Friday, February 26, 2016

すべてのことを確かめなさい。

 テサロニケ第一 5:21-22
21 すべてのことを確かめなさい。りっぱな事柄(真実)をしっかり守りなさい。22 あらゆる形の悪(嘘)を避けなさい。


橋の建設と地の曲率について

土木工学の先進国のアメリカでも橋の建設で地の曲率について言及されていますが、実際は球体モデルで必要とされる7m/10km曲率を採用していません。

たとえば、ルイジアナのポンチャトレーン(Pontchartrain)湖にかかる全長24マイル (38.62km) の橋の場合、球体モデルでは曲率を計算して384フィート (117m) の落差が生じ、その分だけ橋桁を長くする必要がありますが、実際は必要とされる延長はなされていません。

ところが橋の宣伝用の説明書には曲率を考慮して橋桁を全体で2インチ (5.08cm) 長くしたと書かれています。

それで橋の建設で言及される地の曲率は、レベルに影響しない全く実利のないデモ用の飾りです。

通常の高層建築物では鉛直線からの数センチのズレは許容されています。橋は7m/10kmの曲率を無視して造られています。

地には曲率などありません。
どの地点でも360度全方向に生じる7m/10kmの曲率など考えずに柱は鉛直線からのズレの許容範囲をキープしながら地に垂直に立ち上げます。



The Earth is FLAT ~ Lake Pontchartrain Causeway





日本でも同じで、曲率を考慮していると言っていますが、水平線の接線と球体面の弧がつくる落差を考えずに橋や道路を建設しています。つまり、考慮すべき曲率は計算に入れていません。

必要な曲率計算式
地平線からの沈下を概算できます。

(a^2 × 8インチ)/ 12 = bフィート
a: 直線距離、単位はマイル
b: 2点間の落差 (フィートをメートルにするには、× 0.3)

メートル法での計算は、
(a^2 × 20cm)× 0.004 = bメートル
a: 単位はkm



地球の曲率表のリンクです。



曲率についてなんでも相談室に質問してみました。
「エンジニアは地の曲率をどの程度考慮していますか」を見てください。


結論は、エンジニアは必要とされる2点間の7m/10kmの曲率を計算に入れていません。


東京都心の半径は約30km,で端から端まで60kmくらいの広大な都市です。
60kmで曲率を計算すると、端と端では288mのレベルの差が出ます。

写真を見る限りそのような曲率は存在していません。
全てのビルは地面に垂直に立っており、だれかさんが言っているようにビルの天辺が互いに開いてなんかいません。


The Earth is FLAT ~ gigapixel panorama






次に遠のくものが視界から消える現象について


地平線(水平線)は見えるものの収束線であり、また消失点はその上にあります。

地平線は2つの異なる媒質が接する面に生じます。
空だけ見ても媒質が1つなので地平線は生じません。空が海や陸と接するところに地平線(水平線)が生じます。

地平線に向けて目は平行にものを見ることはできません。
ものは、すべて地平線に向けて収束します。








また光は地平線に向けて交差します。
それが原因で地平線上に逆転した映像が現れたりもします。逆転画像は蜃気楼のような別の原因で生じることもあります。


大気の温度、圧力、その他の要素の変化で光は屈折したり拡散したりします。
それで蜃気楼(mirage)が生じます。

遠のく物体は、光の屈折現象で下部が隠れて見えたり、地平線より高く見えたり、さかさまに見えたりします。これらの現象は大地が曲がっているから生じるのではなく光学的な理由で生じています。

また地上や海上の遠のくものは、沈むんで見えなくなるのではなく地平線上にある、または水平線上にある消失点で消えて見えなくなります。


ユーチューブにupされている映像を確認してください。
船は次第に遠のき、やがて水平線に向かう光の交差のために船は鏡に映したように上下に逆転した映像が現れさらに遠のくと色がなくなり、水平線から下へ沈むことなく消えてゆきます。

地は球体ではありません。


Flat Earth Conspiracy.com Red Boat Video









電波(光)の屈折について

光は媒体の密度の高いほうへ屈折ます。
大気の密度は色々な要素により均一ではありません。
大気は通常下部が密度が高いので光は下へ曲がります。

レーダー電波の屈折率を参考に遠くにあるものがどのくらい下がって見えるかを知ることができます。

電波(光)は地の曲率ではなく、通常下へ屈折しますので遠くの対象物は沈んで見えます。
蜃気楼(mirage)と屈折は両方とも光の進路と関係しますが別ものです。
蜃気楼の場合、ものが浮いて見えたり逆さまに見えたりします。
ここでは、光の下方屈折による沈下を考えています。


外部環境の影響 (wiki から)
厳密に言えば電波は空気密度の変化に応じて屈折率が変化する。標準大気の屈折率は高度が高くなるにつれて直線的に減少する。それにより電波は下方に曲がりながら伝播する。またその他に、電波が地表付近を通過すると回折現象により下方に曲がりこむ。これらにより例えば水上捜索レーダーや航海レーダーの2次元レーダーの場合、レーダー水平線までの距離(最大探知距離)は見通し距離に比べ若干ではあるが拡大する。つまりより遠方の物体を探知することができる。





電波の屈折率

Radar and ARPA Manual p178  対象物の沈下早見表

レーダー地平線(horizon)の公式




遠方の大都市ののスカイラインの写真は光の屈折により下部が沈んだ映像となります。
それは地が曲がっているからではありません。
理論上の地の曲率から計算すると、50km先は200m沈みます。
この値は光の屈折による値と同じです。


シカゴスカイライン 50km先の都市の風景
100mクラスの高層ビルが地面に垂直立っているのが見えます。光の屈折により200m近く沈んで見えます。大地が曲がっているのが原因ではありません。



二つの写真は、配置は同じで単に水平線の位置がズレています。高層ビルは後ろ側にのけぞっては見えません。右側の近くからの写真と同じように垂直立っています。景色が沈むのは光の屈折のせいです。




 Zeteticism FLAT EARTH Vol 1 
The Chicago Skyline Light Refraction & the Illusion of Curvature


 






ボリビアのその地は、54km四方真っ平らな塩の平地です。そのレベルの誤差は全体で80cmしかありません。雨季には数センチの水で覆われます。水は地域全体に広がり幻想的な風景を作り出します。問題は大地が曲がっているなら水は四方へ流れ出してそこにとどまることはできません。

54^2 × 20 × 0.004 = 233m

地の曲率があるとすればその地のレベルの差は端と端で233mとなります。











南極大陸


地の球体モデルでは、極地方の距離は極点に近づけば近づくほど狭くなります。

北極地方ではそのとおりですが、南極地方では逆に距離が長くなります。
フラットアースモデルが示すように南極地方は円盤状の地の外周に当たりますので、距離はますます大きくなります。


ですから、船でも飛行機でも南極地方を東西に横断する航路はありません。そのようなことをすれば、円盤状の地の外周を回ることになりとんでもない時間がかかるからです。


ジェイムス・クラーク・ロス船長 (Captain James Clark Ross) は、球体モデルに基づく海図による南極地方の航海について以下のように述べています。

いかに我々がたびたび海図から外れてしまうことかを知った。毎日12-16マイル (19-26km) のズレが生じた。さらに南極に近づくとその距離は29マイル (46km) となった。



地の球体モデルでは南緯78度から始まる南極大陸の周囲は12,000マイル (19,200km) となります。

クック船長 (Captain Cook) やロス船長 (Captain Ross) の南極大陸1周探検は3-4年かかり50-60,000マイルほど航海しています。1周できたかどうかは不明です。

その後、イギリスのチャレンジャー (Challenger) という船による1周記録によると、その航海距離は69,000マイル (110,400km) と報告されています。

これらの事実は、球体モデルの南極大陸はインチキであることを物語ります。南極大陸は円盤状の地の周囲を囲む囲む巨大な氷の大陸です。

その巨大な氷の大陸は多くの点で極めて北極と異なります。
球体モデルでは両極は夏と冬が逆転しているだけで極夜と白夜の条件は同じで同じレベルの太陽熱を受けますが、南極は気温は北極より低く、その氷の体積の高さは2,500mに及び北極と違い夏でも解けることはありません。

また、南極地方は北極地方と異なり生物の不毛の地です。
北緯65度のアイスランドには870種の動植物の生態系がありますが、南緯54度のジョージア島ではわずか18種だけとなります。北極圏には森林がありますが、南極圏にはありません。

クック船長の航海日誌には、「木は見当たらず、南の地は永久に極寒の悲運に定められている。太陽光線のぬくもりを感じることは決してできない。このひどい荒涼とした景色を表現する言葉がない。海洋生物でさえ、広大な広がりの中のある区域にわずかしかいない。そのような孤独な海の上を飛ぶ海鳥はほとんど見られない。北極地方と南極地方の生態系の対照はとても顕著で著しい。」と記されています。


北半球と南半球の日中の長さは異なります。また日の出と日の入り(日没)の様子も違います。
(地は球体ではありませんが、便宜上北半球、南半球と表現しています。)

北半球の夏の日中の長さは、南半球の夏の日中の長さより長く、冬の日中の長さは、南半球の冬の日中より短くなります。

また、北半球の夏の日の入りの長さは、南半球の夏の日の入りよりずっと長くなります。北半球のある場所では1時間越えで日が沈みますが、南半球では数分で沈みます。


これらの違いは、球体モデルでは説明ができません。
フラットアースモデルの太陽の動きを見るとその原因が分かります。

太陽のは、1年をかけて赤道をはさんで中心側(北極側)と外側(南極側)の軌道に移動します。当然中心側の軌道は外側の軌道より短くなります。1日は24hですから、内側の軌道(北側)では太陽はゆっくり進み、外側(南側)では早く進みます。



北半球では、軌道の短い夏に太陽はゆっくり進み昼間の時間が長くなり、軌道の長い冬に太陽が早く進み昼間の時間が短くなります。また秋や冬の日の入りはつるべ落としとなります。

北半球の夏は南半球の冬となり、冬は夏となりますので北半球と逆の現象が生じます。
南半球では、軌道の短い冬に太陽はゆっくり進み昼間が長くなり、軌道の長い夏に早く進み昼間が短くなります。

日の入りは、南半球の夏は太陽が早く進みますのでつるべ落としとなります。



各国が南極大陸に建設した施設は内陸部ではなく海岸沿いの場所です。

南極は物理的に横断することはできません。

南アメリカのチリからオーストラリアのシドニーまで南極を横断して飛ぶ飛行機はありませんし、その他南極大陸に沿って南半球を東西に直行する便もありません。物理的にも経済的にも存在し得ないのです。

船の航路も同じです。


 南極大陸は横断できませんし、その周りを廻る航路もありません。







月食、日食 (lunar/solar eclipse)

従来の天体モデルでは、月食や日食の原因は、
月食の場合、地球の影で生じ、日食場合は月の影で生じるとされています。


月と太陽の見かけの大きさは同じです。


皆既日食や月食の経過時間は約7.5分です。
問題は、月も太陽も7.5分で見かけの月や太陽の半径を移動するほど早く動いていないことです。


実際の観察は、日食や月食の原因が別の天体(地上をめぐる衛星)であることを示しています。

月はそれ自体が発光体です。
別の衛星が月を覆い月食が生じます。

月が赤色に染まる現象は、透明赤色のフィルターのような天体(light filtering bodies)が発光体である月を覆うときに生じます。

LEDライトとCD(コンパクトディスク)で実験できます。
CDをLEDライトにかざすとLEDライトが透けて見えるでしょう。


1847年8月にフランスの天文台の館長は、
「少なくとも1つのかなりの大きさの地の衛星が存在する。」と述べています。

1850年に英国の科学振興団体の会長は、
「多くの恒星(fixed star)は多くの衛星を持ち、出たり消えたりする星(changeable star)、不透明な衛星が回っている。」と述べています。

上記の観察は西暦1世紀のギリシャの天文学者たちも記録に残しています。


日食を観察すると地には幾つもの衛星があることが分かります。


XPOSED , Solar Eclipses exposed !! The real deal




月食についても同じで、地の衛星を見ることができます。
月食の背景の黒い画面を注意深く見てください。天体が通過して行く様子を見ることができます。


Cause of the Solar/Lunar Eclipse



月は半透明な発光体です。
太陽の光の反射板ではありません。
日中でも満月が見えます。つまり太陽光でかき消されない光を出しています。

また日中の月は背後のサファイアブルーの空が透けて見えます。
夜はバックが暗くなるので背後が黒く透けて見えます。





ドームアース

地の円の周りには天蓋(canopy)があり地はドームでおおわれています。

地上から3,000-5,000kmの上空を運行している太陽や月の光はドームに反射して珍しい現象を生じることがあります。

例えば、幻日現象や2つの太陽、またそれらの現象の変異が見られます。従来の球体モデルではこれらの天体現象の原因を明確に説明できません。




フラットアースモデルから、それらの現象は地をおおうドームからの光の反射であることが分かります。


幻日などの現象は、地をおおうドームによります。
サラダボールを用いて同じ現象を再現できます。



幻日現象 (Sun dogs)

double sun phenomenon

Solar Halos, Sun Dogs, Sun Spokes, Rainbows





Zeteticism (FLAT EARTH) Vol.3: The Heavens Part 2: 
Sky Dome Sundog Halo Inversion Physics






太陽と月の動きのモデル

フラットアースモデルの太陽、月の動きを見てください。
これは、実際の動きではなく理解を助けるためのデモ用です。



How the 4 seasons work on the Flat Earth model







 おまけ、


コクピットから見る風景



Saturday, February 20, 2016

夕となり、朝となった

ものの見え方

高さ、幅、奥行きのある3次元空間に住むわたしたちの目は遠近法で周囲をとらえています。

3次元空間を2次元空間で表現すると遠近法の特徴がより良く分かります。

目が見つめる先が焦点となり、そこに向けて上下左右から視界が収縮して行きます。
対象物が遠ざかれば、だんだん小さくなり視野から消えて行きます。

人の目は360度に広がる地平線を見ることができます。大地が平らなので地平線は直線に見えます。球体モデルでは、大地は7m/10kmの曲がりがあることになりますが、高度100km近くの宇宙空間から地を見ても全地を見渡せないため地上と同様360度に広がる地平線を見ることになり、地平線は地上と変わらずは直線です。それは地が平らであることの証拠です。


NASAの未加工映像で地平線が直線であることを確認できます。

FLAT EARTH VIEW FROM 317 000 feet - 96 km (NASA footage)


NASAが公開している写真は魚眼レンズによる映像です。
またNASAは球体モデルに合わせて画像の修正を行っています。
NASAのインサイダーたちはNASAのインチキの実態を暴露しています。

多くの人たちが政治、経済、宗教、科学などの嘘に気づくようになって暴露を展開しています。
インターネットをとおして知った情報を拡散する人たちのおかげでインチキの崩壊が加速しています。



太陽中心モデル(heliocentric model)

地は球体で自転し太陽の回りを公転しているというアイディア
フリーメイソンのコペルニクス、ガリレオ以来常識とされほとんど全世界の人が疑うことなく(検証することなく)信じ込んでいます。

聖書にあるとおり世界は邪悪なものにハイジャックされています。
宗教も科学も嘘で作られています。
人々は嘘の奴隷となっています。




遠近感(perspective)

人の周囲360度に広がる地平線上に視界の消失点(Vanishing Point)があります。
そこが目の見える限界となります。

遠近感は消失点(Vanishing Point)に向けて生じます。


景色は地平線上の消失点(Vanishing Point)に向けて収束していくように目に映ります。

電柱の高さは同じですが地平線に向けて徐々に低くなり消失点で見えなくなります。

地面も同様に次第に幅が狭くなり地平線上の消失点で見えなくなります。

このような見え方から遠近感が生じます。





上空にある雲は視野の消失点のある地平線(水平線)に向けて下っていくように見え、大地は上っていくように見えます。

この見え方により遠近感が生じます。ですから飛行機でも太陽でも上空にあるものは遠ざかるとき地平線に向けて沈み、近づくとき地平線から上るように見えます。

地平線は視野の消失点でもありますから、日が沈み太陽は見えなくなり夜になります。太陽も月もスポットライトのような凹面版と考えられます。


次第に遠のき地平線に向けて降下してゆく太陽
消失点の先まで遠のくと視界から消えて見えなくなり夜が来ます。



太陽の軌道が冬至のラインのとき南極地方に白夜が生じ、
夏至の青ラインのとき北極地方が白夜となります。


創世記 1:14-19
14 次いで神は言われた,「天の大空に光体が生じて昼と夜とを区分するように。それらはしるしとなり,季節のため,また日と年のためのものとなる。15 そしてそれらは天の大空にあって光体となり,地の上を照らすことになる」。するとそのようになった。16 そして神は二つの大きな光体を,すなわち大きいほうの光体は昼を支配させるため,小さいほうの光体は夜を支配させるために造ってゆかれ,また星をも[同じようにされた]。17 こうして神はそれらを天の大空に置いて地の上を照らさせ,18 昼と夜とを支配させ,光と闇とを区分させた。それから神は[それを]良いとご覧になった。19 こうして夕となり,朝となった。四日目である。


注) 南極地方の白夜のメカニズムは上記のモデルでは説明できません。原因となる別の要素があると思います。


↑ 南極地方に白夜はないかもしれません。調べてみます。

あとで記事をUpします。


地球の公転面の垂線に対して地軸が約23.4度傾いているため、夏に一日中太陽のほうを向くことになる地域がある。 そういった地域の夏は、夜になっても太陽がほとんど沈まない。 白夜が起きるのは概ね緯度が66.6度(90度-23.4度)以上の地方であり、北緯66.6度以北の地方を北極圏、南緯66.6度以南の地方を南極圏という。


南極地方でも北極地方でも白夜あるとされています。 


南極地方の白夜の有無は従来モデルとフラットアースモデルの致命的な対立点と思います。
どちらかがインチキだと思います。


環境省の子供向け「なんきょくキッズ」HPでは、
昭和基地では約45日間、南極点では約半年間の極夜と白夜が続きますと書かれています。

極夜とは太陽が昇らない日、白夜とは太陽が沈まない日のことです。
12月から1月にかけて白夜となるようです。



フラットアース社会の(flat earth society)の解説では、南極地方に白夜はないという主張が大半ですが、異なる見方もあります。


以下にあげる見方に真実があるように思います。

ポイントは平らで円形の大地はいわゆる天蓋(canopy)で覆われていていてそれが太陽光の経路となるとする見方です。




Antarctica midnight sun - square flat earth

 




創世記 1:6-8
6 次いで神は言われた,「水の間に大空が生じ,水と水との間に区分ができるように」。7 そうして神は大空を造り,大空の下に来る水と大空の上方に来る水とを区分してゆかれた。そしてそのようになった。8 そして神は大空を“天”と呼ぶことにされた。こうして夕となり,朝となった。二日目である。

ペテロ第二 3:5-6
5 . . . 神の言葉によって,昔から天があり,地は水の中から,そして水の中に引き締まったかたちで立っていました。6 そして,それによってその時の世は,大洪水に覆われた時に滅びを被ったのです。


地上を覆う天蓋の素材が何なのかは不明ですが、覆いが存在するのは事実と思います。
その存在が太陽の見かけの運行と関係あるように思います。

Friday, February 19, 2016

洗脳の力

ある人は、十分な状況証拠を見ても、従来のインチキ自転公転モデルから抜け出せず、そのモデルに沿ってしか推論できません。それが洗脳の力です。

信じているモデルの崩壊を防ぐ視点でしか推論できないのです。

まるで、ものみの塔インチキ神の組織とエホバの証人の関係のようだね。


月の満ち欠け、月食、日食の原因をインチキモデルでしか推論できない人たちは、
インチキモデルの尺度でフラットアースモデルを見るので、十分納得できる証拠を無効にできるかのような発言をします。


大地が平らで自転も公転もしていない証拠
  • 水平線は曲がっていない。
  • ジャイロは大地の回転を示していない。
  • 赤道上の回転速度が超音速の460m/sでは生物は生きられない。
  • 地球は電車のように躯体で覆われていないので大気は圧力0の宇宙空間に飛散する。
  • 船と飛行機の実際の運航はフラットアースモデルに従うものである。

加えて、大地の自転公転モデルの矛盾を回避するために、つじつまをあわせに、地の公転に合わせて1日の自転は361度と言って都合のいい言い訳をしています。

統治体のスプレーンが2つの重なる世代について説明しているみたいだね。



ある人が自転公転モデルを捨て去ることはできなくても、それはそれで結構なことです。
それは神の救いと関係ないからです。


自転公転モデルにしがみつく人は月を単に太陽の反射鏡としか見ていません。

そこがインチキであることに気づきません。

なぜでしょうか、聖書も神の力も知らないからです。

マタイ 22:29
29 イエスは答えて言われた,「あなた方は間違っています。聖書も神の力も知らないからです。」

月は太陽の光を反射している鏡ではありません。
月は発光体です。

月の光と太陽の光は性質が違います。
それは、蛍の光と電球の光の性質が違う以上に異なります。

太陽の光は熱を出しますが、月の光は熱を吸収します。

満月のときに、月光の温度を測定してください。

月光が直接当たっているところは、月光の影のところより温度が低いでしょう。
太陽光の場合、日向は影より温度が高くなります。
多くの人が実験して確認しています。


Flat Earth: Moonlight vs Moonshade temperature test

この実験では月光が直接当たっているところの温度は76.4Fで、影のところの温度は78.4Fでした。




神は月を太陽とは異なる発行体として創造しました。


星も同じで、それぞれの栄光は異なると言われているとおりです。

コリント第一 15:41
41 太陽の栄光は一つの種類であり,月の栄光はまた別であり,星の栄光はまた別です。事実,星は他の星と栄光の点で異なります。


太陽も月も発光体です。

創世記 1:16
16 そして神は二つの大きな光体を,すなわち大きいほうの光体は昼を支配させるため,小さいほうの光体は夜を支配させるために造ってゆかれ,また星をも[同じようにされた]。

エレミヤ 31:35
35 エホバ,すなわち,昼の光のために太陽を,夜の光のために月と星の法令を与える方,海をかき立ててその波を騒ぎ立たせる方,その名を万軍のエホバという方はこのように言われた。

月は、夜の光のための発光体で神の定めた法令に従い満ち欠けを繰り返しています。
そのメカニズムの解明に自転公転インチキモデルは不要です。
インチキは役にたたないので捨て去りなさい。
やがて真実が正確に解明されるでしょう。




大地は不動で太陽と月が地の上空を動いています。

ハバクク 3:11
11 太陽は,月は,その高大な住みかで静止しました。あなたの矢は光のように進みました。あなたの槍の稲妻は輝き照らすものとなりました。

太陽と月がその高大なすみかで静止したという表現からそれら2つの発行体が動いていることがわかります。

また、月は単に太陽光線の反射鏡ではありません。

マタイ 4:29
29 「それらの日の患難のすぐ後に,太陽は暗くなり,月はその光を放たず,星は天から落ち,天のもろもろの力は揺り動かされるでしょう。

月はその光を放たずと言われていますので、月は反射鏡ではなく発行体であることが分かります。



月と太陽は個別の異なる発行体でその光の性質は異なります。
また、それぞれが独自の法令に従って運航しています。

ですから、満月の月が日中の上空に現れたりもします。

その現象について、インチキモデル信奉者たちは、
「昼間に月が見えるのは、空が明るくてもかき消されない光を反射しているからです。」とか
「ですから日中の青空の中に満月が見えるようなことはありません。」とか言っています。






おまけ2つ


南極について

南極は1961年以来、南極条約によりアンタッチャブルにされています。
そこでの軍拡、主権の主張はできません。
平和目的と科学的研究のためだけに限定されています。
そこでの活動は申請と監視を要します。

その地が地の円の端であることがバレてはこまるのでアンタッチャブルにしました。

最初に条約に署名した国は以下の12か国です。
日本、アメリカ合衆国、イギリス、フランス、ソビエト連邦(現ロシア)、アルゼンチン、オーストラリア、ベルギー、チリ、ニュージーランド、ノルウェー、南アフリカ

現在53の国が条約に加盟しています。



南極のインチキを暴く方法

船で南極を1周するとよい。
そうするとフラットアースの外円沿いを巡るので何年もかかるでしょう。


 南極が洋上の大陸でないことが分かるでしょう。





太陽や月の実体について

太陽も月も球体ではありません。
また太陽で核融合反応は起きていません。
科学者のだれも何が起きているか知りません。

インチキモデルにしがみつく人の思いはいつまでたっても奴隷です。


Eric Dollard The Sun is not what we wave been told.!!!

インチキの崩壊

太陽までの距離

太陽までの距離は、春分・秋分 (equinox) のときの赤道上の2点で測定すれば南中高度が90度となり、より正確な距離が分かります。世界各地で測定がなされ、地表から太陽までの距離は3000-5000マイル(4,800-8,000km)と見られています。その距離は大気圏を越えて宇宙空間となります。またそこはバンアレン帯(2,000-20,000km上空)と呼ばれるプラズマ粒子の層に当たります。それは、太陽がそこにあるという強力な状況証拠のひとつと言えます。また人類は高放射能領域の致命的なバンアレン帯を通過することはできません。1960年代の月面着陸はインチキで当時のニクソン政権が映画監督のスタンリー・クーブリックに依頼してロンドンの撮影所で製作されたフィクションです。

太陽は149,600,000kmもかなたにはありません。
地表から4800-8000km上空の宇宙空間にあります。そこはプラズマの高放射能領域です。
地表に降り注ぐ太陽光線は、はるか彼方からの平行光線ではなく、光源の近さを物語る放射状です。




人類は高度400kmを超えて宇宙空間に飛び出したことはありません。




NASAが提供した月の石はインチであることは今や周知となっています。NASAが提供している地球の衛星写真はフォトショップで加工されたインチキです。大地は球ではありません。また南極も洋上の大陸ではありません。地が平らな円形で氷の大地の南極は円周の端です。これらの事実は18世紀の地理学者や科学者たちにより確証されながらも悪魔崇拝者のフリーメイソンのインチキ科学により抑圧され葬り去れたものです。17世紀は、地動説、進化論、聖書の高等批評が開花し、それ以来聖書の神、天地の創造者に対する信仰への攻撃がつづいています。


インターネットのおかげで葬り去られてきた真実の情報の再発掘がなされ、多くの人々が覚醒し観察される現象証拠を確認し世紀をまたがる国際的嘘が崩壊しています。



大地に曲率は存在しません。


地球の半径 6,400km
円周 40,000km(4万キロ)
曲率 7m/10km
とされていますが、観察される事実の裏付けのないインチキです。


ベッドフォード水準実験 (Bedford Level Experiment)
英国のノーフォーク(Norforlk)のベッドフォード川で、19世紀、および20世紀初頭にかけて行われた水平面実験のことです。

最初の実験はサムエル・バーリィ・ローバトム(Samuel Birley Rowbotham, 1816-1884)により1838年の夏に行われました。彼は川の中央に水面から8インチ(20㎝)上に望遠鏡をセットしました。そして望遠鏡をとおして1.5mのマストをもつボートが遠ざかる様子を観察しました。ボートは6マイル(9.6km)先のウェルニー橋(Welney bridge)まで、徐々に沈むこともなく全て見えていました。

大地が球状であるなら6マイル(9.6km)先は24フィート(7m)水平面から下がることになりますが、現実はそうではありませんでした。


 The Bedford Level Flat Earth Experiment


この実験により大地が球状ではないことが証明されました。

それ以来、多くの人が実験を繰り返しローボトムと同じ結論に至っています。

このようにしてflat earth societyが形成されました。

天体望遠鏡を使って浜辺に行って10km先を"ちゃ~ん"と見てごらん。
船でも対岸の町でも"ちゃ~ん"と見えます。


 世界で一番長い橋丹陽-昆山特大橋(たんようこんざんとくだいばし)全長が164.8km


道路、橋、線路の設計者は大地の7m/10km曲率を計算に入れずに構造物をつくります。


今日多くの人が天体望遠鏡やレーザー光線を使って10km先を見て大地が球状でないことを確認しています。


Pentax 55x zoom PAIR lens viewing ship at various distances


水平線の彼方から、マストの先から徐々に船が見えてくるという話しはインチキでした。



また、NASAの提供する魚眼レンズの写真と異なり気象観測バルーンのカメラが捕らえている地平線は直線で曲がっていません。

 20マイル(32km)上空から見たの地平線は直線です。NASAの写真はインチキです。


多くのパイロットは地平線の曲がりを見ていませんし、地の曲率などないので飛行の際にジャイロの水平位置も変化しません。パイロットたちの覚醒が進んでいます。

去年あたりからユーチューブに映像が沢山UPされるようになっています。

インチキ科学も、フリーメイソンの息のかかった「ものみの塔」と同じでもう終わりだね。



地は自転も公転もしていません。

ジャイロによる証明

ジャイロは周囲の変化に関わらず、常に定まった方位性を保ちます。
回転盤にジャイロを据えて回転盤を回すと、ジャイロの土台は回転盤と共に動きますが、ジャイロの絶対的な向きは変わりません。もし大地が回転しているなら、ジャイロの土台は24hに一回転することになりますが、そのようなことはありません。つまり大地は回転していません。


Is Earth Moving? 




振り子について

振り子は単振動運動をしています。振り子の単振動運動の特徴は8の字の軌道を描くことです。歳差運動と言われているものについてはもっと調査研究の必要があります。それは大地の自転と関係なく大地の自転を証明するものではありません。





地球の自転と公転の矛盾

地球が24hで1回転するとしましょう。
そうすると東京は24hで元の位置に戻ってきます。
東京の位置は地球の公転と関係なく1日経つといつも同じ位置に戻ります。

では、自転する地球が太陽の回りを公転するモデルが作り出す矛盾を見て目覚めなさい。

  •  昼の12:00pmの東京の位置は右側、つまり太陽側
  •  夏の昼の12:00pmの東京の位置は24hで1回自転して元にもどってやはり右側(時刻は朝の6:00am)
  •  夏の昼の12:00pmの東京の位置は24hで1回自転して元にもどってやはり右側(時刻は夜中の0:00am)
  •  夏の昼の12:00pmの東京の位置は24hで1回自転して元にもどってやはり右側(時刻は夕方の6:00pm)

現実は、地球の自転速度が変化することは無く、6ヶ月で昼と夜が逆転することもありません。

大地の自転、公転モデルは始めから破綻しています。



正しいモデル
 
Flat earth animation. Sunlight & timezones 





大地が球体で24hに1回自転しているモデルの問題点

地球の円周の長さは赤道で4万kmと言われています。
ではその地点の回転速度は、4万km/24h = 1666,666 時速1,666kmとなります。秒速460mで音速よりも早くなります。

そうなると強力な遠心力で全てが宇宙空間へ吹き飛ばされるでしょう。
地球の重力が大気を引きつけていると言うなら、それはど強い重力が働いているので地上で動けるものは一つも無いでしょう。

宇宙空間は真空で圧力はありませんので外部の圧力は0といえます。
他方大気は圧力を持ちます。加えて地球の自転によるすさまじい遠心力も加わります。
大気が地表に留まれるはずがありません。圧力0の宇宙空間へ飛散してゆくでしょう。
洗濯機の脱水モードで洗濯物の水が外へ飛び散るのと同じです。



フリーメイソン考案の地球、天体インチキモデルは面白いね。


球体アースはインチキで、現実はフラットアースです。
そして、船や飛行機の運航は現実に合わせて行う以外に術がありません。


左側は現実の飛行機の運行経路を示しています。
右側はその経路をフラットアースの地図上に描いたものです。
飛行ルートは球体モデルでは合理的ではありませんが、フラットアースでは合理的な最短コースとなっています。

オーストラリアのシドニーからチリのサンティアゴまでのフライトには太平洋を横断する直行便はありません。必ず北アメリカ経由で南に下ります。

なぜ、ストレートに東に飛ぶ最短コースを取らないのでしょうか。

それは、地が球体でないためそのようなコースは物理的に最長コースとなり経費が余分にかかるからです。

それで、シドニー ⇒ 北アメリカ ⇒ サンティアゴのコースとなります。

右のフラットアースの地図をみれば、そのコースが直線で最短コースとなっていることが分かります。

地は平です。





おまけ


666にとりつかれたフリーメイソン



Earth's axis = 23.4 degrees minus 90 degrees = 66.6 degrees


Wednesday, February 17, 2016

王や支配者たちの前で

魔術とアルテミス崇拝の中心地エフェソスでの宣教活動の成果を残してパウロは西暦56年エルサレムに到着します。

パウロの宗教裁判により生じたエルサレムからローマへの旅は、支配者たちの前での証言の機会となります。


エルサレム入りしたパウロはヤコブに会い集まる兄弟たちに諸国民の間での活動を報告し、兄弟たちは神の栄光をたたえ始めました。

しかし、当地のユダヤ人たちはパウロが律法を軽視する教えを広めているとのうわさを聞いており、律法に熱心なユダヤ人からの不当ないいがかりを避けるために、エルサレムの兄弟たちはパウロに律法の規定に従って清めの儀式を行うことを求めます。

パウロは兄弟たちの助言に従って清めの儀式を行い、その儀式が完了する7日目にアジアから来ていたユダヤ人たちがパウロが神殿にいるのを見て、パウロが異邦人を神殿に入れたと勘違いし騒ぎを起こします。




使徒 21:27-40
27 さて,その七日が完了しようとしていた時,アジアから来たユダヤ人たちは,彼が神殿にいるのを見て,全群衆を混乱させようとし,彼に手をかけて 28 こう叫んだ。「イスラエルの人たち,手伝ってくれ! これは,いたるところで,すべての者に,この民と律法とこの場所に逆らったことを教える男だ。そのうえ,ギリシャ人を神殿に連れ込んで,この聖なる場所を汚すことさえしたのだ」。29 これは,先にエフェソス人のトロフィモが彼と一緒に市内にいるのを人々が見たからで,パウロが彼を神殿に連れ込んだものと思ったのである。30 そのため,市全体が騒動になり,民は駆け寄って来た。そして彼らはパウロを捕まえて神殿の外に引きずり出した。それからすぐに戸が閉じられた。31 こうして彼らが[パウロ]を殺そうとしている間に,エルサレムじゅうが混乱しているとの知らせが部隊の司令官のところに届いた。32 それで彼は直ちに兵士と士官たちを連れ,彼らのところに駆け下りた。軍司令官と兵士たちを見かけると,彼らはパウロを打ちたたくのをやめた


33 軍司令官はすぐに近づいて彼を捕まえ,二本の鎖で縛るように命令した。そして,彼がどういう者なのか,また何をしたのかを尋ねた。34 しかし,群衆のある者はこのことを,ほかの者は別のことを叫び立てるのであった。それで,騒がしさのために自分では確かなことが何も分からないので,彼は[パウロ]を兵営に連れて行くように命令した。35 しかし,彼が階段に差しかかると,群衆の暴行のため,兵士たちに担がれて行かねばならないほどになった。36 大勢の民が,「彼を除いてしまえ!」と叫びながら,あとに付いて来たからである。


37 さて,兵営内に引き入れられようとした時,パウロは軍司令官に言った,「少しお話ししてもよいでしょうか」。彼は言った,「お前はギリシャ語を話せるのか。38 まさかお前は,先ごろ暴動を起こし,短剣[を持った]四千人の男を荒野に連れ出したあのエジプト人ではないだろうな」。39 そこでパウロは言った,「わたしは実際にユダヤ人で,キリキアのタルソスの者,れっきとした都市の市民です。ですから,お願いします,民に話すことを許可してください」。40 彼が許可を与えると,パウロは階段の上に立ち,民に向かって手を振って合図をした。すっかり静かになった時,彼はヘブライ語で話しかけてこう言った。



パウロがイエスやイエスの12使徒たちと同年代とすると、パウロの年齢は50代ということになります。

パウロの宣教旅行
第1回目 西暦47-49年
第2回目 西暦49-52年
第3回目 西暦52-56年

パウロは40-50代に10年間の宣教旅行を行い多くの艱難に遭遇し、今エルサレムで怒り狂う群集から打ち叩かれローマの兵士により救出されました。

イエスの選びの器としてのパウロの経験は、イエスのことばのとおりになりました。

使徒 9:15-16
15 しかし主は彼に言われた,「行きなさい。わたしにとってこの者は,わたしの名を諸国民に,また王たちやイスラエルの子らに携えて行くための選びの器だからです。16 彼がわたしの名のためにいかに多くの苦しみを受けねばならないかを,わたしは彼にはっきり示すのです」。

クリスチャンの迫害の先鋒であったタルソスのサウロがキリストのことばを聞いた西暦33年は、彼の年齢も30歳前後だったと思います。


50代半ばの使徒パウロは、騒ぎ立つ群集にヘブライ語で話しかけます。

この事実は、ユダヤ人を対象に書かれたマタイによる福音書が当初ヘブライ語で書かれ、後にアラム語やギリシャ語に翻訳されたことを裏付ける状況証拠となります。

そして、ヘブライ語には臨在ということばはありません。
臨在と訳されるギリシャ語 Parousia はマタイの福音書だけに用いられています。
しかし、マルコやルカによる福音書にはそのことばは使われていません。

ヘブライ語で書かれたマタイの福音書には当初「臨在」ということばはありませんでした。
そのギリシャ語は、後日ギリシャ語に訳された際に用いられるようになりました。
そして、その意味は「ものみの塔」の解釈よりも「到来」を意味していると見た方が聖書全体の真理と調和します。



パウロは群集に何を告げたのでしょうか。


使徒 22 :1-26
1 「皆さん,兄弟たちと父たち,今,あなた方に対するわたしの弁明を聞いてください」。2 (さて,彼がヘブライ語で話しかけてくるのを聞いて,人々はいよいよ静かになった。そこで彼は言った,)3 「わたしはユダヤ人で,キリキアのタルソスで生まれましたが,この都市においてガマリエルの足下で教育され,先祖の律法の厳格さに応じた教えを受けており,今日のあなた方すべてと同じように神に対して熱心な者です。4 そして,この道[の者]を死に至らせるまでも迫害し,男も女も縛って獄に引き渡しました。5 この点は,大祭司も年長者会の全員もわたしのことを証しできます。わたしはこの人たちからダマスカスにいる兄弟たちへの手紙も手に入れ,そこにいる者たちも罰するため,縛ってエルサレムに連れて来ようと道を進んでいました。
6 「ところが,わたしが旅をしてダマスカスのすぐ近くに来た時,真昼ごろでしたが,突然天から強烈な光がわたしのまわり一帯にぱっと光り,7 わたしは地面に倒れて,『サウロ,サウロ,なぜあなたはわたしを迫害しているのか』と自分に言う声を聞きました。



8 わたしは,『主よ,あなたはどなたですか』と答えました。すると彼は,『わたしはナザレ人のイエス,あなたが迫害している者です』と言われました。9 ところで,わたしと一緒にいた人たちは,光は確かに見たのですが,わたしに話している方の声は聞き取りませんでした。10 そこでわたしは,『主よ,わたしはどうしたらよいのでしょうか』と言いました。主はわたしにこう言われました。『起きて,ダマスカスに入りなさい。そうすれば,あなたが行なうように定められている事柄はみな告げられるでしょう』。11 しかしわたしはその光の輝きのために何も見ることができなかったので,一緒にいた者たちの手に引かれてダマスカスに着きました。
12 「さて,律法にかなった敬虔な人で,そこに住むすべてのユダヤ人からも良い評判のあるアナニアという人が,13 わたしのところにやって来てそばに立ち,『サウロ,兄弟よ,再び視力を得なさい!』と言いました。まさにその時,わたしは目を上げて彼を見たのです。14 彼はこう言いました。『わたしたちの父祖の神は,そのご意志を知り,義なる方を見,その口の声を聞くようにとあなたをお選びになりました。15 あなたは,自分の見聞きした事柄につき,すべての人に対してその方の証人となるからです。16 それで今,なぜためらうのですか。立って,バプテスマを受け,その名を呼び求めてあなたの罪を洗い去りなさい』。
17 「ところが,エルサレムに帰って神殿で祈りをしていると,わたしはこうこつとした状態になり,18 その方がわたしに,『急いで,早くエルサレムから出なさい。彼らは,わたしについてのあなたの証しに同意しないからです』と言っておられるのを見ました。19 それでわたしはこう言いました。『主よ,わたしが次から次へと会堂をまわり,あなたを信じて頼っている者たちを投獄したりむち打ったりしたことを,彼ら自身がよく知っています。20 しかも,あなたの証人ステファノの血が流された時には,私もそばに立ってそれを是認し,彼を除き去ろうとしている者たちの外衣の番をしていたのです』。21 でもその方は,『行きなさい。わたしは,あなたを遠く諸国民に遣わすからです』と言われました」。
22 さて,彼らはこの言葉のところまでずっと彼[の話]を聴いていたが,ここで声を張り上げて言った,「こんな[男]は地上から除いてしまえ。生きている値うちなどなかったのだ!」23 そして,彼らが叫んだり,外衣を振り回したり,塵を空中にほうり上げたりするので,24 軍司令官は,彼を兵営の中に連れて行くように命じ,またむち打って取り調べるようにと言った。どんな理由で人々が彼に向かってこのように叫びたてるのかを十分に知ろうとしてであった。25 しかし,むち打ちのために[兵士]たちが彼[の手足]を伸ばした時,パウロはそこに立っている士官に言った,「ローマ人で有罪の宣告を受けてもいない者を,あなた方はむち打ってもよいのですか」。26 すると,士官はこれを聞いて軍司令官のところに行き,「どうされますか。この人はローマ人なのです」と報告した。


パウロは、ユダヤ人に兄弟たちと呼びかけています。
なぜでしょうか、なぜなら同じエホバ神を崇拝しているからです。

それは、何を意味していますか。

神の概念はユダヤ教もクリスチャンも同じであるということです。
ユダヤ人はエホバを唯一真の神、天地の創造者、命の源と信じています。
クリスチャンも同じようにエホバ神を信じています。

ユダヤ教にはキリスト教世界が主張する三位一体の神の概念はありません。
三位一体の教えはギリシャ哲学やバビロニアやエジプトの異教の神々からのものです。
真のクリスチャンにもそのような意味不明、説明不能の異教の哲学的な概念はありません。


ユダヤ教とキリスト教の違いは、
イエスを神のメシア(ギリシャ語でキリスト)として受け入れるかどうかの違いです。


当時のユダヤ人たちは、宗教指導者たちの扇動によりナザレのイエスをメシアとして信じることなく刑柱上で殺害しました。

ユダヤ教の宗教指導者たちの動機は、自らの立場と支配権を維持することでした。それで奇跡を行う神のメシアをローマ帝国の権威を借りて殺害しました。キリストの罪のない死は、神のご意志であり、それによって全類を死から救出するための贖いが備えられました。

キリストは死に至るまでの忠実さにより勝利者となり復活しました。

その事実はイエスが神のキリストであることの証拠であり、パウロはその復活の直接の証人のひとりとなります。

復活したキリストに遭遇したパウロにはキリストの復活について証しする信仰と意欲があり、ユダヤ人の群集に向かってキリストの復活について語りました。


そもそもキリストを殺したユダヤ人の群集の反応はあからさまでした。
彼らは、キリストを殺し、その復活の証人たちも除き去るつもりでした。

ユダヤ教は正しい神の概念は持ってはいても神のご意志に逆らい神のキリストを拒絶しています。



ローマの兵士に救出されたパウロは、ローマの市民権を主張し拷問をともなう軍司令官の取り調べを回避します。その後、軍司令官はユダヤ人のサンヘドリンを招集しパウロをユダヤ教の宗教裁判の場に連れ出します。


サンヘドリン(宗教裁判)は、復活をめぐり紛糾します。



使徒 23:1-10
1 パウロはサンヘドリンをじっと見ながら言った,「皆さん,兄弟たち,わたしはこの日に至るまで,神のみ前で全く汚れない良心を抱いて行動してきました」。2 これに対して大祭司アナニアは,彼の口を打つようにと彼のそばに立っている者たちに命じた。3 そこでパウロは彼に言った,「神があなたを打たれるでしょう,白く塗った壁よ。あなたは律法にしたがってわたしを裁くために座していながら,しかもなお律法を踏み越えてわたしを打つように命令するのですか」。4 そばに立っている者たちが言った,「お前は神の大祭司のことをののしるのか」。5 するとパウロは言った,「兄弟たち,わたしは彼が大祭司であるとは知りませんでした。『あなたは,あなたの民の支配者を悪く言ってはならない』と書いてあるからです」。
6 さて,一部がサドカイ人で,他がパリサイ人であることに気づくと,パウロはサンヘドリンの中でさらにこう叫んだ。「皆さん,兄弟たち,わたしはパリサイ人であり,パリサイ人の子です。死人の復活の希望に関してわたしは裁かれているのです」。7 彼がこう言ったので,パリサイ人とサドカイ人の間に争論が起こり,その場の大勢の者は二つに分かれた。8 サドカイ人は,復活もみ使いも霊もないと言うのに対し,パリサイ人はそれらすべてについて公に宣明するからである。9 そのために声高な叫び合いとなり,パリサイ派の書士幾人かが立ち上がって激しい主張を始め,「わたしたちはこの人に何の悪も見いださない。もし霊か,み使いが彼に話したのであれば,―」と言った。10 さて,争論が大きくなった時,軍司令官はパウロが彼らに引き裂かれることを恐れ,兵隊に,下りて行って彼らの中から[パウロ]を奪い出し,兵営の中に連れて来るよう命令した。


ユダヤ教のサドカイ派はマカベア家の支配を支持した政治的な派閥で、み使いも霊も、復活も信じていません。他方、パリサイ派は厳格な律法主義で、み使い、霊、復活を信じています。

この両派閥の間に「復活」をめぐって論争が生じました。


パウロの宗教裁判の争点は、キリストの復活となりました。
そして、それはキリストの復活の証人として選ばれたパウロにとって望むところでもありました。


キリストの復活は、王国の子たちが伝えるべき王国の良いたよりです。
キリストの復活は正義の勝利の証拠であり、悪の終わりの保証です。
それはまた、うめき苦しむ全人類に将来の命と恵の回復の保証された希望を与えます。

ですから、クリスチャンは終わりの日の予言などではなく、キリストの復活について喜んで語ります。

パウロは、ユダヤ人の群集にやがてエルサレムが滅ぼされるとか、そのときのしるしは云々・・・、などとは述べませんでした。それらの予言は王国の良いたよりの核心ではありません。

聖書予言で説得しようとするグループは偽物です。
ものみの塔協会、モルモン、統一教会、サイエントロジーなどが有名です。

また、ものみの塔協会は信者に「エホバの証人」という商標を付けていますが、それはクリスチャンの聖書的な立場とはいえません。エホバの証人はイスラエル人であり、彼らの時代はキリストが律法契約を終了させたとき終わりました。キリストの復活のあと神の民はキリストの復活の証人となります。

クリスチャンはキリストの復活の証人です。
もちろん、それは宗教的なタイトルではありませんので「キリストの証人」と称する宗教組織をつくることを意味していません。

使徒 1:8
8 しかし,聖霊があなた方の上に到来するときにあなた方は力を受け,エルサレムでも,ユダヤとサマリアの全土でも,また地の最も遠い所にまで,わたしの証人となるでしょう」。



ことの成り行きを導いておられたキリストは、パウロを励まし今後の予定を告げます。

使徒 23:11
11 しかし次の夜,主は彼のそばに立ってこう言われた。「勇気を出しなさい! あなたは,わたしに関する事柄についてエルサレムで徹底的な証しをしてきたが,それと同じようにローマでも証しをしなければならない」。


その翌朝、ユダヤ人たちは祭司長や年長者たちと共謀して、サンヘドリンを再開しパウロのさらなる調査を理由にローマの軍司令官にパウロの召喚を要求し、40人以上がパウロを殺すまでは食事を取らないのろいを自らにかけ待ち伏せをしました。

その陰謀はパウロの姉妹の息子により暴かれ、軍司令官に伝えられます。

その結果軍司令官はパウロをカエサレアにいる総督フェリクスの元へ送り出します。

使徒 23:26-30
26 「クラウディウス・ルシアスから,総督フェリクス閣下へ: ごあいさつ申し上げます。27 この男はユダヤ人に捕らえられ,彼らによって除き去られるところでしたが,わたしはこの者がローマ人であることを知りましたので,一隊の兵士を連れて急行し,彼を救出しました。28 そして,彼らがこの者を訴える理由を確かめたいと思い,彼らのサンヘドリンにこの者を連れて行きました。29 わたしは,この者が彼らの律法上の問題で訴えられているのであって,何ら死やなわめに価する事柄で告発されているのでないことを知りました。30 しかし,この男に対する陰謀が明らかにされましたので,わたしは直ちに彼をあなたのもとにお送りし,告訴人たちには,あなたの前で申し述べるようにと命令する次第です」。


ローマの総督フェリクスは妻によって当時のヘロデ王の親族となります。
フェリクスは取り調べのためにパウロをヘロデの宮殿内で監視させます。

陰謀が達成できなかったため、大祭司アナニアと年長者たちはローマ総督フェリクスを訪ね、パウロを訴えます。


使徒 24:1-8
1 五日後,大祭司アナニアは,数人の年長者およびテルトロという弁士を伴って下って来た。そして彼らは総督に対し,パウロを攻める申し立てを行なった。2 彼が呼ばれると,テルトロは彼を訴え始めてこう言った。
「あなたのおかげでわたしどもが大いに平和を楽しみ,またあなたのご配慮によってこの国に[数々の]改革がなされておりますので,3 フェリクス閣下,わたしどもは常に,またいずれの場所におきましても,この上ない感謝の気持ちでそれを享受いたしております。4 しかし,これ以上お邪魔をしないために,あなたのご厚意により,わたしども[の申し上げますこと]を少しの間お聞きくださるようお願いいたします。5 と申しますのは,わたしどもが見ましたところ,この男は疫病のような人物で,人の住む地のほうぼうにいるユダヤ人すべての間に暴動を引き起こし,ナザレ人一派の先鋒で,6 神殿を汚そうとまでした者ですが,それをわたしどもが捕らえました。7 ―― 8 お取り調べになれば,わたしどもがこの者を訴えるこうした事柄すべてについて,ご自身で知っていただけるはずでございます」。


ユダヤ人たちの訴えは、
ほうぼうのユダヤ人たちの間で暴動を引き起こした、
神殿を汚そうとまでした、
というものです。

また、パウロのことを疫病のような者、ナザレ人一派の先鋒と述べています。
どこかで聞いたようなフレーズですね。

フェリクスはパウロに話す機会を与えます。



使徒 24:9-21
9 それと共にユダヤ人たちも攻撃に加わり,これはそのとおりだと主張した。10 それでパウロは,話すようにと総督が自分にうなずいて合図をした時に,こう答えた。
「この国民が多年にわたりあなたを審判者として頂いてきたことをよく知っておりますので,わたしは,弁明のため自分に関する事柄をよろこんでお話しいたします。11 あなたにお調べいただけることですが,わたしが崇拝のためにエルサレムへ上ってから十二日しかたっておりません。12 そして彼らは,わたしが神殿でだれかと議論したり,会堂や市のどこかで暴徒を駆り立てたりしているのを見たわけではありません。13 また彼らは,ただ今わたしについて訴えている事柄を,あなたに証明できるわけでもありません。14 しかしわたしは,このことはあなたの前で認めます。彼らが『派』と呼ぶ道にしたがい,そのやり方にそって,自分の父祖たちの神に神聖な奉仕をささげている,ということです。それは,律法の中で述べられていること,預言者たちの中に書かれていることをすべて信じているからです。15 そしてわたしは神に対して希望を持っておりますが,その希望はこれらの[人たち]自身もやはり抱いているものであり,義者と不義者との復活があるということです。16 まさにこの点で,わたしは,神にも人にもとがを犯していないとの自覚を持てるよう,絶えず励んでいるのです。17 こうして,わたしは,憐れみの施しを自分の国民に,そして捧げ物を持って来るために,何年かぶりで到着しました。18 わたしがそうした事柄に携わっている間に,彼らは,わたしが儀式上の清めをして神殿にいるのを見つけました。ですがわたしは群衆と一緒にいたわけでも,騒ぎを起こしていたわけでもありません。ところが,アジア[地区]から来た幾人かのユダヤ人がいました。19 その者たちは,何かわたしを責めることがあるならば,あなたの前に出て訴えるべきです。20 あるいは,わたしがサンヘドリンの前に立った時にどんな悪事を見いだしたのか,ここにいる[人たち]に自分で述べていただきたいと思います。21 わたしが彼らの中に立っていた際に叫んだこの一言,『死人の復活に関して,わたしは今日あなた方の前で裁かれているのです!』という発言に関することだけなのです」。



パウロの弁明のポイントは、

14 . . . 彼らが『派』と呼ぶ道にしたがい,そのやり方にそって,自分の父祖たちの神に神聖な奉仕をささげている,ということです。それは,律法の中で述べられていること,預言者たちの中に書かれていることをすべて信じているからです。15 そしてわたしは神に対して希望を持っておりますが,その希望はこれらの[人たち]自身もやはり抱いているものであり,義者と不義者との復活があるということです。


神への信仰や抱いている希望はパウロもユダヤ人も同じで変わらないことが分かります。
(パウロもユダヤ人も、バビロニア、エジプト、ギリシャなどの異教徒のように不可解な三位一体の神を崇拝してません。)

また、ユダヤ人たちはパウロが騒ぎを起こしたことを証明できません。
サンヘドリンの宗教裁判の際、キリストの復活について語ったことは犯罪者として裁かれるような悪事ではありません。


フェリクスも常識的に判断し、裁決までの間パウロの監禁の度を幾分緩めます。


使徒 24:22-23
22 しかしながら,フェリクスはこの道に関する事柄をかなり正確に知っていたので,彼らを待たせることにし,「軍司令官ルシアスが下って来たときに,あなた方に関する本件を裁決することにしよう」と言った。23 そして,士官に,当人を留置し,[拘禁の度を]いくぶん緩めるように,また,その仲間の者が彼の世話をすることを禁じないようにと命じた。



支配者たちのキリスト教への好奇心、賄賂を望む下心、民衆の人気とりが分かるフェリクスのパウロの扱いが以下の記述から読み取れます。



使徒 24:24-27
24 幾日か後,フェリクスはユダヤ人の女である妻ドルシラを伴ってやって来た。そしてパウロを呼びにやり,キリスト・イエスに対する信念について彼[の話]を聴いた。25 しかし,彼が,義と自制と来たるべき裁きについて話すにつれ,フェリクスは怖れを感じ,「今のところはもう下がってよい。よい時があったらまた呼ぶだろう」と答えた。26 だが,同時に彼はパウロから金をもらうことを望んでいたのである。そのため彼はいよいよひんぱんに[パウロ]を呼びにやっては,彼と語り合うのであった。27 しかし,二年が経過した時,ポルキオ・フェストがフェリクスの跡を継いだ。だがフェリクスはユダヤ人の歓心を買おうとしていたので,パウロをつないだままにしておいた。


フェリクスの妻のドルシラはヘロデ・アグリッパ1世の娘でアグリッパ2世の姉妹です。

キリストの復活は、将来の裁きの保証ですからキリスト教の良いたよりには「義と自制と来るべき裁き」の知らせが含まれます。世の支配者たちのように世を十分利用し楽しんでいる者たちにとってそれは不快な知らせとなります。

フェリクスは怖れを感じたと書かれています。

しかし、「義と自制と来るべき裁き」の知らせは、搾取され痛めつけられている真実や公正を愛する人たちにとって開放の希望であり良いたよりとなります。

キリスト教の音信は2面性を持ちます。
闇を愛すものたちにとって、それは死を意味する死の香りであり、同時にそれは、光を愛するものたちにとっては命を意味する命の良い香りです。


コリント第二 2:14-16
14 しかし,キリストと共なる凱旋行列において常にわたしたちを導き,[キリスト]についての知識の香りを,わたしたちを通していたるところで知覚できるようにしてくださる神に感謝がささげられますように! 15 救われてゆく者たちと滅びてゆく者たちの中にあって,わたしたちは神に対し,キリストの甘い香りだからです。16 後者にとっては死から出て死に至る香り,前者にとっては命から出て命に至る香りです


ですから、王国の子たちは、聖書の義の基準を民衆のトレンドに合わせて薄めることはしません。殺人、盗み、同性愛を含む性の不道徳、偽り、心霊術、偶像崇拝を慣わしにするものたちに将来はありません。


フェリクスはそのような音信を聞きたくありませんでした。


ヨハネ 3:19-21
19 さて,裁きの根拠はこれです。すなわち,光が世に来ているのに,人々が光よりむしろ闇を愛したことです。その業が邪悪であったからです。20 いとうべき事柄を習わしにする者は,光を憎んで,光に来ません。自分の業が戒められないようにするためです。21 しかし,真実なことを行なう者は光に来て,自分の業が神に従ってなされていることが明らかになるようにします」。




2年後の西暦58年ごろ次のローマ総督フェストがフェリクスに代わります。
それで、ユダヤ人たちはフェストにパウロのサンヘドリンへの召喚を求めます。
しかし、フェストは応じませんでした。


使徒 25:1-7
1 こうしてフェストは,州[の政務]に就いて三日後に,カエサレアからエルサレムに上った。2 すると,祭司長,およびユダヤ人の中の主立った人々が,パウロを攻める申し立てを行なった。そうして彼に懇願しはじめ,3 [パウロ]の件で,自分たちへの好意[の処置]として,彼を呼びにやってエルサレムに来させてくれるように求めた。道の途中で彼を除き去るため伏兵を置こうとしていたのである。4 しかしフェストは,パウロはカエサレアに留置しておくべきだし,自分はまもなくそこへ出発するところだと答えた。5 「だから,その男に何か道ならぬところがあるなら,あなた方のうちの有力な人たちがわたしと一緒に下って来て,彼を訴えるがよい」と彼は言った。
6 こうして,彼らの間でせいぜい八日ないし十日過ごしただけで,[フェスト]はカエサレアに下り,次の日には裁きの座に着いて,パウロを連れて来るように命令した。7 彼が到着すると,エルサレムから下って来たユダヤ人たちはそのまわりに立って多くの重大な罪状を述べ立てたが,その証拠を示すことはできなかった。


次に、ローマ総督フェストの裁判所でパウロは自らの無実を弁明しカエサルに上訴します。
当時のカエサル(ローマ皇帝)はネロです。


その数日後、ヘロデ・アグリッパ2世(ローマ帝国が任命した王)がローマ総督フェストを表敬訪問したときパウロの証言がなされました。


フェストはアグリッパ王にパウロの裁判について次のように述べています。

使徒 25:18-23
18 訴える者たちは立ち上がりましたが,わたしが彼に関して想像していたような悪事の罪状は何も挙げませんでした。19 彼らはただ,神に対する自分たちの崇拝に関し,また,死んだ者なのに,生きているとパウロが主張しつづけるイエスという人物に関して,ある種の論争が彼との間にあるだけでした。20 それで,こうした事柄をめぐる論争に困惑したわたしは,エルサレムに行って,そこでこれらの事柄について裁きを受けてはどうかと彼に尋ねてみました。21 しかしパウロが上訴して,尊厳者による判決を受けるために自分を留置してほしいと[申し出た]ので,わたしは,カエサルのもとに送るまで彼を留置しておくように命令しました」。

22 ここでアグリッパはフェストに[言った],「わたしもその男[の言うこと]を聞いてみたいものです」。[フェスト]は,「明日,彼[の話]をお聞かせしましょう」と言った。23 こうして,次の日,アグリッパとベルニケは大そうもったいぶった素振りでやって来て,軍司令官たち,また市の著名人たちと共に謁見の間に入った。そして,フェストが命令を出すと,パウロが連れて来られた。



アグリッパ2世と妻ベルニケは、2人ともアグリッパ1世の実子ですから2人は実の兄弟姉妹となります。西暦44年に父親のアグリッパ1世が死んだとき彼は17才でしたので西暦58年当時彼は31歳でした。パウロは当時50代半ばくらいと思います。




アグリッパの前でのパウロの証し

使徒 26:4-23
4 「まさに,わたしが自分の国民の間で,またエルサレムにおいて初めからしてきた,若いころからの生き方については,5 最初からわたしと面識のあるユダヤ人がみな知っており,彼らが証しをする気さえあればよいことなのですが,わたしは,わたしたちの崇拝方式のうちで最も厳格な派にしたがい,パリサイ人として生活しておりました。6 それなのにわたしは今,神によってわたしたちの父祖になされた約束に対する希望のために,立って裁きに付されているのです。7 一方わたしたちの十二部族は,神聖な奉仕を夜昼熱烈にささげてこの約束の成就に達することを希望しています。この希望に関して,王よ,わたしはユダヤ人たちから訴えられているのです。
8 「なぜあなた方の間では,神が死人をよみがえらせるということが,信じられないこととされるのでしょうか。9 私としては,ナザレ人イエスの名に敵対する行為を大いに行なうべきだと,自らの内でほんとうに考えました。10 現にわたしはエルサレムでそれを行ない,祭司長たちから権限を与えられていましたので,聖なる者たちを数多く獄に閉じ込めました。そして彼らが処刑される際には,彼らに敵対の票を投じました。11 また,すべての会堂で彼らを幾度も罰して変節を迫り,彼らに対して甚だしく怒り狂っていましたので,外部の諸都市においてさえ彼らを迫害するほどでした。


注目できる点は、
パウロはパリサイ派の崇拝の方式に従ってユダヤ人の先祖の神(YHWH)を崇拝していました。
彼の裁きは民事的、刑事的な悪行に関するものではありません。
それは、宗教的な信仰と希望に関するものです。
争点となっているものは、父祖になされた約束に対する希望です。
その希望は死人の復活に関するものです。

パウロはユダヤ人と同じ神を崇拝しており、この点での争点はありません。
パウロは突然、神は「父と子と聖霊」の三位一体で神はこれからイエスと名乗るようになったなどと唱えているのではありません。そのような主張はパウロの弁明の中にも、残りの聖書の中にも存在しません。

ですから、神は三位一体でイエスが神であることがキリスト教の奥義とかいう主張はそもそもキリストの良いたよりの中にはありません。それは、キリストの良いたよりから人々を誤導するためのサタンの欺きの教えです。

宗教的な裁判の争点は、父祖に約束された救い主についてです。メシア(キリスト)の復活について裁かれています。

ユダヤ人たちは、始めからナザレのイエスをメシアとして認めませんでした。神からの奇跡をともなう証しにも関わらず神のメシアを拒絶してローマ総督ポンテオ・ピラトにより処刑しました。

そのイエスを神は復活させたのであり、その復活はメシアによる希望の将来の実現の保証です。
そして、パウロはそのメシアの復活の証人となりました。


当初、パリサイ人のパウロはイエスの復活を信じていませんでした。むしろ他のユダヤ人たちと同じようにキリストの復活の証人たちを宗教的に迫害していました。彼は、ナザレのイエスをキリストとして信じていませんでした。


クリスチャンの迫害のためにダマスカスへ向かう道中でパウロは復活したイエスに遭遇します。



12 「こうした努力のさなか,祭司長たちから権限と委任を受けてダマスカスに旅をしていた時,13 わたしは,真昼に路上で,王よ,太陽の輝きより強い光が,天からわたしのまわり,また共に旅をしていた者たちのまわりにぱっと光るのを見ました。14 そして,わたしたちがみな地面に倒れてしまった時,わたしは,ヘブライ語で,『サウロ,サウロ,なぜあなたはわたしを迫害しているのか。突き棒をけりつづけるのは,あなたにとってつらいことになる』と言う声を聞きました。15 しかしわたしは,『主よ,あなたはどなたですか』と言いました。すると主は言われました,『わたしはイエス,あなたが迫害している者です。16 しかし,起きて,自分の足で立ちなさい。あなたが見た事柄,そしてわたしが自分に関してあなたに見させる事柄のために仕える者またその証人としてあなたを選ぶため,このためにわたしは自分をあなたに示したからです。17 わたしはあなたを[この]民から,また諸国民から救い出しますが,同時に彼らのもとにあなたを遣わして,18 彼らの目を開けさせ,彼らを闇から光に,サタンの権威から神に転じさせます。それは,彼らが罪の許しと,わたしに対する信仰によって神聖にされた者たちの間にある相続財産とを受けるためです』。

ここで注目できる点は、
イエスがパウロにヘブライ語で語りかけている点です。
ですから、新約聖書は、最初ヘブライ語で書かれて後にアラム語やギリシャ語に訳されたとみることができます。

また、キリストの復活はユダヤ人のみならず、諸国民にとっても良いたよりとなることも分かります。


19 「そのために,アグリッパ王よ,わたしは天からのこの光景に背かず,20 まずダマスカスの者たちに,またエルサレムの者たちにも,さらにはユダヤ地方全域に,そして諸国民にも,悔い改め,かつ悔い改めにふさわしい業をして神に転ずるようにとの音信を伝えてまわりました。21 こうした事のために,ユダヤ人たちはわたしを神殿で捕らえ,そして殺そうと企てました。22 しかしながら,わたしは神からの助けを得てきましたので,この日に至るまで,小なる者にも大なる者にも証しを続けています。しかし,預言者たち,そしてまたモーセが,起こるであろうと述べた事柄以外には,何も語っておりません。23 すなわち,キリストが苦しみを受け,また死人の中から復活させられる最初の者として,この民にも諸国民にも光を広めるであろうということです」。


キリスト教の良いたよりとは何ですか。
パウロや他の使徒たちの証言の記録は、それがキリストの復活についての良いたよりであることを示しています。ユダヤ人も諸国民もキリストを信じる者たちはキリストと共に約束の相続人となることができます。

それは、終わりの時の予言の解説でも三位一体の神の奥義でもありません。


支配者たちも他の人たちと同じようにキリストの良いたよりを聞くことになります。

24 さて,彼がこれらのことを自分の弁明のために語っていると,フェストが大声で言った,「パウロ,あなたは気が狂っている! 博学があなたを狂気させているのだ!」25 しかしパウロは言った,「わたしは気が狂っているのではありません,フェスト閣下,真実の,そして正気のことばを述べているのです。26 実際,わたしがはばかりのないことばでお話し申し上げております王が,これらの事についてよく知っておられます。これらは一つとして[王]の注目を逃れ得ないと,わたしは確信しているからです。これは片隅で行なわれてきたことではないからです。27 アグリッパ王,預言者たちを信じておられますか。信じておられることを知っております」。28 しかしアグリッパはパウロに言った,「あなたはわずかの間に,わたしを説得してクリスチャンにならせようとしている」。29 それに対してパウロは言った,「わずかの間であろうと長くかかろうと,わたしは,あなただけでなく,今日わたし[のことば]を聞いておられるすべての方が,こうしたなわめは別として,わたしのような者になってくださればと神に願いたいほどなのです」。


ここで注目できる点は、
神のキリストの活動と復活は、世の片隅で行われてきたことではなく当時のローマ帝国の注視の下でなされたという点です。それは公衆の面前での強力な奇跡をともなう否定のしようのない証しであり、クリスチャンはキリストの復活の証人です。

また、アグリッパ王を含めパウロの証しを聞いている人たちが、「わたしのような者になってくださればと神に願いたい」とパウロは述べています。


同様にクリスチャンは、人々が復活したイエスに信仰を働かせて約束の相続人になることを願います。


パウロの聴聞は終わり、王たちはパウロをローマ帝国の犯罪人とはみなしませんでした。

30 それから,王は立ち上がり,総督とベルニケ,またそれと一緒に座っていた人々も[立ち上がった]。31 しかし引き上げて行く際,彼らは互いに語り合い,「この人は,死やなわめに価するようなことは何もしていない」と言うのであった。32 また,アグリッパはフェストに,「カエサルに上訴していなければ,この人は釈放されただろうに」と言った。


パウロの裁判から学べること

パウロの宗教裁判は、ものみの塔協会が関わる民事(あるいは刑事)訴訟と性質が異なります。
ものみの塔協会の裁判は、どこから見てもパウロを含む1世紀のクリスチャンが経験した宗教的迫害によるものではありません。

ものみの塔協会は、宗教組織の無分別な方針により何万人もの幼児性的虐待が隠蔽されてきたとして信者たちから世俗の権威に訴えられています。


ものみの塔協会が受けている訴訟は、次の聖句に書かれている悪の報いに他なりません。

ローマ 13:1-4
1 すべての魂は上位の権威に服しなさい。神によらない権威はないからです。存在する権威は神によってその相対的な地位に据えられているのです。2 したがって,権威に敵対する者は,神の取り決めに逆らう立場を取っていることになります。それに逆らう立場を取っている者たちは,身に裁きを受けます。3 支配者たちは,善行にではなく,悪行にとって,恐れるべきものとなるのです。それで,あなたは権威に対する恐れを持たないでいたいと思うのですか。善を行なってゆきなさい。そうすれば,あなたはそれから称賛を受けるでしょう。4 それはあなたの益のための神の奉仕者だからです。しかし,もしあなたが悪を行なっているのであれば,恐れなさい。それはいたずらに剣を帯びているのではないからです。それは神の奉仕者であり,悪を習わしにする者に憤りを表明する復しゅう者なのです。

ペテロ第一 2:20
20 罪をおかして打たれているときに,あなた方がそれを耐え忍ぶからといって,そのことにいったいどんなほめるべき点があるでしょうか。


ものみの塔協会の統治体は、忠実でも思慮深くもありませんし、その教えも同じです。
オーストラリアの王立委員会のジェフリー・ジャクソンの聴聞を見れば、統治体が何年も聖書を学んでいても正確な理解に欠けていることが分かります。彼らが聖書を知らないのは、その教えがインチキであることと、他のものからの改善の提案や助言を受け付けない傲慢さの結果です。



ローマまでの道中


ユダヤ人の敵意はパウロに王や支配者たちへの証しの機会を開きました。
パウロはカエサルのいるローマへ送られます。


パウロはユリウスという名の士官に護衛されて船でイタリアへ送られます。
ユリウスはパウロに人間味のある親切を示し行動の自由を与えます。


一行はイタリアへ向けて航行しルキアのミラでアレクサンドリアの船に乗りクニドスへ到着します。アレクサンドリアからの船はエジプトからローマに穀物を運ぶ穀物船と見られています。ミラからクニドスまでの距離は240kmで通常1日の航海ですが、強い向かい風のせいで何日もかかってクニドスに到着します。それからやっとのことでクレタ島の南側の「良い港」と呼ばれるところに到着します。

その時期は贖罪の日の断食を過ぎていたと書かれていますので西暦58年の9月の下旬か10月の始めごろとみなせます。

パウロは既に3回の難船を経験していましたので状況から判断して航海が危険になることを予測しました。それで、これ以上航海せず、このまま「良い港」で冬を越すように提案しましたが、船主やその他大勢は、もう少し西側のフェニックス (Phoenix) で冬を過ごすことを望んでいました。

おりしも、南風が穏やかに吹いてきたので、意を得たりと判断し彼らは出航します。

ほどなくしてユーラクロンと呼ばれる台風が吹き荒れ幾日もの間嵐に翻弄されました。
事態は危機的でした。




使徒 27:20-44
20 さて,幾日ものあいだ太陽も星も現われず,容易ならぬあらしがずっと吹き荒れていたので,わたしたちが救われる望みはついにことごとく断たれるようになった。21 そして,食物を取らないことが長く続いたあと,パウロは彼らの真ん中に立って,こう言った。「皆さん,ほんとうにあなた方は,わたしの忠告をいれてクレタから船出せず,こうした危害や損失を被らないようにするべきでした。22 でも,わたしは今,元気を出すようあなた方に勧めます。あなた方のうちひとつの魂も失われず,ただ船が[失われる]だけだからです。23 というのは,この夜,わたしが属し,わたしが神聖な奉仕をささげている神のみ使いがわたしの近くに立ち,24 『パウロよ,恐れることはない。あなたはカエサルの前に立たねばならない。そして,見よ,神は,あなたと共に航行している者を皆あなたに賜わった』と言いました。25 ですから,皆さん,元気を出してください。まさに自分に告げられたとおりになると,わたしは神を信じているのです。26 それでも,わたしたちはどこかの島に打ち上げられることになるでしょう」。
27 さて,十四日目の夜になり,わたしたちがアドリア[の海]をあちらこちらともまれていると,その真夜中に水夫たちは,どこかの陸地に近づいていると感づくようになった。28 そこで彼らが深さを測ってみると,二十ひろであった。それから少し進んでもう一度測ったところ,そこは十五ひろであった。29 それで,どこか岩場に乗り上げてしまうことを恐れて,船尾から四つの錨を投じ,夜が明けるのを待ち望んだ。30 ところが,水夫たちが船から逃げ出そうとし,へさきから錨を下ろすかのように見せかけて小舟を海に降ろした時,31 パウロは士官と兵士たちに言った,「あの人たちが船にとどまっていなければ,あなた方は助かりません」。32 そこで兵士たちは綱を断ち切って小舟をそのまま下に落とした。
33 さて,明けがた近くになった時,パウロはみんなに何か食べることを勧めてこう言った。「あなた方はずっと待ち構えて今日で十四日目ですが,その間食事もせず,自分のために何も食べていません。34 ですからわたしは,何か食べるように勧めます。これはあなた方の安全のためです。あなた方はだれも,その髪の毛一本さえ滅びることはないのです」。35 こう言ってから,彼はパンを取り,みんなの前で神に感謝をささげ,それを割いて食べ始めた。36 それでみんなは元気づき,自分たちも食べだした。37 ところで,わたしたち船の中にいた魂は,全部で二百七十六人であった。38 食べて満ち足りると,彼らは次に,小麦を海に投げ込んで船を軽くした。
39 ようやく夜が明けた時,彼らはその陸がどこであるかは分からなかったが,浜辺のある湾を認め,できればその浜辺に船を乗り入れることにした。40 それで,彼らは錨を断ち切って海中に落とし,同時に[二丁の]舵ろの留め綱を解き,風に前帆を揚げてから,その浜辺を目ざして進んだ。41 どの側も海に洗われる浅瀬に行き当たった時,彼らは船をそこに乗り上げてしまい,へさきはめり込んで動かなくなり,船尾は激しい勢いで崩れはじめた。42 そこで兵士たちは,囚人を殺して,だれも泳いで逃げることがないようにしようと決意した。43 しかし士官は,パウロを何とか無事に切り抜けさせたいと思い,その考えを思いとどまらせた。そして,泳げる者には,海に飛び込んで先に陸に向かうように,44 また残りの者にも,厚板や船の何かにつかまって[陸に向かう]ようにと命令した。こうして,全員が無事に陸にたどり着いたのである。





パウロの予測通り276人の命以外全てが失われました。

エルサレムから航海はその始まりから強い逆風により難航していましたが、クレタ島の「良い港」において船主たちは難船の経験のあるパウロの助言を聞きませんでした。

この出来事から何を学べますか。

経験者の見立てをまじめに考慮することや問題をはらむ状況証拠を軽く見ないことを学べるでしょう。


では、その教訓をものみの塔聖書冊子協会の歩みにあてはめてみましょう。


ものみの塔聖書冊子協会はラッセルの時代から今日までインチキ予言で人々を興奮させ、聖書理解の唯一の権威として自らを高めてきました。その歴史は、はずれた予言の言い逃れの歴史です。最近は隠し続けてきた不面目な事実が明るみに出て人々の注目を集めています。エホバの証人の航路は強い逆風で失速していますね。


組織のインチキを経験してきた多くの組織内難船経験者の助言は、インチキ組織を出なさい!です。

このままインチキ組織と一緒に航海を続ければ命以外の全てを失うでしょう。




マルタ島に上陸した一行は現地の住民から人間味のある親切を受けます。
上陸したとき雨が降り寒かったのでマルタ島の住民は浜で焚き火を用意してくれました。

パウロが焚き火にそだ(brushwood)をくべていると、1ぴきのマムシが彼の手に取りつきました。マルタ島の住民は毒蛇がパウロの手に絡まっている様子を見て「きっとこの男は人殺しだ。海からは無事に助かったものの,正義の懲罰が彼をそのまま生かしてはおかなかったのだ」と言いだします。

パウロは毒蛇を火の中に振り落とし害を受けることも無かったので、長い間注視していた住民は考えを変え「この人は神だ」と言いだしました。

その後パウロがポリオという名の主だった島民の父親の熱と赤痢を治しために島の住民が病気の人をパウロのところへ連れてきて癒されます。島民はたくさんの贈り物をして敬意を示しました。


嵐を生き残った276人、またマルタ島の住民はパウロをとおして神の力の働きを見ることになりました。


嵐や毒蛇は単に偶然の取り合わせなのか、背後に悪霊の働きがあったのかは分かりません。
しかし確かなことは、キリストはパウロとともにおられ困難の中で神の力の表明があったということです。

これらの経験から神とキリストに信仰を持った人は少なくないと思います。


パウロは経験をとおして困難や不幸が証しの機会となることを学んだと思います。
正しいことのための忍耐が報われないことはありません。

神は正しい人に注目しており、逆境を終わらせたり、逆転させることができます。

正しい人の死でさえ神の栄光となるでしょう。



一行は3ヶ月マルタ島で冬を過ごした後アレクサンドリアの船で出帆し、シラクサ、レギウム、ポテオリと進みます。

ポテオリで兄弟たちと会いそこに7日滞在しそこから陸路でローマに向かいます。

ローマの兄弟たちはパウロの一行についての知らせを聞いており、アピウスの市場、および三軒宿まで出向いて一行を迎えます。

ローマでパウロは兵士の監視付きで借家にひとりで滞在することを許されます。


パウロはローマのユダヤ人の主だった人たちを宿舎に呼びローマに来た経緯とキリストについて話します。


使徒 28:17-23
17 しかし三日後,彼はユダヤ人の主立った人々を呼び集めた。彼らが集まってから,[パウロ]はこう言った。「皆さん,兄弟たち,わたしは,民や,わたしたちの父祖の習慣に反するようなことは何も行なわなかったにもかかわらず,囚人としてエルサレムからローマ人の手に引き渡されました。18 そして彼らは,取り調べをしたのち,わたしを釈放しようと望んでいました。わたしには何ら死に値することがなかったからです。19 ところが,ユダヤ人たちがそれに反対しつづけるので,わたしはカエサルに上訴せざるをえませんでした。しかし,何か自分の国民を訴えることがあるというのではありません。20 実にこのようなわけで,わたしは,皆さんに会ってお話しすることを切にお願いしたのです。イスラエルの希望のゆえに,わたしはこうして鎖を帯びているからです」。21 彼らは[パウロ]に言った,「わたしたちはあなたについてユダヤから手紙を受け取ってもいませんし,[ここに]着いた兄弟たちのだれかが,あなたについて何かひどく悪いことを報告したり話したりしているわけでもありません。22 しかしわたしたちは,あなたの考えがどういうものか,あなたから聞くのがよいと思います。実際この派について,いたるところで反対が唱えられていることは,わたしたちの知るところだからです」。
23 そこで彼らは[パウロ]と日を取り決め,さらに大勢で彼の宿所にやって来た。それで彼は,神の王国について徹底的な証しをしたり,モーセの律法と預言者たちの両面からイエスについて彼らを説得したりして,朝から晩まで事実を説明した



ここで注目できる点は、
キリスト教はユダヤ教の一派であるということです。

パウロもユダヤ人でユダヤ教のパリサイ派で、他のユダヤ人と同じ神を崇拝していました。
そして復活したキリスト(メシア)に遭遇して神のメシアを信じてイエスの復活の証人となりました。

両者の違いは、
神のメシアを受け入れるか、そうでないかだけです。

クリスチャンは、イエスが神のメシア(キリスト)であることを信じキリストの復活の証人となる人たちです。

ユダヤ人はクリスチャンと同じ神を信じていますが、イエスを神のメシアと信じていません。


ですから、パウロはユダヤ人たちに聖書からイエスが神のキリストであることを立証することを朝から晩まで行いました。パウロは終わりの日の予言の解説や三位一体を説明していたのではありません。


インチキ三位一体の教えはクリスチャンのものではありません。
パウロはイエスが神であると主張しているのではなく、神のキリストであると主張しています。
それを聞くユダヤ人たちは神と神のキリストが別物であることをよく承知しています。

ユダヤ教の神は、バビロニアやエジプトの異教の神のような三位一体であはありません。
パウロもユダヤ人もこの点で違いはありません。

日本語でエホバとして知られている聖書の神YHWHは唯一真の神であり意味不明の三バカトリオみたいな三位一体ではありません。

キリスト教世界の牧師や信者たちは自分が信じている三位一体を理解も説明もできません。
三位一体を信じるキリスト教世界はユダヤ人が信じる真の神を聖書の裏付けのない異質の神に変質させました。
また、そのような説明できない嘘を奥義などと格好をつけてアンタッチャブルにして人々を騙し続けています。


神の像をもつ人間の知性で理解できないことが真実であるはずがありません。

嘘は複雑で理解不能で説明不能です。

他方真理は単純明快で理解でき説明可能です。



では、パウロの説明を聞いたユダヤ人の反応はどうだったでしょうか。


使徒 28:24-31
24 すると,ある者は話されたことを信じるようになったが,ある者は信じようとしなかった。25 そのため,彼らは互いに意見が合わないので立ち去りはじめ,一方パウロは一言こう述べた。
「聖霊は預言者イザヤを通してあなた方の父祖たちに適切に語ったものです。26 こう述べました。『この民のところに行って言いなさい,「あなた方は聞くには聞くが,決して理解せず,見るには見るが,決して見えないであろう。27 この民の心は受け入れる力がなくなり,彼らは耳で聞いたが反応がなく,その目を閉じてしまったからである。これは,彼らが自分の目で見,自分の耳で聞き,自分の心で理解して立ち返り,わたしが彼らをいやす,ということが決してないためである」』。28 ですから,次のことを知っておいてください。この,神の救いの手だては諸国民のもとに送り出されたのです。彼らはきっとそれに聴き従います」。29 ――
30 こうして彼は,自分の借りた家にまる二年とどまり,そのもとに来る人をみな親切に迎え,31 妨げられることなく,全くはばかりのないことばで人々に神の王国を宣べ伝え,また主イエス・キリストに関することを教えるのであった。





ユダヤ人の大半は同じ神を信じているとはいえ異なる神のメシアを期待してたために神のメシア、イエスを信じませんでした。

それでキリストの良いたよりは諸国民のもとえ送り出されることになりました。


パウロはローマの借家で西暦59-61年まで(2年間)訪問者を迎え神のキリストについて教えました。
その間に下記の霊感による書物も書いています。



エフェソス人への手紙  60-61
フィリピ人への手紙      60-61
コロサイ人への手紙    60-61
フィレモンへの手紙     60-61
ヘブライ人への手紙    61



その後パウロはローマの法廷で裁かれ皇帝ネロは彼を無罪にして釈放します。

釈放されたパウロはテモテとテトスをつれて宣教を再開します。
パウロはテモテをエフェソスに、またテトスをクレタに残し、それぞれに多分マケドニアから手紙を書き送っています。(テモテ第一 1:3、テトス 1:5)

テモテ第一    61-64
テトス           61-64

その後パウロがスペインまで行けたかどうかは不明です。
西暦64年 ローマの1/4に及ぶ大火災が発生しネロは政治的保身のために火災をクリスチャンのせいにします。その結果激しい迫害の波が生じます。
西暦65年 パウロは再びローマで囚人となります。そのころテモテ第二の手紙が書かれています。その手紙の中でパウロは自分の命の終わりの近さを書いています。

テモテ第二 4:6-8
6 わたしはすでに飲み物の捧げ物のように注ぎ出されているのです。わたしの解き放たれる定めの時は目前に迫っているからです。7 わたしは戦いをりっぱに戦い,走路を最後まで走り,信仰を守り通しました。8 今から後,義の冠がわたしのために定め置かれています。それは,義なる審判者である主が,かの日に報いとしてわたしに与えてくださるものです。しかし,わたしだけにではなく,その顕現を愛してきたすべての人に[与えてくださるのです]。



パウロの人生
タルソスのサウロの改宗 33年
1回目の宣教旅行   47-48(キプロス、ピシデアのアンティオキア、イコニオム、ルステラ)
割礼の問題            48-49(エルサレム)
2回目の宣教旅行 49-52(マケドニアでの収穫)
3回目の宣教旅行 52-56(エフェソスでの収穫)
ローマへ                56-59(難船とマルタ島)
その後の宣教        59-65



パウロの他の手紙
テサロニケ第一  50 コリント 2回目の宣教旅行
テサロニケ第二  51 コリント 2回目の宣教旅行
ガラテア       50-52 コリント or シリアのアンティオキア 2回目の宣教旅行
コリント第一    55 エフェソス 3回目の宣教旅行
コリント第二    55 マケドニア 3回目の宣教旅行
ローマ        56 コリント 3回目の宣教旅行



コリント第二 11:23-29 (3回目の宣教旅行の際マケドニアで書かれた)
23 彼らはキリストの奉仕者ですか。わたしは狂人のように答えます。わたしはその点はるかに際立った者です。その労苦はさらに多く,獄に入れられたこともさらに多く,殴打を受けたことは過度に及び,死にひんしたこともしばしばでした。24 ユダヤ人たちからは四十より一つ少ないむち打ちを五回受け,25 三度棒むちで打ちたたかれ,一度石打ちにされ,三度難船を経験し,一昼夜深みで過ごしたこともあります。26 幾度も旅をし,川の危険,追いはぎの危険,[わたし自身の]民族からの危険,諸国民からの危険,都市での危険,荒野での危険,海での危険,偽兄弟たちの間での危険に遭い,27 労し苦しみ,眠らぬ夜を幾度も過ごし,飢えと渇きを知り,食物を取らないことが何度もあり,寒さと裸を経験しました
28 そうした外的な事柄に加えて,日ごとに押し寄せて来るもの,すなわちすべての会衆に対する心配があります。29 だれかが弱くて,わたしが弱くないことがあるでしょうか。だれかがつまずいて,わたしがいきり立たないことがあるでしょうか。



かっての迫害者パウロは諸国民のためのキリストの選びの器でした。
彼の労苦は予告されていました。


使徒 9:15-16
15 しかし主は彼に言われた,「行きなさい。わたしにとってこの者は,わたしの名を諸国民に,また王たちやイスラエルの子らに携えて行くための選びの器だからです。16 彼がわたしの名のためにいかに多くの苦しみを受けねばならないかを,わたしは彼にはっきり示すのです」。


パウロはキリストの過分の親切に感謝して働きました。

テモテ第一 1:12-16
12 わたしは,自分に力を授けてくださったわたしたちの主キリスト・イエスに感謝しています。わたしを奉仕の務めに割り当てて,忠実な者とみなしてくださったからです。13 以前には冒とく者であり,迫害者であり,不遜な者であったのに,そのわたしが憐れみを示されたのです。わたしは知らずに,そして信仰のないままに行動していたからです。14 しかし,わたしたちの主の過分のご親切が,信仰と共に,またキリスト・イエスに関連した愛[と共に],大いに満ちあふれたのです。15 キリスト・イエスが罪人を救うために世に来られたとは,信ずべく,また全く受け入れるべきことばです。わたしはそうした[罪人]の最たる者です。16 それなのにわたしが憐れみを示されたのは,わたしの場合を最たる例としてキリスト・イエスがその辛抱強さの限りを示し,永遠の命を求めて彼に信仰を置こうとしている人たちへの見本とするためだったのです。



王国の子たちは、皆パウロと同じ思い、同じ霊を持ちます。

Sunday, February 14, 2016

インチキに勝算はありません。

極地方の白夜の太陽の見かけの動きは、地が球体であり自転しいることの証明にはなりません。地が平らな円形でその上を太陽が回っている場合でも同じ動きを見ることができます。

また太陽は1年周期で赤道を挟んで上下に軌道を移りますのでフラット・アースモデルでも季節の変化や緯度の違いによる太陽の高度の違いや極地方の白夜の現象が生じます。






次に、フーコー振り子について

振り子のスウィングの向きは変化しないという前提で、その振り子のふりの向きの変化で大地が回転していると言われています。

それは絶対姿勢を維持するジャイロ(宇宙ゴマ)による周囲の動きの変化を見るのと似た原理による測定でこれまで深く議論されることもなく(つまり証明されることもなく)そういうものだとして認められてきましたが、精密なジャイロができるようになった今日、大地の自転は証明できません。

まず、このビデオを見てください。
説明は後日します。


Flat Earth and Foucaults Pendulum




次に、コリオリの力について、


この力は、意味不明のインチキにすぎません。
そのような力など存在しません。

物理学者の佐野千遥博士の見立てが正論でしょう。



注目すべき力は磁力です。
以下のビデオは磁力の影響を良く説明しています。

Coriolis PROVES Flat Earth!




フラット・アースは動かせない事実で、
中世以来の既存の科学はフリーメイソンによるインチキです。

NASAは嘘の塊です。
インターネットのおかげで科学の分野でもインチキの崩壊が雪崩のように進行中です。

多くの物理学者、エンジニアたちが覚醒しユーチューブで暴露を展開しています。

インチキに勝ち目はありません。




おまけも、あるよ。


》 地球の半径はだいたい6500kmくらいですね。それに比べて、地球から太陽までの距離は、1億5000万kmです。


その主張が、真っ赤なウソなんですね。




現実は、太陽光線はパラレルではありません。
三角法を使って太陽までの距離を計算しなおしなさい。

Friday, February 12, 2016

太陽の見かけの動きの再考

太陽の見かけの動きについて、球体の地が自転するときでも白夜における太陽は地平線上を回ることがわかりました。

yangmask さんのご指摘と図解によります。


地上における視野は360度の地平線と空ということで、地球の自転による見かけの太陽の動きは、朝6:00amごろ東から上り、
お昼に南中し高度が一番高くなり、
夕方6:00pmごろに西に沈むことになります。


地平線は緯度の接線となり、人の目には視界が東西南北に360度広がる円に見えます。

この360度の地平線の視野を考慮すると太陽の見かけの動きは、東⇒西、またその逆の西⇒東へと南と北を挟んで回転するようになされます。行きと帰りが途中で途切れることはありません。


画像はクリックすると拡大します。


以下は緯度の高いところの地平線に囲まれる視野から観察される太陽の動きです。

緯度の高いところの太陽の南中高度は低く白夜のときの太陽の見かけの動きはたぶん青のラインで示したものとなると思います。



上記のとおり、 極地方の白夜の動き(地平線上を回る動き)は、既存の地球自転による見かけの太陽の動きを否定するものではありません。とはいえ、それが必ずしも地が球体であり自転していることの証明になるとは思いません。

間違った情報を提供したことをお詫びし、訂正いたします。

白夜の太陽の動きのPDFはここにあります。


以下の記事の関連する部分の推論の誤りは、今後の参考にそのまま残します。

太陽が地を回っています。

地は平らです。


yanngmask さん、ありがとうございました。

Wednesday, February 10, 2016

王や支配者たちについて

パウロの王たちへの証しへ移る前に、西暦1世紀のエルサレムの政治的な環境について復習します。

そうすれば、世の支配者たちとクリスチャンの関係をより良く把握できるでしょう。


神は西暦前539年にペルシャの王クロスを用いてユダヤ人をバビロンから解放しパレスチナに国家を再建させました。

イスラエルはペルシャ帝国の属国となり、ペルシャ帝国が任命する総督の支配の下に置かれます。

ペルシャ帝国は、総督としてユダヤ人のゼルバベルやネヘミアを任命しました。それで、イスラエルは、次の世界帝国ギリシャが出現するまで神の民としての国家宗教機能を維持できました。

ダニエルの予言にあるとおり、ギリシャのアレキサンダー大王は、ペルシャ帝国を倒しすばやい勢いで帝国を拡大しました。西暦前332年にエゼキエルの予言(26:4, 12)のとおりにツロ(Tyre)を攻略しエルサレム侵攻した際、彼はダニエル8章の予言を見せられたためにエルサレムは破壊を免れたとユダヤ人の歴史家のヨセハスは記録しています。

その後、西暦前323年に32歳の若さでアレキサンダー大王は急死し、翼を持つ豹のようなギリシャ帝国はアレキサンダーの4人の将軍に分割されました。

セレウコス・ニケイター (Seleucus Nicator) メソポタミア、シリア
カッサンダー (Cassander) マケドニア、ギリシャ
トレミー・ラガス (Ptolemy Lagus) エジプト、パレスチナ
リシマカス (Lysimachus) トラキア、小アジア

パレスチナは当初トレミー(プトレマイオス)の支配を受け、その後、西暦前198年にシリアのアンティオコス大王 (Antiochus the Great) がエルサレムを攻略しセレウコス王朝の属国となります。

西暦前332年のアレキサンダーの征服以来、ギリシャ支配の影響はユダヤ教にとって脅威となります。パレスチナにはギリシャの植民地が形成され、ギリシャ語を話す移民が増え、エルサレムには異教の崇拝の競技場が建設され、娯楽、宗教教理のギリシャ化が進みました。

ギリシャ宗教の霊魂不滅の教え、死後の世界などの教えがしだいにユダヤ教に根付き始めました。

西暦前168年にシリアのアンティオコス4世(エピファネス)は、ユダヤ人たちをギリシャ化するためにエルサレムの神殿をゼウスに献納し、汚れた犠牲で祭壇を汚しました。

これにより、ユダヤ人の祭司のマカベア家 (Maccabean or Hasmonaean) の反乱が起き、西暦前165年のチスリブの25日 (Chislev 25) にユダヤ人たちは、エルサレムとその神殿の支配を取り戻しました。

そして、ユダ・マカベアス (Judas Maccabaeus) によりその日は「献納の祭り」 (the festival of Dedication or Hanukkah) とされ、その祭りはイエスの時代から今日までつづいています。(ヨハネ10:22)

ユダ・マカベアスの宗教粛清により、ギリシャ移民や異教徒に対する強制改宗が行われます。

西暦前125年ごろ、マカベア家のジョン・ヒルカナス1世 (John Hyrcanus I) は、イドマヤを征服し、そこに住むヤコブの双子の兄弟のエサウの子孫のエドム人たちに割礼を受けてユダヤ教に改宗することを強制し、イドマヤ地方に住む人々は名目上のユダヤ人となります。


マカベア家の王アレクサンダー・ジャネイウス (Alexander Jannaeus) は、アンティパトロス1世(アンテパス1世)(Antipater I, or Antipas I) をイドマヤの総督に任命します。

このエドム人のアンティパトロス1世は、聖書に登場するヘロデ王の先祖です。

時代はギリシャ世界帝国からローマ世界帝国へ移ってゆきます。

西暦前160年ごろユダヤ人はギリシャ支配から独立するためにローマに援助を求めます。

西暦前142年ごろサイモン・マカベウス (Simon Maccabaeus) はエルサレムを首都としてギリシャの税金の取り立てから独立します。

西暦前104年にマカベア家のアリストビューラス1世 (Aristobulus I) は大祭司兼王となります。



エドム人の王統

アンティパトロス1世 (Antipater I) ユダヤ人の大祭司兼王であるマカベア家からイドマヤの総督の権威を与えられる。

アンティパトロス2世 (Antipater II) ローマ皇帝ジュリアス・シーザー (Julius Caesar) からローマの市民権と総督の権威を得る。

ヘロデ大王 (Herod the Great) キリストの誕生の際のパレスチナの支配者、ローマの元老院により西暦前39年にユダヤ地方の王に任命される。


ヘロデ大王


アンティパトロス2世は、長男のファサエル (Phasael)をエルサレムの総督にし、ヘロデ (Herod) をガリラヤの総督とします。


マカベア家はレビ族の祭司の家系であり、ユダ族の王の家系ではありませんが、大祭司兼王として支配していました。

マカベア家の王アレクサンダー・ジャネイウス (Alexander Jannaeus) の息子たちの間には支配権を巡る闘争がありました。

アレクサンダー・ジャネイウスの息子たち
ジョン・ヒルカナス (John Hyrcanus II)
アリストビューラス (Aristobulus)

エルサレムの支配権を巡る闘争は、マカベア支配を擁護するサドカイ派とそれに反対するパリサイ派の抗争にまで拡大して行きます。

当時のローマ帝国はエルサレムの混乱を沈静するためにグナエウス・ポンピー (Gnaeus Pompey) 将軍をエルサレムに派遣します。ポンピー将軍は、3ヶ月の包囲攻撃のあとエルサレムを西暦前63年に攻略しローマの属国としました。

ローマ帝国は、イドマヤ人のアンティパトロス2世をユダヤ地方のローマ総督に任命し、ユダヤ人のマカベア家は大祭司およびエルサレムの地方執政官とされました。


その後、西暦前39年にアンティパトロス2世の息子ヘロデ (Herod) がユダヤの王にローマの元老院により任命され、その3年後マカベア家の支配者アリストビューラスの息子アンティゴナス (Antigonus) を退陣させ西暦前36年ごろからエルサレムの実行支配を行うようになりました。

その後、ローマの元老院のマーク・アントニー (Mark Antony) を説得してマカベア家の最後の支配者アンティゴナスとその一族45人を殺害します。




ヘロデ大王

ヘロデは権力維持(保身)のために、破廉恥、狡猾、疑い深く、不道徳、冷淡、残忍でした。

これは人間の権力者の特徴です。なにもヘロデに限ったことではありません。歴史を調べれば支配者たちが弱肉強食、適者生存の原理に従って極めて動物的に振舞ってきたことが分かるでしょう。またそれは今でも同じであり、将来も変わらないでしょう。

王国の子たちは、そのような支配者たちにも神の救いの良いたよりを伝えることになるでしょう。


ヘロデ大王の妻の一人、マリアンメ1世 (Mariamne I) は、マカベア家の大祭司ヒルカナスIIの孫娘です。
ヘロデ大王は、疑心暗鬼から、妻、妻の親族、自分の友人、3人の息子、その他を殺害しています。

ヘロデ大王の家族(一部)
妻たち / / 孫 / ひ孫
マリアンメ1世 (Mariamne I) / アリストビューラス / ヘロデ・アグリッパ1世 / ヘロデ・アグリッパ2世、ヘロデア
マリアンメ2世 (Mariamne II) / ヘロデ・フィリポ
マルサス (Malthace) / ヘロデ・アンテパス

ヘロデアはアリストビューラスの娘でヘロデ大王の孫娘、ヘロデ・アグリッパ1世の姉妹で、最初は、腹違いの叔父のヘロデ・フィリポの妻となり、その後、腹違いの叔父のヘロデ・アンテパスの妻となります。バプテスマのヨナネにその関係を戒められヨハネを殺害します。

ヘロデ・アンテパス   バプテスマのヨハネの殺害を許可します。イエスは彼を「きつね」と呼びました。
ヘロデ・アグリッパ1世 ヨハネの兄弟のヤコブを殺害し、ペテロを牢獄で監禁しました。
ヘロデ・アグリッパ2世 ローマの執政官フェストと共にパウロの証言を聞いた王


ヘロデ大王の人生

西暦前
71年 誕生
39年 ユダヤ地方の王に任命される
36年 エルサレムを攻略
2年  キリストを除くためベツレヘムとその全域の2歳以下の子どもたちを殺害
1年  70歳で死ぬ


上記の歴史の事実からイエスの誕生にまつわる出来事を復習すると、

東方からの占星術者たちがベツレヘムを訪れたのはイエスの誕生から1年も経っていないことが分かります。イエスは西暦前2年の秋(10/1ごろ)に誕生しています。

ヘロデ大王の死は 1-2月の2日(Shebat 2)で、ユダヤ人の歴史家ヨセハスによると、その死は過ぎ越しの前の月食のあと言われています。

その条件を満たす皆既月食は西暦1世紀の過ぎ越しの日の3ヶ月前の1-2月ごろに生じています。


それで、西暦前2年の10/1日ごろイエスはベツレヘムの宿の馬小屋で誕生し、飼い葉おけに寝ているところを訪問した羊飼いたちが確認し、その後数日して宿泊できる家に移ったとみなすことができます。


その家にいたときに、東方からの占星術者たちが訪問し、ヨセフの家族はイエスと共にエジプトに逃れ、その後ヘロデがベツレヘムとその周辺の2歳以下の幼児を殺害しました。

ヘロデの死は、西暦前1世紀の1-2月なので、イエスの誕生から3-4ヶ月後ということになります。

ですから、ヨセフの家族はエジプトに1年も滞在してはいないでしょう。

ヘロデの死を受けて、彼らはパレスチナに戻り、ナザレに住むことになります。


マタイ 2:1-23 (東方の占星術者たちのベツレベム訪問は、誕生間もないイエスが馬小屋から別の家に移ったときに起きました。多分8日目の割礼の傷も癒えてあとだと思います。そのときヘロデ王は70歳くらいで数ヵ月後に命を終えます。)
1 イエスが王ヘロデの時代にユダヤのベツレヘムで生まれたのち,見よ,東方からの占星術者たちがエルサレムに来て,2 こう言った。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおられますか。わたしたちは東方に[いた時,]その方の星を見たのです。わたしたちはその方に敬意をささげるために参りました」。3 これを聞いてヘロデ王は動揺し,全エルサレムも共に[動揺した]。4 [王]は民の祭司長や書士たちすべてを集めると,キリストがどこで生まれることになっているのかを尋ねはじめた。5 彼らは言った,「ユダヤのベツレヘムです。預言者を通してこう書かれているからです。6 『そして,ユダの地のベツレヘムよ,あなたは決して,ユダの統治者たちの間で最も取るに足りない[都市]ではない。統治する者があなたから出て,わたしの民イスラエルを牧するからである』」。
7 そこでヘロデは占星術者たちをひそかに呼び寄せ,その星の現われた時を彼らから注意深く確かめた。8 そして,彼らをベツレヘムに遣わす際にこう言った。「行ってその幼子を注意深く捜し,見つけたら,わたしのところに報告しなさい。わたしも行ってそれに敬意をささげるためである」。9 王の[ことば]を聞いてから,彼らは出かけて行った。すると,見よ,東方に[いた時に]見た星が彼らの先を行き,ついに幼子のいる所の上方まで来て止まった。10 その星を見て,彼らはこの上なく歓んだ。11 そして,の中に入った彼らは,その母マリアと共にいる幼子 (child/paidion G) を見,ひれ伏して敬意をささげた。彼らはまた,自分たちの宝物を開き,[幼子]に贈り物を,金・乳香・没薬を差し出した。12 しかし,ヘロデのもとに帰らぬようにと,夢の中で神からの警告を与えられたので,別の道を通って自分たちの国に退いた。
13 彼らが退いたのち,見よ,エホバのみ使いが夢の中でヨセフに現われて,こう言った。「起きて,幼子とその母を連れてエジプトに逃げ,わたしが知らせるまでそこにとどまっていなさい。ヘロデがまさに,この幼子を捜して滅ぼそうとしているからである」。14 そこで彼は起き,夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトに退き,15 ヘロデの死亡までそこにとどまった。これは,エホバがご自分の預言者を通して,「エジプトからわたしは自分の子を呼び出した」と語られたことが成就するためであった。
16 その後,ヘロデは占星術者たちに裏をかかれたことを知って大いに怒り,人を遣わし,占星術者たちから注意深く確かめておいた時にしたがって,ベツレヘムとその全地域の二歳以下の男の子すべてを除き去らせた。17 この時,預言者エレミヤを通して語られたことが成就した。こう言われていた。18 「ラマで声が聞こえた。泣き悲しみと激しいどうこくが。ラケルがその子供たちのために泣き悲しむのであり,彼女は慰めてもらおうとはしなかった。彼らがもういないからである」。
19 ヘロデが死亡してから,見よ,エホバのみ使いがエジプトにいたヨセフに夢の中で現われて,20 こう言った。「起きて,幼子とその母とを連れ,イスラエルの地に行きなさい。幼子の魂を求めていた者たちは死んだからである」。21 それで彼は起きて,幼子とその母とを連れてイスラエルの地に入った。22 しかし,アケラオがその父ヘロデに代わってユダヤの王として支配していることを聞き,そこに向かうことを恐れた。さらに,夢の中で神からの警告を与えられたので,ガリラヤ地方に退き,23 ナザレという都市に来て住んだ。預言者たちを通して,「彼はナザレ人と呼ばれるであろう」と語られたことが成就するためであった。


ルカ 2:1-21 (ベツレヘムの羊飼いの訪問は西暦前2世紀の10/1ごろ起きました。誕生したばかりのイエスは宿の馬小屋の飼い葉おけの中にいました。)
1 さてそのころ,人の住む全地に登録を命ずる布告がカエサル・アウグスツスから出た。2 (この最初の登録はクレニオがシリアの総督であった時に行なわれたものである。)3 それで,すべての人が登録をするため,それぞれ自分の都市に旅立った。4 もとよりヨセフも,ダビデの家また家族の一員であったので,ナザレの都市を出て,ガリラヤからユダヤに入り,ベツレヘムと呼ばれるダビデの都市に上った。5 約束どおり彼に嫁ぎ,今は身重になっていたマリアと共に登録をするためであった。6 彼らがそこにいる間に,彼女の出産の日が来た。7 そして彼女は男の子,初子を産み,これを布の帯でくるんで,飼い葉おけの中に横たえた。泊まり部屋に彼らの場所はなかったからである。
8 またその同じ地方では,羊飼いたちが戸外に住んで,夜間に自分の群れの番をしていた。9 すると突然,エホバのみ使いが彼らのそばに立ち,エホバの栄光が彼らの周りにきらめいた。そのため彼らは非常な恐れを感じた。10 しかしみ使いは彼らに言った,「恐れることはありません。見よ,わたしはあなた方に,民のすべてに大きな喜びとなる良いたよりを告げ知らせているのです。11 今日,ダビデの都市で,あなた方に救い主,主なるキリストが生まれたからです。12 そして,これがあなた方のためのしるしです。あなた方は,幼児 (babe/brephos G) が布の帯にくるまり,飼い葉おけの中に横たわっているのを見つけるでしょう」。13 すると突然,大勢の天軍がそのみ使いと共になり,神を賛美してこう言った。14 「上なる高き所では栄光が神に,地上では平和が善意の人々の間にあるように」。
15 それで,み使いたちが彼らを離れて天に行ってから,羊飼いたちは互いにこう言いはじめた。「ぜひベツレヘムまで行って,エホバがわたしたちに知らせてくださったこの出来事を見てこようではないか」。16 そこで彼らは急いで行き,マリア,それにヨセフ,そして飼い葉おけの中に横たわっている幼児を見つけた。17 彼らはそれを見ると,この幼子 (child/paidion G) について自分たちに語られていた事柄を知らせた。18 すると,聞く者は皆,羊飼いたちの話す事柄に驚嘆した。19 しかしマリアは,心の中であれこれと結論を下しつつ,こうして語られる事柄すべてを[記憶に]とどめていった。20 それから羊飼いたちは,自分たちが聞いたり見たりした事すべてについて神の栄光をたたえ,また賛美しながら戻って行った。自分たちに告げられていたとおりであったのである。
21 さて,八日が満ちて彼に割礼を施す時になると,その名もイエスと名づけられた。胎内に宿される前,み使いによって付けられた名である。




ヘロデ大王の死後、息子のアケラオ (Archelaus) がユダヤの王 (king) となり、他の息子のヘロデ・アンテパス (Antipater or Antipas) はガリラヤとペレアのローマの執政官 (tetrarch) となります。その他のヘロデの息子たちも同じでローマの執政官となっています。




ヘロデ・アンテパス

ヘロデ・アンテパスは、自分の異母兄弟ヘロデ・フィリポの妻ヘロデアを奪っていました。またヘロデアはヘロデ大王の孫娘で、アンテパスの姪です。


その不道徳な関係をバプテスマのヨハネから戒められていためヘロデアはフィリポとの間の娘サロメを用いてヨハネを殺害しました。


ヘロデアはヘロデ大王とマカベア家の大祭司の娘マリアンメ1世 (Mariamne I) との間の子アリストビューラス (Aristobulus) の娘です。

ユダヤ教に改宗したエサウの子孫のイドマヤ人の支配者とユダヤ人の大祭司の家系の婚姻関係、また権力保持のための策略、殺人、近親結婚を含む不道徳などは、西暦1世紀までにユダヤ教がギリシャやローマなどの異邦人支配により回復不能なまでに破綻していたことを物語っています。

この事実はキリストの宣教の意義を際立たせます。




イエスはヘロデ・アンテパスを「きつね」と言いました。

ルカ 13:31-35
31 ちょうどその時刻に何人かのパリサイ人がやって来て,彼にこう言った。「出て行ってここから去りなさい。ヘロデがあなたを殺そうとしているからです」。32 すると[イエス]は彼らに言われた,「行って,あのきつねに言いなさい,『見よ,わたしは今日と明日は悪霊たちを追い出し,いやしを成し遂げています。そして三日目には終わるでしょう』と。33 しかしやはり,わたしは,今日,明日,またその明くる日と,自分の道を進んで行かねばなりません。預言者がエルサレムの外で滅ぼされることは許されないからです。34 エルサレム,エルサレム,預言者たちを殺し,自分に遣わされた人々を石打ちにする者よ―めんどりが一かえりのひなをその翼の下に集めるように,わたしは幾たびあなたの子供たちを集めたいと思ったことでしょう。それなのに,あなた方は[それを]望みませんでした。35 見よ,あなた方の家はあなた方のもとに見捨てられています。あなた方に言いますが,『エホバのみ名によって来るのは祝福された者』と言うときまで,あなた方は決してわたしを見ないでしょう」。


西暦1世紀にユダヤ教は神の器ではなくなりました。

ですから政治的なシオニズム運動を宗教的に支持することはできませんが、19世紀から20世紀にかけて「ものみの塔協会」の初代会長チャールズ・テズ・ラッセルはシオニストとして活動しました。


その活動資金はシオニズム運動の発起人のロスチャイルドから提供されてきました。現在でもそのことは変わりません。

ものみの塔と金融ユダヤ人
J.P. モーガンとものみの塔協会


世界の金融をコントロールしているシオニストたちは、パレスチナに世界政府の首都を建設する目論見の実現のために経済危機、地域紛争、世界大戦を演出しています。


シオニズムについて
カルトCIAはNWOの実行部隊です。



ロスチャイルド、ロックフェラー、その他の政治、経済、宗教のトップたちはヘロデ大王と同じ名目上のユダヤ人です。

これらの名目上のユダヤ人たちはローマ帝国から続いているヨーロッパの貴族や支配者たちと姻戚関係にあります。その生き方は西暦1世紀当時の支配者たちの生き方と同じです。

ですから、世の支配者たちの本質はニムロデのときから同じでニムロデがそうであったように神の義の裁きを招くでしょう。


名目上のユダヤ人、イドマヤ人(エドムの子孫)たちの権力者たちの子どもたちは、ローマ帝国の首都でローマ帝国の支配者たちの子どもたちと一緒に育ち同じ教育を受け、ローマ化されパレスチナの支配者としてローマの元老院により任命を受けて統治に就きました。

その手法は今日でも同じです。
例えば、日本はアメリカの属国ですが、日本の支配者層の子どもたちはアメリカで教育を受けアメリカの覇権維持の政策のために日本に戻り政(まつりごと)を行います。




ヘロデ・アグリッパ1世

ヘロデ大王の孫のヘロデ・アグリッパ1世はチベリウス・シーザー (Tiberius Caesar)の息子ドルスス (Drusus) と、そのいとこのクラウディウス (Claudius) と共に育ち教育を受けました。

ローマ皇帝の好意を受けローマ元老院によりパレスチナの王となったヘロデ・アグリッパ1世は、ガリラヤとペレアの執政官である叔父のヘロデ・アンテパスを追放しガリラヤとペレアを取得します。

クラウディウス・シーザー (Claudius Caesar) は、パレスチナの全領域の王権をヘロデ・アグリッパ1世 (Herod Agrippa I) に与えます。


名目上のユダヤ人であるイドマヤ人のヘロデ・アグリッパ1世は、ユダヤ人の意向にそってクリスチャンを迫害しました。また西暦44年に、その傲慢さの故にみ使いに打たれて54才で死にます。


ヘロデ・アグリッパ1世の家族
息子
ヘロデ・アグリッパ2世


ベロニケ (Bernice)  
ヘロデ・アグリッパ2世の妻(近親結婚)、彼女は夫であるシリシア(Cilicia)の王を後にしてアグリッパ2世と結婚
ドルシラ (Drusilla) ローマの執政官フェリクスの妻(ヘロデ・アグリッパ2世とフェリクスは親族となる)
マリアンメ3世 (Mariamne III)



使徒 12:1-3, 20-22
1 ちょうどそのころ,王ヘロデ(ヘロデ・アグリッパ1世)は会衆のある者たちを虐待することに手をつけた。2 彼はヨハネの兄弟ヤコブを剣にかけて除き去ったのである。3 それがユダヤ人の気に入るのを見て,彼はさらにペテロをも捕縛した。(ところで,それは無酵母パンの時期であった。)

20 さて,[ヘロデ]はティルスやシドンの民に対して戦闘的な気構えでいた。そのため彼らはこぞって[ヘロデ]のところにやって来て,王の寝室の世話係であるブラストを説き付けてから,和を請いはじめた。彼らの地方は王の[国土]から食物を得ていたからである。21 ところが,ある決められた日に,ヘロデは王衣をまとって裁きの座に座り,彼らに向かって演説を始めた。22 集まっていた民のほうは,「神の声だ,人の[声]ではない!」と大声で叫びはじめた。23 するとたちどころにエホバのみ使いが彼を撃った。彼が神に栄光を帰さなかったからである。そして,彼は虫に食われて息絶えた。



ヘロデ・アグリッパ1世のあと、その息子のヘロデ・アグリッパ2世がパレスチナの王にローマ帝国から任命されます。



ヘロデ・アグリッパ2世

ヘロデ・アグリッパ2世はローマの皇室の中で成長しました。彼の父親が死んだとき彼は17才でした。

クラウディウス・シーザー (Claudius Caesar) の助言者たちは、パレスチナの王権にはまだ若すぎると判断したためローマ皇帝クラウディウスはパレスチナのローマ帝国執政権を与えます。

その後、カルシス (Chalcis) 地方の王であった叔父が亡くなったため、そこの王権がアグリッパ2世に与えられます。

その後、ローマ皇帝クラウディウスは、かってフィリポ (Philip)と、ルサニア (Lysanias) に属していた領地の支配権をアグリッパ2世に与えます。

加えて、エルサレムの神殿の監督とユダヤ教の大祭司の任命権も与えられます。

また、ローマ皇帝クラウディウスの後継者の皇帝ネロ (Nero) によりアグリッパ2世の領土はさらに拡大されます。


パウロがヘロデ・アグリッパ2世に証言したのは西暦58年ごろです。その際パウロはシーザーに上訴しました。そのシーザーはネロです。



ローマ皇帝
西暦前31 - 西暦14 アウグスト (Augustus, Octavian)
14 - 37 チベリウス (Tiberius)
37 - 41 ガイウス (Gaius, Caligula)
41 - 54 クラウディウス (Claudius)
54 - 68 ネロ (Nero) 西暦64年のローマ大火災後クリスチャンの公式迫害開始



まとめ、

西暦前
332 ギリシャのアレクサンダー大王エルサレム侵攻
168 セレウコス朝の王アンティオコス4世(エピファネス)エルサレムの神殿にゼウスの像を持ち込む
165 大祭司のマカベア家の反乱、ギリシャの影響を一掃
125 マカベア家のジョン・ヒルカナス1世、イドマヤを征服しエドム人を強制改宗
--- マカベア家のアレクサンダー・ジャネイウス、名目上のユダヤ人アンティパトロス1世をイドマヤの総督に任命
104 マカベア家のアリストビューラス1世大祭司兼王となる
39  イドマヤ人のヘロデ大王ローマ帝国よりユダヤ地方の王に任命される
36  ヘロデ大王、エルサレムを攻略

ヘロデ大王 誕生したばかりのイエスの殺害を企てる。(西暦前2-1年)
ヘロデ・アケラオ 
ヘロデ・アンテパス ヨハネを殺害する。(西暦32年)
ヘロデ・アグリッパ1世 ヤコブを殺害する。み使いに打たれて死亡。(西暦44年)
ヘロデ・アグリッパ2世 使徒パウロが証言した王 (西暦58年)



ローマ帝国の総督
ポンテオ・ピラト (Pontius Pilate)
フェリクス (Felix)
フェスト (Festus)






世の支配者たちの生き方


サタンから権威を託されている支配者たちは、権力に貪欲にしがみつき、自らの保身のために生きています。

自らの血統にこだわり富と権力の独占のために身内で結婚します。
歴史の記録はその事実を物語ります。

それで、ニムロデの時代から今日までつづく支配者の血統が存在することを疑う理由はないでしょう。
現在の権力者は過去の権力者たちの末孫であり、彼らの生き方に変わりはありません。

彼らは強力で優秀な種を望み、誕生する子どもの間引きさえしています。
弱肉強食、適者生存の進化論や優生学は世の支配者たちの思いや生き方の反映でしょう。



帝国が帝国を征服すると何が起こるでしょうか。
勝者は敗者の王族の女性により子どもを作り覇権を安定させます。
つまり、世界帝国の支配者たちの多くは姻戚関係になるということです。
支配権と、血統には密接な関係が存在しています。


ヨーロッパの貴族、王族たちは、過去の帝国の支配者たちの末孫であり、互いに姻戚関係にあります。
ある中学生がアメリカ大統領や有力政治家の家系を調査したところ、そのほどんどは親族関係であることが分かりました。


 Will & Kate Related!? Presidents Elected by Blood! Elite Family Tree!!



7TH GRADER PROVES THAT BARACK OBAMA 
AND ALL US PRESIDENTS ARE OF THE SAME BLOODLINE!




12 yr Girl Discovers 42 US Presidents Related to One British King.


どこの国の状況も同じです。


世の支配者たちは血統によって支配権の独占をしており、ニムロデの時代から今日までサタンと取引をしています。

ヨハネ第一 5:19
19 [また,]わたしたちが神から出ており,全世界が邪悪な者[の配下]にあることを知っています。

ルカ 4:5-7
5 それで彼は[イエス]を連れて上り,またたく間に人の住む地のすべての王国を見せた。6 そして悪魔は言った,「この権威すべてとこれらの栄光をあなたに上げましょう。それはわたしに渡されているからです。だれでもわたしの望む者に,わたしはそれを与えるのです。7 それで,あなたが,わたしの前で崇拝の行為をするなら,それは皆あなたのものになるのです」。


キリストが再び到来するときサタンの支配は終わります。



次回は、ローマの総督フェリクスとフェスト、パレスチナの支配者ヘロデ・アグリッパ二世の前でのパウロの証しについて学びます。