合さえあります。

宗教組織は、命がかかわる医療処置の個人的な選択の問題において独善的な規則を設けるべきではないでしょう。

しかし、そうし続けているものみの塔協会は、他の人の命の責任を問われるでしょう。


輸血の問題についての、ものみの塔協会の取り組み方は規則を守る視点からであり、救命手段の視点からではありません。

また、彼らの推論には一貫性がありません。
彼らは血の分画の使用を許可し、その一方で、その分画を抽出する全血や血お主要成分の使用を禁止します。わずかの分画を得るためには大量の血液の貯蔵と処理が必要ですので、分画を認めるなら、そのための血の貯蔵も認めざる得ないでしょう。

ものみの塔協会は、現代の救命手段を認めながら、同時に独自の規則を信者に押し付け、それによって制裁を加えることをしています。


医療行為の選択の問題で、信者を裁く権限は宗教組織にはありません。


レイモンド・フランズのIn Search Of Christian Freedom" by Raymond Franz,  from Appendix p719-p722からの部分引用です。

ものみの塔協会の自己矛盾は、血漿に関する方針によく例証されています。
1990年の10/22の「目ざめよ」誌で示されているように血漿は血液の55%の量を占めています。明らに、量に基づいて血漿はものみの塔の禁止されている血の主要成分リストに挙げられています。しかし、血漿の93%はただの水です。では、残りの約7%の成分は何でしょうか。主のなものはアルブミン、グロブリン(免疫グロブリンは肝要)、フィブリノーゲン、凝固因子(血友病製剤)です。これらは成分はまさに組織が信者に許可しているものです。血漿は禁止され、その主要な分画は、それが分離されて体内に入れば許可されるということです。ある人はこれを次のように見ています。それはあたかも医師から、ハムとチーズのサンドイッチを食べることを止められた人が、サンドイッチとして食べるのではなく、サンドイッチをバラバラにして、パン、ハム、チーズを別々に食べるように告げられるようなものだ。

ルーカセイツ(Leukocytes)は、白血球と呼ばれていますが、禁止されています。実を言えば、白血球という言葉は、むしろ誤解を与えます。なぜなら、体内のほとんどのLeukocytesは血液体系の外に存在しています。人体は2-3kgのLeukocytesを含んでいます。そしてそのわずか約2-3%が血液体系の中にあります。残りの97-98%は、防衛(免疫)体系を形成し人体の細胞中に拡散しています。これは、臓器移植を受けると、輸血を受けるときよりも多くのLeukocytesを体内に取り込むことになります。ものみの塔協会は現在臓器移植を容認していますので、他の血の分画を許可する一方で、このLeukocytesへの理不尽な抵抗は無意味です。ものみの塔の見解は、明らかに道徳的、道理にかなった、論理的な根拠に基づくものではなく、複雑な推論を用いてのみ主張できるものです。

血を主要成分と副成分に独断的に分けることも、十分な根拠に欠けています。組織は、明らかに血の55%の量を占めるほとんど水である血漿を禁じています。また、血のわずか1%の量の白血球(leukocytes)を血の主要成分として禁止しています。

その立場には、道徳的、または道理にかなった根拠の欠如が見られます。母乳は、同量の血液より多くの白血球(leukocytes)を含んでいます。血液は、1ミリ立法メートルあたり、4,000から11,000個の白血球(leukocytes)を含んでいますが、母親の初乳は、50,000個含んでいます。それは血液中の5-12倍も多いということです。

血友病製剤(8,9因子)
この血液製剤が用いられるようになる前、1940年代の血友病患者の平均寿命は16.5年でした。今日では、この血に由来する製剤により、血友病患者は普通の寿命に達することができます。血友病患者がそれだけ長く生きるためには、100,000Lの血液からの抽出が必要です。血友病製剤そのものは、その血液の量のほんのわずかの部分にすぎませんが、その製剤を、ものみの塔がい言うように血の「わずかの量」がかかわる成分とみなせるでしょうか。

これらのわずかの量の血液分画の使用は、明らかに大量の、さらに大量の量の血の貯蔵を意味します。ものみの塔協会は、それらの血液分画の使用を認める決定をしていながら、他方で、聖書的に禁止されたものとしてすべての血の貯蔵に反対すると宣言しています。これが彼らが自己血の使用(自分の血液を一旦保存して手術の間、あるいは後に、本人の血液循環系へ戻す医療処置)を禁じる唯一の根拠です。明らかに彼らの立場は独断的で、一貫性に欠き、矛盾しています。



ものみの塔協会の態度は、道理を逸した規則をつくり、独断的な解釈で他の人を裁くパリサイ人と同じです。

マタイ 23:16-22
16 「盲目の案内人よ,あなた方は災いです! あなた方は,『神殿にかけて誓っても,それは何のことはない。しかし,神殿の金にかけて誓うなら,その者には務めがある』と言うのです。17 愚か者,また盲目の者たちよ! 金とその金を神聖にした神殿とでは,実際のところどちらが偉大なのですか。18 また,『祭壇にかけて誓っても,それは何のことはない。しかし,その上の供え物にかけて誓うなら,その者には務めがある』と[言います]。19 盲目の者たちよ! 供え物とその供え物を神聖にする祭壇とでは,実際のところどちらが偉大なのですか。20 それゆえ,祭壇にかけて誓う者は,それとその上のすべての物にかけて誓っているのです。21 そして,神殿にかけて誓う者は,それとそこに住んでおられる方にかけて誓っているのです。22 また,天にかけて誓う者は,神の座とそこに座しておられる方とにかけて誓っているのです。


ものみの塔協会はパリサイ人と同じで盲目の案内人です。そもそもどの宗教組織も、個人的な選択の問題で規則を設け強要し、それによって裁き、制裁を課す権限を神から与えられていません。

人は、自らの言い開きを宗教組織に対してではなく、命の源である神ご自信にすることになるでしょう。

人と神との間に宗教組織が入り込む余地はありません。

ローマ 14:12
12 それですから,わたしたちは各々,神に対して自分の言い開きをすることになるのです。


各クリスチャンは、救命処置として何を選ぶか自分で決めるべきです。

1950年代と60年代は全血輸血が一般的でしたが、今日ではほとんどの場合血液分画がそれぞれに応じて用いられています。

各自は、結果が良くても悪くても自らの選択の結果を受け入れる必要がありますが、宗教的な制裁は不要です。


聖書時代には、イスラエル以外で動物の血は飲み物として、あるいは宗教儀式のために用いられていました。人々は血液中の救命成分に関する進んだ知識を持っていませんでした。ですから、緊急事態の救命処置として血の成分を医療目的で用いることは、極めて新しい血の用い方といえます。


使徒 15:20の決定は、緊急事態のための救命処置として現代行われている血の医療上の用い方を想定していないでしょう。

使徒 15:19-20, 28-29
19 ですから,わたしの決定は,諸国民から神に転じて来る人々を煩わさず,20 ただ,偶像によって汚された物と淫行と絞め殺されたものと血を避けるよう彼らに書き送ることです。

28 というのは,聖霊とわたしたちとは,次の必要な事柄のほかは,あなた方にそのうえ何の重荷も加えないことがよいと考えたからです。29 すなわち,偶像に犠牲としてささげられた物と血と絞め殺されたものと淫行を避けていることです。これらのものから注意深く身を守っていれば,あなた方は栄えるでしょう。健やかにお過ごしください」。

使徒 21:25
25 諸国民の信者たちについては,偶像に犠牲としてささげられた物,ならびに血と絞め殺されたもの,また淫行から身を守っているべきであるとの決定を下して,使いの者を送ってあるのです」。


血の使用に関して彼らが思いに描いていたことは、血を食べり飲んだりする習慣や異教の宗教儀式での血の使用だったのではありませんか。

それは、緊急事態の人命救助のことを想定して語られてはいません。


輸血、または無輸血手術によって助かった人たちがいます。
輸血、または無輸血手術によって亡くなった人たちもいます。
輸血、または無輸血手術による後遺症に苦しんでいる人たちもいます。

現代の進歩した医療行為をどのように活用するかは各自の選択と決定の問題です。


「血を避けなさい」を念頭に各自は輸血がかかわる医療行為に関して自分で決めると良いと思います。

ものみの塔協会の間違いは、信仰の主人でもあるかのように独自の聖書解釈に基づき規則を作り、その規則を押し付け、それによって他の人を裁くことです。

どんな宗教組織も、また個人も他の人の信仰の主人であるかのように振舞う権限はありません。


わたしは、輸血のリスクを軽く見てはいません。心ある医師たちにより開発されている無輸血治療を高く評価しています。

また、それぞれ異なる条件や状況のもとで輸血を受け入れる人々を罪に定めることは間違いであると思います。


輸血の問題は神と当人との問題であり、ものみの塔協会のような宗教組織の出る幕はありません。


ローマ 14:4-5
4 他の人の家僕を裁くとは,あなたはだれなのですか。その人が立つも倒れるも,それはその主人に対してのことなのです。実際,その人は立つようにされるでしょう。エホバはその人を立たせることができるからです。

Tuesday, August 18, 2015

使徒たちの活動 4

西暦33年の春、ペンテコステの日にクリスチャン会衆が発足して、わずか1-2ヶ月でエルサレムに3万人くらいのクリスチャンの共同体が形成され、キリストの復活についての良いたよりを伝えていました。

ステファノの強力な証言と殉教を機に迫害が始まり、信者たちは各地へ散らされ、その行く先々で良いたよりの宣教を継続してゆきました。ユダヤ地方、サマリア地方、ガザからカエサレアまでの沿岸地域、さらに広範にキリスト教が拡散してゆきました。

パリサイ人サウロは、クリスチャンの迫害のためにシリアのダマスカスへ行く途中に復活したキリストと遭遇し、改宗し使徒パウロとなり、3年後の西暦36年にエルサレムにいるペテロを尋ねました。

西暦33年から3年ほどは、ユダヤ教とユダヤ教への改宗者たちが、イエスをキリストと信じキリスト教に改宗し、西暦36年ごろは信者の数は7万人くらいまで増加し安定した時期に入っていました。


使徒たちの活動 4では、異邦人がキリストの弟子になる戸口が開かれ、諸国民の使徒となるべく選ばれたかってのパリサイ人、使徒パウロの活動への道が整う様子を知ることができます。

また、伝えるべき王国の音信は何であったか、また「エルサレムの統治体」は、ものみの塔協会の想像上の産物であり、そもそも存在していないことも書いています。






ペテロの活動


王国の活動のカギを託されていた使徒ペテロは、異邦人の改宗への機会の扉を開きます。


ルダやヨッパなどのあるシャロン平野の人々はペテロの働きにより益を受けたことが記されています。

ルダに住む8年間寝たきりのアイネアという信者をペテロは癒し、そのことがシャロン平野の大半の人々の改宗に繋がります。

また、ヨッパではドルカスという名の信者を復活させ、そのことがヨッパの大半の人々の改宗に繋がります。


ペテロは、ヨッパの皮なめし工シモンの家に宿泊しています。
時は西暦36年の秋ごろです。
キリストの犠牲による新しい契約の始まりから3年半が経過しています。


使徒 10:1-8
1 さて,カエサレアにコルネリオという名の人がいた。イタリア隊と呼ばれる[部隊]の士官であったが,2 篤信の人であり,自分の家の者たちすべてと共に神を恐れ,民に憐れみの施しを多く行ない,絶えず神に祈願をささげていた。3 その日のちょうど第九時ごろ,彼は幻の中で,神のみ使いが自分のところに入って来て,「コルネリオ!」と言うのをはっきり見た。4 この人は彼を見つめ,恐れ驚いて,「主よ,何でしょうか」と言った。[み使い]は彼に言った,「あなたの祈りと憐れみの施しとは記念として神のみ前に上りました。5 それで今,人をヨッパに遣わして,ペテロとも呼ばれるシモンという人を呼びなさい。6 この人は皮なめし工のシモンという人のところに客となっており,その人の家は海辺にあります」。7 自分に話したみ使いが去るとすぐ,彼は家僕ふたりと,自分にいつも付き添っている者の中から篤信の兵士ひとりを呼び,8 いっさいのことを話して,彼らをヨッパに派遣した。


コルネリオは、
イタリア人で軍人です。
篤信の人で憐れみに富む人でした。

この人と彼の家族および知り合いにキリストの弟子になる最初の機会が開かれました。

キリストの弟子になるとは、「王国の子たち」になることであり、キリストと共に天の王国の相続人となるということです。

その目的は、サタンの支配に終わりをもたらし、アダムの家族に失った永遠の命と神との関係を回復することです。

王国の子たちは、キリストと共にアダムの家族の回復の業に与ります。
それは、罪に陥ったアダムとエバに語られた神の予言的な約束の担い手として働くことを意味しています。


創世記 3:15
15 そしてわたしは,お前と女との間,またお前の胤と女の胤との間に敵意を置く。彼はお前の頭を砕き,お前は彼のかかとを砕くであろう」。

女の胤は、イエスキリストと王国の子たちのことです。

サタンとその胤は、女の胤により頭を砕かれ滅ぼされることになっています。

不正と苦しみや悲しみに満ちるサタンの世が除かれ、キリストの1000年統治により全てのことの回復がもたらされます。

王国の子たちはキリストと共にその回復の業に与ります。


西暦36年に異邦人にその「王国の子」となる機会が開かれました。
その最初の人は、イタリア人の軍人で篤信の人コルネリオでした。


ペテロは、コルネリオの家に招かれ、そこに集まる人々にキリストの良いたよりを伝えました。


使徒 10:34-38
34 そこでペテロは口を開いてこう言った。「わたしは,神が不公平な方ではなく,35 どの国民でも,[神]を恐れ,義を行なう人は[神]に受け入れられるのだということがはっきり分かります。36 [神]はイスラエルの子らにみ言葉を送って,イエス・キリストによる平和の良いたよりを宣明されました。この[イエス・キリスト]は[ほかの]すべての者の主なのです。37 あなた方は,ヨハネの宣べ伝えたバプテスマの後にガリラヤから始まり,ユダヤ全体にわたって話題となった事柄を知っています。38 すなわち,ナザレから来たイエスのことで,神がどのように聖霊と力をもってこの方に油そそがれたかということです。この方は善いことを行ないながら,また悪魔に虐げられている者すべてをいやしながら,国じゅうを回りました。神が共におられたからです。39 そしてわたしたちは,[イエス]がユダヤ人の土地で,またエルサレムで行なったすべての事柄の証人です。しかし彼らはまた,杭に掛けてこの方を除き去ったのです。40 神は三日目にこの方をよみがえらせ,さらに,彼が[人々に]明らかになることをお許しになりました。41 民のすべてに対してではなく,あらかじめ神に任命された証人たちに,このわたしたちに対してです。わたしたちは,その死人の中からのよみがえりの後,この方と飲食を共にしたのです。42 またこの方は,民に宣べ伝えるように,そして,これが生きている者と死んでいる者との審判者として神に定められた者であることを徹底的に証しするようにと,わたしたちにお命じになりました。43 この方についてはすべての預言者が証しをし,彼に信仰を持つ者は皆,その名によって罪の許しを得ると[述べて]います」
44 ペテロがまだこれらのことについて話しているうちに,聖霊がみ言葉を聞いているすべての人の上に下った。45 そして,割礼を受けた人々で,ペテロと一緒に来ていた忠実な者たちは驚嘆した。無償の賜物である聖霊が諸国の人々の上にも注ぎ出されていたからである。46 彼らが[いろいろな]国語で話し,神をあがめているのを聞いたのである。これに答え応じてペテロは[言った],47 「わたしたちと同じように聖霊を受けたこの人々に,だれか水を禁じてバプテスマを受けさせないでいることができるでしょうか」。48 そうして,イエス・キリストの名においてバプテスマを受けるようにと彼らに命じた。それから彼らは,幾日かとどまるようにと彼に頼んだ。


生来のイスラエル人の信者と同じように異邦人の信者も神の霊により生み出され、キリストの体の成員となりました。

生来のイスラエル人に与えられた律法契約は、イスラエル人を全人類の罪の見本とし、罪の許しのために全ての人がキリストの犠牲の死による新しい契約を必要としていることを明らかにしました。

新しい契約によりイスラエル人も異邦人も(つまり全人類は)罪の許しを得、神の霊により生み出されることが可能になりました。




王国の子たち


神の霊により生み出される者たちは、「天にあるもの」、また「人類の初穂」として集められます。彼らは天でキリストと共に王国を受け継ぎ、残りの人類の回復の業にあずかります。キリストを信じて受け入れたクリスチャンは、「王国の子たち」、「アブラハムの胤」、「キリストの羊」、「キリストの体」、「キリストの花嫁」、「神の神殿」、「神のイスラエル」と呼ばれています。

西暦36年の異邦人の改宗から始まり今日まで地の最も遠いところまで「王国の子たち」になる機会が全人類に提供されてきました。

それで、キリスト教は「王国の子たち」のものであり、「王国の子たち」は「天にあるもの」たちです。彼らは、主人であるキリストが天から戻るときを待ち望んで地上の生涯をおくります。キリストの帰還の際、王国の子たちは天に集められます。そしてサタンの世の裁きと人類の回復の業に加わります。


最初の異邦人の改宗により、キリスト教は予告されていたとおり諸国民の間で拡大してゆきます。使徒パウロは、キリスト教を諸国民に広めるキリストの選びの器として働きます。


ここで注目すべき点は、
クリスチャンの伝えるべき音信の内容は何かという点です。

それは、キリストの犠牲の死による新たな命の希望です。
キリスト教の音信は、王国の子となる機会を全ての人に差し伸べることです。
それが、王国の良いたよりです。

それは、終わりの予言の解釈や警告ではありません。
エホバの証人たちはイエスや使徒たちが伝えた音信と異質のものを宣べ伝えています。


キリストの地上の宣教から、裁きのためのキリストの帰還までの間の召しは「人類の初穂」のためのものです。

新しい契約により罪の許しと神との和解を得る人たちは「人類の初穂」として残りの人類の回復の業にキリスト共に1000年間与ります。

今は、「王国の子たち」を集めるときであり、「地にあるもの」を集めるときではありません。

キリストの時代から今日に至るまでの王国の良いたよりは、「人類の初穂」である「王国の子たち」のたちのための神との和解の知らせです。


マタイ 11:12
12 ただ,バプテストのヨハネの日から今に至るまで,天の王国は人々の押し進む目標となっており,押し進んでいる者たちはそれをとらえつつあります。

マタイ 13:37-39
37 [イエス]は応じて言われた,「りっぱな種をまく者は人の子です。38 畑は世界です。りっぱな種,それは王国の子たちです。それに対し,雑草は邪悪な者の子たちであり,39 それをまいた敵は悪魔です。収穫は事物の体制の終結であり,刈り取る者はみ使いたちです。

イエスの王国宣教は、「王国の子たち」を生み出すためのものでした。
王国の良いたよりの内容は、そのときから事物の体制の終結の時まで変わりません。その内容は「王国の子たち」を生み出すためのものです。

「王国の子たち」、つまり「人類の初穂」の収穫は、キリストが戻られる事物の体制の終結のときであり、そのとき西暦1世紀から事物の体制の終結のときまでの全ての「王国の子たち」がみ使いたちによって天に収穫されます。

その大半は第1の復活により、また事物の体制の終結のときに生きている「王国の子たち」は死を経験することなく天に取り去られ、裁きを行うキリストに加わりサタンの体制に終わりをもたらします。

その後、キリストの1000年王国による人類の回復の時が始まります。
「王国の子たち」はキリストと共にその回復の業に与ります。


テサロニケ第一 4:16-17
16 主ご自身が号令とみ使いの頭の声また神のラッパと共に天から下られると,キリストと結ばれて死んでいる者たちが最初によみがえるからです。17 その後,生き残っているわたしたち生きている者が,彼らと共に,雲のうちに取り去られて空中で主に会い,こうしてわたしたちは,常に主と共にいることになるのです。

啓示 2:26-27
26 そして,征服する者,わたしの行ないを終わりまで守り通す者には,わたしは諸国民に対する権威を与え,27 その者は鉄の杖で民を牧し,彼らは粘土の器のように打ち砕かれるであろう。それは,わたしが自分の父から受けたのと同様であり,

啓示 21:1-4
1 それからわたしは,新しい天と新しい地を見た。以前の天と以前の地は過ぎ去っており,海はもはやない。2 また,聖なる都市,新しいエルサレムが,天から,神のもとから下って来るのを,そして自分の夫のために飾った花嫁のように支度を整えたのを見た。3 それと共に,わたしはみ座から出る大きな声がこう言うのを聞いた。「見よ! 神の天幕が人と共にあり,[神]は彼らと共に住み,彼らはその民となるであろう。そして神みずから彼らと共におられるであろう。4 また[神]は彼らの目からすべての涙をぬぐい去ってくださり,もはや死はなく,嘆きも叫びも苦痛ももはやない。以前のものは過ぎ去ったのである」。


2節の「新しいエルサレム」は、「キリストの花嫁」である「王国の子たち」のクリスチャン会衆のことです。

彼らはキリストと共に人類の回復の業を導きます。

すべての事柄の回復の時に、天のキリストの王国は表し示されます。

使徒 3:21
21 まさに,天はこの方(キリスト)を,神が昔のご自分の聖なる預言者たちの口を通して語られたすべての事柄の回復の時まで,その内にとどめておかなければなりません。

ローマ 8:19-21
19 創造物は切なる期待を抱いて神の子たち(王国の子たち)の表わし示されることを待っているのです。20 創造物は虚無に服させられましたが,それは自らの意志によるのではなく,服させた方によるのであり,それはこの希望に基づいていたからです。21 すなわち,創造物そのものが腐朽への奴隷状態から自由にされ,神の子供の栄光ある自由を持つようになることです。



西暦36年に、
イエスを信じる異邦人に、霊によって生み出され「王国の子たち」となる機会が開かれ、今日までキリストを信じるすべての人にその機会は開かれています。

それで、西暦1世紀からの王国の良いたよりは、「人類の初穂」のためのものです。

それは、ものみの塔協会が100年以上にわたり宣べ伝えてきた事物の体制の終結を生き残る大群衆のためのものではありません。

使徒たちが宣べ伝えた音信、またクリスチャンギリシャ語聖書の内容は、すべての事柄の回復を経験する「地にあるもの」についての言及はほとんどありません。

「地にあるもの」に言及しているヶ所は、
キリストの兄弟たちに親切を示す羊(マタイ 25:31-40)
王国の子たちの活動を待ち望む創造物(ローマ 8:19-21)
大艱難を生き残る大群衆(啓示 7:9-14)
だけです。

事物の体制の終結の時まで、王国の音信の内容は、「王国の子たち」のためのものであり、西暦1世紀から変わっていません。


「地にあるもの」は王国の良いたよりではなく王国の回復の業を必要としています。

ですから、クリスチャンは「地にあるもの」について心配する必要はありません。
大艱難からの救出は宣べ伝える業ではなく、神の裁きによってなされます。

クリスチャンの宣べ伝える業は、大艱難を生き残るためのものではありません。それは、「王国の子たち」のための、神との和解の音信です。

コリント第二 5:17-20
17 したがって,キリストと結ばれている人がいれば,その人は新しい創造物(王国の子たち)です。古い事物は過ぎ去りました。見よ,新しい事物が存在しているのです。18 しかし,すべてのものは神から出ており,[神]はキリストを通してわたしたちをご自分と和解させ,また,和解の奉仕の務めをわたしたちに与えてくださいました。19 すなわち,神はキリストによって世をご自分と和解させて,その罪過を彼らに帰さず,わたしたちに和解の言葉をゆだねてくださったのです。
20 それゆえ,わたしたちはキリストの代理をする大使であり,それはあたかも神がわたしたちを通して懇願しておられるかのようです。わたしたちはキリストの代理としてこう願います。「神と和解してください」。


ユダヤ人と異邦人の双方に使徒たちが宣べ伝えた王国の良いたよりは、「王国の子たち」のための和解の音信でした。

神との和解は、イエス・キリストを信じることによって可能となります。イエスを信じる人たちは、ユダヤ人、異邦人にかかわりなく「王国の子」となります。


ヨハネ 1:12-13
12 しかし,彼を迎えた者,そうした者たちすべてに対しては,神の子供となる権限を与えたのである。その者たちが,彼の名に信仰を働かせていたからである。13 彼らは,血から,肉的な意志から,また人の意志から生まれたのではなく,神から[生まれた]のである。

ガラテア 3:26-29
26 現にあなた方は皆,キリスト・イエスに対する信仰によって神の子なのです。27 キリストへのバプテスマを受けたあなた方は皆キリストを身に着けたからです。28 ユダヤ人もギリシャ人もなく,奴隷も自由人もなく,男性も女性もありません。あなた方は皆キリスト・イエスと結ばれて一人の[人]となっているからです。29 さらに,キリストに属しているのであれば,あなた方はまさにアブラハムの胤であり,約束に関連した相続人です



西暦36年の秋に異邦人のコルネリオとその家族および知人たちが霊によって生み出されキリストに属する「王国の子たち」の成員となりました。

カエサレアからエルサレムに戻ったペテロは、割礼を支持する信者の疑問に答えてコルネリオたちが霊を受けた経緯を話し、納得してもらいます。

使徒 11:18
18 さて,これらのことを聞くと,彼らは黙って同意し,それから神の栄光をたたえてこう言った。「それでは,神は命のための悔い改めを諸国の人々にもお授けになったのだ」。





シリアのアンティオキア会衆


ステファノの件で生じた迫害により各地に散らされた人々は、ユダヤ人だけにキリストの良いたよりを伝えていましたが、アンティオキアで、ある人々がギリシャ語を話す人々にキリストの良いたよりを伝えたために、ギリシャ人たちが信者になりました。

事の進展は神のご意思によって生じました。

使徒 11:20-21
20 しかしながら,その中には,キプロスやキレネの者でアンティオキアに来た人たちが幾人かおり,ギリシャ語を話す人々にも語りはじめて,主イエスの良いたよりを宣明した。21 さらにまた,主のみ手が彼らと共にあり,信者となった大勢の人が主に転じた


それで、エルサレムの会衆はバルナバをアンティオキアに遣わし、そこでかなり多くの人々が信者となります。バルナバは信者となったサウロをタルソスからアンティオキアに連れて来て、サウロとともに1年のあいだ会衆で相当数の人たちを教えました。

そして、アンティオキアでイエスをキリストとして信じる人々は、クリスチャンとして知られるようになります。

その意味は、キリスト信奉者という意味です。

使徒 11:26
26 そして,見つけてから,彼(パウロ)をアンティオキアに連れて来た。こうして,彼らはまる一年のあいだ人々と共に会衆に集まり,相当数の人々を教えることになった。そして,弟子たちが神慮によってクリスチャンと呼ばれたのは,アンティオキアが最初であった


西暦37年ごろに信者の数は8万人を超えていたと思います。


シリアのアンティオキア会衆はエルサレムの会衆の指示を受けることもなく独自に活動を展開してゆきます。そもそも、エルサレムに統治体など存在していません。


アンティオキア会衆は、西暦46年ごろに生じた飢饉のために救援活動を組織してバルナバとサウロによってユダヤ地方に救援物資を届けています。

使徒 11:27-30
27 さて,そのころ,預言者たちがエルサレムからアンティオキアに下って来た。28 その一人,アガボという名の者が立って,大飢きんが人の住む全地に臨もうとしていることを霊によって示した。これは,クラウディウスの時に実際に起こった。29 それで弟子たちは,各々がそのできるところに応じて,ユダヤに住む兄弟たちに救援を送ることに決めた。30 そして彼らはこれを実行し,バルナバとサウロの手によってそれを年長者たちに送り届けた。



西暦 44年ごろ、ヘロデ・アグリッパ一世 (Herod Agrippa I) は、イエスのいとこのヤコブ(ヨハネの兄弟)を処刑し、ペテロを投獄します。

ヤコブとヨハネは、イエスからボアネルゲス(雷の子たち)と呼ばれていました。また、ペテロ、ヤコブ、ヨハネは、山でイエスの変貌を目撃した人たちです。ヤコブは12使徒の中で最初の殉教者となりました。

ペテロはみ使いにより救出され、カエサレアに行き、しばらくそこに留まります。

ヘロデ・アグリッパ一世は、自らを高める演説の最中にみ使いに打たれて息絶えます。

西暦 44-46年にかけて、ローマの為政者による迫害、食料飢饉のなか、クリスチャン会衆は、異邦人も含めて拡大を続けてゆきます。

使徒 12:24
24 しかしエホバの言葉は盛んになり,広まっていった


西暦36年のコルネリオの改宗から、10年経過した西暦46年の時点で、信者の数は14万人を超えていたのではないでしょうか。

そして、ものみの塔協会が想像するようなエルサレムの統治体による業の監督についての言及は一切ありません。

むしろ、エルサレムを含むユダヤ地方の救援活動は、シリアのアンティオキア会衆により組織され実施されています。

使徒 12:25
25 バルナバとサウロのほうは,エルサレムで救援の仕事を十分に果たしてから帰途につき,ヨハネ,またの名をマルコという者を一緒に連れて来た。


イエスは、エルサレムの使徒たちを用いてではなく、シリアのアンティオキア会衆から諸国民への活動を開始します。


使徒 13:1-3
1 さて,アンティオキアには,そこの会衆に預言者や教え手たちがいた。バルナバ,それにニゲルと呼ばれるシメオン,キレネのルキオ,地域支配者ヘロデと一緒に教育を受けたマナエン,そしてサウロであった。2 彼らがエホバに対する公の奉仕をし,また断食をしていると,聖霊がこう言った。「すべての人のうちバルナバとサウロをわたしのため,わたしが彼らを召して[行なわせる]業のために取り分けなさい」。3 そこで彼らは断食をして祈り,手をその上に置いてから[二人]を行かせた。


シリアのアンティオキア会衆は、バルナバとサウロを宣教活動に送り出します。第1回目の宣教旅行は、おそらく西暦47-48年になされました。

この宣教旅行から、使徒活動の筆者ルカは、サウロからパウロへ名前を変えて記録しています。

諸国民の使徒パウロの宣教活動から、初期クリスチャンたちが何を宣べ伝えたのか、どのような方法でそうしたのか、またクリスチャンの生き方について多くのことを学ぶことができます。


次回は、パウロの第1回目の宣教活動について書きます。

Saturday, August 15, 2015

協会第一主義(偶像崇拝)

オーストラリア王立委員会の聴聞会2日、3日目になされた聴聞について書きます。
エホバの証人たちの協会第一主義が如実に表れていることが分かるでしょう。


#1ビデオの前半は、父親BCHから性的虐待を受けたBCGの陳述で、後半は、BCGと父親BCHの審理委員会の長老ディノ・アライ(Dino Ali)の答弁です。長老団がものみの塔協会の統制の下に置かれている現状を証明しています。

#2ビデオは長老ディノ・アライ(Dino Ali)の当時の長老団の問題の扱い方についての聴聞です。



#1 ビデオ 55分から長老ディノ・アライの答弁(前半は被害者BCGの陳述)


BCGの審理委員会に関わった現在の会衆の長老 ディノ・アライ (Dino Ali)

マクレラン司法官の質問に対する彼の答弁はエホバの証人の典型的な答でした。それは自分で状況を判断せず、道理や憐れみのある行動を自ら起こそうとしないことを正当化する組織第一主義の洗脳の産物であることを如実に明らかにする模範解答でした。


犯罪の通報義務についての答弁(#1ビデオの1:05くらいから)
マクレラン司法官
もし、あなたが、ある会衆の成員が誰かを殺したと告げられたら、警察に通報しますか。

アライ
目撃した本人が警察に通報するように励まされています。

マクレラン司法官
長老のあなたが自ら警察に通報しますか。

アライ
いいえ、むしろそうのようにしないようにします。目撃者自身が通報するように勧めます。それは本人が担う責任です。

マクレラン司法官
もし、目撃者が通報するつもりはなく、あなたに事件を告げたら、あなたはどうしますか。

アライ
それは、今生じている事件ということでしょうか。

マクレラン司法官
はい。

アライ
支部に電話して指示を仰ぎます。

オーストラリアのビクトリア州では犯罪は警察に通報する義務がありますが、長老アライはその義務を知らないと答えています。


どうおもいますか。
これは通報義務をまもる市民の行動でしょうか。
なぜ、自分で判断して行動をおこせないのでしょうか。このような明らかな局面で協会の指示を求めるのはなぜでしょうか。

アライの答弁は、ものみの塔協会の教育、つまり法的な問題の場合難しいと判断すればいつでも協会に指示を仰ぎ、協会の指示に従うようにという洗脳の産物です。殺人や婦女暴行、児童虐待などは特に難しい判断を求められるようなケースではないにも関わらず、この長老は協会に電話すると述べています。

それは、長老の質によりけりだと反論する現役JWの長老たちもいると思います。
しかし、ものみの塔の教育は、このレベルの長老を生み出している事実を軽く見ることはできません。ものみの塔の協会第一主義は、おしなべてこの長老のような、逐一協会に伺いをたてるマイコンロボットを生み出します。

その背景には、協会に先走って行動する者への宗教的な制裁を気にする気持ちがあると思います。明らかにものみの塔の理不尽な統制システムはクリスチャン兄弟関係の反映ではありません。

この種の心や思いに余裕のないマイコン長老たちは道理を逸して協会の判断を高め、それを擁護する推論しかしません。彼らは、「協会=神」マントラに縛られて生きています。

このようなマイコン長老と道理に基づいて推論することは骨の折れる仕事となります。

王立委員会の職員たちも疲れたに違いありません。


被害者のBCGが相談のために長老アライに電話をしたことについて尋ねられたとき、長老アライは、覚えていないと述べます。

(#1ビデオの 1:20くらいから)
ある娘が家族について相談を持ちかけてきた際に長老はどのように応じるかについて長老アライとマクレラン司法官との間での問答があり、父親について話したいといっている子に対して、まず父親に相談しなさいと答えることはふさわしくないことを長老アライは認めています。そのような相談があれば話しを聞き自分が父親に話すと述べています。

その上で被害者のBCGが長老アライに問題の相談をしたとき、アライはBCGに父親にまず話しなさいと述べて相談に乗らなかったことが指摘されました。

長老アライは、それを否定しているのではなく、どんな状況だったか思い出せないと答えています。また被害者BCGとのこの会話そのものを思い出せないと述べています。

マクレラン司法官は、「まず父親に話しなさい」という助言は、ものみの塔協会の教えに従った応答の仕方ではないのかを問題にします。



Q. So, just to be clear, if we, the Commissioner and I,
accept that she said these things to you, that she wanted
to talk to you, and you didn't talk to her, then you didn't
do what you should have done; is that right?
A. That would be true, yes.


Q. Well, if you need an opportunity to reflect, but she
says she said this to you.
A. I'm not denying that - what she's saying. I'm simply
saying that I don't remember this happening.

Q. She says that, having raised the question with you,
you said, "No, you have to talk to your father first"; do
you see that?
A. Yes, I see that.

Q. Well, you have no recollection of that, either?
A. No, I don't have a recollection.

Q. If we accept her evidence, it means that you have not
spoken with her in response to her request, doesn't it?
A. I don't see it that way, your Honour.

Q. Well, she says she wants to talk to you, and you say,
"No, you have to talk to your father first"?
A. Well, I don't have a recollection of her saying that,
and I'm not saying that I'm denying that that's something
that she may have assumed that I said, or that she said;
it's just that I have no recollection to comment on that.

Q. But if we accept that you had this conversation, then
you declined to speak with her; isn't that right?
A. No, I don't think that would be correct to say that,
either.

Q. Well, what does the word "no" mean?
A. "No" - well, when I say "no", if I - I wouldn't have
said, "no" to talk to her. That's what I - I'm - I don't
recollect having said anything; I don't recollect that
[BCG], with this conversation, so --

Q. Did you talk to her about problems with her father?
A. I can't recollect that I did.




Q. We will come to what you did do in response to what
you knew, but is it right to understand that the teaching
of your church requires someone who has a disagreement with
another member of the congregation to, first of all, seek
to put matters right with that other person?
A. That would be the first step.

Q. So what [BCG] says in her statement about her
conversation with you and your response - your response is
consistent with the teaching of the church; is that right?
A. It should be, yes, but I --

Q. Well, the response that she says you made, as
I understand it, from what you have told me, is consistent
with the teachings of the church - that is, "No, you have
to talk to your father first."
A. Well, again, your Honour, I'm sorry, but I can't
recollect that.

Q. No, no, no. What she says you said, as I understand
it, is consistent with the teachings of the church, that
is, you have to speak to your father first.
A. Generally, if it was something of a minor concern,
yes.

Q. Well, you don't know, from this conversation --
A. No, I don't.

Q. -- whether it is major or minor?
A. Mmm.

Q. So do I then understand that what you are saying to us
is that what she reports you as having said is consistent
with the teachings of the church?
A. I would have to think very carefully on that whole
aspect, because if I could remember the rest of
a conversation that we might have - then perhaps I can
comment. But I cannot recall this having happened.

Q. I'm sorry, I have to put it to you again. We're just
looking at the conversation that she says occurred. Now,
you may not remember it, but that's what she says happened.
What I want to know is whether that conversation, as she
records it, from you, is consistent with the teachings of
the church - and that is, "No, you have got to talk to your
father first"?
A. If this did really happen - I'm not doubting that it
did - then it would be consistent with myself to follow
through and have a discussion with her, and to also
approach the parent if it was something of concern, yes.

Q. I'm lost. She says you said, "No, you have to talk to
your father first." Now, as I understand it from what you
have already told me, a statement such as that by you is
consistent with the teachings of the church.
A. Mmm-hmm. It would be, yes, yes. Definitely.




#2 ビデオ 55分から長老ディノ・アライの答弁



BCGの問題は彼女が18歳のとき、長老団に知らされ、審理委員会の聴聞が始まりました。
BCGの婚約者のBCJにより問題が長老アライに伝えられました

当初BCGの加害者である父親BCHは事実を否認していました。
BCGの妹も父親BCHからの虐待を受けていましたが、彼女の証言は幼すぎるので考慮しないと言われました。

2人からの同種の訴えがなされたにも関わらず長老団は父親BCHの罪を確定できませんでした。

時を同じくして父親BCHの妻以外の女性との姦淫の罪が明らかになり、審理委員会は父親BCHを姦淫の問題と、BCGの訴えを同時に扱い、父親BCHを姦淫の罪で排斥しました。

父親のBCHは排斥の前に娘のBCGが述べたことは全て真実であることを長老団に告白しているにも関わらず、長老たちは、この近親相姦、児童性的虐待の重大な罪ではなく、他の女性との姦淫の罪で父親BCHを排斥し、支部事務所への報告にも近親相姦の罪については一言も報告しませんでした。

父親BCHの近親相姦の事実の告白を長老団は、なぜ受け入れなかったか質問されて、アライは、その種の告白の信憑性は慎重に検討する必要があると言い逃れ答弁をしています。マクレラン司法官もあきれていました。聞いていて身勝手な返答と感じた人たちは多いと思います。

この問題の取り扱い方について王立委員会は、より重い罪である児童虐待をふさわしく扱い損ねている点を鋭く指摘しています。

マイコン長老の答弁は、相変わらず協会の指示に従ったやり方で自分たちに落ち度がないというものでした。

姉(BCK)、妹、妻(BCI)による証言と加害者(BCG)の父親(BCH)の罪を認める告白があるにも関わらず長老団は児童性的虐待の犯罪を警察に通報しませんでしたし、また被害者に警察に通報するように勧めることもしませんでした。

1997年当時の協会の方針ではその必要性が強調されていなかったからという返答でした。


また審理委員会の聴聞のあり方について、10代の女性が3人の長老たちと加害者の父親BCHの前で出来事を述べることは極めて配慮に欠けることであるとの指摘に、アライは、必ずしもそうとは言えないと述べてました。

なぜなら、BCG本人が長老に報告し審理委員会を望んだとアライは述べています。


マクレラン司法官は、それは、ものみの塔協会から信者は重大な罪を長老に通報する義務を負わされているのでBCGはいやでもその方法しか選択のしようがなかったことを指摘しています。


また、父親BCHが排斥されて後被害者のBCGにふさわしい援助が与えられたかについて疑問が提起されています。

長老たちはそのような援助を差し伸べたと主張していますが、それは審理上の集まりにおいてのことであり、それ以外の個人的な気遣いや援助がなかったことが明らかにされています。



この長老の答弁を聞いていて、それがエホバの証人の社会の典型だと直ぐ分かります。
協会の敷いたレールの上をマイコンロボットが走る姿が良く現れています。
長老にしても、だれにしてもものみの塔協会の取決めをまじめにこなせば、それで自分のすべきことは果たせたと思い込んでいます。このマニュアル型援助は、人間味のある思いやりを発揮する自由を殺してしまいます。

今後、児童性的虐待の訴えがあれば、まず協会の法律部門へ相談できると述べていますが、法律部門は、警察へ通報しなさいとしか指示できません。

そんなことは道理からして当たり前ではないですかね。
長老たちはそのような常識的なことを判断する裁量もないのですかね。
とても、おかしいですよね。
これは、真のクリスチャンの姿ではありません。

1997年当時は警察への通報は被害者任せであり長老たちには通報義務は指示されていなかった、な~んって言う答弁は、ものみの塔協会の統制の強さを物語っています。

また、審理委員会の集まりで牧羊し、それで十分とみなしている長老は真の牧者でしょうか。

これまでの協会の方針から判断すると、
児童虐待の被害者への援助は皆無とみなしてもよいと思います。
事実、英国、米国、オーストラリアの被害者たちの裁判で、その事実が暴露されています。

しかし、今回のオーストラリアの王立委員会による聴聞は、エホバの証人の会衆の長老たち、巡回監督、支部の職員、法律部門の職員たちは、ものみの塔による聖書の原則の一面的な解釈と、ものみの塔協会の方針を最優先し、誰一人として自分の知力や心を働かせて被害者の声に答応じる努力を払わない組織宗教のお粗末な現実を明らかにしたと思います。


児童性的虐待問題をとおして、
聖書の原則の道理にかなった適用がなされているか、
協会の方針は聖書の憐れみや被害者への配慮を十分に反映しているか、
という点で、ものみの塔協会の姿を自分で調べてください。

児童虐待の扱いにおいて、ものみの塔協会はその双方において改善を必要としていることが歴然としており、オーストラリアの王立委員会の努力のおかげで、これまで触れられなかったものみの塔協会の問題点が全世界で公衆の前に明らかになりました。

世俗の権威の強制執行がない限り、ものみの塔協会の狭量な制度や方針の改善は望めなかったでしょう。この種の高度の統制組織は内部からの改革は不可能です。


エホバの証人の兄弟姉妹たちのみなさん。
ものみの塔協会は、神の組織ではありません。
それは宗教を用いた人間の企てのひとつにすぎません。

ものみの塔協会の統治体と呼ばれる中央統治機関は忠実でも思慮深くもありません。
児童虐待の扱いのまずさで20,000件を超える被害者を放置している失態の責任が問われます。

単にこの問題だけでなく、
終わりの日の偽予言による「すぐ来る楽園」詐欺、
ものみの塔に意見する者を排斥し忌諱する人権侵害、
人の生活を不当に支配する無価値な規則、
などを考えるとものみの塔協会に留まる理由はないでしょう。

クリスチャンとして神の道を歩みたいなら、この腐った実を生み出す腐った木を後にしなさい。

エフェソス 5:10
10 何が主に受け入れられるのかを絶えず確かめなさい。11 そして,実を結ばない闇の業に[彼らと]共に組するのをやめ,むしろ[それを]戒めることさえしなさい

エホバの証人の中に潜む小児性愛者たちは、ものみの塔のお粗末な司法制度の産物のひとつです。


エホバの証人の社会には、同性愛者、小児性愛者、近親相姦者などの肉の奴隷になる者たちが隠されています。エホバの証人の社会は一般社会と何も変わりません。

エホバの証人の司法制度は、犯罪をふさわしく扱う権威も能力もありません。
それにもかかわらず、当局の権威を迂回してエホバの証人の犯す犯罪を自らで処理しようとして被害者の数および苦しみを増し加え続けています。

そのような有害な取決めは廃止すべきです。
あるいは、有害な取決めをもつ組織を捨て去りなさい。



性道徳についてのクリスチャンの基準

アダムの罪の影響(欠陥遺伝子、肉の欲望)について


ローマ 1:26-27
26 このゆえに神は,彼らを恥ずべき性欲に渡されました。その女性は自らの自然の用を自然に反するものに変え,27 同じく男性までが女性の自然の用を去り,互いに対し,男性が男性に対して欲情を激しく燃やし,卑わいな事柄を行なって十分な返報を身に受けました。それは彼らの誤りに対して当然なものです。


コリント第一 6:9-10
9 あなた方は,不義の者が神の王国を受け継がないことを知らないとでもいうのですか。惑わされてはなりません。淫行の者,偶像を礼拝する者,姦淫をする者,不自然な目的のために囲われた男,男どうしで寝る者,10 盗む者,貪欲な者,大酒飲み,ののしる者,ゆすり取る者はいずれも神の王国を受け継がないのです。


ローマ 6:12-14
12 それゆえ,罪があなた方の死ぬべき体の中で引き続き王として支配し,あなた方が[体]の欲望に従うということがあってはなりません。13 また,あなた方の肢体を引き続き不義の武器として罪に差し出してもなりません。むしろ,自分を死人の中から生き[返っ]たものとして神に差し出し,また自分の肢体を義の武器として神に[差し出し]なさい。14 律法のもとにではなく過分のご親切のもとにある以上,罪があなた方の主人となってはならないからです。


レビ記 18:1–30
1 エホバは引き続きモーセに話してこう言われた。2 「イスラエルの子らに話しなさい。彼らにこう言わねばならない。『わたしはあなた方の神エホバである。3 あなた方の住んでいたエジプトの地の風習に従ってはならない。また,わたしがあなた方を携え入れるカナンの地の風習に従ってもならない。彼らの法令によって歩んではならない。 4 あなた方は,わたしの司法上の定めを実行し,わたしの法令を守ってそのうちを歩むように。わたしはあなた方の神エホバである。5 それであなた方はわたしの法令と司法上の定めとを守らねばならない。それを守り行なうなら,人はそれによって必ず生きるのである。わたしはエホバである。
6 「『あなた方は,すなわちあなた方のうちのだれも,自分の身近な肉親に近づいてその裸をさらしてはならない。わたしはエホバである。7 あなたの父の裸,また母の裸をさらしてはならない。それはあなたの母である。その裸をさらしてはならない。
8 「『あなたの父の妻の裸をさらしてはならない。それはあなたの父の裸である。
9 「『あなたの姉妹,すなわちあなたの父の娘あるいは母の娘の裸については,同じ家に生まれたにしても外で生まれたにしても,あなたはその裸をさらしてはならない。
10 「『あなたの息子の娘または娘の娘の裸については,あなたはその裸をさらしてはならない。それはあなたの裸だからである。
11 「『あなたの父の妻の娘,すなわちあなたの父の子の裸については,それはあなたの姉妹であるから,あなたはその裸をさらしてはならない。
12 「『あなたの父の姉妹の裸をさらしてはならない。それはあなたの父の血縁である。
13 「『あなたの母の姉妹の裸をさらしてはならない。それはあなたの母の血縁だからである。
14 「『あなたの父の兄弟の裸をさらしてはならない。その妻に近づいてはならない。それはあなたのおばなのである。
15 「『あなたの息子の嫁の裸をさらしてはならない。それはあなたの息子の妻である。その裸をさらしてはならない。
16 「『あなたの兄弟の妻の裸をさらしてはならない。それはあなたの兄弟の裸である。
17 「『女とその娘の裸を共にさらしてはならない。その息子の娘や娘の娘もめとってその裸をさらしてはならない。それらは血縁の関係である。それはみだらな行ないである。
18 「『また,女をその姉妹に加えて,それに張り合う者としてめとり,その裸をあらわにしてはならない。つまり,彼女の生きている間に彼女のほかに[これをめとってはならない]。
19 「『また,不浄である月経の期間中に女に近づいてその裸をさらしてはならない。
20 「『また,あなたの射精をあなたの仲間の者の妻に与え,それによって汚れた者となってはならない。
21 「『また,あなたの子のいずれかをモレクにささげるようなことを許してはならない。あなたの神の名をそのようにして汚してはならない。わたしはエホバである。
22 「『また,あなたは女と寝るようにして男と寝てはならない。それは忌むべきことである。
23 「『また,あなたは獣に対して射精し,それによって汚れた者となってはならない。女も獣の前に立ってこれと交接してはならない。それは自然に背くことである

24 「『こ れらの事のいずれによってもあなた方の身を汚してはいけない。わたしがあなた方の前から去らせる諸国民はこれらのすべての事によってその身を汚したのであ る。25 そのためにその地は汚れており,わたしはそのとがのゆえにそれに処罰を加え,その地もそこに住む民を吐き出すのである。26 ゆえにあなた方は,わたしの法令と司法上の定めとを守らねばならない。あなた方は,その地に生まれた者もあなた方の中に外国人として住んでいる外人居留者 も,これらすべての忌むべき事柄のどれを行なってもならない。27 あなた方より前にいたその地の人々が,これらすべての忌むべき事柄を行なったゆえに,その地は汚れているのである。28 そのようにすれば,その地は,あなた方より前にいた諸国民を必ず吐き出すとしても,それと同じようにこれを汚したことであなた方をも吐き出すということは ないであろう。29 だれにせよこれらすべての忌むべき事柄のどれかを行なうならば,それを行なった魂はその民の中から断たれねばならない。30 ゆえにあなた方は,わたしに対する務めを守って,あなた方より前に行なわれていた忌むべき習慣のどれをも行なうことのないようにしなければならない。それによってあなた方の身を汚すことのないためである。わたしはあなた方の神エホバである』」。

Friday, August 14, 2015

ジェフリー・ジャクソンの聴聞

ジェフリー・ジャクソン(Geoffrey Jackson)の聴聞会午前(#1のビデオ)




王立委員会の聴聞で統治体のメンバー、ジェフリー・ジャクソンは極めて道理にかなった答弁をしていました。

一般の証人からの質問にも、王立委員会の聴聞のときのような丁寧で道理のある親切な回答をして欲しいものですね。

現実は、支部や本部への質問は歓迎されていませんし、会衆の長老たちに尋ねるように勧められています。

ところが会衆の長老たちは上からの指示に従った答しかできませんし、おまけに組織への従順を絶対視しているので組織の方針に関わる質問には一律に服従を要求する答しか得られません。

統治体が組織の方針にかんして一般の信者が抱いている質問に親切に答えることは、これまでありませんでした。

王立委員会の権威により始めて実現した公の聴聞会で、統治体は強硬な姿勢を表明することはできませんでした。

ですから、ジャクソンの答弁は、現実を反映していない極めて道理にかなった受け入れやすい答弁となっています。

例えば、

組織の権威構造について、

ジャクソンは、支部事務所は統治体の指示に従うが、盲目的にそうするのではなく、まず神への従順が優先されると答えています。

同じように会衆も支部事務所の監督下にありますが、神への従順が優先されると述べています。

つまり、この道理にかなった答弁により、組織の下層部からの改善の要求が通る印象を与えています。

これらの飾り言葉が現実にエホバの証人の権威体系でどの程度真実となるかは、これから明らかになるでしょう。すくなくとも今の時点までは、ジャクソンの答弁は現実と調和していません。


この2015/8/14日の午前中の聴聞では、
ものみの塔協会の聖書解釈や教理の決定の仕方が質問されています。

一般の意思決定プロセスで解釈、教理、方針が決められていることが分かります。
選ばれた統治体のメンバーがそれぞれ聖書の裏付けを検討し、ラウンド・テーブルで協議し方針、解釈、教理などが決められていきます。

祈りにより神の導きを求めていますので、宗教的、あるいは霊的な決定ということでしょう。


では、この同じプロセスを一般の信者に禁じる聖書的な根拠があるでしょうか。
ありません。しかし、ものみの塔の統治体は一般信者が同じプロセスで聖書を研究したり、結論を出したり、統治体に提案することを許しません。ですから、ものみの塔のような中央集権組織宗教は、その構造そのもにおいて、兄弟関係のクリスチャン会衆ではありえません。


また、王立委員会は、ものみの塔協会の審理委員会の改善すべき点をジャクソンに指摘し、ジャクソンも、持ち帰って検討し改善に役立てると述べていました。



後半(1:40くらい)で王立委員会の弁護士のアンガス・ステュワート(Angus Stewart)氏は2人の証人の聖書的な根拠について論じます。


彼は、強力な状況証拠を証人とみなせることを聖書から推論します。

彼が指摘した聖句は申命記 22:23-27です。

申命記 22:23-27
23 「ある人と婚約した処女の娘がいて,[別の]男が市内でこれに出会って共に寝た場合,24 あなた方はその両人をその都市の門のところに連れ出して,これを石撃ちにしなければならない。そのふたりは死なねばならない。娘は市内にいたのに叫ばなかったため,男のほうは仲間の者の妻を辱めたためである。こうしてあなたは自分の中からよこしまな事を除き去らねばならない。
25 「しかし,男が婚約しているその娘を見つけたのが野原であり,その男が彼女をつかまえてこれと寝たのであれば,彼女と寝たその男のほうだけが死ななければならない。26 そして,その娘に対しては何も行なってはならない。その娘には死に価する罪はない。この場合は,人が仲間の者に立ち向かい,これを,すなわち魂を殺害した場合と同じだからである。27 その者が彼女を見つけたのは野であったのである。婚約していたその娘は叫んだが,これを救い出す者がいなかった


2番目のケースのようなレイプの場合、目撃証人は存在しませんが、本人の証言と、状況証拠をもって法的な処置が講じられています。

児童性的虐待の場合、子どもの被るトラウマ(trauma)は強力な状況証拠とみなせることを指摘しています。


ジャクソンはその論議から学ぶことがあったと思います。


これまで、ものみの塔協会が、字句にこだわる柔軟性のないパリサイ人的な聖書解釈に頑固に執着してきたことは、彼らの霊的な資格が誠実に疑われます。

彼らは、インチキパリサイ教団であり、忠実で思慮深い者たちではありません。


今に至るまで、誠実なJWの兄弟姉妹たちからの道理にかなった説明を聞かず、自らの解釈を押し付け、多くの被害者を生み、また改善を求める兄弟姉妹たちを排斥してきた宗教権威の極めて傲慢な態度を軽く見るべきではありません。


ものみの塔協会は、白く塗った墓のひとつです。
それは、他の組織宗教と同じ大いなるバビロンの支店のひとつです。

王国の子たちのクリスチャン会衆ではありません。



マタイ 23:28-29
27 「偽善者なる書士とパリサイ人たち,あなた方は災いです! あなた方は白く塗った墓に似ているからです。それは,外面はなるほど美しく見えますが,内側は死人の骨とあらゆる汚れに満ちているのです。28 そのように,あなた方もまた,確かに外面では義にかなった者と人に映りますが,内側は偽善と不法でいっぱいです。






ジェフリー・ジャクソン聴聞会午後(#2ビデオ)




午後の部では、
排斥、断絶、不活発の扱いについて聴聞がなされています。


排斥についての聖書の教えはここを参考にしてください。



アンガス・ステュワート(Angus Stewart)氏は愛と思いやりの神について言及し、排斥や断絶に関わる制度や方針に反映されるべき精神に言及して聴聞を開始しています。

宗教を離れる自由を尊重していることのひとつの現われは、離れた人に対する扱いに見られます。エホバの証人の制度や方針では、そのような人との交友(association)が制限されます。

人々が離れる選択をする際に、これまでの交友を失うことが伴います。
そのことについて、宗教の自由選択の原則や愛と思いやりの神の見方により、ものみの塔協会の排斥、断絶、不活発を扱う方針や制度の改善が提案されました。

ジャクソンの答は、No, でした。

スチュワートは、人質組織(captive organization)と表現しましたが、ジャクソンはそれを否定しました。

児童虐待の方針や扱いについては、改善を約束していました。
被害者に対する、ものみの塔協会の謝罪や賠償があると思います。

この問題を、JW.orgのニュースで扱うかどうかは分かりません。


オーストラリアの王立委員会に訴えられた2件の児童虐待のケースについて、ジャクソンは精通していませんでした。

女性の調査官が、BCGの訴えを長老たちが聞かなかったことを指摘すると、ジャクソンは、それはとても残念なことだ、と答えています。

それは、巨大宗教組織の司法システムは末端のマイコン長老たちが人間味のあるクリスチャンとして弱者を扱う障害となっていることのひとつの証拠です。


他の組織宗教と同じで、ものみの塔聖書冊子協会には改善すべきことが山ほどありますが、組織上の方針の改善が真のクリスチャンを生み出すことはありません。


イエスの羊は、人間の組織宗教の声や組織上位の方針に従うのではなく、生き方においてキリストの声に従います。

ヨハネ 10:4-5, 16, 27
4 自分のものをみな外に出すと,彼はその前を行き,羊はあとに付いて行きます。彼の声を知っているからです。5 よその者には決して付いて行かず,むしろその者からは逃げるのです。よその者たちの声を知らないからです」。
16 . . .彼らはわたしの声を聴き,一つの群れ,一人の羊飼いとなります
27 わたしの羊はわたしの声を聴き,わたしは彼らを知っており,彼らはわたしに付いて来ます

Sunday, August 9, 2015

2人の証人の原則

ものみの塔協会の2人の証人の原則への向き合い方について書きます。


先週の8/5(水)に終了したオーストラリアの王立委員会によって実施された7日間に及ぶものみの塔協会の児童保護方針の調査で取り上げられていた事例に基づいて推論しています。




西オーストラリアの穀倉地帯にあるナロジン(Narrogin)会衆の女子児童BCBは、会衆の長老ビル・ニール(Bill Neill)から1980年代に性的な虐待を受けました。

彼女は、一人で地元の長老たち3人で構成する審理委員会において加害者の長老ビル・ニールと対峙しなければなりませんでした。
被害者の女の子が4人の男性の前で性的な虐待の詳細を語り、事を正すことは道理にかなったやり方でしょうか。

審理委員会の様子をBCBは次のように述べています。
加害者の長老ビル・ニールは挑戦的にわたしを見ていました。
わたしは、彼が起きたことをすべて告げることに挑戦しているように感じました。
不安で彼がしたすべてのことを告げることができませんでした。
まだビル・ニールから被害を受けているように思いました。
自分やビル・ニールに面倒なことが起きることを話すことをとても恐れました。


これでは、公正な裁きは不可能でしょう。


ものみの塔のインチキ裁判ごっこは極めて危険な遊びです。


エホバの証人の人間関係は厳格に規制を受けています。
エホバの証人たちは会衆以外の社会からある程度の距離を置くように細かい規則によりコントロールされています。

エホバの証人の審理委員会は、仲間の男子、女子、子供たちの生活のあらゆる側面を裁くために立てられた、会衆からではなく、上位から任命を受けてた男子グループ制度です、と王立委員会の弁護士のアンガス・ステュワート(Angus Stewart)氏は述べています。

エホバの証人たちは厳格に聖書の字句を守ろうとして、大切な憐れみ、公正、を無視します。その歩みは、イエスにより糾弾されたパリサイ人の歩みそのものです。

そのような律法主義的な見方のために、助けるべき人を助けず、むしろ処罰すべき人に不当な自由を与えています。

オーストラリアでは、そのような犠牲者のケースが1006件もデータとして支部に残されています。この自覚のない犯罪の責任は重大です。アメリカや英国、その他世界中で2万件以上の同種のケースが報告され、ものみの塔協会の世界本部ブルックリンのサーバーにデータとして保管されています。

児童性的虐待の犠牲者を援助のないまま放置する憐れみや、思いやり、公正のひとかけらもない決定を平気で下す精神態度、およびそれを求める制度や方針は神からのものではありません。


道理に欠くものみの塔の字句にこだわる聖書解釈
2人の証人による犯罪の確定。
被害者を加害者と対面させる。



道理を必要とする現実の状況
児童性的虐待の犯行は被害者と加害者の間のみ犯される。
証拠の確定のために、他の証人を要求できない。

証拠の確定のためにできること
被害者の告発を真面目に調査すること。
真相の判断は、訓練を受けた専門家チームに期待できることであり、知識も訓練もないエホバの証人の長老たちが裁ける問題ではありません。それで当局に直ちに通報し問題の調査を開始すべきです。

児童虐待保護の専門家チームは、犯罪の起きる状況や、犯罪が児童に及ぼす精神的、身体的な影響をよく知っていて的確な判断を下すでしょう。

ものみの塔協会のインチキ審理委員会は、専門家チームの助けを得て子どもたちを救出する術を最初から潰してしまっています。

親も、長老たちも、子供から性的虐待の訴えを聞いたら、直ちに専門家の助けを求めて警察に通報すべきです。

なぜ、これほど明白な道理が分からないのでしょうか。


あなたのお子さんが病気になったらどうしますか。
会衆の長老たちに見てもらいますか。
そのようなバカな判断はしないでしょう。
長老は医者ではありません。助けられるはずがありません。

病気の人には医者が必要です。
複雑な病気であれば、専門医のチームが必要です。

児童性的虐待が生じると、その子の精神及び肉体は壊れます。
被害の兆候は子供の振る舞いや体に現れるでしょう。
それは強力な状況証拠です。
ですから、問題が発覚したら、直ちに専門家チームに相談してください。



ものみの塔のインチキ審理委員会の出る幕はありません。


ルカ 5:31
イエスは答えて彼らに言われた,「健康な人に医者は必要でなく,病んでいる人に[必要]なのです

児童性的虐待の被害者は、専門家チームの精神的法的な助けを必要としています。
会衆の長老たちは必要とされる助けを備える能力がありません。
彼らができることは、直ちに助けが得られるように専門家チームを紹介することです。

マタイ 23:23
23 「偽善者なる書士とパリサイ人たち,あなた方は災いです! あなた方は,はっか・いのんど・クミンの十分の一を納めながら,律法のより重大な事柄,すなわち公正と憐れみと忠実を無視しているからです。これらこそ行なうべきことだったのです。



王立委員会で取り上げられた別の会衆はクインーズランド(Queensland)のはるか北に位置するマリーバ(Mareeba)会衆です。

その会衆では、長老の父親が娘に性的虐待をしました。
被害者の10代のBCGは、ナロジン会衆の被害者のBCBと同じように人権を踏みにじられました。

BCGは母親に問題を打ち明けました。
すると、驚くべきことに母親は、父親が彼女の姉妹たちにも何かしたと思うと答えました。
それでBCGは他の姉妹たちに尋ね、結局父親は4人の娘すべてに性的虐待を加えていたことが分かりました。

BCGは、加害者の自分の父親を含む、会衆の3人の長老たちの審理委員会の前で出来事を話す必要がありました。

BCGは次のように語っています。
会衆の3人の長老たちは父親の友人たちでした。わたしは、起きたことを彼らに話すことを大変嫌に思いました。彼らが直接聞いてこない限り、起きたことの詳細は語りませんでした。

1989年の審理委員会の数カ月後、わたしは自殺を図りました。わたしは周囲の人々の中傷や村八分の裁きに耐えられませんでした。わたしは穴を掘って死にたいと思いました。

結局父親は排斥され、わずか数年で復帰しますが、被害者のBCGには何の相談もありませんでした。1992年の11月頃父親はマリーバ会衆に復帰し会衆の成員に歓迎されますが、最終的に有罪判決を受け3年の刑期に服しました。


ナロジン会衆の被害者BCB、マリーバ会衆の被害者BCGの訴えを真剣に考慮し助けを備えたのは、本来そうすべき彼らの会衆の長老たちでも、ものみの塔協会でもなく、エホバの証人たちが警戒すべきものとみなしている、いわゆるこの世の王立委員会でした。

多くの児童虐待の被害者たちは、警察当局や裁判所が任命した世話人の助けにより、エホバの証人の非聖書的な見方や方針が生み出した耐え難い試練を乗り越え法的な勝利により自尊心の回復を得ています。

この種の問題による心の傷は、公正が満たされない限り癒えることはありえません。

人類の悲哀の大半は利己的に振る舞うものによる不公正に起因しています。
神がキリストの王国を備えたのは、侮られた公正を回復し、各々にそのわざに応じて報いるためです。

伝道 3:16-17
16 そして,わたしはさらに日の下で,公正の場に邪悪があり,義の場に邪悪があるのを見た。17 わたしは心の中で自ら言った,「[まことの]神は義なる者をも邪悪な者をも共に裁かれる。そこにはすべての事に,またすべての業に関して時があるからである」と。

伝道 4:1
1 そして,わたしは日の下で行なわれているすべての虐げの行為を見ようとして自ら引き返した。すると,見よ,虐げられている者たちの涙がある。しかし,彼らには慰めてくれる者がいなかった。彼らを虐げる者たちの側には力があった。それで彼らには慰めてくれる者がいなかったのである。

使徒 17:30-31
30 確かに,神はそうした無知の時代を見過ごしてこられはしましたが,今では,どこにおいてもすべての者が悔い改めるべきことを人類に告げておられます。31 なぜなら,ご自分が任命したひとりの人によって人の住む地を義をもって裁くために日を定め,彼を死人の中から復活させてすべての人に保証をお与えになったからです」。

コリント第二 5:10
10 わたしたちは皆キリストの裁きの座の前で明らかにされなければならないからです。こうして各人は,それが良いものであれ,いとうべきものであれ,自分が行なってきたことにしたがい,その体で行なった事柄に対する自分の報いを得るのです。


キリストの王国支配の下で、すべての人は公正の神が存在することを知るでしょう。


ものみの塔聖書冊子協会はキリストの王国と何の関係もありません。
それは、王国の子たちの会衆ではありません。
それは、王国や聖書を用いて商売を営む国際宗教企業です。

エホバの証人の社会的な孤立性、道理を外れた聖句の字句にこだわる態度や方針は、児童性的虐待犯罪の下地をつくり、被害者の救出を支援するどころか、真反対にトラウマ(trauma 心的外傷、深い心の傷)を増強するものとなっています。

全世界の2万人を超える数の被害者のことを考えると、ものみの塔聖書冊子協会の聖書解釈や組織の運営方針がクリスチャンのものでないことは明らかです。



心あるエホバの証人の兄弟姉妹の皆さん、
神の名をかたるインチキ組織ではなく、聖書の真理に従ってください。

Friday, August 7, 2015

News



8/29



 アメリカのオレゴン州で、12億9,000万円($10.6 million) の児童虐待問題の訴訟が、ものみの塔聖書冊子協会に起こされています。

$10.5 Million Lawsuit Against Jehovah's Witnesses Organizations





ザルキン法律事務所が扱っています。これはザルキン氏の扱う15番目の「ものみの塔協会」にたいする同種の訴訟です。

全米では、他の弁護士によりさらに100以上の訴訟が起こされていると見られています。
.





アメリカで、巡回の解雇が生じているようです。

ある49歳の巡回監督は、巡回の奉仕に出かける矢先に支部事務所から電話があり、「あなたの奉仕は必要なくなりました。」と告げられ解雇された模様です。

このご夫婦は10年間、巡回の奉仕をしていたそうです。
何の説明もなく、車に荷物を積んだまま終わりとなりました。

この後、リストラの荒らしが吹き荒れるかも知れません。




日本の最近

アメブロの記事を読むと、最近断絶をする兄弟姉妹たちや神権家族の方が増えているみたいですね。

これから日本の各地でインチキ「ものみの塔」を出る本物のクリスチャンたちが増えますよ。
(うれしいね。)

また、現役のJWの方たちが会衆の様子をブログに書いていますが、会衆はやる気を失っているみたいですね。

あるブログには、注解は、限られた2-3人しかしないと書かれていました。

覚醒組みのみなさんも、インチキに付き合う気力はもうないでしょう。死んだ業を横目で見るより、時間、知力、体力を自分の将来のためい使いなさい。クリスチャンの自由を楽しめますよ。



**************************************************************************


8/27


英国のBBCチャンネル5でカルトの問題の放送が始まりました。
サイエントロジーとエホバの証人の問題が取り上げられています。

双方のカルトの特徴が類似していることが良く分かります。

一例として、サイエントロジーもインターネットでの調査を禁じていました。
被害者の女性(サイエントロジーのエリートクラス)が インターネットを活用して自分の組織の問題を認識できるようになったのは、被害が深刻化してからでした。

エホバの証人の場合も、周りの社会からの孤立による情報遮断が指摘されています。

カルトの特徴のひとつは、高度の情報統制です。
その他多くのことを学べます。






************************************************************************** 


8/23


オーストラリアの王立委員会の聴聞の際に統治体のジェフリー・ジャクソンは偽証をしました。

すべてのエホバの証人は彼の答弁が現実を反映していないことを知っています。

排斥や消滅JWの扱いについてジャクソンは、できるだけ良い印象を残そうと嘘を述べています。もちろん、すべてのJW、および王立委員会の調査官たちも分かっています。


ジャクソンのでまかせの発言がJWに与える影響は大きいでしょう。


世界本部のジョニーの報告によると、

ジャクソンと統治体の身の安全のために残りの統治体のメンバーは、ジャクソンをかばっているそうです。

一般のベテル奉仕者との定例の集まりで、新たな調整について漠然とした発表がなされ、長老のベテル奉仕者たちだけの別の集まりでは、より具体的な説明がなされました。

それは、今後6ヶ月間、あるいは別に告げられるまで、「忌避」(shunning)について話すべきではなく、「矯正」とか、もっと柔らかな言葉遣いを用いるようにし、姦淫のような重大な罪の場合でも排斥をしないように特に努力するように通達されたそうです。

それは、彼らが排斥できないということではないですが、6ヶ月間、または別に告げられるまでは、それを「忌避」(shunning)と呼ばないようにと通達されています。

仮に、もはやエホバの証人でありたくないとの申し出がある場合は、そのような人々も「排斥」されません。つまり、これから6ヶ月間、または別に告げられるまでは、「排斥」(disfellowshipping)、とか「忌避」(shunning)という表現は用いないそうです。

実際の扱いは同じで、これから6ヶ月くらいは、これまでの言葉遣いを用いないということですね。

現在、ジャクソンはオーストラリアを離れ、またアメリカには戻っておらず、世界を放浪しているそうです。

統治体の他の成員は、ジャクソンが聴聞会で述べた証言のために困っており、何をすべきかを話し合っているようです。

オーストラリアの王立委員会の公式の聴聞の後に、ジャクソンは再度個人的に召喚を受け、「ものみの塔協会は排斥をしない」という彼の発言について詳しく述べるように求められたそうです。

しかし、彼はそれ以上に説明することを断ったそうです。


オーストラリアの王立委員会の聴聞会の後のニューヨークベテルでのベテル奉仕者との会合は、統治体ではないベテルの高位委員会により司会され長老グループには通達がなされました。

統治体の成員は、隠れているそうです。

ものみの塔協会は窮地に立たされています。

統治体の他のメンバーも、世界中からの声により、ジャクソンが自分たちの存在を脅かす厄介なことをしでかしたと気付き始めていると思います。

もし、ジャクソンが法的な責任を取らされたりでもしたら、統治体そのものも非協力的とみなされているので、最終的に自分たちの責任も問われるかもしれないと思っているでしょう。

それで、トカゲのシッポ切りをするかもしれません。

ものみの塔協会のオーナーの意向で、協会のイメージのために、ジャクソンの排斥、降格、ベテルからの追放があるかもしれません。

そうでなければ、引き続き痛い問題を抱え込み我慢することになるでしょう。

でも、もうこれは公になってしまっていますからね。
隠せませんし、言い訳もできませんよ。

これは、まだほんの始まりにすぎませんよ。
これから英国での聴聞会がありますよ。


アメリカでエホバの証人の兄弟姉妹たちの覚醒が急加速しています。
今日の電話会議でも、現役のJWの姉妹が、明日断絶通知を協会に送ると言っていました。


日本は、言語の障壁のために、徳川幕府の鎖国政策下の日本人みたいに、日本のJWたちは、ものみの塔協会の本拠地である英語圏での激震を
全くと言っていいほど感じていません。

1945年の大本営発表により、国が敗れたこと、天皇が神ではなく人にすぎないことを知ることになったように、日本のエホバの証人たちは、ものみの塔協会が英語圏で崩壊してから、ものみの塔協会がインチキであり、統治体が普通のおじさんにすぎないことを知ることになるでしょう。


日本に来ている宣教者の兄弟姉妹たちは、ニュースを見ないのかなぁ〜。

英語圏のニュースを見て、ネットで調査すれば、すぐ分かるのにね。


リントン兄弟姉妹
リース兄弟姉妹
アルベース兄弟姉妹
モレル兄弟姉妹
マイケル新里兄弟

みんな目覚めてよ。



現在、アメリカでは25,000件の審理委員会が行われているそうです。
しかし、これから6ヶ月間ほどは、排斥(disfellowshipping)や忌避(shunning)抑制月間となります。


インターナットのおかげで、審理委員会が始まると、その情報は直ちにネットで協会に送られます。協会はリアルタイムで各地で行われている審理委員会の模様を把握できるようになったみたいですね。





**************************************************************************








8/22



オーストラリアの王立委員会の聴聞に応じて、ものみの塔協会の統治体のジェフリージャクソンは面白い答えをしています。


調査官のステュワート氏は申命記の例をあげて、荒野でレイプされた場合、状況証拠を根拠に加害者は石打の刑に処された点を指摘し、

性的な虐待について尋ねられた時、イエスは申命記のこの部分に言及していたんじゃないですか、とジャクソンに尋ねました。

ジャクソンは、今ではなく将来「イエスに訪ねてみたい」と答えています。



また、ステュワート氏は宗教の自由と排斥による忌避について、
エホバの証人を続けるか辞めるかは個人的な選択の問題であるのに、そうする人が家族や知人などと話もできなくなるのは極めて困難で精神的に打撃の大きい選択ではないか、と尋ねます。

ジャクソンは、そう思う、と同意します。


続いてステュワート氏は、仲間外れ(shunning)は、エホバの証人の「宗教の選択の自由」の信条に反するのではありませんか、と尋ねます。

ジャクソンは、 それに同意しません(No, I don't accept that.)、と答えました。

更に、仲間外れ方針(shunning)の改善をたずねられ、
ジャクソンの答えは、No! でした。


ex-JWたちは王立委員会の聴聞を見て、ものみの塔協会のおかしな点を見極め注解をwebにupしています。真実を広める彼らの努力は、盲目のJWを覚醒させることにおいて、いずれ立派な実を生み出すでしょう。

Geoffrey Jackson Royal Commission Interview Part 2






カルフォルニアに住むバプテスマを考えている婦人がニューヨーク本部に、オーストラリアの王立委員会の聴聞とジェフリー・ジャクソンについて尋ねました。

世界本部の職員は、ニュースの情報は信ぴょう性がないと答えました。
また、ジャクソンの所在は知らないし、問題はオーストラリアの支部が扱っている述べます。

婦人は、「では、あなたは詳細を話すことは許されていないんですね。」と応じ、
イエスの兄弟のジャクソンはなぜ聴聞へ出頭して助けないのか、と聞きます。

本部の職員は答える事ができません。
ものみの塔世界本部のなんとも歯切れの悪い応対を聞くことができます。

日本ベテルに電話で尋ねるときは、録音してユーチューブにupするといいですね。


Jehovah's Witnesses Headquarters
Refuses to Answer Questions about Royal Commission





**************************************************************************




8/17


オーストラリアの王立委員会による統治体ジェフリー・ジャクソンの聴聞が実現して良かったですね。

後は、現役のJWの兄弟姉妹たちが内容を見て「ものみの塔協会」の権威構造、教えが本当に聖書に立脚しているかを調べるといいですね。



ジェフリー・ジャクソンの聴聞が実現するまでの経緯を書きます。
王立委員会の聴聞会は、7/27(月)〜8/5(水)の期間の7日を用いて行われました。

王立委員会は、7月初旬からオーストラリアを訪問していたジャクソンの聴聞会への参加を「ものみの塔協会」へ要請しました。協会は、統治体は児童虐待問題に関する制度や方針の実施や執行に関わっていないので、ジャクソンには関係する証拠の提供は期待できない旨を、王立委員会に伝えています。

この時点で、王立委員会は「ものみの塔協会」の説明を受け入れ、ジャクソンの召喚状を発行しませんでした。


王立委員会の聴聞が進むに連れて、
聴聞会の第5日までに、児童性的虐待問題で以下の問題点が浮彫になりました。

被害者の救出を阻む「2人の証人」のルール、
女性の被害者への思いやりを欠く男性だけによる審理委員会の制度、
加害容疑者が会衆に留まり被害者とのコンタクトがつづく問題、
などが明らかになりました。

加えて、問題のある制度や方針の改善については、会衆の長老、巡回監督、支部事務所、協会の法律部門などすべての階層で、統治体の権威に依存する姿勢が鮮明でした。

聴聞会の6日までに、王立委員会は、統治体の許可無くしては、何事も改善されないこと、また「ものみの塔協会」がジャクソンの聴聞を阻止していることを悟るようになります。

それで、必然的に王立委員会は、再び統治体への聴聞を望みました。
「ものみの塔」のようなトップダウンによる高度に統制された組織における制度や方針などの立案、実施、改善は組織のトップによります。

それで統治体への聴聞は必然(must)となりました。


羊たちの福祉を脅かす問題に対して、統治体の成員が、あたかもよそ事でもあるかのように無関心でいられますか。ジャクソンの態度や、他の統治体の成員の沈黙は、彼らの霊的な資格に深刻な疑いを抱かせます。

これまで、ものみの塔協会の統治体は、誠実なJWたちからの改善の訴えを協会の階級制度の各階層で潰し、無視してきました。

会衆の伝道者が協会の制度と方針に疑問を表明すると、
会衆の長老が疑問を表明する者を神権秩序と称し黙らせます。

会衆の長老が疑問を表明すると、
巡回監督や支部事務所が疑問を表明する者を神権秩序と称し黙らせます。

このようにして、統治体が作ったおかしな制度や方針は、下層の信者からの声で改善されることはありません。


国家権力の介入によってのみ、ものみの塔協会のトップとの会談が可能になる姿は、巨大組織宗教の「ものみの塔協会」が、王国の子たちの会衆でないことの証拠です。


王立委員会は、ものみの塔協会の問題を生み出している制度や方針について直接統治体のジェフリー・ジャクソンから聞くために聴聞会への召喚状をオーストラリアに滞在中のジャクソンに送りました。

ジャクソンは、王立委員会への出頭を、父親の世話を理由に断りました。

ジャクソンの態度に、王立委員会が不信を表明したために、
「ものみの塔協会」のオーストラリア支部の責任者たちは、統治体のジェフリー・ジャクソンの聴聞の必要性を否定する答弁をしています。


奉仕部門のロドニー・スピンクス(Rodney Spinks)は、6日目の聴聞のとき、
調査官のアンガス・ステュワート氏の、
オーストラリア支部で児童虐待の申し立てをどのよに扱うかについて新たな方針を発表する際、統治体の許可や証人が必要かとの質問に、

スピンクスは、
はい、統治体の許可、あるいは承認が必要ですと率直に答えず、
われわれは、それらの問題の解釈について率直に統治体と話し合うことができる、
王立委員会の提案や、オーストラリアの法の要求などはオーストラリア支部で扱える、
と言うような答弁をします。

それに対して、ステュワートは、
統治体とのやり取りを経てのみ、そうしますか、と問います。

スピンクスは、
多くのことがオーストラリア支部で決定されますが、統治体への敬意からすべて彼らと話し合います。ポイントは、決定が聖書的か、またオーストラリアの地元の必要にかなっているかという点です、と答えます。


オーストラリア支部の奉仕部門のスピンクスは、率直にすべての決定事項は統治体の許可や承認を必要としますと答えず、オーストラリア支部の裁量権を印象づけています。目的は統治体のジャクソンの聴聞をオフセットするためです。

ジャクソンの聴聞の必要について、6日目の委員会で「ものみの塔」法律顧問のMr Tokleyは、
ジャクソンの任務や責任は翻訳に関するもので児童虐待問題の制度や方針に関わるものではないので王立委員会の助けにはならないと思います、と述べています。(5:55くらいから)



王立委員会の調査官の後ろの列は、ものみの塔協会の法律家たちのセクションのようです。
Mr. Tokleyは起立してマクレラン司法官に意見を述べています。




7日目の聴聞の時、法律部門のビンセント・ツール(Vincent Toole)は、統治体の任命権や許可、承認権などを曖昧にすることを試みましたが、王立委員会は、1975年12月15日から有効、2003年2月改定の「支部組織」(Branch Organization)と題する支部マニュアルを入手していることを明らかにします。

これで統治体を頂点とする権威構造が明らかにされることになります。

支部マニュアルをとおして、執筆委員会(writing committee)や、教育委員会(teaching committee)の双方が王立委員会が調査している問題に直接関わっていることが分かります。


支部の調整者テレンス・オブライン(Terrence O'Brien)の聴聞の際、
調査官のステュワートは、ものみの塔の証人たちが曖昧に答弁してきた統治体の権威についてハッキリさせます。

ステュワート
あなたが統治体の成員でないことは分かっています。それで、あなたが分かっていることについて尋ねます。7人の統治体の成員は、毎週、統治体として会合しますね、毎週水曜日ですか。

オブライン
はい、居合わせている人たちが毎週集まります。

ステュワート
多数の出版物や方針や指針などを認可するのは統治体全員、または居合わせている人たちと言うことですね。

オブライン
はい、それらの出版は彼らが最終的に認可します。そのとおりです。

ステュワート
先日オーストラリアのエホバの証人と、オーストラリア「ものみの塔聖書冊子協会」を代表する上級弁護士が、ジャクソン氏は多分王立委員会をアシストできないでしょう、なぜなら、彼の任務は翻訳だからと言っていましたが、では、今それが受け入れられますか。それは、あなたが説明した証言と明らかにくい違っています。

オブライン
いいえ、違ってません。わたしの理解によれば、翻訳は、ジャクソン氏もメンバーである執筆委員会の下にあります。

ステュワート
彼は、他の多くの責任を持つ教育委員会の調整者でもあります。単に翻訳だけではありません。

オブライン
そうです、彼は統治体の成員です。彼は多くの . . .

ステュワート
オブラインさん、組織を代表する上級弁護士が、そうではないのにジャクソン氏の任務は翻訳に限られるとするように指示されるに至った経緯を説明できますか。


マクレラン司法官
オブラインさん、上級弁護士にそれらの指示を出したのはあなたですか。

オブライン
ジャクソン氏に関する指示ですか。

マクレラン司法官
はい。

オブライン
そうです。

マクレラン司法官
ジャクソン氏は王立委員会の聴聞にほとんど貢献できないと、わたしが思うようにし、そしてそれを期待していたということですね。

オブライン
そのとおりです。わたしは今でもそう思っています。

マクレラン司法官
なるほど、わたしは全く異なる印象を持つようになり始めていることをあなたにお伝えます。


マクラレン司法官は召喚状をジェフリー・ジャクソンへ送りました。
召喚を無視した場合は6ヶ月の実刑となります。




オーストラリアの王立委員会の聴聞に出頭して統治体と組織の方針を養護したJWのエリートたちの姿から何を学びましたか。


ものみの塔協会の絶大な権威は神からのものではないことが分かるでしょう。

神権的戦術で反面事実で切り抜けようとする姿は、どう見てもクリスチャンのものではありません。

この世の企業や地方自治体、国家の不祥事の処理班と同じような姿だったのではありませんか。



マタイ 5:37
37 ただ,あなた方の“はい”という言葉は,はいを,“いいえ”は,いいえを意味するようにしなさいこれを越えた事柄は邪悪な者から出るのです。



会衆の平信徒から統治体に至るまで、すべてが「地上における神の組織」という偽りに基づく信仰の犠牲者で、階層のトップから底辺まで、盲人が盲人を導いているのでしょう。

また、統治体の上に、ものみの塔聖書冊子協会のオーナーたちがいます。
協会のオーナーの意図や目的は下層部には知らされません。
下層部へ通達されるものは、指示や命令だけです。

エホバの証人たちは、組織の上層部から流れ来る情報、指示、任命、許可、承認、変更、教えにより、どこへでも導かれてゆくでしょう。組織に直ちに従う、分からなくても従うことが信仰であると思い込んでいるため高度に統制された組織となっています。



組織宗教は、王国の子たちの会衆ではありません。
組織宗教の中には、クリスチャンの自由はありません。

組織宗教の制度や方針、取り決めに従うことを、神やキリストに従うことと同一視することはできません。


神とキリストに従って毎日生きる人たちは幸いです。






**************************************************************************



8/9

オーストラリアを訪問中のジェフリー・ジャクソンは王立委員会の召喚を父親の危篤を言い訳に断りました。

王立委員会は、児童保護に関わる極めて重要な諮問会に出席しない態度に疑問と不快を表明しています。
8/5(水)に王立委員会の聴聞会は終了しましたが、マクレラン司法官はジェフリー・ジャクソンへ召喚状を送り来週中に聴聞を行うそうです。



ベテル奉仕者ジョニーによると、
オーストラリアにおける児童虐待の1006件分のデータは、その詳細情報がブルックリンのメインサーバーに保存されていましたが、何者かによりメインサーバーから削除されたそうです。

また、先週の月曜日(8/3)の夜、統治体をサポートする委員会から20分間にわたり、ブルックリン世界本部で特別発表があり、ウォールキル、パタソンにも中継されました。

その内容は、オーストラリアの王立委員会による協会の児童保護方針に関する聴聞についてでした。

発表者は、この問題についてベテルで高じている緊張を和らげようと試みました。
彼はベテル奉仕者にベテルに来た時「エホバと組織に献身した」決意を思い起こすように促したそうです。そしてオーストラリアの聴聞は真実を歪曲するサタンからの攻撃と捉え会衆を励ますように勧められました。

ベテル内の多くの長老たちはその勧めに同意しておらず、ものみの塔協会について最近のメディア報道について会衆から質問があれば、ジョニーも含めベテルの長老たちは事実を伝えるつもりだそうです。


英国のEnglandとWalesでも、ものみの塔協会の方針についてオーストラリアの王立委員会と同種の聴聞が当局により行われるそうです。英国では既に「ものみの塔協会」は英国慈善委員会(Charity Commission)による調査の対象とされています。


これから、ニュース記事やビデオドキュメンタリーで、多くの被害者を生み出している「ものみの塔協会」の信仰体系や聖書解釈、組織上の方針についての放送が増加して行きますので、「ものみの塔協会」の屋台骨が揺らぐと思います。




**************************************************************************


8/8

オーストラリア王立諮問委員会の「ものみの塔協会」の児童保護方針に関する聴聞の7日目に協会の法律部門のビンセント・ツール(Vincent Toole)の聴聞がありました。


協会の法律部門の詭弁を聞くことができます。ビデオは1hものです。
彼は、エホバの証人の会衆に現実には存在しないまともな回答をしています。

例えば、
児童虐待を警察当局に通報するのは個々の問題であり、だれであれ自由に通報すべきとか、
エホバの証人は社会的に孤立していないとか、
答えています。

また、神権的な戦術を知っているか尋ねられると、そんなもの知らないと即座に答えています。
言葉は知っているけど何を意味しているか知らないと言っています。

ものみの塔協会の弁護士の答弁は、
弁護士とは口からでまかせを言う人のことだと思わせます。

ものみの塔協会のインチキ統治体たちが口からでまかせに聖書解説をしているのと同じですね。


#2の58分くらいから、
オーストラリア支部の調整者テレンス・オブライン(Terrence O'Brien)から組織の権威構造などについて聞くことができます。


これらの法廷での証言は、キリスト教の伝道と何の関係もありません。
それは、一般の会社の利権保護の答弁にすぎません。
ものみの塔協会はクリスチャン会衆ではないことに気づいてください。


[Day 7; Part 1]Child Sexual Abuse Within Jehovah's Witnesses -
Live Hearing Australia: 2015-08-05



[Day 7; Part 2]Child Sexual Abuse Within Jehovah's Witnesses -
Live Hearing Australia: 2015-08-05



ビンセント・ツール(Vincent Toole)
ビンセント・ツールは「ものみの塔」オーストラリア支部の法律部門の監督です。
スティーブン・アンサンクと「ものみの塔協会」の裁判で協会を擁護するために働き、彼の法律事務所の弁護士レイチェル・バン・ウイットセン (Rachel van Witsen) は、「ものみの塔協会」を代表して以下の声明を出しました。

「忠実で思慮深い奴隷」は法的実体ではない。

ビンセント・トゥール事務弁護士たちは、「忠実で思慮深い奴隷」は「人」 (person) として存在するのでもなく、「非法人団体」 (unincorpoated body) としても存在しないし、またクリスチャンの「集団」 (body)としも存在しないという論法を提供しました。

ビンセント・トゥール事務弁護士たちは、それは単に存在しないので「忠実で思慮深い奴隷」を起訴名簿から取除くべきであると論じました。法廷でのこの声明により、「ものみの塔協会」と彼らの組織内弁護団は、訴訟の対象から忠実で思慮深い奴隷の除外を試みました。

児童保護方針に関するアンサンクが起こした訴訟をかわすため、ものみの塔協会はおよそ700万人のエホバの証人の信仰の全べての骨組みと構造を完璧に否定したことになります。協会の弁護士は、法廷で「忠実で思慮深い奴隷」とエホバの証人の教理的な教えと信条をあからさまに否定し擁護しませんでした。

「ものみの塔協会」とビンセント・トゥール事務弁護士たちは、「忠実で思慮深い奴隷」は存在せず、ひとつの「神学上の取決め」 (theological arrangement)に過ぎす、地元のエホバの証人のクリスチャン会衆との実質的なつながりがないという見方を法廷で表明しています。

彼らは、家から家の伝道の際の問題や会衆内の問題の責任を、実在しないひとつの神学上の取決めである「忠実で思慮深い奴隷」に要求できないと主張しています。


スティーブン・アンサンク (Steven Unthank)
スティーブン・アンサンクは、会衆の児童性的虐待の犠牲者の子どもたちのために、「ものみの塔協会」を相手に協会の児童保護方針を争点に訴訟を起こした兄弟です。

オーストラリアのビクトリア州の中で宗教組織と宗教の奉仕者たちのために適用される強制的な児童保護法(児童随伴労働法、Working With Children laws /WWC) があります。それは子どもたちを小児性愛者(Pedophiles)から保護するための法律で、子どもと一緒に働く大人は前歴検査を受け警察に登録し許可書を取得する必要があります。
キリスト教会のほとんどの教会は児童保護法に協力的でしたが、 「ものみの塔協会」とエホバの証人の宗教は異なった見方を主張しました。彼らは、長老たちを含めエホバの証人の成員たちにこれらの児童保護法には従う必要はないと指導しました。
3年以上に渡り、アンサンク兄弟は「ものみの塔協会」に児童保護法を遵守するよう改善をお願いしましたが無視されました。それでアンサンク兄弟は個人的に「ものみの塔協会」の刑事責任を問いビクトリアの治安判事裁判所に2011年4/19に起訴しました。起訴されるまで「も協会」は従おうとしませんでした。アンサンク兄弟の訴訟の後に、「ものみの塔協会」はその法律に従い始めました。


この訴訟によりオーストラリアの法当局の関心が「ものみの塔協会」の隠された部分に向けられるようになりました。

この問題に注目している当局者
The Honourable Ted Baillieu - Premier of Victoria (ビクトリア州知事)
The Honourable Peter Ryan - Minister for Police, Deputy Premier (警察庁長官、副長官)
The Honourable Robert Clark - Attorney-General (司法長官)
The Honourable Mary Wooldridge - Minister for Community Services (地域奉仕活動の閣僚)
The Honourable Andrew McIntosh - Minister for Crime Prevention (犯罪防止閣僚)

オーストラリア・クィーンズランドに「統治体」にまでおよぶエホバの証人の「小児セックスクラブ」があるといわれています。
「ものみの塔」は独自の「児童保護プログラム」を持っていますが、州の「児童保護法」を遵守しませんでした。他の教会は「児童保護法」の前歴検査に従っていますが、「ものみの塔協会」は勧告を何度も無視して従いませんでした。

アンサンク兄弟は、「子供と共に活動する」ことに関する2005年の州法(児童保護法)にものみの塔協会が従わないために生じている35の犯罪について、トララルゴン会衆(Traralgon)の長老全員、ビクトリア州の会衆、オーストラリア支部、統治体の全てが関わる訴訟を起こしています。

2008年7/1から2005年の「子供と共に活動する」ことに関する法律が強制となります。
アンサンク兄弟が2011年4月に訴訟を起こしたため、「ものみの塔協会」は突然2011年10月にビクトリアの諸会衆の長老宛の手紙で「直ちに法に従うように」と指示しました。手紙の内容は外部に漏らさないように指示されています。


手紙の朗読者: 長老クリス・トンプソン (CHRIS THOMPSON)
場所: オーストラリア・ビクトリア州エホバの証人のトララルゴン王国会館
日付: 公の発表 2011年 10月 / 11月 オーストラリア・ビクトリア州のエホバの証人の全ての会衆へ

「前文省略 . . .

しかしながら、成人の伝道者は、彼らの個人的な宣教として、聖書研究の司会の時など家族の一員ではない18歳未満の未成年者と定期的な接触を持つかもしれません。そのような聖書研究活動は、伝道者の個人的な宣教で、そして伝道者は、オーストラリアの「ものみの塔聖書冊子協会」の代表者でもなければボランティアでもありません。

とはいえ、個々の伝道者は、ビクトリア州の法律により児童随伴労働検査を受けることを個人的に要求されるかも知れません。それですから、もしあなたが霊的な活動のために児童随伴労働検査の適用が必要と思うなら、さらなる情報を提供する長老団の調整者にどうぞ話してください。」
「ものみの塔協会」は地元の会衆で生じる法的な問題に巻き込まれないように、野外奉仕活動は伝道者の個人的な宣教活動であるとしています。また伝道者は協会の代表でもボランティアでもないと述べて協会とのつながりを否定しています。




**************************************************************************

8/7


7月31日に実施されたオーストラリアの王立諮問会の聴聞会のビデオです。
それぞれ1hものです。かなり丁寧で教育的な聴聞がなされています。


Day 4; Part 1 Child Sexual Abuse Jehovah's Witnesses
Royal Investigation Australia 2015 07 31



Day 4; Part 2 Child Sexual Abuse Jehovah's Witnesses
Royal Investigation Australia 2015 07 31



オーストラリアの王立諮問委員会は、ものみの塔協会の児童保護方針を調査中ですが、それにより「ものみの塔協会」は面目を失いつつあります。

出頭した長老たちは、ものみの塔協会の児童保護方針に問題があること、および自分たちが被害者の保護よりも協会の保護を気にかけたこと認めています。また彼らは、会衆の3人の男性(長老)による聴聞の際に犠牲者の女性が加害者の男と対峙することや、出来事を内密にすることは、なんら問題はないと言い張りました。また、ある長老は諮問会が何のためのものかも知らずに何の準備もせずにその場に臨んでいたことが露呈しました。


「ものみの塔協会」の児童虐待方針を巡るアメリカや英国の訴訟で協会の方針を擁護している虐待問題の専門家のドクター・モニカ・アップルワイト(Dcotor Monica Applewhite)は、諮問会の聴聞で彼女の専門的な見解の問題点をオーストラリア王立諮問委員会から指摘されています。

彼女は、虐待予防においてエホバの証人は、他の全ての宗教よりもとても優れていて、「ものみの塔協会」の方針に問題点はないと専門家の見解を述べています。

最近の英国のケースでは、彼女の見解は助けにならず、「ものみの塔協会」は敗訴しています。

ドクター・アップルワイト氏は「ものみの塔」の方針に関する専門的な評価書を諮問会に提出済みですが、諮問会は、その評価書の信憑性を問題にしました。

たとえば、
彼女の評価書は、児童虐待の扱いにおいて、「ものみの塔協会」は、世界中の他の宗教組織より好ましい扱いであるとしていますが、具体的にどの宗教組織と比べたのかについて調査データを求められて、彼女は漠然とした答で調査記録を提出できませんでした。

「ものみの塔協会」の児童虐待の扱いの有効性の調査で彼女が用いたデータの出所を求められて、彼女が用いたデータは現実の世界からの調査データではなく、「ものみの塔協会」の出版物からのものであることを認めることを余儀なくされました。

つまり、彼女の提出した評価書は科学的な研究に基づいたものではなく、「ものみの塔協会」の資料に基づいく専門家の意見をまとめたものということになります。

聴聞が進むにつれて、「ものみの塔」の出版物の説明に関する彼女の理解の間違いが明らかになります。諮問会は、彼女の提出した評価書に沢山の事実誤認があることを指摘しそれを立証しています。


例えば、長老の立場についてアップルワイト氏は上位ではないとリポートしていますが、諮問会側は、長老が牧者と呼ばれ、会衆内で敬意ある立場をもち、聖霊による任命とみなされている事実は、羊と牧者間には現実の階級制度が存在することを指摘しています。

また、諮問会側は、ks10から、長老や奉仕の僕たちは会衆内で信頼される立場を与えられており、会衆はより快く子どもたちを彼らの世話や監督にゆだねるので、もし不覚にも小児性愛者がその立場につくと会衆は危険にさらされることを指摘しています。

それに応じてアップルワイト氏は、それは通例起きるべきことではないと答えています。

諮問会側は、ks10の中の通例について指摘するように要求しますが、アップルワイト氏は通例長老は婦人を一人で尋ねないことを述べますが、その他は調査が要すると述べています。


専門家から精神的な助けを受けるエホバの証人に制限が課される事をアップルワイト氏は知りませんでした。彼女は、その忠告は、エホバの証人の信条に敬意をもつ治療士を見い出すための限られたものであると思っていたと述べます。

アンガス・ステュワート(Angus Stewart)はks10から(虐待経験者たちの治療に有効な)集団療法(group therapy)は、「ものみの塔協会」では勧められていないことを指摘します。アップルワイト氏はこの点についての彼女の間違いを認めました。


諮問委員会側は、さらに重要な点について追求を深めてゆきます。

2人の証人のルール、
男たち(長老たち)だけによる審理委員会、
被害者を加害者と対峙させるやり方、

ピーター・マクレラン司法官(Justice Peter McClellan)と彼のチームは、児童虐待の扱いや予防の専門家のドクター・アップルワイト氏が上記の「ものみの塔協会」の方針をなぜ支持するのか困惑していました。

聴聞をとおして、ドクター・アップルワイト氏が大切な調査研究を怠り、「ものみの塔」のプロパガンダに引き込まれていたことが明らかになりました。

諮問会側とドクター・アップルワイト氏のやり取りをとおして、ドクター・アップルワイト氏は自らの過ちを察し始め、「ものみの塔」の方針の誤りに同意を表明せざる得なくなります。

たとえば、

マクレラン司法長官
犠牲者は、加害者と対峙する必要はないという基本事項のひとつを知っていますか。

ドクター・アップルワイト
もちろんです。

マクレラン司法長官
ものみの塔のやり方(process)は明らかにこの原則に反していませんか。

ドクター・アップルワイト
しかし、わたちの理解では犠牲者たちは手紙を書くことができます。対峙をする必要は全くありません。

マクレラン司法長官
わたしたちはそれらの方法(processes)を調べました。

ドクター・アップルワイト
はい。

アンガス・ステュワート
どこからその理解を得たのか、だれかがそのように告げたか、分かりませんが、あなたは評価書も証拠も限定しています。協会の文書はどこまで述べているでしょうか。また述べていないでしょか。

ドクター・アップルワイト
今日の審理手順において、証人からの証拠は手紙をとおしては得られないと言うことですか。

ステュワート
これらの文書によるとそうです。わたしはそのように述べました。どこかに別の審理委員会があるかもしれません。

マクレラン司法官
ちょっと違う風に言えると思います。そのことばは「とはいえ、証人たちはとても遠方に住んでいるかも知れません。」となっています。そこでの「証人」が何を意味するか、それが犠牲者を含むかどうか、または何かの理由で身体的に出席ができないためか考えるべきです。ここでは、例外について述べています。そうでないですか。

ドクター・アップルワイト
はい、そのように理解しています。

マクレラン司法官
例外でなければ、その手順はステュワート氏が述べたことを期待させ、その女の子または女性は、精神的な援助もなしに結局違反者も同席し、3人の男性と会わなければなりません。では、これは良い慣行でしょうか。

ドクター・アップルワイト
もちろん良くありません。ハッキリさせたいことは、今日彼らが行っている慣行が犠牲者が手紙を書くことを許さず、違反者と対峙しなければならず、また何の援助もなく部屋で着席しなければならないなら、それは保護(care)の標準に適合しないでしょう。

それが「ものみの塔協会」の手順であるとは理解していませんでした。そのような手順かどうかを答えられる、わたしよりも適切な人たちがいます。でも、もしそれが事実なら保護(care)の標準に達しないでしょう。

マクレラン司法官
我々にとっての困難は、これらに関する報告書をあなたが提出したことです。

ドクター・アップルワイト
はい。

マクレラン司法官
わたしたちは、あなたが述べたことが諮問会として受け入れるかどうかを判断しようとしています。もし我々がそれは良い慣行であると認めれば、他の人々はそれに倣うでしょう。分かりますか。

ドクター・アップルワイト
おっしゃるとおりです。それが良い慣行であるというつもりは決してありません。



ドクター・アップルワイト氏は、自らのトンデモナイ過ちに気づいた人のように、既に表明した自分の立場からなるべく距離を置くような気持ちをあらわにしました。



2人の証人についても、同じパターンが見られました。


児童性的虐待の被害者たちは、虐待を報告する神への責任から報告しますが、「ものみの塔協会」の2人の証人の方針により解決が閉ざされ大変なトラウマを受けることになります。

その点も指摘されています。

マクレラン司法官
ほとんど加害者と被害者だけの間でプライベイトに生じる虐待を報告する義務をもつ被害者にとって問題となるかもしれないことが分かりますか。

ドクター・アップルワイト
はい。

マクレラン司法官
他の証人がいないことなります。彼女の訴えは受理されるでしょうか。これが被害者にとって本当に困難になることが分かりますか。

ドクター・アップルワイト
全くそのとおりです。


「ものみの塔協会」の問題の扱い方により被害者が被る精神的な傷は軽くみなせません。

王立諮問会はそのことを重要視しており、「ものみの塔協会」が雇った児童虐待問題の専門家のドクター・アップルワイト氏が問題の核心を見るように導いたことが分かります。

マクレラン司法官
あなたとわたしのこれまでの論議を終えるにあたり、
エホバの証人の成員により性的に襲われたとしてある女性が訴えた場合、彼女は協会の教義を遵守する気持ちから、会衆に報告すべきと信じてそうしますが、彼女は警察当局への通報は望まず、刑事事件に関わることを望みません。そして、他の目撃証人は存在せず、虐待容疑者は自白しません。しかし、彼女の話を聞く者たちは彼女が真実を語っていることを知っています。でも彼らは何の行動も起こしません。なぜなら証拠は彼女の話だけだからです。では会衆の中で何が起きますか。わたしが思うに、虐待者は会衆にすべての特権を失わずに留まり、その女性は、もしエホバの証人として留まりたいなら、そのような状況で虐待者と関わることを要求されるとことになりませんか。それが生じることですか。

ドクター・アップルワイト
他の予測やその種のことに加え、それが起きるだろうと思います。

マクレラン司法官
それは望ましい結末ではないですね。

ドクター・アップルワイト
はい、そうではありません。



幼児性的虐待という極めて重大な精神的な傷を残す犯罪を扱う点でオーストラリアの王立諮問会は真剣に取り組んでいるようです。長期に及ぶ徹底的な調査と聴聞により、「ものみの塔協会」の間違いが公に暴かれようとしています。オーストリアにおいて1950年以来エホバの証人の中で1006人の児童性的虐待容疑者たちがものみの塔協会により確認されていますが、そのいずれも会衆により警察や保護当局への通報がなされていません。


Jehovah's Witnesses have the Worst Cases of Child Abuse Ever Seen - Ten News






Australian sex abuse report names hundreds of Jehovah Witnesses - CNN




ものみの塔協会に雇われたドクター・アップルワイト氏のような児童虐待問題の専門家も事態の深刻さに気づき始めているかもしれません。

全オーストラリアが注目する「ものみの塔協会」の児童保護方針の調査から全世界の人々が益を受けるといいですね。