Wednesday, July 8, 2015

いつも目覚めていなさい

キリストはご自分の帰還についていつも目覚めているように告げました。

なぜでしょうか。
それは、だれもその時がいつか知らないからです。
知らないということは、それが早く来るか、遅く来るか分からないということです。

早くなるか遅くなるか分からない場合、皆さんはどちらを想定して生きますか。

「も塔」は早く来ることを前提に人々を煽ります。
彼らは日を定め、彼らの想像した「その日まで生きれば何とかなる」みたいな生き方を信者に勧めます。

100年も前から「終わりは直ぐ来る」と言い続け、年金も、老後の準備も意に介さない生き方を黙認し、むしろそれを推奨しこの体制の中での長期的な生活設計をすることを信仰の欠如とか生ぬるいとかみなしてきました。

その結果、不安な老後に直面している兄弟姉妹たちが多数いると思います。

自分の人生の中で悪の終わりを見たい気持ちは理解できますが、その気持ちによって「誰も知らない」といわれている終わりの時を知ろうとしたり、終わりがあたかも直ぐにでも来るように将来の備えを端折ったり、また自分の期待を他の人に押し付けたり、さらに悪いことにそれによって他人の生き方を裁いたりすること は行き過ぎと言えます。

ものみの塔の詐欺は、狡猾に「誰も知らないこと」で人々を行動に駆り立てたことです。

「誰も知らないので、いつも見張っている必要がある。
終わりは、明日来るかもしれない。それは非常に近いので大学にいったり、仕事をしてこの世で将来に備えるより、新しい世のために働くほうが賢い。」と言い続けています。

その一方で、「も塔」自体はセッセセッセと地上に蓄財をしてこの世での将来をよりいっそう確実なものとして来ました。
ですから、「も塔」は詐欺師でJWは「いつも間近に来るといわれている終わり」によって騙された人です。



イエスの弟子たちも王国がたちどころに来ると思っていました。
イエスは、弟子たちの近い将来を想定して行動する近視眼的な見方を正す必要がありました。

ルカ 19:11-27
11 彼らがこれらのことを聴いていた時,[イエス]はさらに一つの例えを話された。彼がエルサレムの近くに来ており,彼らは,神の王国が今やたちどころに出 現するものと想像していたからである。12 それでこう言われた。「ある高貴な生まれの人が,王権を確かに自分のものとして帰るため,遠くの土地へ旅行に出ました。13 彼は自分の十人の奴隷を呼んで,それに十ミナを与え,『わたしが来るまで商売をしなさい』と言いました。14 ところが,その市民は彼を憎み,その後から一団の大使を送って,『この[人]がわたしたちの王になることは望みません』と言わせました。

15 「やがて,王権を確かに得て戻って来た時,彼は,銀子を与えておいたこれらの奴隷を呼び寄せるように命令しました。彼らが商取引きをしてもうけたものを確かめるためでした。16 そこで,最初の者が出て来て言いました,『主よ,あなたの一ミナは十ミナをもうけました』。17 それで彼は言いました,『よくやった,善良な奴隷よ! あなたは非常に小さな事において忠実であることを示したから,十の都市に対する権威を持ちなさい』。18 さて,二番目の者が来て言いました,『主よ,あなたの一ミナが五ミナを得ました』。19 彼はこの者にも言いました,『あなたも五つの都市を受け持ちなさい』。20 しかし,別の者が来て言いました,『主よ,ここにあなたの一ミナがあります。わたしはこれを布にくるんでしまっておきました。21 お分かりでしょうが,わたしはあなたが怖かったのです。あなたは厳しい方だからです。ご自分の預けなかったものを取り立て,まかなかったものを刈り取られ るのです』。22 彼はその者に言いました,『わたしはあなた自身の口からあなたを裁く,邪悪な奴隷よ。わたしが厳しい人間であり,自分の預けなかったものを取り立て,まか なかったものを刈り取ることを知っていたというのか。23 それなら,わたしの銀子を銀行に入れなかったのはどうしてか。そうしておけば,わたしは到着の折,それを利息と一緒に集めただろうに』。
24 「そうして彼はそばに立っている者たちに言いました,『この者からその一ミナを取って,十ミナ持っている者に与えなさい』。25 しかし彼らは言いました,『主よ,彼は十ミナも持っています!』― 26 『あなた方に言うが,すべて持っている者にはさらに与えられ,一方,持っていない者からは,その持っているものまで取り上げられるのだ。27 それから,わたしがその王となることを望まなかったこれらわたしの敵どもをここに連れて来て,わたしの前で打ち殺せ』」。

ここで注目できる一つの点は、
主人が帰るまでは「長~い時」がかかること、
それまでは、託されたミナを用いて、主人の帰還まで働き続けることでしょう。
それにより主人への敬意や愛を実証できます。
その帰還を待つ間はその人の生涯である可能性があります。

「も塔」が言うように待ち時間の長さは問題ではありません。
しかし、「も塔」の邪悪さは人の生涯におよぶ長期的な視点をもって余裕のあるクリスチャン生活を築くことの大切さを強調したことが全く無いことと、そのような意見を表明する人を霊性や信仰が弱いと言って批判し、さらにひどいことに組織的な制裁さえ加えたりすることです。


彼らはいつも「終わりが非常に近い」ので全てを犠牲にして「も塔」のリクルート活動(伝道活動や開拓奉仕)を優先するように教えてJWにピアプレッシャーをかけ続け、それ以外の見方を排除します。


10人の処女のたとえ話も同じ視点で考えることができます。
5人は愚かで、5人は思慮深い者でした。
愚かな者たちは、花婿がすぐ来ると想定して準備を怠りました。
思慮深い者たちは、遅れることを想定して準備をしていました。
結果は、花婿は遅れて到着し、準備のできていた者たちは宴会に与りました。


「その時を知らない」ということは、誰も時についての自分の見方を他の人に押し付けることができないことであり、自分の見方で他の人を裁いたり制裁を課したりすることは僭越な行為であるということです。

「も塔」はインチキ神の預言者として時につていの自分の解釈を人々に押し付け、異なる意見を持つ信者を裁き、制裁を課してきました。

レットのような組織のトップが、自分でさえ知らない「終わりは近い」と話しても、意味は無いでしょう。
その種の話によって興奮する理由はありません。
「も塔」は無責任な発言の責任は取りませんよ。

マタイ 25:1-13
1 「その時,天の王国は,自分のともしびを持って花婿を迎えに出た十人の処女のようになります。2 そのうち五人は愚かで,五人は思慮深い者でした。3 愚かな者たちは自分のともしびを持ちましたが,油を携えていかず,4 一方,思慮深い者たちは,自分のともしびと共に,油を入れ物に入れて持って行きました。5 花婿が遅れている間に, 彼女たちはみな頭を垂れて眠り込んでしまいました。6 真夜中に,『さあ,花婿だ! 迎えに出なさい』という叫び声が上がりました。7 そこで,それらの処女はみな起きて,自分のともしびを整えました。8 愚かな者たちは思慮深い者たちに言いました,『あなた方の油を分けてください。わたしたちのともしびはいまにも消えそうですから』。9 思慮深い者たちはこう答えました。『わたしたちとあなた方に足りるほどはないかもしれません。むしろ,[油]を売る者たちのところに行って,自分のために 買いなさい』。10 彼女たちが買いに行っている間に花婿が到着し,用意のできていた処女たちは,婚宴のため彼と共に中に入りました。それから戸が閉められたのです。11 後に,残りの処女たちも来て,『だんな様,だんな様,開けてください』と言いました。12 彼は答えて言いました,『あなた方に真実を言いますが,わたしはあなた方を知りません』。
13 「それゆえ,ずっと見張っていなさい。あなた方は,その日もその時刻も知らないからです

「ずっと見張っていなさい。」とは自分が想定した時までではなく、生涯そうしなさいということです。
つまり、キリストの帰還を待つ幸福なクリスチャンとして生きなさいということです。

将来の裁きや、エホバの日の到来などを思いに留めて生きることは、「も塔」が発表する特定の日や、その近さを意識して生きることではありません。

「も塔」は終わりの日の予言を都合よく用いてバランスを欠いた近視眼的な生き方を煽り、騙されているJWたちを組織拡大のリクルート活動に駆り立てています。

その生き方はクリスチャンのものではありません。
その余裕の無い近視眼的な生き方のせいで、年をとって生活に不安を抱えている人たちや、多くのJW2世が犠牲になっていると思います。
JW2世の悲鳴の責任は、「も塔」の聖書の誤用にあります。


聖書が勧める「ずっと見張っているクリスチャンの生き方」は、宗教組織のための開拓者の生き方ではありません。



主人の帰還がいつになってもいいように準備のできたものとなる必要があります。
この点で他の人を煽ったり、裁いたりすることは誰にもできません。


テサロニケ第一 4:11
11 また,わたしたちが命じたとおり,静かに生活し,自分の務めに励み,手ずから働くことをあなた方の目標としなさい。12 それは,外部の人々との関係では適正に歩むため,またあなた方が何にも事欠くことのないためです。

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