Wednesday, November 18, 2015

忌避(shunning)について

クリスチャン会衆内の悪行者の扱いについて


ものみの塔協会やカトリック教会、その他のグループがしているように排斥(disfellowshipment) 、破門(excommunication)、忌避(shunning)などは聖書的でしょうか。




時間の流れから聖書の助言を理解しましょう。

まず、イエスが残した助言の原則は普遍ですが、クリスチャン会衆に対するものではありません。イエスが活動していた時点ではクリスチャン会衆は未だ存在していませんでしたので、イエスの助言はユダヤ教の下にいた人々に対するものでした。キリストの地上の宣教は将来のクリスチャン会衆のための準備であったとはいえユダヤ教の体制下の人々を導くものでもありました。

ユダヤ教の事物の体制にはサンヘドリンやシナゴグ(会堂)に代表される宗教的な司法制度がありました。司法上の訴えは宗教法廷に提出されることになっていました。

しかし、律法契約から開放されたキリスト教の体制のクリスチャン会衆においては、サンヘドリンやシナゴクのような宗教的司法制度は存在しません。


ですから、キリストの残した助言を理解するためには、キリストの宣教の対象となった人々の境遇を考慮する必要があります。


サンヘドリンやシナゴグを構成する大祭司、祭司、パリサイ人や宗教指導者たちはどんな人々だったでしょうか。

キリストによると、一般的にそれは憐れみや公正に無関心な金を愛する者たちでした。

イエスはそれらの宗教的権威を暴露しています。

マタイ 12:7
7 しかし,『わたしは憐れみを望み,犠牲を[望ま]ない』ということの意味を理解していたなら,あなた方は罪科のない者たちを罪に定めたりはしなかったでしょう。

ルカ 18:1-5
1 それから[イエス]は,彼らが常に祈り,かつあきらめてはならないことについて,さらに例えを話して 2 こう言われた。「ある都市に,神への恐れを抱かず,人に敬意も持たないある裁き人がいました。3 ところが,その都市にひとりのやもめがいて,しきりに彼のもとに来ては,『わたしが自分の訴訟の相手に対して公正な裁きを得られるようにしてください』と言いました。4 さて,しばらくのあいだ彼は気がすすみませんでしたが,後になって自分に言いました,『わたしは神を恐れたり人を敬ったりするわけではないが,5 とにかく,このやもめが絶えずわたしを煩わすから,彼女が公正な裁きを得られるようにしてやろう。そうすれば,とことんまでやって来てわたしをこづきまわすようなことはないだろう』」。

マタイ 23:2-4, 23-24
2 「書士とパリサイ人たちはモーセの座に座っています。3 それゆえ,彼らがあなた方に告げることはみな行ない,また守りなさい。しかし,その行ないに倣ってはなりません。彼らは言いはしますが,実行しないからです。4 重い荷をくくって人の肩に載せますが,自分ではそれを指で動かそうともしません。

23 「偽善者なる書士とパリサイ人たち,あなた方は災いです! あなた方は,はっか・いのんど・クミンの十分の一を納めながら,律法のより重大な事柄,すなわち公正と憐れみと忠実を無視しているからです。これらこそ行なうべきことだったのです。もっとも,それら他方の事柄も無視すべきではありません。24 盲目の案内人,ぶよは濾し取りながら,らくだを呑み込む者たちよ!


ユダヤ教の宗教裁判所は策を弄してイエスを殺害しました。

そのような宗教裁判所によって個人的ないさかいの解決を求めることは実際的なことではないでしょう。

ですから、いさかいはそこまで行く前に速やかに個人的に解決するのは賢いといえます。


ルカ 12:58-59
58 たとえば,訴訟の相手と共に支配者のところへ行くときには,その道にある間にその人との論争から抜け出ることに取りかかり,彼があなたを裁き人の前に引き出し,裁き人があなたを廷吏に引き渡し,廷吏があなたを獄に投げ込むようなことが決してないようにしなさい。59 あなたに言いますが,価のごくわずかな最後の小さな硬貨を払うまで,あなたがそこから出ることは決してないでしょう」。


マタイ 18:15-17
15 「さらに,もしあなたの兄弟が罪を犯したなら,行って,ただあなたと彼との間でその過ちを明らかにしなさい。彼があなた[の述べること]を聴くなら,あなたは自分の兄弟を得たのです。16 しかし,もし彼が聴かないなら,あなたと一緒にあと一人か二人を連れて行きなさい。一切のことが二人または三人の証人の口によって確証されるためです。17 もし彼がそれらの人たち[の述べること]を聴かないなら,会衆に話しなさい。もし会衆[の告げること]にさえ聴かないなら,その人を,あなたにとって,国民の者また収税人のような者としなさい。


イエスがここで述べている会衆はクリスチャン会衆のことではありません。なぜならクリスチャン会衆はその時点では存在していないからです。この会衆はユダヤ教の会衆です。ユダヤ教の会衆の裁きにより罪人が諸国民の者や収税人のような者とみなされました。

ユダヤ教の宗教指導者たちは諸国民や収税人を汚れたものとして避けていましたが、イエスはそれらの蔑まれていた人たちに親切でした。

イエスは異邦人や収税人たちと会話したり、病気をいやしたり、教えたりしました。

イエスの見方は、

マタイ 9:10-13
10 後に,[イエス]がその家で食卓について横になっておられると,見よ,多くの収税人や罪人が来て,イエスやその弟子たちと一緒に横になりはじめた。11 ところが,パリサイ人がこれを見て,彼の弟子たちに,「あなた方の教師が収税人や罪人と一緒に食事をするのはどういうわけか」と言いだした。12 [これを]聞いて[イエス]は言われた,「健康な人に医者は必要でなく,病んでいる人に[必要]なのです。13 それで,『わたしは憐れみを望み,犠牲を[望ま]ない』とはどういうことなのか,行って学んできなさい。わたしは,義人たちではなく,罪人たちを招くために来たのです」。


マタイ 15:21-28
21 イエスはそこを離れ,こんどはティルスとシドンの地方に退かれた。22 すると,見よ,その地域のフェニキア人の女が出て来て,「主よ,ダビデの子よ,私に憐れみをおかけください。私の娘はひどく悪霊につかれています」と声を上げて叫んだ。23 しかし[イエス]は彼女に一言もお答えにならなかった。それで弟子たちが寄って来て,「彼女を追い払ってください。あとに付いて来て,叫びつづけていますから」と頼みはじめた。24 [イエス]は答えて言われた,「わたしは,イスラエルの家の失われた羊のほかはだれのところにも遣わされませんでした」。25 女はやって来て,彼に敬意をささげながら,「主よ,私をお助けください!」と言った。26 [イエス]は答えて言われた,「子供たちのパンを取って小犬に投げ与えるのは正しくありません」。27 彼女は言った,「そうです,主よ。けれど,小犬も自分の主人たちの食卓から落ちるパンくずを食べるのでございます」。28 そこでイエスは答えて言われた,「おお女よ,偉大です,あなたの信仰は。あなたの願うとおりのことが起きるように」。すると,彼女の娘はその時刻以後いえたのである。




異邦人や収税人を
パリサイ人やユダヤ教の宗教指導者たちは、ばい菌のように忌避しました。
イエスは親切に扱いました。


本当のクリスチャン(イエスの弟子たち)はどちらを見習うでしょうか。


ものみの塔協会の宗教指導者たちの教えは独りよがりで冷淡なユダヤ教の宗教指導者たちの教えの反映であり、謙遜で親切なイエスのものではありません。






クリスチャン会衆の発展とともに生じた事柄

使徒たちの活動を読むと分かりますが、クリスチャン会衆は当時のローマ帝国内外に爆発的に拡大してゆきました。

クリスチャン会衆の拡大は、サタンの働きにより偽クリスチャンや罪を犯す者たちを生み出しました。

ですから、クリスチャンギリシャ語聖書は背教や罪を犯す者たちへの警告やそれらの不健全な分子の扱いについての助言を含んでいます。



まず、西暦51年ごろパウロはテサロニケ会衆にクリスチャンらしからぬ無秩序な歩みをしている人の扱い方を書き送っています。

テサロニケ第二 3:11-14
11 ところが聞くところによると,あなた方の間で,ある者たちが無秩序な歩み方をし,少しも働かないで,自分に関係のないことに手出ししているとのことです。12 そのような人たちに,主イエス・キリストにあって命じまた勧めます。静かに働いて,自分の労によって得る食物を食べなさい。
13 兄弟たち,あなた方は,正しいことをする点であきらめてはなりません。14 しかし,この手紙によるわたしたちの言葉に従順でない人がいれば,その人に特に注意するようにし,交わるのをやめなさい。その人が恥じるようになるためです。15 それでも,その人を敵と考えてはならず,兄弟として訓戒し続けなさい。


クリスチャンの各自は、クリスチャンの交友は制限されるものの自分の置かれている状況や聖書の理解、心の広さに応じて無秩序な歩みをする兄弟姉妹たちを教え諭して助けることが勧められています。

交わりをやめることが、挨拶も口もきかないことではないことは明白です。



次に、西暦55年ごろ使徒パウロはコリント人へクリスチャン会衆の道徳的な清さを保つ必要を書き送り悔い改めないクリスチャンとの交友をやめるように書いています。

コリント第一 5:9-13
9 わたしは自分の手紙の中で,淫行の者との交友をやめるようにとあなた方に書き送りましたが,10 それは,この世の淫行の者,あるいは貪欲な者やゆすり取る者,また偶像を礼拝する者たちと全く[交わらないようにという意味]ではありません。もしそうだとすると,あなた方は実際には世から出なければならないことになります。11 しかし今わたしは,兄弟と呼ばれる人で,淫行の者,貪欲な者,偶像を礼拝する者,ののしる者,大酒飲み,あるいはゆすり取る者がいれば,交友をやめ,そのような人とは共に食事をすることさえしないように,と書いているのです。12 というのは,わたしは外部の人々を裁くことと何のかかわりがあるでしょうか。あなた方は内部の人々を裁き,13 外部の人々は神が裁かれるのではありませんか。「その邪悪な人をあなた方の中から除きなさい」とあります。


「交友をやめ」、「その邪悪な人をあなた方の中から除きなさい」との指示は何を意味しているでしょうか。

当時のクリスチャンたちは個人の家で集まって交友を楽しんでいました。
邪悪な人はそのようなクリスチャンの交友から締め出されました。

ところでその指示は、その人と挨拶をしないとか会話ができないということまで要求していたのでしょうか。

その点に関し聖書は何も述べていません。
ですから各自は自分の状況や理解や心の広さに応じてクリスチャンの交友から締め出されている邪悪な人を扱うことができます。この点での規則は無意味であり何の助けにもならないでしょう。



最後に、西暦98年ごろ使徒ヨハネは背教して反キリストの活動家となったクリスチャンの扱いについて書き送りました。


ヨハネ第二 9-11
9 先走って,キリストの教えにとどまらない者は,だれも神を持っていません。この教えにとどまっている者は,父も子も持っているのです。10 この教えを携えないであなた方のところにやって来る人がいれば,決して家に迎え入れてはなりませんし,あいさつのことばをかけてもなりません。11 その人にあいさつのことばをかける者は,その邪悪な業にあずかることになるからです。


ヨハネがこの助言を書いた西暦1世紀の終わりごろは、予告されていたキリスト教からの背教は顕在化しており多くの偽教師、偽牧者、偽預言者、偽使徒たちが自分に都合のいい教えにより信者の獲得合戦を展開していました。

キリスト教はイエスのたとえ話のとおり塊全体が偽りの教えで醗酵し始めていました。

マタイ 13:33
33 [イエス]は彼らに別の例えを話された,「天の王国はパン種のようです。女がそれを取って大升三ばいの麦粉の中に隠したところ,やがて塊全体が発酵しました」。

キリスト教の発展を参考に読んでください。



当時のクリスチャンのとって背教から身を守る深刻な必要性が存在していました。キリストの弟子として反キリストを識別しその者に一切同調しないことは真理を擁護し証するクリスチャン会衆の成員の責任でり、また証明となりました。


反キリストの活動家を「決して家に迎え入れてはなりませんし,あいさつのことばをかけてもなりません。」の指示は、無秩序な歩みをするクリスチャンや義の基準を侮る者たちの扱いと何の関係もありません。

意見を異にする者、離れる者、罪を習わしにする者たちの大半は、神とキリストを否定し布教活動をする背教者ではないでしょう。


西暦98年まで、当時のクリスチャンたちは、反キリストへの「あいさつのことばをかけてはなりません。」という指示を受けたことはありませんでした。

ですから、悪行によってクリスチャンの交友を断たれた者たちとあいさつも、会話もできない状況は初期クリスチャンの会衆において事実上存在しませんでした。

各クリスチャンは、自分の境遇、信仰、理解に応じて、無秩序な歩みをする人や罪を習わしにする人との交わり止めたと思います。しかし、それは挨拶をせずに無視することを意味していると聖書の裏付けのない独断的を主張をすることはできません。

反キリストの活動家を「家に迎え入れても、あいさつの言葉をかけてもなりません」という指示の趣旨は、「偽りの教えに同調することなくキッパリと退けなさい」ということです。

背教者の扱いは、サタンの訪問を受けた際のイエスの反応に倣うことです。
サタンは、聖句を用いてイエスに近づきました。
イエスも聖句を用いてサタンの聖句の用い方の間違いをハッキリと示しました。


背教者とクリスチャンの融合点は存在しません。
決別は明白です。



エホバの証人が訪問したら、聖書から論じるといいですね。
彼らは、忠実で思慮深い奴隷、1914年、王国伝道、神の組織を聖句から証明できません。


忠実で思慮深い奴隷について
聖書は、忠実で思慮深い奴隷は、自己推薦により識別されるのではなくイエスが帰るときにイエスにより識別されること教えています。


1914年について
イエスは、キリストが戻る時を誰も知らないと述べてす。
年代計算で予言の成就のときを事前に特定することはできないことを聖書は示しています。


王国伝道について
王国伝道は、王国の子たちにより、王や支配者たちの前でなされることを聖書は示しています。
家から家の伝道は聖書的な裏付けがありません。
イエスも使徒たちも初期クリスチャンたちもユダ人の会堂、市場、学校、劇場、裁判所などの公の場で伝道しました。


神の組織について
聖書は、キリストの王国は「この世のものではない」と教えています。
つまり、神の組織は地上にもはや存在しません。
かっての神の地上の組織 イスラエルの時代は終わりました。
神は西暦1世紀に地上の組織を用いることを止めました。
クリスチャンは地上に組織を持ちません。


真理はウソを焼き尽くすでしょう。
真実と偽りの融合点は存在しません。


 コリント第二 6:14-16
14 . . . 義と不法に何の交友があるでしょうか。また,光が闇と何を分け合うのでしょうか。15 さらに,キリストとベリアルの間にどんな調和があるでしょうか。また,忠実な人が不信者とどんな分を共に持つのでしょうか。16 そして,神の神殿と偶像にどんな一致があるでしょうか。


ヨハネ第二 10-11
10 この教えを携えないであなた方のところにやって来る人がいれば,決して家に迎え入れてはなりませんし,あいさつのことばをかけてもなりません。11 その人にあいさつのことばをかける者は,その邪悪な業にあずかることになるからです。





他方、無秩序な歩みや道徳上の問題と関係ない、キリスト教の基本的な真理を逸脱しない教理上の解釈の違いで裁かれることはありませんでした。

ローマ 14:5-6, 10-12, 22
5 ある人は,ある日がほかの日に勝ると判断し,別の人は,どの日もほかのすべての日と同じであると判断します。おのおの自分の思いの中で得心していなさい。6 日を守る者は,それをエホバに対して守ります。また,食べる者は,エホバに対して食べます。その人は神に感謝をささげるからです。そして,食べない者は,エホバに対して食べません。それでもその人は神に感謝をささげます。

10 それなのに,あなたはなぜ自分の兄弟を裁くのですか。また,なぜ自分の兄弟を見下げたりするのですか。わたしたちはみな,神の裁きの座の前に立つことになるのです。11 「エホバは言われる,『わたしが生きているごとく,すべてのひざはわたしに対してかがみ,すべての舌は神を公に認めるであろう』」と書かれているからです。12 それですから,わたしたちは各々,神に対して自分の言い開きをすることになるのです

22 あなたの抱く信仰は,神のみ前で自分自身にしたがって抱きなさい。自らよしとしている事柄について自分を裁かないでよい人は幸いです。



フィリピ 3:15-16
15 それで,わたしたちのうち円熟した者は皆,このような精神態度を抱きましょう。そして,もしあなた方が何かの点でこれと異なる考え方をしているとしても,神はここに述べた[態度]をあなた方に啓示してくださるでしょう。16 いずれにしても,自分がどこまで進歩したかに応じ,その同じ仕方で整然と歩んでゆきましょう。





ものみの塔協会の傲慢な権威

ものみの塔協会は自らをキリストの地的代表者と称して自らの聖書の解釈権を信者に強要して解釈や意見の異なる信者に宗教的な制裁を課したり背教者として排斥したりします。

学校教育、独立の精神、予言の解釈、誕生日や祝祭日見方、組織上の取決めに対する見方などにおいて「ものみの塔協会」と意見を異にする者たちは会衆内での発言の機会を制限され、責任ある立場に推薦されることはありません。

そのような人たちは「も塔」にとって模範的な信者ではありません。
しかし、神やキリストは「も塔」の基準で人を見てはいません。

「も塔」の宗教制度は、キリストの会衆の真の姿ではありません。

エホバの証人は「ものみの塔協会」という偽キリスト教の信者です。

彼らはキリストの教えに従う者ではなく、ものみの塔協会の方針と教えの奴隷です。

ですから、「ものみの塔協会」の予言的な解釈や方針に同調しない人たちや、協会に改善を求める人たちの会衆内での発言権を奪い、聖書、神、イエスキリストを信じていてるにもかかわらず背教者として排斥し、そのような者にはあいさつも、会話もしないように信者に強要します。


また、ものみの塔協会の破綻した聖書予言のために陳腐化した集会のプログラムに愛想をつかして集会や伝道をやめた人たちのあら捜しをして排斥して他の信者と会話ができないようにします。


親子、夫婦、家族、親族であっても排斥者と会話をしないように強要し、理由はなんであれ「ばい菌」のようにみなすよう信者に強要します。

これは、もうキリスト教ではありません。
これは、独善的なパリサイ人やユダヤ教の宗教指導者たちの宗教であり、サタンの霊の表れです。


ルカ 18:9-14
9 しかし[イエス]は,自分は義にかなっているのだと自負し,ほかの人たちを取るに足りない者と考えるある人々にも次の例えを話された。10 「二人の人が祈りをするため神殿に上りました。一人はパリサイ人,他の一人は収税人でした。11 パリサイ人は立って,これらのことを自分の中で祈りはじめました。『神よ,わたしは,自分がほかの人々,ゆすり取る者,不義な者,姦淫をする者などのようでなく,またこの収税人のようですらないことを感謝します。12 わたしは週に二回断食をし,自分が得るすべての物の十分の一を納めています』。13 一方,収税人は離れたところに立って,目を天のほうに上げようともせず,胸をたたきながら,『神よ,罪人のわたしに慈悲をお示しください』と言いました。14 あなた方に言いますが,この人は,先の人より義にかなった者であることを示して家に帰って行きました。自分を高める者はみな辱められますが,自分を低くする者は高められるのです」。


ヨハネ 8:44
44 あなた方は,あなた方の父,悪魔からの者であって,自分たちの父の欲望を遂げようと願っているのです。その者は,その始まりにおいて人殺しであり,真理の内に堅く立ちませんでした。真実さが彼の内にないからです。彼が偽りを語るときには,自分の性向のままに語ります。彼は偽り者であって,[偽り]の父だからです。


サタンは聖句を用いて人を騙します。
サタンの奉仕者たちも同じように聖句を用いて信者を騙します。

ですから、「も塔」の教えを聖書の教えで試す必要があります。
それは各自の責任です。

ヨハネ第一 4:1
1 愛する者たちよ,霊感の表現すべてを信じてはなりません。むしろ,その霊感の表現を試して,それが神から出ているかどうかを見きわめなさい。多くの偽預言者が世に出たからです。



排斥、断絶に関する「も塔」の霊感の表現を試して、親子間でさえあいさつも会話もしない振る舞いが神から出ているかどうか見きわめなさい。


マルコ 7:9-13
9 [イエス]はさらに続けてこう言われた。「あなた方は自分たちの伝統を保とうとして,巧妙にも神のおきてを押しのけています。10 たとえば,モーセは,『あなたの父と母を敬いなさい』,そして,『父や母をののしる者は死に至らせなさい』と言いました。11 ところがあなた方は,『もし人が自分の父や母に向かって,「わたしの持つものであなたがわたしから益をお受けになるものがあるかもしれませんが,それはみなコルバン(つまり,神に献納された供え物)なのです」と言うならば』と言います― 12 あなた方はもはやその人に,自分の父や母のために何一つさせないのです。13 こうしてあなた方は,自分たちが伝えた伝統によって神の言葉を無にしています。そして多くのこれと同様の事をあなた方は行なっています」。


神の教えは、
『あなたの父と母を敬いなさい』,そして,『父や母をののしる者は死に至らせなさい』ですが、

「も塔」のコルバンは、
『排斥された親族と不必要に会話をしてはならない』です。



親に親の邪悪さを思い知らせるために口をきかない態度を神が喜ばれるでしょうか。


ローマ 5:8
8 ところが神は,わたしたちがまだ罪人であった間にキリストがわたしたちのために死んでくださったことにおいて,ご自身の愛をわたしたちに示しておられるのです。

ヨハネ第一 4:10
10 愛はこの点,わたしたちが神を愛してきたというよりは,[神]がわたしたちを愛し,ご自分のみ子をわたしたちの罪のためのなだめの犠牲として遣わしてくださった,ということです。


「も塔」のインチキ基準で排斥された親はあなたの敵でも神の敵でもありませんよ。
むしろあなたが愛すべき人ですよ。


テモテ第一 5:4
4 しかし,やもめに子供や孫がいるなら,彼らにまず,自分の家族の中で敬虔な専心を実践すべきこと,そして親や祖父母に当然の報礼をしてゆくべきことを学ばせなさい。これは神のみ前で受け入れられることなのです。


その逆の場合も然りです。
親は子どもの将来の福祉のために備えをし指導を与えます。

ですから、「も塔」のインチキ基準によって排斥された子どもを「も塔」のインチキ基準で忌避できないでしょう。


「も塔」カルトの支配規則により排斥された人や邪悪とみなされている人の大半は神の敵ではないでしょう。彼らも人類大半と同じで神の愛の対象であれば忌避する理由がありますか。


愛ある懲らしめと称して忌避を正当化する根拠は、イエスの教えや生き方の中に見出せません。

それは悪霊の息のかかったカルトの習慣です。
つまり、逆らったらひどい目にあわすよ!ということです。

No comments:

Post a Comment