死海写本、クムラン遺跡、約束のメシアの希望

2024/08/17 0

キリスト教 考古学 聖書

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死海文書 (Dead Sea Scrolls)
1947年に、死海の近くの11の洞窟で発見されたヘブライ語とアラム語の900を超える350 BC - 70 AD 間の書物で、1950-2016年にその一部が出版されています。それらは、聖書的、非聖書的、そして宗派的という3つのカテゴリーに分けることができます。

その図書には、最古のヘブライ語聖書聖典や他のユダヤ文書が含まれています。死海文書は、西暦前150年から西暦68年くらいにクムラン (Qumran) に居住していたユダヤ教の分派の宗教グループの書庫と考えられています。その分派については、エッセネ派 (Essenes)、サドカイ派 (Sadducees) 、ハシド派 (Hasideans) 、パリサイ派 (Pharisees)、それらの混合など諸説があります。期間の終わりごろには、クリスチャンが居住した可能性も否定できません。

死海文書によると、クムランのユダヤ人は、単に「共同体」、あるいは「多くの者」、あるいは「道」と呼ばれていました。共同体に加わるメンバーは「契約に入る」と言われ、神の選びによって選ばれた彼らは、イスラエルの残りの者、新しい神殿、新しい農園、神の新しい民となり、神が「新しい契約」を結ばれた者たち(エレ31.31参照)であると書かれてあります。彼らの荒野への退却は、イザヤ 40:3 の「主の道を備えるため」に動機づけられていたと書かれています。これらの表現から当時のユダヤ人たちがメシアを強く意識していたことが分かります。

死海写本とクムラン遺跡

死海文書には、今日ヘブライ語聖書聖典として知られる創世記からマラキ書までの39冊と、聖典外のエノク書 (Book of Enoch)、ヨベル書 (Book of Jubilee)、トービト書 (To-bit) など、ギリシア語やエチオピア語で古くから翻訳されている書物も含まれています。

死海文書の発見当初は、聖書目録の中で、エステル書が存在しませんでしたが、これまで解読不能だったワイン浸けの死海文書の巻物がエステル書であることが確認されて2018年に記事が出されています。

死海文書は、39冊のヘブライ語聖書全巻目録が、西暦前2世紀には存在してたことの証明となっていますし、また1,000年を超えて隔たった後代の写本との相違がなく聖書の内容の正確な伝達の証拠ともなっています。

また、外典のエノク書とヨベル書の内容は、全体的に聖典と調和しており、また理解を助ける補足的なものとなっていますので読む価値があると思います。

加えて、クムランの共同体の性質について多くの情報が得られるクムラン共同体 (Qumran community) の宗派的文書があります。その多くは断片的で、読むのが困難ですが、律法から賛美歌や祈り、聖書の注釈書や翻訳、格言、終わりの日に関するテキストまで、さまざまな種類のテキストが含まれています。「共同体の規則」(Community Rule) と「ハバクク書の注解」(Commentary on Habakkuk) という2つの重要な宗派のテキストは、第1洞窟の壷の中で発見され、保存状態は良好でした。

もともとは「規律マニュアル」と呼ばれていた「共同体の規則」は、第1洞窟から最初に持ち出されたテキストの一つですが、第4洞窟からも、編集作業を示すいくつかのバリエーションを含む複数の写本が発見されています。紀元前100年頃に書かれたこの写本は、おそらく共同体の憲法として機能し、集団の階層構造の基礎を提供し、メンバーの行動を統制したと考えられています。テキストは3つの主要なセクションに分かれていて、入信儀式の説明、行動を律する一連の法律、そして祭司と思われるマスターへの指示に分かれています。

共同体の長は、ハシモン家の祭司職乗っ取りにより追放されたザドク系の大祭司と見なす説があります。共同体の組織構造では、指導者であるザドクの子らに教義、財産問題、正義を決定する完全な権限を与え、各メンバーは共同体の前で、神の霊感を受けた正義の教師 (Teacher of Righteousness) が解釈したモーセの律法に立ち返り、不正を行うすべての人間から離れることを誓わなければならず、すべての会員は、その知恵と理解力に応じてランク付けされ、上位の者にはすべて服従しなければならないとなっています。共同体の権威に対して不平を言う者は、処罰や追放が規定されています。

「ハバクク書の注解」(Commentary on Habakkuk) では、正義の教師 (Teacher of Righteousness) と邪悪な祭司 (Wicked Priest) の対立が描かれており、正義の教師は、クムラン共同体の創設者で、邪悪な祭司は、 王兼祭司としてエルサレムを統治したハシモン家 (Hasmonean) のヨナタン (Jonathan 152 BC-42 BC) とする解釈があります。

「ハバクク書の注解」(Commentary on Habakkuk) の解釈は、将来のメシア的預言に関するものなど諸説あります。

死海写本は、ヘブライ語聖書全巻とエノク書、ヨベル書などを含み、敬虔なユダヤ教の宗派により組織的に管理された書庫と見なすことができます。クムラン共同体の規模はクムラン遺跡から判断できます。

クムラン(ヘブライ語:קומראן; アラビア語:خربة قمران Khirbet Qumran)は、イスラエルのクムラン国立公園が管理するヨルダン川西岸の遺跡です。 死海北西岸から約1.5km、歴史的都市エリコから南へ約10km、現代のイスラエル人入植地であるカルヤのキブツに隣接しています。

クムランは西暦68年まで居住され、第一次ユダヤ・ローマ戦争中、多分遅くとも西暦73年までにローマ人によって破壊されました。後にバル・コクバ (Bar Kokhba) の反乱の際にユダヤ人の反乱軍によって使用されました。今日、クムラン遺跡は、死海文書が隠されたクムラン洞窟に最も近い集落としてよく知られています。クムランでの主要な発掘は1950年代にローラン・ド・ヴォー (Roland de Vaux) によって行われ、その後もいくつかの発掘が行われました。

クムラン遺跡の発掘調査

1947年から1956年にかけて死海文書が発見されて以来、クムランでは大規模な発掘調査が行われてきました。クムラン周辺の洞窟で約900冊の巻物が発見されました。ほとんどは羊皮紙に書かれており、一部はパピルスに書かれていました。クムランでは、貯水槽、ユダヤ教の儀式用の浴場、墓地、食堂や集会室、上層階の残骸が発見され、一部では写本室、陶器の窯、塔などが発掘されています。

多くの学者は、その場所がユダヤ教の宗派、おそらくエッセネ派の本拠地であったと信じています。しかし、ローレンス・シフマン (Lawrence Schiffman) によれば、共同体の規則、祭司職とザドクの子孫の遺産の重視などからサドカイ派志向の宗派と考えています。他の人々は非宗派的な解釈を提案し、裕福な家族の別荘、または生産センター、陶器工場または、当初はハスモン朝の砦で後にそのようなものに変わったと考えています。

巻物はクムラン集落の周囲にある11の洞窟で発見されました。書棚の跡があることから、洞窟は宗派の常設図書館だったと主張する学者もいます。また、いくつかの洞窟は、その地域に住む人々の住居としての役割も果たしていたと考える学者もいます。洞窟で発見されたテキストの多くは、広く受け入れられているユダヤ教の信仰と実践を表しているように見えますが、一方で、異なる、独自の、あるいは少数派の解釈と実践を語っているように見えるテキストもあります。一部の学者たちは、クムランの住人はエッセネ派であったかもしれないとか、あるいは伝統的な祭司一族であるザドク派の支持者がハスモン朝の祭司兼王たちに対抗するための亡命先であったかもしれないと考えています。1990年代に出版された文学的な書簡には、共同体を創設した理由が述べられており、その一部はタルムードにおけるサドカイ派の議論に似ています。ほとんどの巻物は、第一次ユダヤ・ローマ戦争 (西暦66-73年) の混乱期に洞窟に隠されたようですが、一部はそれ以前に保管された可能性もあります。

19世紀のクムラン遺跡の発掘調査
キルベット・クムラン (Khirbet Qumran) の遺跡は、19世紀からヨーロッパの探検家に知られていました。初期の探検家の最初の注目は、1851年のド・ソルシー (de Saulcy) から始まった墓地に集中していました。実際、クムランでの最初の発掘調査(近代的な方法論が発展する前)は、1855年にヘンリー・プール (Henry Poole) によって行われ、1873年にチャールズ・クレルモン・ガノー (Charles Clermont-Ganneau) によって行われた墓地の埋葬調査でした。

20世紀初頭の発掘調査
イギリスの学者アーネスト・ウィリアム・ガーニー・マスターマン (Ernest William Gurney Masterman) は、1900年から1901年にかけて何度かクムランを訪れ、この遺跡が「かつては小さな要塞であった可能性が非常に高い」と結論づけていますが、小さな要塞がなぜ千以上の墓の墓地を必要とするのかに疑問を呈しています。

1914年にクムランを訪れたグスタフ・ダルマン (Gustaf Dalman) は、クムランをブルグ (burg)、つまり砦であると明確に特定しています。考古学者のマイケル・アヴィ-ヨナ (Michael Avi-Yonah) は、ダルマンのクムランを砦であると特定したことに同意し、クムランの遺跡をユダ南東部の国境に沿って連なる要塞の一部であると特定した地図を発表しています。

1949年
カトリックの司祭ローランド・ド・ヴォー (Roland de Vaux) と ジェラルド・ランケスター・ハーディング (Gerald Lankester Harding) が第1洞窟と呼ばれる、巻物を含む最初の洞窟を発掘した後、本格的な調査が始まりました。その年に行われた表面調査では、興味深いものは何も見つかりませんでしたが、巻物への関心が高まり、1951年にクムランの遺跡をより詳細に分析することになりました。この分析から、第1洞窟で発見されたものと密接に関連する陶器の痕跡が発見され、この発見をきっかけに、ド・ヴォー (De Vaux) の指揮の下、1951年から1956年の6シーズンにわたって、クムランの遺跡で集中的な発掘調査が行われました。この時までにクムランで発見された最も貴重な発見は、修道院の西側にある部屋で発見された500枚以上の銀貨が入った3つの小さな水差しでした。 それらは前1世紀の様々な時期にティルス (Tyre) で鋳造されたテトラドラクマ (tetradrachmae) でした。

鉄器時代の遺跡は少なめでしたが、LMLのシール(壺に押された古代ヘブライ語の王の印章)が含まれていたため、ド・ヴォー (de Vaux) はヨシア 15:62にリストされている塩の都市 (City of Salt) としてクムランを特定しました。しかし、この場所は、ヨシュア記15:61の塩の町と同じ地域で言及されているセカカ (Secacah) と同一視されるかもしれません。セカカは銅の巻物で言及されており、この資料に記載されているセカカの水工事はクムランのものと一致しています。発掘調査により、鉄器時代以降、クムランは主にハスモン朝 (Hasmonean) 時代から西暦70年にティトゥス (Titus) によって神殿が破壊された後まで使用されていたことが明らかになりました。

ド・ヴォー (de Vaux) が発見した場所は、2つの主要なセクションに分かれています。本館、中央の中庭を特徴とする2階建ての正方形の構造、そしてその北西の角にある防御塔。そして西に二次的な建物。発掘調査では、敷地のさまざまな場所にあるいくつかの階段状の貯水槽(一部は非常に大きい)に水を供給していた複雑な水道システムが明らかになりました。これらの貯水槽のうち2つは、本館の壁の内側にありました。

ド・ヴォー (de Vaux) はクムランで3つのインク壺を発見し、その後何年にもわたり、クムランに由来するインク壺がさらに発見されました。その数は第二神殿時代の他のどの遺跡で発見されたインク壺よりも多く、クムランで文字が書かれていたことを示す重要な証拠です。聖書写本がなされたと思われる写字室 (scriptorium ) も発掘されています。

ローランド・ド・ヴォー (Roland de Vaux) は、クムランでの発掘調査に関する完全な報告を提供することなく、1971年に亡くなりました。 1986年、エルサレムのフランス聖書考古学学校エコール・ビブリック (Ecole Biblique) は、ベルギーの考古学者ロバート・ドンセル (Robert Donceel) をド・ヴォーの発掘調査の最終結果を出版する任務に任命しました。予備的な調査結果は1992年にニューヨークで開催された会議で発表されましたが、最終報告は得られませんでした。

ポーリーン・ドンセル・ヴート (Pauline Donceel-Voute) によれば、多くの遺物が失われたり破損したりしていたため、最終報告書を書くことは不可能で、特に、ドンセル夫妻 (Donceel) によれば、ド・ヴォーがクムランから発掘した硬貨の一部が失われていたと言われています。このギャップを埋めるために、エコール (Ecole Biblique) は1994年に出版されたド・ヴォーのフィールドノートをまとめました。この巻には、数百枚の写真、48ページの測定、およびフィールド日記の要約説明が含まれていました。フィールドノート集の英訳は2003年に出版されました。

ド・ヴォーの発掘調査の解釈の後の2冊の本は、2003年と2016年にジャン・バティスト・ハンバート (Jean-Baptiste Humbert) によって出版されました。しかし、ロックフェラー博物館に保存されているド・ヴォーのクムランからの考古学的発見のすべてはまだ出版されていません。中には、学者や一般の人々がアクセスできないものもあります。

クムランから特定された青銅貨は、ユダヤ戦争の2年目と3年目にさかのぼるものもあり、この場所が西暦68年にまだ使用されており、70年以降、おそらく73年までに破壊されたことを示しています。この時期のクムランの硬貨は、第一次ユダヤ・ローマ戦争 (66-73) でローマ軍を支援するために補助部隊を送ったアスカロン (Ascalon) で72/73年に鋳造された独特の青銅貨シリーズで終わっています。

73年にローマ軍は死海の西岸にあったマサダの山岳要塞を襲撃しました。クムランから発見された硬貨は、アスカロンで鋳造されたのと同じ独特の青銅貨で終わっているため、クムランはこれと同じ時期に破壊された可能性が高いと考えられています。

死海写本の公開の遅れ

第1洞窟の巻物は、パレスチナでの英国委任統治が終了する直前の1946年から47年にかけて、ベドウィン(遊牧民の羊飼い)によって発見されました。巻物の発見は、これらの写本が第二神殿ユダヤ教と初期キリスト教の理解における主要なターニングポイントを示すと確信している学者の間で熱狂的な興奮を引き起こしました。巻物の信憑性と古さは、もともと手書きの分析によって確立されましたが、後に炭素14年代測定によって裏付けられました。発見後の非常に早い時期に、学者たちはクムランのコミュニティとエッセネ派を結びつける理論を提唱しましたが、その後、それは修正されましたが、破棄されていません。

巻物が収められていた11の洞窟のうち、第1窟と第11窟には最も長く、最も保存状態の良いテキストが含まれていました。第4窟には群を抜いて多くの写本が所蔵されていましたが、保存状態が悪く、非常に断片的でした。他の洞窟では、比較的少ないテキストの比較的小さな断片が見つかりました。第1窟のテキストはすべて10年ほどで出版され、マイナーな第2-3窟と第5-10窟のテキストは、公式シリーズ「ユダヤ砂漠の発見」(vol.1-3、1955-62)でもすぐに出版されました。しかし、第4窟のテキストと第11洞窟のテキストの一部は未発表のままで、一般に公開されていませんでした。これらのテキストは600以上を数え、非常に断片的で修復が困難でした。7人の学者からなるチームには、出版の準備という困難な任務が与えられましたが、次の20年間で出版されたテキストはほとんどありませんでした。

テキストの出版の不可解な遅延は、それらの未発表のテキストの内容に関するあらゆる種類のセンセーショナルな主張の扉を開きました。学者のチームは、バチカンに代わって、キリスト教を弱体化させるような発見を意図的に隠蔽したか、写本が実際にキリスト教のテキストそのものであるという証拠を隠蔽したとして告発されました。1990年代初頭、カリフォルニア州サンマリノのハンティントン図書館 (Huntington Library) が公開したコンピュータ復元と写真に基づいて、無許可の版が登場し始めたため、多くの学者が公式チームに追加され、出版をスピードアップしました。1990年以来、Cave 4の残りのテキストをカバーする公式のDJD (Discoveries in the Judaean Desert) シリーズの20巻以上が出版されており、すべてのテキストの写真が誰でもすぐに入手できます。死海文書の発見と出版は、聖書、第二神殿ユダヤ教、そして初期キリスト教の研究における大きな転換点でした。

ラビのユダヤ教の台頭と成功は、以前に見られたよりもはるかに複雑なプロセスと見なされるようになりました。 ラビのユダヤ教とキリスト教の出現の背後にあるさまざまな信念と宗教的実践の違いが存在します。その違いは初期キリスト教の多くの要素をユダヤ人として理解するための助けとなります。

死海文書は、聖書のテキストと正典、そして初期のユダヤ教とキリスト教の歴史の分野で多くの新しい情報を提供してきましたが、すべてのテキストと写本の写真の包括的な目録が作成されていないため、それらの出版と進行中の研究の深刻な障害となっています。目録 (inventory) 作りは現在進行中です。

古物商と死海写本

聖地の古美術品の世界は、盗難、欺瞞、地政学的争いに満ちており、死海文書も例外ではありません。 約2,000年前に主に動物の皮の羊皮紙に書かれた死海写本は、これまでに発見されたヘブライ語聖書の最古の写本であり、聖地におけるユダヤ教とキリスト教のルーツを示す最古の証拠文書です。

ベドウィンの羊飼いが暗い洞窟の中に石を投げ入れると、何かが割れる音がしました。ベドウィンの仲間とともに再び洞窟を訪れたところ、合計7つの巻物を発見しました。

彼らはそのうちの3つを古美術商を通じてヘブライ大学の教授に、4つをベツレヘムのキリスト教徒の靴職人であるウィリアム・カンドー (William Kando) の父親に売り、その父親がアッシリア正教会 (Assyrian Orthodox church) の大司教に売りました。

1948年のアラブ・イスラエル戦争の前夜、大司教は巻物を米国に密輸し、ウォール・ストリート・ジャーナルの求人広告に広告を掲載しました。巻物はイスラエルの戦争の英雄であり、後にイスラエル有数の考古学者となったイーガエル・ヤディン (Yigael Yadin) が購入しました。

その後10年間、考古学者たちは死海地域の洞窟でさらに何千もの巻物の断片を掘り起こし、当時ヨルダンが統治していたエルサレム東部にあるロックフェラー考古学博物館で修復し始めました。

ベドウィンも破片を見つけてはカンドー(Kando) に売り、カンドはそのほとんどをロックフェラー博物館に売りました。その他の断片は、ヨルダンとフランスの国家コレクション、およびシカゴ、モントリオール、ドイツのハイデルベルクの大学に渡りました。

1967年の中東戦争で、イスラエルはロックフェラーのコレクションを押収し、カンドーが別の重要な巻物を所蔵していると噂されていたベツレヘムに兵士を送りました。ヤディン (Yadin) の書面による説明によると、短期間の投獄の後、カンドー(Kando) は寝室の床タイルの下の靴箱に隠してある羊皮紙の巻物を見せ、イスラエル当局に12万5000ドルで売りました。

しかし、カンドー (Kando) はイスラエルに引き渡した以上のものを所有しており、1960年代半ばにそれらの断片をスイスに移しました。

1993年、学者たちがイスラエルが所蔵する巻物の研究をようやく発表し始め、世界中が死海文書フィーバーに沸いていた矢先、カンドーは秘密の断片コレクションを息子たちに遺し、この世を去りました。時は売るには絶好のタイミングとなっていました。

カンドー (Kando) 所有の死海写本の断片は、世界中の世界写本収集家たちに売られました。
2009年、ロサンゼルス近郊の福音派キリスト教大学であるアスザ・パシフィック大学 (Asuza Pacific University) は、聖書の古代遺物とともにカンドー (Kando) 所有の5つの死海写本断片を2,478,500ドルで購入しています。他にもテキサス州フォートワースのサウスウェスタン・バプテスト神学校 (Southwestern Baptist Theological Seminary) もカンドー (Kando) から8つの死海写本断片を購入しています。

2009年と2010年に、オクラホマシティの福音派クリスチャンで、美術品や工芸品の小売チェーン店ホビーロビー (Hobby Lobby) の所有者であるグリーン家 (the Green family) は、世界最大の珍しい聖書写本プライベートコレクションのために12の断片を購入しています。

死海写本の断片は、インターネットで販売されています。
「ユダヤ砂漠での発見」インデックス Discoveries in the Judaean Desert index
「ユダヤ砂漠での発見」

死海写本の価値

死海写本の価値について、ある考古学者は次のように述べています。
死海を囲む不毛の丘の洞窟に巻物が保管されてから1947年に発見されるまでに約2000年が経過しました。それらが20世紀にわたって生き残ったという事実、ベドウィンの羊飼いによって偶然発見されたという事実、聖書とナザレのイエスの時代に関連する写本の最大かつ最古の遺品であるという事実は、それは本当に驚くべき考古学的発見です。

その発見以来、死海文書は学術的にも一般の人々からも大きな関心を集めてきました。学者にとって、それらは旧約聖書時代後の性質を探求し、ユダヤ教とキリスト教のつながりを探る貴重な資料です。一般の人々にとって、それらは信仰の裏付けを提供しています。

クムラン遺跡の規模や構造、また良く管理されたヘブライ語聖書全巻の図書は、居住者たちの知性や道徳性の証しであり、過去の真実を知る手がかりになりますので、速やかな遺物や遺品の公開が期待されましたけど、遺物や遺品の管理者が変わったり、修復が困難だったり、その他の理由で20年ほど公開がストップしました。

イスラエル、ヨルダン、パレスチナの各政府は死海写本の所有権について争っています。イスラエルは、死海写本の巻物を国家の遺産と考えており、写本断片の販売の禁止を要求し、すべての断片は最高の保存と研究のために大規模な保管庫にあるべきだと言っています。

1980年代後半以降、巻物へのアクセスとその出版を加速する動きをめぐる激しい論争がありました。学者たちは、未公開の死海写本の公開を求めて写本管理者たちに抗議しました。1988年、巻物研究の管理機関であるイスラエル考古学庁 (Israel Antiquities Authority) は、巻物の公開割り当て数を拡大し始め、1992年までに、50人以上の学者を増員して復元作業に当たらせました。1991年には、聖書考古学協会 (the Biblical Archaeology Society) は、巻物の写真の2巻本とコンピューターで作成された版を出版しました。同じ年の暮れには、カリフォルニア州のハンティントン図書館 (Huntington Library) が、保管している巻物の写真コピーをすべての学者に公開しました。さらに、イスラエル考古学庁は、詳細な索引付きのマイクロフィッシュ版を発行すると発表しました。

死海文書には、祭司の乗っ取り事件や宗派間の対立などユダヤ教の末期の状況を記録した文書が含まれています。 西暦70年に神殿とエルサレムが破壊されたことで、神殿と祭司職によるユダヤ教の時代が終わりました。 生き残ったのは、パリサイ派のユダヤ教、ラビ的ユダヤ教で、神殿と祭司職による古代イスラエルの崇拝の様式は姿を消しました。

ある聖書学者によると、クムランの文献に反映されているのは、過渡期のユダヤ教であり、聖書に記述されているイスラエルの宗教から、ミシュナ (Mishnah) で説明されているラビのユダヤ教への移行です。ミシュナ (Mishnah) とは、ユダヤ教のタルムード (Talmud) の中核となる部分で、200 AD頃にユダ・ハナシ (Judah HaNasi) によって編纂されたユダヤ教の律法や道徳などの口伝の集大成のことです。今日のユダヤ教はパリサイ派のユダヤ教です。

死海文書は、新約聖書に記述されている出来事にまでさかのぼり、キリスト教の背景についての私たちの理解を深めました。学者たちは、クムランの文献に概説されている信仰の実践と、初期キリスト教徒のそれとの間に類似性があることを指摘しています。これらの類似点には、洗礼、共同の食事、財産の共有などが含まれます。

加えて、ユダヤ教とキリスト教には組織構造の類似性が見られます。イスラエル民族が12人の族長に率いられた12部族に分かれているように、キリスト教も12人の使徒がイスラエルの比喩的な12部族を裁くことになっています。クムラン共同体と初期キリスト教徒との教えや組織構造における類似は、神殿と祭司職によるユダヤ教とキリスト教の創設者であるYHWH神から出ています。

メシアによる「祭司の王国」-YHWH神の約束

罪とサタンの支配に陥ったアダムの家族を救い出すため神は「祭司の王国」を生み出す国民を準備しました。神は、アダムから20世代目、洪水後のノアの子セムから10世代目のアブラハムの子孫から12部族のイスラエル国民をつくり、西暦前1513年にアラビアのシナイ山でイスラエル国民と律法契約を結び、イスラエル国民に「祭司の王国」を生み出す契約条項を与えました。与えられた契約条項を守ればイスラエル国民は「祭司の王国」を生み出すことになります。

出エジプト 19:3-6
3 そしてモーセは[まことの]神のもとに上って行った。するとエホバは山の中から彼に呼びかけてこう言われた。「これはあなたがヤコブの家に話し,イスラエルの子らに告げるべきことである。4 『あなた方は,わたしがエジプト人に対して行なった事柄を見た。それは,あなた方を鷲の翼に乗せてわたしのところに連れて来るためであった。5 それで今,もしわたしの声に固く従い,わたしとの契約をほんとうに守るなら,あなた方はあらゆる民の中にあって必ずわたしの特別な所有物となる。全地はわたしのものだからである。6 そしてあなた方は,わたしに対して祭司の王国,聖なる国民となる』。これが,イスラエルの子らにあなたの言うべき言葉である」。

しかし、受け継いだ罪とサタンの働きによりイスラエル国民は背教し律法契約を守りませんでした。

イスラエル国民は律法契約を守りませんでしたが、神は律法契約の約束を果たし、メシア(キリスト)をイスラエル国民に遣わし、メシア(キリスト)は罪のない犠牲の死により律法契約を成就し、律法契約は神の側の履行だけで終了し、契約違反者であるイスラエル国民は神の恵みを失い神から見捨てられました。


■ 神は律法契約を守りました。律法の契約条項ををすべて成就しました。

マタイ 5:17
17 「わたしが律法や預言者たちを破棄するために来たと考えてはなりません。破棄するためではなく,成就するために来たのです。

ルカ 16:17
17 実際,律法の文字の一画が成就されないでいるよりは,天と地の過ぎ去るほうが易しいのです。

ルカ 24:44
44 それから彼らにこう言われた。「まだあなた方と共にいた時に,わたしが話した言葉はこうでした。つまり,モーセの律法の中,そして預言者たちと詩編の中にわたしについて書いてあることはみな必ず成就するということです」。

コロサイ 2:17
17 それらの事(律法)は来たるべきものの影であって,その実体はキリスト(メシア)に属しているのです。


■ イスラエルは律法を守りませんでした。律法の契約条項をあからさまに破りました。彼らは神の恵みを失い、そして見捨てられました。

マタイ 23:37-38
37 「エルサレム,エルサレム,預言者たちを殺し,自分に遣わされた人々を石打ちにする者よ―わたしは幾たびあなたの子供たちを集めたいと思ったことでしょう。めんどりがそのひなを翼の下に集めるかのように。しかし,あなた方はそれを望みませんでした。38 見よ,あなた方の家はあなた方のもとに見捨てられています。

ヘブライ 8:9
9 . . . 彼らはわたしの契約のうちにとどまらなかったからである。そのためわたしは彼らを顧みることをやめた』と,エホバは言われる」。


イスラエル国民は律法契約を守りませんでしたが、神は律法契約を成就し西暦1世紀にメシア(キリスト)の罪のない犠牲を供え、律法契約違反者のイスラエル国民も含め全人類を罪とサタンの支配から解放する(救う)ことを実現しました。ですから、イスラエル人を含め罪人アダムの家族には、神のメシアの「祭司の王国」をとおして救いが実現します。

ヨハネ 6:51
51 わたしは天から下って来た生きたパンです。だれでもこのパンを食べるなら,その人は永久に生きます。そして,本当のことですが,わたしが与えるパンとは,世の命のためのわたしの肉(メシアの犠牲の死)なのです」。

ヨハネ 12:24
24 きわめて真実にあなた方に言いますが,一粒の小麦は地面に落ちて死なないかぎり,それはただ一[粒]のままです。しかし,死ぬならば(メシアの犠牲の死),そのときには多くの実を結びます

ヨハネ 19:28-30
28 この後,イエスは,それまでにすべての事が成し遂げられたのを知って,聖句が成し遂げられるために,「わたしは渇く」と言われた。29 そこには,酸いぶどう酒のいっぱい入った器が置いてあった。それで彼らは,その酸いぶどう酒をじゅうぶん含ませた海綿をヒソプ[の茎]に付け,それを彼の口もとに持って行った。30 さて,酸いぶどう酒を受けてから,イエスは,「成し遂げられた!」と言われた。そして,頭を垂れ,[ご自分の]霊を引き渡された。

啓示 5:5
5 しかし長老の一人がわたしにこう言う。「泣くのをやめなさい。見よ,ユダ族の者であるライオン,ダビデの根(メシア)が(犠牲の死により)征服を遂げたので,巻き物とその七つの封印を開くことができる」。(人類の救いが実現しました。)

■ 律法契約が終わった理由は、イスラエル人の律法契約違反によるのではありません。契約の目的が神のメシアによりすべて成就し不要になったからです。来るべきものの影である律法契約は、イスラエルの違反により破棄されたのではく、実体であるメシアが到来したときに成就し、終了し、廃止されました。
■ 新し契約は、創世記の「女の胤」の約束の成就に向けた必然的な展開です。

律法契約は終わり、メシアによる新しい契約の時代へ

西暦1世紀に神のメシアの勝利により、律法契約は神の約束をすべて成就して終わりました。そして、メシア(キリスト)の「祭司の王国」は、律法契約違反者のイスラエル国民から取り去られ、それにふさわしいあらゆる民族のアブラハムのような信仰を働かせる人々に与えられました。

マタイ 21:43
43 このゆえにあなた方に言いますが,神の王国はあなた方から取られ,その実を生み出す国民に与えられるのです。

メシア(キリスト)の罪のない犠牲の死は、イスラエル人との律法契約を成就して終わらせ、メシア(キリスト)の血による全人類との新し契約を有効としました。ですから、メシア(キリスト)の王国の知らせは、全人類に伝えられることになりました。あらゆる民族のアブラハムのような信仰を働かせる人々は、神のメシア(キリスト)であるナザレのイエスを信じる人々であり、西暦36年以降、異邦人もバプテスマを受けイエスの弟子となり、西暦44年ごろ神の神慮により、バプテスマを受けたイエスの弟子たちはクリスチャンと呼ばれるようになります。

メシアの犠牲の血による「新しい契約」は、全人類の罪の許しのためですが、最初にその益にあずかるメシア(キリスト)の弟子たちは、人類の「初穂」と呼ばれ、「祭司の王国」のメンバーとなり、また新しい契約の奉仕者とも呼ばれ、全地にメシアの「祭司の王国」を宣べ伝えます。

マタイ 26:27-28
27 また,杯を取り,感謝をささげてからそれを彼らに与え,こう言われた。「あなた方はみな,それから飲みなさい。28 これはわたしの『契約の血』を表わしており,それは,罪の許しのため,多くの人のために注ぎ出されることになっているのです。

ルカ 22:20
20 . . . 「この杯は,わたしの血による新しい契約を表わしています。それはあなた方(イエスの弟子たち)のために注ぎ出されることになっています。

ヨハネ 6:51
51 わたしは天から下って来た生きたパンです。だれでもこのパンを食べるなら,その人は永久に生きます。そして,本当のことですが,わたしが与えるパンとは,世の命のためのわたしの肉なのです」。

1ヨハネ 2:2
2 そして彼はわたしたちの罪のためのなだめの犠牲です。ただし,わたしたち(イエスの弟子たち)の[罪]のためだけではなく,全世界の[罪]のためでもあります。

啓示 14:4-5
4 . . . これら(クリスチャン)は,子羊の行くところにはどこへでも従って行く者たちである。これらは,神と子羊に対する初穂として人類の中から買い取られたのであり,5 その口に偽りは見いだされなかった。彼らはきずのない者たちである。

2コリント 3:6
6 実際[神]はわたしたち(イエスの弟子たち)を新しい契約の奉仕者,つまり書かれた法典ではなく霊の[奉仕者]としてじゅうぶんに資格を得させてくださいました

使徒 11:26
26 . . . 弟子たちが神慮によってクリスチャンと呼ばれたのは,アンティオキアが最初であった。

律法契約の贖罪の犠牲(影)の実体であるメシア(キリスト)は、罪のない犠牲の死により全人類を罪とサタンの支配から解放し、神と全人類の間の「新しい契約」が有効となりました。それで、「祭司の王国」の成員は単にイスラエル国民からだけでなく、全ての国民から選べるようになり、神のメシア(キリスト)の王国の良いたよりは、クリスチャンにより全世界に宣べ伝えられることになります。

マタイ 28:18-20
18 すると,イエスは近づいて来て,彼らにこう話された。「わたしは天と地におけるすべての権威を与えられています。19 それゆえ,行って,すべての国の人々を弟子とし,わたしの名において彼らにバプテスマを施し,20 わたしがあなた方に命令した事柄すべてを守り行なうように教えなさい。そして,見よ,わたしは事物の体制の終結の時までいつの日もあなた方と共にいるのです」。

使徒 1:8
8 しかし,聖霊があなた方の上に到来するときにあなた方は力を受け,エルサレムでも,ユダヤとサマリアの全土でも,また地の最も遠い所にまで,わたしの証人となるでしょう」。

啓示 5:9-10
9 そして彼らは新しい歌を歌って言う,「あなたは巻き物を受け取ってその封印を開くにふさわしい方です。あなたはほふられ,自分の血をもって,あらゆる部族と国語と民と国民の中から神のために人々を買い取ったからです。10 そして,彼らをわたしたちの神に対して王国また祭司とし,彼らは地に対し王として支配するのです」。

西暦1世紀に、律法契約の時代が終わり、メシアによる新しい契約の時代が始まりました。イエスの弟子たちは神慮によりクリスチャンと呼ばれるようになり、新しい契約の奉仕者としてメシアの「祭司の王国」を全地に宣べ伝え、神のメシアを信じて「祭司の王国」のメンバーとなるように人々を助けています。

■ 西暦1世紀メシアによる新しい契約の時代が始まる。イエスの弟子たちはクリスチャンと呼ばれるようになる。クリスチャンは新しい契約の益を最初に受ける人たちで人類の「初穂」と呼ばれている。クリスチャンはメシア(キリスト)の「祭司の王国」のメンバーであり、新しい契約の奉仕者です。

メシアの犠牲の死

イスラエルの律法契約で規定された贖罪の犠牲は、メシア(サタンを滅ぼす約束の胤)の完全な犠牲を表しており、また創世記 3:15の約束の「女の胤」(メシア)は犠牲の死を遂げることによりサタンを征服し勝利者となることが予言されていました。

創世記 3:15
15 そしてわたしは,お前(蛇)と女との間,またお前の胤(蛇の胤)と女の胤との間に敵意を置く。彼はお前の頭を砕き(滅ぼす),お前(蛇)は彼(女の胤)のかかとを砕く(殺す)であろう」。

女の胤はメシア(キリスト)を表しており、メシアは蛇からかかとを砕かれると言われているように犠牲の死を遂げることになります。メシアの罪のない犠牲の死は蛇に対する勝利であり、復活したメシアは「蛇の頭を砕く」と表現されているようにサタンを滅ぼします。

メシアの罪のない死により、メシアの「祭司の王国」が実現し、その下で人類はサタンの支配と罪から解放され、死者は復活し命の恵みに再びあずかるようになります。

ヘブライ 2:14-15
14 そこで,「幼子たち」が血と肉を持つ者なので,彼も同様にその同じものにあずかりました。それは,自分の死によって,死をもたらす手だてを持つ者,すなわち悪魔を無に帰せしめるためでした。15 またそれは,死に対する恐れのために生涯奴隷の状態に服していた者すべてを解放するためでした。

律法契約下のイスラエル人たちは、毎年第7の月の10日(ティシュリの10日、9-10月)に贖罪の犠牲を捧げていました。贖罪の犠牲はメシア(キリスト)の犠牲を表しています。毎年罪の犠牲を捧げる必要があったイスラエル人たちは、取り去るべき罪の存在を意識させられ、メシアの罪のない血による贖いの必要を理解するように助けられました。律法契約で規定された影である動物の犠牲の実体は、メシアであり、イスラエル人は罪を取り去るメシアの到来を待ち望み、来るべき神のメシアに信仰を持つことが期待されていました。

ですから、イスラエル人も、それ以前のYHWH神の崇拝者たちも、アダムの家族を罪とサタンの支配から救う「神の約束の胤」、メシア(ギリシャ語でキリスト)を信じる者たちです。つまりアダムの時からYHWH神の崇拝者たちは、もともとメシア信奉者、ヘブライ語でメサイアニスト (Messianists)、ギリシャ語でクリスチャン (Christians) であるということです。YHWH神の約束の「女の胤」、アダムの家族の救いの希望の実現を待ち望む者たちです。

救いをもたらす「約束の胤」の預言
創世記 3:15罪とサタンの支配に陥ったアダムとエバに与えられた「女の胤」の約束
15 そしてわたしは,お前と女との間,またお前の胤と女の胤との間に敵意を置く。彼はお前の頭を砕き,お前は彼のかかとを砕くであろう。
創世記 22:18アブラハムに繰り返された、全人類を祝福する「胤」の約束
18 そして,あなたの胤によって地のすべての国の民は必ず自らを祝福するであろう。あなたがわたしの声に聴き従ったからである。
出エジプト 19:5-612部族のイスラエルに示された「祭司の王国」の約束
5 それで今,もしわたしの声に固く従い,わたしとの契約をほんとうに守るなら,あなた方はあらゆる民の中にあって必ずわたしの特別な所有物となる。全地はわたしのものだからである。6 そしてあなた方は,わたしに対して祭司の王国,聖なる国民となる。
詩編 110:4
ヘブライ 7:1
メシアは「祭司の王国」の主要な胤(王なる祭司)です。
Ps 110:4 「あなたは定めのない時に至るまで,メルキゼデクのさまにしたがう祭司(王なる祭司)である!
Heb 7:1 このメルキゼデク,つまりサレムの,また至高の神の祭司であり,


律法契約の目的

律法契約は、メシアによる罪のない犠牲を備えることと、イスラエル人の罪を暴き、贖い(罪の許しと罪からの救い)の必要性を自覚させ、メシアの到来を待ち、メシアに信仰を持つようにイスラエル人たちを導くことでした。

ヘブライ 9:11-12
11 しかし,キリストは,すでに実現した良い事柄の大祭司として来た時,手で造ったのではない,すなわち,この創造界のものではない,より偉大で,より完全な天幕を通り,12 そうです,やぎや若い雄牛の血ではなく,ご自身の血を携え,ただ一度かぎり聖なる場所に入り,[わたしたちのために]永遠の救出を得てくださったのです。

ヘブライ 10:1-4
1 律法は来たるべき良い事柄のを備えてはいても,事の実質そのものを[備えて]はいないので,年ごとに絶えずささげる同じ犠牲をもって,[神に]近づく者たちを完全にすることは決してできないのです。2 そうでないとすれば,神聖な奉仕をささげる者はただ一度だけで清められて,もはや罪の自覚を持たないのですから,[犠牲]はささげられなくなったはずではないでしょうか。3 ところがその逆に,そうした犠牲によって年ごとに罪を思い出させるのです。4 雄牛ややぎの血は罪を取り去ることができないからです。

ガラテア 3:19
19 では,律法はなぜ[与えられたの]ですか。それは違犯を明らかにするために付け加えられたのであり,約束のなされた胤(メシア)が到来する時にまで及ぶのです。

約束のメシアが到来する前に、イスラエルは背教し、西暦1世紀に神のメシアが到来した時、イスラエルは国民全体として神のメシアを受け入れず、西暦33年に刑柱上で殺害しました。

使徒 2:22-23
22 「イスラエルの皆さん,この言葉を聞いてください。ナザレ人イエス,それは,あなた方も知っているとおり,神がその人を通してあなた方のただ中で行なわれた強力な業と異兆としるしにより,神によってあなた方に公に示された人ですが,23 あなた方はこの[人],すなわち神の定まったみ旨と予知とによって引き渡された方を,不法な人々の手により杭に打ち付けて除き去りました

律法契約の贖罪の犠牲が予表していたように、神のメシアであるナザレのイエスは罪のない犠牲の死によりメシアの使命を成し遂げました。イエスを信じた少数のイスラエル人たちの信仰は、イエスの復活により報われ、強められ、背教者のイスラエル人社会で神のメシア(キリスト)について強力な証しを展開し始めます。

使徒 2:31-32, 36-41
31 キリストの復活を先見し,それについて,彼がハデスに見捨てられず,その肉体が腐れを見ることもないと語ったのです。32 このイエスを神は復活させたのであり,わたしたちは皆その事の証人です

36 ですから,イスラエルの全家は,神がこの方を,あなた方が杭につけたこのイエスを,主とも,キリスト(メシア)ともされたことをはっきりと知ってください」。 37 さて,これを聞くと,彼らは心を刺され,ペテロやほかの使徒たちに言った,「皆さん,兄弟たち,わたしたちはどうしたらよいのですか」。38 ペテロは彼らに[言った],「悔い改めなさい。そしてあなた方ひとりひとりは,罪の許しのためにイエス・キリストの名においてバプテスマを受けなさい。そうすれば,無償の賜物として聖霊を受けるでしょう。39 この約束はあなた方とあなた方の子供たち,また遠く離れたすべての人,わたしたちの神エホバがそのもとに召される人すべてに対するものなのです」。40 そして彼は他の多くの言葉で徹底的な証しをし,しきりに説き勧めて彼らに言った,「この曲がった世代から救われなさい」。41 そのため,彼の言葉を心から受け入れた者たちはバプテスマを受け,その日におよそ三千人の魂が加えられた。

神のメシアの到来と勝利の知らせは、イスラエル人、その後異邦人世界へ伝達されて行き、西暦70年にエルサレムがローム軍により滅ぼされる10年前には、当時のローマ帝国の全域でイエス・キリストの信仰が語られるようになっていました。

コロサイ 1:6
6 その[良いたより]はあなた方のところにもたらされましたが,世界じゅうで実を結んで増大しているのであり,それは,あなた方が真に神の過分のご親切について聞き,また正確に知った日以来あなた方の間でも[起きていること]と同じです。

小麦と雑草のたとえ

神のメシアを退けた背教者のイスラエル人たちは、律法契約の終わりとともに、崇拝のためのエルサレムの神殿を失い、YHWH神から見捨てられました。西暦1世紀の神のメシアの到来は、影(ひな型)である動物の犠牲の時代を終わらせ、実体であるメシア(キリスト)の時代を開きました。メシアの罪のない犠牲の死により西暦1世紀に人類の救いは実現し、あとは、メシアの「祭司の王国」の到来を待つことになりました。

西暦1世紀にメシアが救いを達成してから今日まで2,000年ほどの間、メシアは「祭司の王国」を備えるため、天からクリスチャン活動を導き全人類の中から小麦クリスチャンを選んてきました。メシアが再び戻るとき、それらの小麦クリスチャンたちはメシアの「祭司の王国」のメンバーとしてサタンの世を終わらせ、アダムの家族が失った「神の子たちの栄光ある自由」を回復する業を開始します。神の約束の「女の胤」の「祭司の王国」の支配は全ての人々を罪と死から解放するでしょう。

ですから、罪人アダムの家族は、栄光を受けたメシアの天からの帰還と「祭司の王国」の出現を切望しています。

ローマ 8:19-21
19 創造物は切なる期待を抱いて神の子たちの表わし示されることを待っているのです。20 創造物は虚無に服させられましたが,それは自らの意志によるのではなく,服させた方によるのであり,それはこの希望に基づいていたからです。21 すなわち,創造物そのものが腐朽への奴隷状態から自由にされ,神の子供の栄光ある自由を持つようになることです。

ヘブライ 9:28
28 キリストもまた,多くの人の罪を負うため,ただ一度かぎりささげられました。そして,彼が二度目に現われるのは罪のことを離れてであり,それは,[自分の]救いを求めて切に彼を待ち望む者たちに対してです

終了した律法契約は、神とイスラエル人との契約でしたが、メシアの犠牲により有効となった新しい契約は、神と全人類との契約となり、YHWH神のメシア(キリスト)は、イスラエル人だけでなく、全人類の救いの主要な代理者としてアダムの子たち全てを罪とサタンの支配から救出します。サタンを征服したメシアによる新しい契約の約束が果たされずに終わることはありません。

律法契約がメシアにより成就して終わったように、新しい契約もメシアによって成就してアダムの家族の救いを達成し成功裏に終えるでしょう。律法契約の一方の当事者であるイスラエルは背教して神の恵みを失いましたが、背教者の雑草クリスチャンが大半だとしても、メシアの「祭司の王国」の奉仕者である少数の小麦クリスチャンが背教することはありません。

メシア(キリスト)の罪のない犠牲の死により有効となった神と全人類の新しい契約は、人類のすべての部族からから選ばれるクリスチャンの「祭司の王国」を生み出し、全人類の救いを達成します。

啓示 5:9-10
9 そして彼らは新しい歌を歌って言う,「あなたは巻き物を受け取ってその封印を開くにふさわしい方です。あなたはほふられ,自分の血をもって,あらゆる部族と国語と民と国民の中から神のために人々を買い取ったからです。10 そして,彼らをわたしたちの神に対して王国また祭司とし,彼らは地に対し王として支配するのです」。

1コリント 15:22-28
22 アダムにあってすべての人が死んでゆくのと同じように,キリストにあってすべての人が生かされるのです。23 しかし,各々自分の順位にしたがっています。初穂なるキリスト,その後,その到来に,キリストに属する者たちです。24 次いで終わりとなります。その時,彼は王国を自分の神また父に渡します。その時,彼はあらゆる政府,またあらゆる権威と力を無に帰せしめています。25 [神]がすべての敵を彼の足の下に置くまで,彼は王として支配しなければならないのです。26 最後の敵として,死が無に帰せしめられます。27 [神]は「すべてのものを彼の足の下に服させた」からです。しかし,『すべてのものが服させられた』と言うとき,すべてのものを彼に服させた方が含まれていないのは明白です。28 しかし,すべてのものが彼に服させられたその時には,み子自身も,すべてのものを自分に服させた方に自ら服し,こうして,神がだれに対してもすべてのものとなるようにするのです。

神のメシアを信じた人々は、西暦1世紀に神慮によりクリスチャンとして知られるようになり、サタンの妨害や働きの中でクリスチャンは当時の全世界で増加し、すぐに「小麦と雑草」のイエスのたとえ話のとおり、本物は偽物に覆われて姿を消しました。西暦1世紀の終わりごろまでに、クリスチャンの中ですでに背教が顕在化しており、クリスチャンギリシャ語聖書は、不法の人に対する警告で満ちています。

その後のキリスト教の歴史は、西暦4世紀にローマ帝国が背教者のキリスト教を国教とし、世界覇権の拡大と真のクリスチャンの根絶のために背教者のキリスト教は利用されました。16世紀にマルティン・ルター (Martin Luther) やウィリアム・ティンダル (William Tyndale) などによる宗教改革により、雑草クリスチャンの組織宗教は暴露され、聖書第一主義思想が起こり、人々は、教会ではなく聖書そのものに導かれるように助けられましが、それでも、「小麦と雑草」のたとえ話のとおり、本物と偽物がまざる状況は、神のメシア(キリスト)が裁きのために帰還するまで続きます。

イエスの予言通り、雑草クリスチャンは、巨大な木となり繁栄し、多くの偽クリスチャンが出現しています。それは、律法契約下の背教者のイスラエル人たちと同じでサタンの働きによります。

雑草クリスチャンの組織宗教は、多くの偽教師の「天の鳥」が宿る「巨大な木」にたとえられ、その偽りの教えで「塊全体が発酵」しています。 そして、多くの人々はが宗教組織の広くて大きな道を選んでいます。 それで、メシア(キリスト)が裁きのために戻られるとき、偽クリスチャンが多いことが預言されています。

マタイ 13:24-33
24 [イエス]は彼らに別の例えを示してこう言われた。「天の王国は,自分の畑にりっぱな種をまいた人のようになりました。25 人々が眠っている間に,その人の敵がやって来て,小麦の間に雑草をまき足して去りました。26 葉が生え出て実を生み出すと,その際に雑草も現われました。27 それで,その家あるじの奴隷たちがやって来て言いました,『ご主人様,畑にはりっぱな種をおまきになったのではありませんでしたか。それなのに,どうしてそこに雑草が生えてくるのでしょうか』。28 彼は言いました,『敵である人がそれをしたのだ』。彼らは言いました,『では,わたしどもが行ってそれを集めることをお望みですか』。29 彼は言いました,『いや。雑草を集めるさい,小麦も一緒に根こぎにすることがあってはいけない。30 収穫まで両方とも一緒に成長させておきなさい。収穫の季節になったら,わたしは刈り取る者たちに,まず雑草を集め,焼いてしまうためにそれを縛って束にし,それから,小麦をわたしの倉に集めることに掛かりなさい,と言おう』」。

31 [イエス]は彼らに別の例えを示してこう言われた。「天の王国はからしの種粒のようです。人がそれを取って自分の畑に植えました。32 実際それはあらゆる種の中で一番小さなものですが,成長したときには野菜のうちで一番大きくて木のようになり,天の鳥たちが来て,その枝の間に宿り場を見つけます」。

33 [イエス]は彼らに別の例えを話された,「天の王国はパン種のようです。女がそれを取って大升三ばいの麦粉の中に隠したところ,やがて塊全体が発酵しました」。

マタイ 7:13
13 「狭い門を通って入りなさい。滅びに至る道は広くて大きく,それを通って入って行く人は多いからです。14 一方,命に至る門は狭く,その道は狭められており,それを見いだす人は少ないのです。

マタイ 7:21-23
21 「わたしに向かって,『主よ,主よ』と言う者がみな天の王国に入るのではなく,天におられるわたしの父のご意志を行なう者が[入る]のです。22 その日には,多くの者がわたしに向かって,『主よ,主よ,わたしたちはあなたの名において預言し,あなたの名において悪霊たちを追い出し,あなたの名において強力な業を数多く成し遂げなかったでしょうか』と言うでしょう。23 しかしその時,わたしは彼らにはっきり言います。わたしは決してあなた方を知らない,不法を働く者たちよ,わたしから離れ去れ,と。

組織宗教の雑草クリスチャン、メシアに従う小麦クリスチャン

サタンが人々を欺く方法は、巨大組織を用いて物質の繁栄で神の恵みや権威を印象付け、人々に感銘を与え、宗教組織の奴隷とすることです。人々は、巨大組織の教え(権威)を神からのものと思い、聖書の真理より組織の教えに依存して暮らします。それが雑草クリスチャンの特徴です。

ルカ 12:57
57 なぜあなた方は,何が義にかなっているかをも自分で判断しないのですか。

使徒 4:19
19 しかし,それに答えてペテロとヨハネは彼らに言った,「よりもあなた方(宗教指導者)に聴き従うほうが,神から見て義にかなったことなのかどうか,あなた方自身で判断してください



■ 他方、小麦クリスチャンの特徴は、宗教組織の教えではなく「イエスのことば」に従います。そのような人は少数ですが、「祭司の王国」は、小さな群れの小麦クリスチャンに与えられます。

ルカ 12:32
32 「恐れることはありません,小さな群れよ。あなた方の父は,あなた方に王国を与えることをよしとされたからです。

ヨハネ 10:27
27 わたしの羊はわたし(メシア)の声を聴き,わたしは彼らを知っており,彼らはわたしに付いて来ます

ヨハネ 14:15-17
15 「もしわたしを愛するなら,あなた方はわたしのおきてを守り行なうでしょう。16 そしてわたしは父にお願いし,[父]は別の助け手を与えて,それがあなた方のもとに永久にあるようにしてくださいます。17 それは真理の霊であり,世はそれを受けることができません。それを見ず,また知らないからです。あなた方はそれを知っています。それはあなた方のもとにとどまり,あなた方のうちにあるからです。

ヨハネ 16:13
13 しかし,その者,すなわち真理の霊が到来するとき,あなた方を真理の全体へと案内するでしょう。

1ヨハネ 2:26-27
26 わたしは,あなた方を惑わそうとしている者たちについてこれらのことを書きます。27 そして,あなた方についていえば,彼(メシア)から受けた油そそぎがあなた方のうちにとどまっており,だれかに教えてもらう必要はありません。むしろ,彼からの油そそぎがすべてのことについてあなた方を教えており,またそれが真実であって偽りでないように,そしてそれがあなた方に教えたとおりに,引き続き彼と結ばれていなさい。

ヨハネ 8:31-32
31 そこでイエスは,自分を信じたユダヤ人たちにさらにこう言われた。「わたし(メシア)の言葉のうちにとどまっているなら,あなた方はほんとうにわたしの弟子であり,32 また,真理を知り,真理はあなた方を自由にするでしょう」。

■ 聖書に書かれてある「イエスのことば」を行う者が小麦クリスチャンです。

マタイ 7:24-27
24 「それゆえ,わたし(メシア)のこれらのことばを聞いてそれを行なう者はみな,思慮深い人に例えられるでしょう。それは岩塊の上に家を建てた人です。25 そして,雨がどしゃぶりに降って洪水が来,風が吹いて打ちつけても,その家は崩れ落ちませんでした。岩塊の上に土台が据えられていたからです。26 そしてまた,わたしのこれらのことばを聞いてもそれを行なわない者はみな,愚かな人に例えられるでしょう。それは砂の上に家を建てた人です。27 そして,雨がどしゃぶりに降って洪水が来,風が吹いて打ち当たると,その家は崩れ落ち,その崩壊はひどいものでした」。

小麦クリスチャンは聖書に精通しており、雑草クリスチャンの組織宗教の教えの偽りを見破ることができ、個人として確信をもって主であるメシア(キリスト)の教えに従います。小麦クリスチャンは、他の人の信仰や理解の中にある真理を識別し受け入れますが、偽りには同調しません。そのようにして聖書によって訓練された知覚力により真理を識別し真理によって導かれます。

ヘブライ 5:13-14
13 乳にあずかっている者はみな義の言葉に通じておらず,その人は赤子なのです。14 一方,固い食物は,円熟した人々,すなわち,使うことによって自分の知覚力を訓練し,正しいことも悪いことも見分けられるようになった人々のものです。

小麦クリスチャンは同じ思いを持つ小麦クリスチャンを識別できます。メシア(キリスト)は人々の賜物をクリスチャン会衆に供えていますので、他の小麦クリスチャンから必要な調整を受けることもできます。

エフェソス 4:7-16
7 さて,キリストが無償の賜物をどのように量り出してくださったかに応じて,わたしたち一人一人に過分のご親切が与えられました。8 それゆえにこう言われます。「高い所に上った時,彼はとりこを連れ去った。彼は人々[の]賜物を与えた」。9 さて,「彼は上った」という表現ですが,これは,彼が下方の領域,つまり地にも下ったこと以外の何を意味するでしょうか。10 下ったその方が,すべての天のはるか上に上った方でもあるのです。それは,彼がすべてのものを満ち満ちたものとするためでした。
11 そして彼は,ある者を使徒,ある者を預言者,ある者を福音宣明者,ある者を牧者また教える者として与えました。12 それは,奉仕の業のため,またキリストの体を築き上げるために聖なる者たちをさらに調整することを目的としてであり,13 ついにわたしたちは皆,信仰と神の子についての正確な知識との一致に達し,十分に成長した大人,キリストの満ち満ちたさまに属する丈の高さに[達する]のです。14 それは,わたしたちがもはやみどりごでなくなり,人間のたばかりや誤らせようとたくらむ巧妙さによって,波によるように振り回されたり,あらゆる教えの風にあちこちと運ばれたりすることのないためです。15 そうです,わたしたちは真理を語りつつ,愛により,すべての事において,頭であるキリストを目ざして成長してゆきましょう。16 この[キリスト]をもととして,体の各部すべては,調和よく組み合わされることにより,また必要なものを与えるすべての関節を通して協働することにより,それぞれの部分が定めの機能を果たすにつれて,愛のうちに自らを築き上げることを目ざした体の成長に資するのです。

約束の胤の「祭司の王国」は、メシア(キリスト)・イエスと、その弟子たち、つまり全地のあらゆる部族から取られた小麦クリスチャンたちで構成されています。メシア(キリスト)が裁きのために戻られるとき、すでに死の眠りについている小麦クリスチャンたちは霊者として天に復活し、現在生きている小麦クリスチャンは、死をみることなく天にとられメシア(キリスト)に加わり、サタンの世の裁きにあずかります。

1コリント 15:50-52
50 また,兄弟たち,わたしはこのことを言います。肉と血は神の王国を受け継ぐことができず,朽ちるものが朽ちないものを受け継ぐことはありません。51 ご覧なさい,わたしはあなた方に神聖な奥義を告げます。わたしたちはみな[死の]眠りにつくのではありませんが,わたしたちはみな変えられるのです。52 一瞬に,またたくまに,最後のラッパの間にです。ラッパが鳴ると,死人は朽ちないものによみがえらされ,わたしたちは変えられるからです。

1テサロニケ 4:15-17
15 主が戻られる[時]まで生き残るわたしたち生きている者は[死んで]眠っている者たちに決して先んじないということ,これが,エホバの言葉によってわたしたちがあなた方に伝えるところなのです。16 主ご自身が号令とみ使いの頭の声また神のラッパと共に天から下られると,キリストと結ばれて死んでいる者たちが最初によみがえるからです。17 その後,生き残っているわたしたち生きている者が,彼らと共に,雲のうちに取り去られて空中で主に会い,こうしてわたしたちは,常に主と共にいることになるのです。

啓示 2:25-27
25 それにしても,あなた方が持っているものを,わたしが行くまでしっかり守りなさい。26 そして,征服する者,わたしの行ないを終わりまで守り通す者には,わたしは諸国民に対する権威を与え,27 その者は鉄の杖で民を牧し,彼らは粘土の器のように打ち砕かれるであろう。それは,わたしが自分の父から受けたのと同様であり,

啓示 20:4-6
4 またわたしは,[数々の]座を見た。それに座している者たちがおり,裁きをする力が彼らに与えられた。実に,イエスについて行なった証しのため,また神について語ったために斧で処刑された者たち,また,野獣もその像をも崇拝せず,額と手に印を受けなかった者たちの魂を見たのである。そして彼らは生き返り,キリストと共に千年のあいだ王として支配した。5 これは第一の復活である。6 第一の復活にあずかる者は幸いな者,聖なる者である。これらの者に対して第二の死は何の権威も持たず,彼らは神およびキリストの祭司となり,千年のあいだ彼と共にとして支配する

まとめ

アダムの日以来、やがて6,000年が経過します。
アダムから、2,000年ほどで、ノアの洪水により悪霊たちの世が終わりました。
洪水から、2,000年ほどで、メシア(キリスト)が地に遣わされ、贖いの犠牲を供え復活しました。
メシア(キリスト)の復活から、2,000年ほどで、サタンの支配は終わります。

ですから、サタンの世に残されている時は、尽きようとしています。
メシア(キリスト)・イエスはやがて裁きのために戻るでしょう。

アダムの時以来、救いをもたらす約束の「女の胤」メシアは、イスラエル人たちの律法契約で、動物の犠牲の影(ひな型)で示され、実体であるナザレのイエスの罪のない犠牲の死で律法契約は成就し、アダムの家族の救出が実現しました。

神殿や祭司職を特徴とするユダヤ教は影(ひな型)であり、実体はメシア・イエスよるキリスト(メシア)教です。 それで、アダムの家族は神の約束の「女の胤」つまりメシア(キリスト)により罪とサタンの支配から救われます。

この世の巨大宗教組織であるラビ的ユダヤ教もキリスト教も、多くの人々が歩む広くて大きな道となっています。 他方、メシア(キリスト)の「祭司の王国」を見いだしている者は少ないと言われているとおりです。

マタイ 7:13-14
13 「狭い門を通って入りなさい。滅びに至る道は広くて大きく,それを通って入って行く人は多いからです。14 一方,命に至る門は狭く,その道は狭められており,それを見いだす人は少ないのです。

メシア(キリスト)・イエスがサタンの世の裁きのために天軍とともに戻るとき、小麦クリスチャンたちは天軍に加わるため天に取られます。その時は、神の子たちが表し示される時であり、全人類が罪とサタンの支配から解放される待望の時の始まりとなります。

ローマ 8:19-21
19 創造物(アダムの子たち)は切なる期待を抱いて神の子たち(祭司の王国)の表わし示されることを待っているのです。20 創造物は虚無に服させられましたが,それは自らの意志によるのではなく,服させた方によるのであり,それはこの希望に基づいていたからです。21 すなわち,創造物そのものが腐朽への奴隷状態から自由にされ,神の子供の栄光ある自由を持つようになることです。

アダムが罪に陥った時、YHWH神から与えられた希望は、メシア(キリスト)の「祭司の王国」による救いであり、「女の胤」(メシアと小麦クリスチャンの祭司の王国)によりサタンの頭が砕かれ、罪とサタンの支配が終わり、アダムとエバも含めアダムの家族は失った「神の子供の栄光ある自由」を取り戻すことになります。

創世記 3:15
15 そしてわたしは,お前と女との間,またお前の胤と女の胤との間に敵意を置く。彼(女の胤)はお前(サタン)の頭を砕き,お前は彼のかかとを砕くであろう」。

YHWH神が与えて下さった救いの希望に信仰を働かせる人たちは、神のメシア(キリスト)を信じる人たちです。そして、神のメシアは西暦1世紀に背教者のイスラエル人たちが刑柱で殺害したナザレのイエスです。

神のメシア・イエスは罪のない死によりサタンを征服し、勝利者として復活し、その時以来、天で王として支配を開始しています。この方は、メルキゼデクのような王なる祭司で、「祭司の王国」の王で大祭司です。メシア・イエスの弟子たちは、祭司の王国の従属の王であり、また従属の祭司たちです。

1947年に発見された死海写本のヘブライ語聖書全巻は、その内容の信頼性と正確さと、クリスチャンギリシャ語聖書との完全な調和の証拠となっており、聖書の主題が、アダムの家族の救出のための「女の胤」メシアによる「祭司の王国」であることを証明しています。

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プロフィール



1972年にバプテスマを受けてクリスチャンになりました。

その後、エホバの証人として宣教活動を40年ほど行い、長老のときに「ものみの塔協会」の方針と異なる立場をとったために長老を削除されました。

長年のエホバの証人としての人生は「ものみの塔協会」の崇拝の様式とキリストの教えとの不調和を経験することになり、「ものみの塔協会」の始まりからの歴史をインターネットを用いて調査し、この団体がロスチャイルド資本によるシオニズム運動の器として始まったこと、宗教組織を利用したロスチャイルド資本の国際投資企業であること、小児性愛者の不適切な扱い、預言や教理上の破綻などの腐った実を知りました。

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