Friday, July 24, 2015

使徒たちの活動 2

使徒たちの活動2では、発足間もない(多分1-2ヶ月)クリスチャン会衆が3万にくらいに増加した時に激しい迫害が生じ各地に散らされるまでを書いています。


また、会衆の必要はどのように顧みられるか、
独立の精神、クリスチャンの自由についても書いています。




西暦33年のペンテコステの日にクリスチャン会衆が120名で発足して、使徒たちの手による神の強力な霊による証し(奇跡)のおかげで、おそらく1月も経たないうちに弟子たちの数は2万人を超えていたでしょう。


世界の各地からペンテコステの祭りに来ていた外国語を話す信者となったユダヤ人たちは、もっと学ぶためにしばらくの間エルサレムに留まりました。それでエルサレムにキリスト教信者の共同体が突然出現しました。

言語の異なる人々の集団生活のなかで、日々の食物の分配をめぐって問題が生じたために、信頼の置ける人に分配の仕事を担当させるための任命がなされます。


使徒 6:1-7
1 さて,そのころ,弟子が増えていた時であるが,ヘブライ語を話すユダヤ人に対してギリシャ語を話すユダヤ人がつぶやくということが起こった。そのやもめたちが日ごとの分配の面で見過ごされていたからである。2 そこで十二人の者は,大勢いた弟子を自分たちのもとに呼んで,こう言った。「食卓に[食物を]分配することのためにわたしたちが神の言葉を差し置くのは喜ばしいことではありません。3 それで,兄弟たち,あなた方の中から,霊と知恵に満ちた確かな男子七人を自分たちで捜し出しなさい。わたしたちがその人たちを任命してこの必要な仕事に当たらせるためです。4 しかしわたしたちのほうは,祈りとみ言葉の奉仕とに専念することにします」。5 こうして話されたことは大勢の者全員の喜ぶところとなった。それで彼らは,信仰と聖霊に満ちた人ステファノ,およびフィリポ,プロコロ,ニカノル,テモン,パルメナ,またアンティオキアの改宗者ニコラオを選び出した。6 そして彼らを使徒たちの前に立たせると,[使徒たち]は祈ってから彼らの上に手を置いた。
7 その結果,神の言葉は盛んになり,弟子の数はエルサレムにおいて大いに殖えつづけた。そして,非常に大勢の祭司たちがこの信仰に対して従順な態度を取るようになった


会衆の必要を満たす仕事の担当者を決める方法は、
会衆が信頼の置ける人を推薦し、
使徒たちが任命するという方法です。

ポイントは、会衆が信頼の置ける人を選び出したという点です。

信頼性が会衆に周知の人が、会衆の必要な仕事のために働くことになります。


このように必要な仕事の担当者の選出の仕方は、上からのものではなく、会衆の必要に応じて会衆の成員によってなされます。
クリスチャン会衆の必要は会衆の成員によってまかなわれてゆきます。


それは、宗教組織の権威により宗教組織の取決めの担当者を任命するやり方と異なります。
ものみの塔協会には沢山の任命を要する立場や取決めがあります。

たとえば、

補助開拓奉仕者
開拓者
特別開拓者
注解
実演
案内係
文書係
区域係
ステージ係
話しの割り当て
奉仕の僕
長老
その他

などあります。

ものみの塔システムにおいて、それらの立場や割り当てを決めるのはだれでしょうか。
会衆の成員でしょうか。

いいえ、会衆の成員ではなく「ものみの塔協会」の雇われ牧者たちです。

ものみの塔協会の権威によって存在するようになった「ものみの塔」の崇拝の様式のさまざまな取決めや立場への任命は、協会の規準や経路に従って「ものみの塔協会」の権威によりなされます。

しかし、
各地のクリスチャン会衆の必要は、宗教組織の本山ではなくそれぞれの会衆の成員たちにより適切に満たされます。そのためにキリストは会衆に人々の賜物を備えると約束しています。

エフェソス 4:7-8, 11-16
7 さて,キリストが無償の賜物をどのように量り出してくださったかに応じて,わたしたち一人一人に過分のご親切が与えられました。8 それゆえにこう言われます。「高い所に上った時,彼はとりこを連れ去った。彼は人々[の]賜物を与えた」。

11 そして彼は,ある者を使徒,ある者を預言者,ある者を福音宣明者,ある者を牧者また教える者として与えました。12 それは,奉仕の業のため,またキリストの体を築き上げるために聖なる者たちをさらに調整することを目的としてであり,13 ついにわたしたちは皆,信仰と神の子についての正確な知識との一致に達し,十分に成長した大人,キリストの満ち満ちたさまに属する丈の高さに[達する]のです。14 それは,わたしたちがもはやみどりごでなくなり,人間のたばかりや誤らせようとたくらむ巧妙さによって,波によるように振り回されたり,あらゆる教えの風にあちこちと運ばれたりすることのないためです。15 そうです,わたしたちは真理を語りつつ,愛により,すべての事において,頭であるキリストを目ざして成長してゆきましょう。16 この[キリスト]をもととして,体の各部すべては,調和よく組み合わされることにより,また必要なものを与えるすべての関節を通して協働することにより,それぞれの部分が定めの機能を果たすにつれて,愛のうちに自らを築き上げることを目ざした体の成長に資するのです。


ポイントは、
人々の賜物を備える方は、宗教組織ではなく、キリストです。

クリスチャン各自は、信仰に応じて与えられた賜物を会衆の成長のために愛により活用することができます。与えられた賜物をもって互いに仕え合うことによりクリスチャン各自はキリストを目指して成長できます。

全てのクリスチャンは、いつまでも他の人に依存する子どもの状態にとどまることは期待されていません。むしろキリストの満ち満ちたさまに属する丈の高さに達すること、つまり大人になることが期待されています。その目的のためにクリスチャン各自には、それぞれ異なる賜物が与えられており、互いの益のために仕えることが会衆のあるべき姿といえます。



本物と偽物の比較

ものみの塔協会の権威や宗教的な取り決め、活動は、霊的に大人になるように各クリスチャンを助けるものではありません。
むしろ、いつまでも「ものみの塔」の権威に依存する子どものままに留め置かくためのものです。

ものみの塔協会の理解や見解は、これまで幾度も変えられたにも関わらず、ものみの塔協会は雇われ牧者を用いて信者が協会の見解から逸脱しないようにいつもけん制します。

また、協会の教理や方針について質問することを歓迎しません。


これは、他の人が霊的大人になるのを助けるために賜物をもって仕える姿ですか、それとも想像上の権威を振りかざし他の人に服従を強要する姿ですか。

宗教組織の階級制度(権威システム)は、人々が組織の権威にいつまでも依存するよう人々を霊的な赤子の状態に留め置くためのものでありクリスチャンのものではありません。

ですから、
ものみの塔協会を始め組織宗教の権威システムでは、信者は霊的な大人に成長できません。

組織宗教の権威システムや取決めは、真の成長のためではなく支配のためであり、人々を組織の権威に依存させるためのものです。

それで、ものみの塔協会のように高度に統制された組織宗教は、いつも独立の精神の危険性を強調し、独立の必要性について強調することはありません。

それは、宗教組織の権威を保護するためであり、人々が独立した霊的な大人になることを阻害します。



独立の精神について

聖書は、人が他に依存する幼児のままでいることをすすめていません。
神は、人が人を支配することを望んではいません。
人は、神の権威の下にそれぞれ独立した存在であり、自分の生き方について神に言い開きをすることになっています。

神ご自身は誰にも依存しない独立した存在であり、人は神の像に造られていますので、独立(自立、自足)の精神そのものは人の本性と言えます。

それで独立の精神を嫌がる理由はありません。
その言葉の意味することはむしろ望ましい特質を含んでいます。

独立 independency, self-dependence
自立 autarky, independence, self-help, self-subsistence
自足 self-sufficient
独自性 entity, identity, severalty, unicity, uniquity
個性 identity, individuality, personhood, selfdom, selfhood, selfness

神の義の原則以外に依存しない独立、あるいは自立・自足し、独自性・個性を自由に発展させ人生を楽しむことが神の意図した生き方ではありませんか。

キリストはわたしたちがそのような自由を得るために組織宗教の支配や束縛から人々を解放しました。

クリスチャンの自由を阻む組織宗教の中では人はキリストのような霊的な大人に成長することはできません。なぜなら、組織の教え、方針、規則、制度にいつまでも拘束されるようになるからです。


人の霊的な成長は、組織宗教の取決めや規則に従う者たちではなく、神のことばに聞き従うクリスチャンの自由を持つ人たちから得られます。クリスチャン会衆は、成長のために備えられた人々の賜物であり、人の作った規則や独自の聖書解釈によって他の人を支配したり拘束するところではありません。




クリスチャンの自由についての聖句

コリント第二 3:17
17 さて,主は霊です。そして主の霊のある所には自由があります。


ガラテア 4:22-25
22 たとえば,アブラハムは二人の子を得たと書いてあります。ひとりは下女により,ひとりは自由の女によってです。23 しかし,下女による[子]は実際には肉の方法で生まれ,自由の女による[子]は約束によって[生まれ]ました。24 これらの事は象徴的な劇となっています。この[女]たちは二つの契約を表わしているからです。一方はシナイ山から出ていて,奴隷となる子供たちを生み出すもの,すなわちハガルです。25 そこで,このハガルは,アラビアにある山シナイを表わし,今日のエルサレムに当たります。彼女は自分の子供たちと共に奴隷の身分にあるからです。26 それに対し,上なるエルサレムは自由であって,それがわたしたちの母です。


ポイントは、
ハガルは奴隷身分の律法契約を表し、それを現代風に適用すれば、奴隷を製造する地上にある組織宗教とみなせます。地上のエルサレムは地上の宗教組織とみなせます。それは律法契約下のユダヤ教の国家宗教組織と瓜二つです。

一方、自由の女サラは新しい契約を表し、それを現代風に適用すれば、独立した霊的な人を生み出す天に属するキリストの会衆といえます。上なるエルサレムは天に属すクリスチャン会衆とみなせます。クリスチャン会衆は天に属するため、それを地上の人間の宗教組織に見つけようとしても見つからないでしょう。新しい契約によりクリスチャン会衆が、ユダヤ教の国家宗教組織に取って代わって出現しました。


真のクリスチャンは、キリストの教えにより地上にある人間の組織宗教から自由にされ天に属するクリスチャン会衆の成員となります。

真のクリスチャンは、地上の組織宗教の無価値な取決めや規則の奴隷から自由にされました。
地上の宗教組織の権威は、真のクリスチャンにとって力を失いました。
そのインチキ権威の支配による奴隷状態に再び戻ることは考えられません。


ガラテア 5:1
1 キリストは,このような自由のためにわたしたちを自由にしてくださったのです。ですから,堅く立って,再び奴隷のくびきにつながれないようにしなさい。



クリスチャンの自由の行動基準は何でしょうか。

ガラテア 5:6, 13-14
6 キリスト・イエスにあっては,割礼も無割礼も価値がなく,ただ愛を通して働く信仰に[価値が]あるのです。

13 兄弟たち,言うまでもなく,あなた方は自由のために召されたのです。ただ,この自由を肉のための誘いとして用いることなく,むしろ愛を通して互いに奴隷として仕えなさい。14 律法全体は一つのことば,すなわち,「あなたは隣人を自分自身のように愛さねばならない」の中に全うされているからです。

ガラテア 6:15
15 割礼も無割礼も重要ではなく,ただ新しく創造されることが[重要]なのです。16 そして,この行動の規準にしたがって整然と歩むすべての人,その人たちの上に,そうです神のイスラエルの上に,平和と憐れみとがありますように。


新しく創造された者たちとはだれのことでしょうか。

それは、キリストを信じるクリスチャンたちのことです。

コリント第二 5:17
17 したがって,キリストと結ばれている人がいれば,その人は新しい創造物です。古い事物は過ぎ去りました。見よ,新しい事物が存在しているのです。


クリスチャンの行動基準はイエスキリストの行動基準です。

イエスキリストはユダヤ教の国家宗教組織の中で独立して活動しました。
彼は神のことばを擁護しました。
人々を神のことばで養いました。

キリストの弟子とは、そういう人のことです。
それが霊的な大人の姿です。

天に属するクリスチャン会衆は、その成員が全てそのようなキリストの満ち満ちたさまに属する丈の高さに[達する]ために存在しています。

地上の人間の組織宗教がその肩代わりはできません。


イエスキリトは、建築士たちが退けた隅の頭石であり、その上にご自分の会衆を建てられました。イエスは地上で罪ない犠牲の死を遂げクリスチャン会衆の不変の土台を据えました。
イエスは天に戻り、クリスチャン会衆は天に登録されています。 

ヘブライ 12:23
23 [すなわちその]全体集会,天に登録されている初子たちの会衆,すべてのものの裁き主なる神,完全にされた義人たちの霊的な命,


クリスチャン会衆は、地上のサタンの世に登録された宗教組織ではありません。



西暦33年に神の強力な証しによって発足したクリスチャン会衆は、発足から幾日も経たないうちにうちに2万人ほどの信者の共同体となり、会衆の成員たちは必要なものを共有し、しばらくの間エルサレムに滞在し使徒たちの教えを学んでいました。

その会衆の日毎の食事の分配作業のために信頼のおける7人の兄弟たちが選ばれ適正な世話がなされるようになります。

7人の信頼のおける兄弟たちのなかには、やがて大胆な証言により殉教するステファノやステファノ事件をきっかけに勃発した迫害により散らされた先々で証の業を展開するフィリポが含まれています。


その結果、さらに信者が増加してゆきます。

使徒 6:7
7 その結果,神の言葉は盛んになり,弟子の数はエルサレムにおいて大いに殖えつづけた。そして,非常に大勢の祭司たちがこの信仰に対して従順な態度を取るようになった。


クリスチャン会衆の発足から1月足らずで信者の数は、3万人を超えていたでしょう。
しかも、非常に大勢の祭司たちがキリスト教へ好意を持ったと述べられていますので、その影響は相当なものであったと判断できます。


この時点でクリスチャン会衆の活動は極めて周知され人々の好意を得ていたことが分かります。

使徒 5:28, 42
 28 言った,「この名によってもう教えてはならないときっぱり命じておいたのに,見よ,あなた方はエルサレムをあなた方の教えで満たしてしまい,しかも,この人の血をわたしたちにもたらそうと決めている」。

42 そして彼らは毎日神殿で,また個人の家でたゆみなく教え,キリスト,イエスについての良いたよりを宣明し続けた。



それから、局面が変わります。

使徒 6:8-14
8 さて,慈しみと力に満ちたステファノは,民の間で大いなる異兆としるしを行なっていた。9 しかし,いわゆる“自由民の会堂” (Synagogue of the Freedmen) の者たち,およびキレネ人やアレクサンドリア人,またキリキアやアジアから来た者たちのうちのある人々が,ステファノと論じ合うために立ち上がった。10 だが,彼が語るさいのその知恵と霊には対抗できなかった。11 そこで彼らはひそかに人々を唆し,「わたしたちは,彼がモーセと神に対して冒とくのことばを語るのを聞いた」と言わせた。12 そして,民と年長者と書士たちをあおり立て,また不意に襲いかかって力ずくで彼を捕らえ,サンヘドリンに引いて行った。13 そして,偽りの証人たちを立てたが,その者たちはこう言った。「この男は,この聖なる場所と律法に逆らう事柄を語ってやめません。14 例えば,わたしたちは彼が,このナザレ人イエスはこの場所を壊し,モーセがわたしたちに伝えたいろいろな習慣を変えるであろう,と言うのを聞きました」。


Synagogue of the Freedmen, なんかフリーメイソンみたいで思い白いね。
ステファノをやり込めるために彼らは人をつかって偽証を行わせます。
偽証とグループ攻撃による感情の煽りはサタンの胤が用いる常套手段ですね。


ステファノはサンヘドリンでアブラハムから始まるイスラエル人の歩みを解説し、ユダヤ人の宗教指導者たちの罪を暴きます。その結果石打にされ殺されます。



使徒 7:51-60
51 「かたくなで,心と耳に割礼のない人たち,あなた方はいつも聖霊に抵抗しています。あなた方は,父祖が行なったとおりに行なうのです。52 どの預言者をあなた方の父祖は迫害しなかったでしょうか。そうです,彼らは,義なる方の到来について前もって発表した人たちを殺し,あなた方は今,その方を裏切る者,また殺害する者となりました。53 み使いたちによって伝えられたものである律法を受けながら,それを守らなかったあなた方が」。

54 さて,これらのことを聞いて,彼らは心臓まで切られるように感じ,[ステファノ]に向かって歯ぎしりしはじめた。55 しかし彼は聖霊に満ち,天を見つめて,神の栄光およびイエスが神の右に立っておられるのを目にし,56 こう言った。「ご覧なさい,天が開けて,人の子が神の右に立っているのが見えます」。57 これに対し,彼らは声かぎりに叫んで手を耳に当て,彼に向かっていっせいに突進した。58 そして,市の外に追い出したのち,彼に石を投げつけはじめた。そして,証人たちは自分の外衣をサウロという若者の足もとに置いた。59 そして,訴えながら,「主イエスよ,わたしの霊をお受けください」と言うステファノに向かって,彼らは石を投げつづけた。60 それから彼はひざをかがめ,強い声で,「エホバよ,この罪を彼らに負わせないでください」と叫んだ。そして,そう言ってから,[死の]眠りについた。



この出来事は、西暦33年のクリスチャン会衆の発足からわずか1-2ヶ月で生じたと思います。

その日に激しい迫害が一気に生じエルサレムの会衆は各地へ散らされることになります。


使徒 8:1-3
1 サウロとしては,彼の殺害をよしとしていた。
その日,エルサレムにあった会衆に対して激しい迫害が起こった。使徒たちのほかは皆,ユダヤ,サマリア地方全域に散らされた。2 しかし,敬虔な人々はステファノを埋葬所に運び,彼のことで大いに嘆き悲しんだ。3 だが,サウロは会衆に対して粗暴な振る舞いをするようになった。次々と家に侵入しては男も女も引きずり出し,これを獄に引き渡すのであった。

この時パリサイ人のサウロはクリスチャンの迫害の先導者の一人でした。



つづく

Tuesday, July 14, 2015

使徒たちの活動 1

使徒たちの活動1では、
西暦33年のペンテコステのクリスチャン会衆の発足から、数日で信者の数が2万人を超えてゆく様子を書きます。



イエスは犠牲の死の1年くらい前からご自分の死と復活について弟子たちに語り始めました。しかし、弟子たちはその意味を理解できませんでした。

それでキリストの処刑が現実となったとき彼らは強力な指導者を失い悲嘆のどん底に陥りますが、キリストの復活により彼らの悲しみは喜びに変えられることになっていました。


マタイ 16:21
21 その時以後,イエス・キリストは,ご自分がエルサレムに行って年長者・祭司長・書士たちから多くの苦しみを受け,かつ殺され,三日目によみがえらされねばならないことを弟子たちに示し始められた

ヨハネ 16:19-22
19 イエスは彼らが自分に質問したがっているのを知って,こう言われた。「しばらくすればあなた方はわたしを見ない,そしてまた,しばらくすればあなた方はわたしを見る,とわたしが言ったので,そのことについて互いに尋ね合っているのですか。20 きわめて真実にあなた方に言いますが,あなた方は泣き悲しみ,泣き叫びますが,世は歓ぶでしょう。あなた方は悲嘆しますが,あなた方の悲嘆は喜びに変えられるのです。21 女は出産に臨んで嘆きを抱きます。彼女の時が到来したからです。しかし,その幼子を産んでしまうと,ひとりの人が世に生まれた喜びのために,もうその患難を覚えていません。22 それで,あなた方も今は確かに悲嘆を抱いています。しかし,わたしは再びあなた方に会うので,あなた方の心は歓ぶことでしょう。そして,だれもあなた方からその喜びを奪う者はありません


復活したキリストは、昇天に先立ち40日に渡り弟子たちと合いご自分の復活を確証し、弟子たちが程なくして聖霊にるバプテスマ受けるのでエルサレムに留まるように指示し、また弟子たちは全地でキリストの復活の証人となることを伝えて天に戻られました。


使徒 1:3-11
3 これらの者たちにはまた,ご自分が苦しみを経たのちに生きていることを多くの確かな証拠によって示し,四十日にわたって彼らに現われ,また神の王国に関する事柄を話されました。4 そして,彼らと会合しておられた時に,この指示をお与えになりました。「エルサレムを離れないで,父が約束され,またわたしから聞いたものを待っていなさい。5 ヨハネは確かに水でバプテスマを施しましたが,あなた方はこれから幾日もたたないうちに聖霊をもってバプテスマを施されるからです」。
6 さて,集合したときに,彼らは[イエス]に尋ねはじめた,「主よ,あなたは今この時に,イスラエルに王国を回復されるのですか」。7 [イエス]は彼らに言われた,「父がご自分の権限内に置いておられる時また時期について知ることは,あなた方のあずかるところではありません。8 しかし,聖霊があなた方の上に到来するときにあなた方は力を受け,エルサレムでも,ユダヤとサマリアの全土でも,また地の最も遠い所にまで,わたしの証人となるでしょう」。9 そして,これらのことを言われたあと,彼らが見守る中で,[イエス]は挙げられ,雲に取り上げられて彼らから見えなくなった。10 そして,[イエス]が進んで行く間,彼らが空を見つめていると,さらに,見よ,白い衣を着た二人の人が彼らのそばに立って,11 こう言った。「ガリラヤの人たちよ,なぜ空を眺めて立っているのですか。あなた方のもとから空へ迎え上げられたこのイエスは,こうして,空に入って行くのをあなた方が見たのと同じ様で来られるでしょう」。



イエスの指示に従った120人ほどの弟子たちは、ペンテコステ祭りの祭エルサレムのある2階の会場に集まっていました。

そのとき、彼らは約束の聖霊でバプテスマを施されました。
それは、神からの奇跡的な証しがともない、その出来事はペンテコステの祭りのために各地からエルサレムに来ていたユダヤ人たちの注意を引きました。

言語の異なる各地から来ていたイスラエル人たち、およびユダヤ教に改宗した人たちは自国語で神について、またキリストの復活についての証しを聞くことになります。

神は120人のイエスの弟子たちに聖霊により奇跡的に外国語で証言する能力を与えました。

それは疑問の余地のない神の霊の働きの証拠であり、その日のうちに3,000人が信者となりました。


これが、クリスチャン会衆の発足の経緯です。


クリスチャン会衆の誕生は神の霊の産物であり、人間により権限が与えられたのではありません。
それは人間の政府に登記して宗教活動をするような人間の機関ではありません。
それは人間の企てにより出現した宗教組織ではありません。




使徒 2:1-13, 32-43
1 さて,ペンテコステの[祭りの]日が進行していた時,彼らは皆一緒に同じ場所にいた。2 すると突然,激しい風の吹きつけるような物音が天から起こり,彼らの座っている家全体を満たした。3 そして,さながら火のような舌が彼らに見えるようになってあちらこちらに配られ,彼ら各々の上に一つずつとどまり,4 彼らはみな聖霊に満たされ,霊が語らせるままに異なった国語で話し始めたのである。
5 ところで,エルサレムには,天下のあらゆる国から来たユダヤ人で,敬虔な人々が住んでいた。6 そして,この音が起こった時,大勢の人が共にやって来て,あっけに取られてしまった。彼らが自分の言語で話しているのをめいめいが聞いたからである。7 実際,彼らは非常に驚き,不思議がって言いだした,「まあ,見なさい,話しているこの人たちは皆ガリラヤ人ではないか。8 それなのに,わたしたちがそれぞれ自分の生まれた[国の]言語を聞くとはどうしてなのか。9 パルチア人,メディア人,エラム人,そして,メソポタミア,またユダヤとカパドキア,ポントスとアジア[地区],10 それにフリギアとパンフリア,エジプト,そしてキレネのほうにあるリビア各地の住民,またローマから来てとう留している者で,ユダヤ人も改宗者もおり,11 [また]クレタ人やアラビア人なのに,そのわたしたちが,神の壮大な事柄について彼らがわたしたちの国語で話すのを聞いているのだ」。12 確かに,彼らはみな非常に驚き,また当惑して,「これはどういうことなのか」と互いに言い合った。13 しかし,ほかの者たちは彼らをあざけって,「甘いぶどう酒に満たされているのだ」と言いだした。

32 このイエスを神は復活させたのであり,わたしたちは皆その事の証人です。33 それで,この方は神の右に高められ,約束の聖霊を父から受けたので,この,あなた方の見聞きするものを注ぎ出されたのです。34 実際ダビデは天に上りませんでしたが,自らこう言っています。『エホバはわたしの主に言われた,「わたしの右に座っていなさい。35 わたしがあなたの敵をあなたの足台として据えるまでは」』。36 ですから,イスラエルの全家は,神がこの方を,あなた方が杭につけたこのイエスを,主とも,キリストともされたことをはっきりと知ってください」。
37 さて,これを聞くと,彼らは心を刺され,ペテロやほかの使徒たちに言った,「皆さん,兄弟たち,わたしたちはどうしたらよいのですか」。38 ペテロは彼らに[言った],「悔い改めなさい。そしてあなた方ひとりひとりは,罪の許しのためにイエス・キリストの名においてバプテスマを受けなさい。そうすれば,無償の賜物として聖霊を受けるでしょう。39 この約束はあなた方とあなた方の子供たち,また遠く離れたすべての人,わたしたちの神エホバがそのもとに召される人すべてに対するものなのです」。40 そして彼は他の多くの言葉で徹底的な証しをし,しきりに説き勧めて彼らに言った,「この曲がった世代から救われなさい」。41 そのため,彼の言葉を心から受け入れた者たちはバプテスマを受け,その日におよそ三千人の魂が加えられた。42 そして,彼らは使徒たちの教えと,[互いに]分かち合うこと,食事を取ることと祈りとにその後も専念した。
43 実に,恐れがすべての魂に臨むようになり,多くの異兆やしるしが使徒たちを通して起こりはじめたのである。



神の強力な証しを伴ってクリスチャン会衆が存在するようなりました。
そして、この神からの強力な証しは後の時代のクリスチャンたちのためにクリスチャンギリシャ語聖書が完成するまで続きます。

全てのクリスチャンの信仰の根拠となるクリスチャンギリシャ語聖書の最後の書であるヨハネによる福音書が西暦98年ごろ完成し、その後クリスチャン会衆を確立するための神からの奇跡的な証しは目的を果たしたので次第に止み、全てのクリスチャンは完成した霊感の書物にゆだねられるようになります。


西暦1世紀のクリスチャン会衆の確立のときのように神の証しが今の時代になくても、完成した霊感の書物である聖書があるのでクリスチャンにとって神の導きが不明瞭になることはありません。

その必要があれば神はいつでも聖書に記録されているような奇跡的な介入をなさるでしょう。


西暦1世紀の末にクリスチャンギリシャ語聖書が完成し、キリストの使徒たちが死の眠りについた後は本物のクリスチャンを見分ける権威は、聖書のみとなりました。宗教組織は本物を見分ける権威ではありません。




偽物(宗教組織)

キリスト教はその始まりからサタンの働きにより偽もののクリスチャンが栄えるところとなっています。イエスのたとえ話はその点を的確に明らかにしています。

小麦と雑草のたとえを思い起こしてください。
小麦は収穫まで雑草と一緒に成長します。
収穫は事物の体制の終わりの時で、刈り手はみ使いたちです。

キリストはみ使いたちの天軍とともに戻りサタンの事物の体制を終わらせます。
その際、み使いたちを用いて、まず雑草を束ねて焼き払い、その後王国の子たちを地から天へ収穫します。

キリスト教を公言するいくつもの宗教組織は、西暦1世紀に神の力により発足したクリスチャン会衆ではありません。

クリスチャン会衆は、西暦1世紀から今日まで時空を越えて存在する王国の子たち集まりです。時代や住む地域、言語を異にする王国の子たちを導く力は霊感の書物である聖書です。彼らは聖書の真理により神とキリストにひとつに結ばれています。彼らは聖書に書かれた行動基準によってのみ識別できます。

ですから、人間の創った教会組織などはクリスチャン会衆ではありません。
それらの宗教組織は、全部サタンの働きによる欺きです。

キリストの使徒たちの死後、サタンは背教したクリスチャンを用いてローマカトリック教会を作り、ローマ帝国の国教とし偽りのキリストの王国を準備しました。それで信仰心のある多くの人たちが大いなるバビロンに捕らわれの身となりました。

ローマカトリック教会は1,000年以上にわたり聖書を独占し、人々が聖書を読めないようにしました。

しかし、西暦4世紀にカトリック教会が権威となる前から、今日知られているクリスチャンギリシャ語聖書はクリスチャンの間で回覧、写本され既に聖書目録は確立されていました。カトリック教会はクリスチャンの間で既に確立されていた目録を承認したに過ぎず、彼らの権威で聖書目録を作ったのではありません。

最初の宗教権威が行ったことは、既存の良く認知されていた霊感による書物の目録を承認し自らの権威がそれに基づくと宣言したことです。

しかし、聖書そのものは宗教権威の存在を肯定するものでなく宗教権威の悪事や偽りを暴くものであったためにカトリック教会は一般の人が聖書を読んで理解を深めることを禁止しました。

彼らの主張は、教えを受けていない者たちは聖書を正しく理解できないので宗教権威の解釈に頼るべきであるというものでした。

また、国家権力と融合した宗教権威は、人間の哲学や、異教の教え、三位一体、地獄の責め苦、偶像崇拝、その他の偽りの教理とも融合しそれらを聖書の教えとして広め人々の思いを支配してきました。

やがて、心あるクリスチャンたちにより中世の宗教改革が起きカトリックの宗教支配が終わり、人々が聖書を所有し読めるようになりました。その後多くの宗教組織が誕生しそれぞれの独特の教えにより信者を支配しています。

国家に登記されたキリスト教のそれぞれの宗教法人は、ものみの塔協会のように統制の強いものから統制の弱いグループまで沢山存在しています。

キリスト教はサタンの働きにより多くの異なる宗派組織の枝をもつ大木となり、天の鳥たちの住処となりました。天の鳥たちはそれぞれの宗教組織に棲む偽教師たちや悪霊たちのことです。

それらの宗教組織の偽教師たちによりキリスト教の教えは全体が醗酵して偽りで膨れ上がってしまいました。


マタイ 13:31-33
31 [イエス]は彼らに別の例えを示してこう言われた。「天の王国はからしの種粒のようです。人がそれを取って自分の畑に植えました。32 実際それはあらゆる種の中で一番小さなものですが,成長したときには野菜のうちで一番大きくて木のようになり,天の鳥たちが来て,その枝の間に宿り場を見つけます」。
33 [イエス]は彼らに別の例えを話された,「天の王国はパン種のようです。女がそれを取って大升三ばいの麦粉の中に隠したところ,やがて塊全体が発酵しました」。

啓示 18:2
2 そして,彼は強い声で叫んで言った,「彼女は倒れた! 大いなるバビロンは倒れた。そして,悪霊たちの住みか,あらゆる汚れた呼気のこもる場所,またあらゆる汚れた憎まれる鳥の潜む場所となった!


それぞれの宗教組織は、いくらかの真理で宗教心のある人々を入信させ信者からの寄付で栄えています。

さまざまな宗教組織に属する本当に神を愛する人々(王国の子たち)は宗教組織の教えではなく神のことばそのもに導かれてクリスチャンとして生きているでしょう。


いつでも、またどこにいても「人間より、神に従わねばならない。」の原則がどんな人にも当てはまります。

使徒 5:29
29 それに答えてペテロと[ほかの]使徒たちは言った,「わたしたちは,[自分たちの]支配者として人間より神に従わねばなりません


そのように聖書の真理により導かれる人たちは、やがてクリスチャン会衆は国家に登記された宗教組織でないことに気づくでしょう。キリスト教はイエスのたとえのように天の鳥たちの棲む巨大な木となっており、全体が偽りの教えで醗酵していることが分かるでしょう。

自分の属している宗教組織が大いなるバビロンの支店にすぎないことが分かれば「彼女から出なさい。」の神の呼びかけに応じて組織宗教を後にするでしょう。


啓示 18:4
4 また,わたしは天から出る別の声がこう言うのを聞いた。「わたしの民よ,彼女の罪にあずかることを望まず,彼女の災厄を共に受けることを望まないなら,彼女から出なさい


大いなるバビロンを出た後は、聖書のみを導きにしてクリスチャンとして生きることができます。
大いなるバビロンの新たな支店となる宗教組織をつくることはありません。

なぜなら、クリスチャン会衆は、王国の子たちの西暦1世紀から今日に至る時空を超えた兄弟関係だからです。

聖書にある王国の子たちの行動基準に従う人が近くに住んでいれば、ともに集まりクリスチャンの交友を楽しめます。またクリスチャンの証しの業によりキリストを信じバプテスマを受けて兄弟姉妹となる人もいるでしょう。

インチキ予言により信者を増やした「ものみの塔協会」は、英語圏での多数の小児性愛者隠蔽方針訴訟により多額の罰金刑が確定し、問題が公になっていますので今や崩壊寸前となっています。

そのうち、ものみの塔協会を去るクリスチャンたちと地元で集まりを楽しめると思います。
最初は2-3人の集まりから始まりクリスチャンの友が徐々に増えると思います。


また集会の時間や場所、内容などを宗教組織の取決めに倣う必要はありません。
各自が都合の良いときに集まって交友を楽しめるでしょう。
また、クリスチャンの友を見つけるためにインターネットも活用できるでしょう。

宗教組織の不要な重荷(集会、伝道、大会、その他)から開放されますので時間、体力、知力を有効に活用できるようになるでしょう。

クリスチャンの自由をもって、毎日神と共に歩めるようになります。



脱塔後の生活

クリスチャン会衆

キリスト教の発展

神に従うことは宗教組織と関係ありません

JWの覚醒について



西暦33年のペンテコステの祭りの日にエルサレムにいた120人のイエスの弟子たちは聖霊のバプテスマを受けクリスチャン会衆が発足しました。神の強力な証しのために、ローマ世界の各地から祭りのためにエルサレムに来ていた3,000人がその日のうちにクリスチャン会衆に加えられました。

3,000人を超える異なる言語を話すクリスチャンの兄弟姉妹はたちは、キリストの教えを学ぶためにしばらくエルサレムに滞在することになります。

それらの人々は一時期共同生活を営むことになります。


使徒 2:44-46
44 信者となった者たちは皆ともにすべての物を共有し,45 また,自分たちの所有物や財産を売っては,それぞれの必要に応じて,その[収益]をすべての者に分配するのであった。46 そして,思いを一つにして日々絶えず神殿におり,また個人の家々で食事をし,大いなる歓びと誠実な心とをもって食物を共にし,47 神を賛美し,民のすべてから好意を受けた。同時にエホバは,救われてゆく者たちを日ごとに彼らに加えてゆかれた

数日の内にペテロは神殿で生まれつき足のなえた人を癒し、驚く人々に復活したイエスキリストにより奇跡が生じたことを証言します。祭司長たち宗教指導者たちはペテロとヨハネを留置しますが、次の日に話を聞いた人たち5,000人が信者となります。

使徒 4:1-4
1 さて,[二人]が民に話している間に,祭司長たち,そして神殿の指揮官やサドカイ人たちがそのもとにやって来たが,2 彼らが民を教え,イエスに起きた死人の中からの復活についてはっきり告げ知らせているので,いらだっていた。3 そして,彼らに手をかけて捕らえ,次の日まで拘留した。すでに夕方になっていたからである。4 しかし,話されたことを聴いた人々のうち大勢の者が信じ,男の数はおよそ五千人になった


クリスチャン会衆の発足から、数日も立たないうちに1万人近くの人々が信者となりクリスチャンの共同体を形成しました。

使徒 2:32-36
32 さらに,信じた大勢の人々は心と魂を一つにし,だれひとり,自分の所有する物について,それが自分のものだとは言わなかった。彼らはすべての物を共有したのである。33 また,使徒たちは大いなる力をもって主イエスの復活に関する証しを続けた。そして,過分のご親切が彼らすべての上に豊かにあった。34 事実,彼らの中に困窮している者はひとりもいなかった。畑や家を所有していた者はみなそれを売り,売った物の代金を携えて来て,35 使徒たちの足もとに置くのであった。一方,各人の必要に応じて,それぞれに分配がなされたのである。36 こうしてヨセフ,それは使徒たちからバルナバというまたの名を与えられた者で,それは,訳すと,“慰めの子”という意味であったが,このレビ人でキプロス生まれの人は,37 ある土地を所有していたので,それを売り,その金を持って来て使徒たちの足もとに置いた。


1万人ほどのクリスチャン共同体は資産を共有しました。
それは強制されたものではなく、そう望む兄弟たちが資産を売って共同の資金を供えました。
寄付を求められたのではありません。

クリスチャンの共同資金は、各自の必要に応じてそれぞれに分配されました。

それは宗教組織が信者から集めた寄付により組織運営をすることと異なっています。

数日の内に1万人ほどに拡大したキリストを信じる者たちがさらに十分学ぶためにエルサレムに滞在することを可能にするため資金の分配がなされました。もちろんこの自発的な与える業によって宗教組織が蓄財をすることはありませんでした。

各クリスチャンたちは、自分の資産を自分の意思でどれほど提供できるかを判断して当面の会衆の必要い応じていたに過ぎません。

この親切に与えることにおいて虚栄心により神を欺く行為に至った夫婦がいました。
アナニアとサッピラは資産の一部を全部と言って寄付を偽りました。
神はそのような偽善を暴露されました。
それで、その夫婦は命を失うことになりました。
彼らは受け継いだ罪によりリセットを余儀なくされました。
将来、彼らは楽園の地に復活して大切な教訓を身にしみて学ぶでしょう。


使徒 5:1-11
1 しかしながら,アナニアという名の人は,妻サッピラと共に,所有物を売って 2 その代価を幾らかひそかに取っておき,それについては妻も知っていたのだが,ただ一部だけを持って来て使徒たちの足もとに置いた。3 しかしペテロは言った,「アナニアよ,なぜサタンはあなたを厚顔にならせて,聖霊に対して虚偽の振る舞いをさせ,畑の代価の幾らかをひそかに取っておくようなことをさせたのですか。4 あなたのもとにある間,それはそのままあなたのものだったのではありませんか。そして,売った後も,それは引き続きあなたの管理のもとにあったではありませんか。このような行為を心の中でもくろんだのはどうしてですか。あなたは,人にではなく,神に対して虚偽の振る舞いをしたのです」。5 この言葉を聞くと,アナニアは倒れて息絶えた。そして,そのことを聞くすべての者に大いなる恐れが生じた。6 しかし,若手の人々が立って彼を布に包み,運び出して葬った。
7 さて,三時間ほどたってから,彼の妻が起きた事を知らずに入って来た。8 ペテロは彼女に言った,「わたしに言ってください。あなた方[二人]は畑をこれだけの値で売ったのですか」。彼女は言った,「はい,これだけです」。9 そこでペテロは彼女に[言った],「あなた方[二人]が示し合わせてエホバの霊を試すとはどうしたことですか。見よ,あなたの夫を葬った者たちの足が戸口にありますが,彼らはあなたを運び出すでしょう」。10 彼女はたちどころに[ペテロ]の足もとに倒れて息絶えた。若者たちが入って来てみると,彼女は死んでいた。そこで彼女を運び出し,夫のわきに葬った。11 その結果,会衆全体,およびこの事について聞くすべての者に大いなる恐れが生じた。



ペンテコステ以来、神の働きは強力であり明確で多くの人々の信仰を強化し数日のうちにクリスチャン会衆は1万人を超える規模になっていました。またアナニアとサッピラの事件をうけてさらに信者となる人々が増えてゆきます。誕生したばかりのクリスチャン会衆は神の力の表明により急速な拡大を続けてゆきます。


使徒 5:12-20
12 そのうえ,使徒たちの手を通してその後も多くのしるしや異兆が民の間に起こった。そして彼らは皆そろってソロモンの柱廊にいた。13 ほかの者たちはだれも彼らに加わる勇気を持ってはいなかったが,それでも民は彼らをほめたてるのであった。14 そればかりか,主を信じる者が,男も女も大ぜい加えられていった。15 そのため,人々は病人を大通りにまで連れ出して来て,そこで小さな寝床や寝台に横たえ,ペテロがそばを通る際,せめてその影でも[病人]のだれかにかかるようにした。16 また,エルサレム周辺の都市の大勢の人が,病気の人や汚れた霊に悩まされる者たちを連れて集まって来た。そして,彼らはひとり残らず治されるのであった。
17 しかし,大祭司およびそれと共にいたすべての者,すなわちそのころ存在していたサドカイ派の人々は,立ち上がってねたみに満たされ,18 使徒たちに手をかけて捕らえ,彼らを公の拘留場に入れた。19 しかし,夜中にエホバのみ使いが獄の戸を開き,彼らを連れ出して,こう言った。20 「行って,神殿の中に立ち,この命について言われたすべてのことを民に語りつづけなさい」。21 これを聞いてから,彼らは夜明けに神殿の中に入って教えはじめた


神の強力な聖霊の証しのためにイエスのときと同じように大勢の病気の人たちが奇跡的に癒されてゆきましたので復活したキリストを信じるようになった人たちの数は加速度的に増えていったと考えられます。

ペンテコステから何日も経っていないこの時点で弟子たちの数は2万人を超えていた思います。


信者の数の増加により宗教指導者たちとの対立も激化し、またクリスチャンの共同体の世話の必要も生じ実際的な取決めが設けられるようになります。

その後火のような迫害が勃発し、信者は各地に散らされることになります。


これらの点は次の使徒たちの活動2で説明したいと思います。
使徒たちの活動をよく知ればクリスチャンの生き方を学べるでしょう。

Sunday, July 12, 2015

欺きのモノポリー世界


世のモノポリー(独占)について考えてください。


電気は、なぜ電力会社しか供給できないのでしょうか。
太陽光から電気は取れます。
風からも、浪からも、空間からも、水からも、電気を取れます。

なぜ、各家庭で電気を作らないのでしょうか。
なぜ、学校ではその方法を教えず、「そんなことはできない」とか「個人ではムリ」としか教えないのでしょうか。

答えは簡単です。
人々が独立してもらっては困るからです。
コントロールを失いたくないからです。
これが、中央統治システムです。

人々は中央統治システムに依存しなければ生きられないように社会が造られています。



人間社会は中央管理システムを押し付けられてエネルギーや権力を独占する巨大システムの奴隷にされています。

これでは、個人の自由な発想や試みは開花しません。
全てが中央の思惑通りにコントロールされることになります。
わたしたちは一部の人によりコントロールされた世の中で何も知らない奴隷のように生きています。

ものみの塔の統治体もこれと同じ発想ですね。



企業がどのようにモノポリー(独占)と消費者コントロールをしているかを書きます。

planned obsolescence
〔商品の〕計画的旧式化[陳腐化]




ナイロンストッキング
1940年代にナイロンができたとき、それは擦り切れない繊維として登場しました。
ナイロンストッキングは実に強力で車やその他の重量物を引っ張っても切れませんでした。
やがて破れることの無いその商品は飛ぶように売れました。
それから、企業はストッキングの買い手がいなくなることに気づきました。

商品のリピーターを作るために商品開発をしなくてはいけません。
何をしたかというと、ある一定期間で繊維が擦り切れ破れるようにしました。
そして全てのメーカーが談合しナイロンストッキングの消耗期限をISO(国際基準)としました。



切れないナイロンストッキング




電球
電球の寿命は1-2年ではありません。
100年以上前から今でも点灯している電球があります
実は、電球や蛍光灯にはいわゆる寿命はありません。
製品の寿命(消耗期限)を作らないとリピーターがいなくなり企業活動が終わります。

それで、これもまたメーカーが国際談合を行い電球の寿命を1920年当時1000時間と決めました。
同じように今日では蛍光灯の寿命は10000時間となっています。
LEDも同じだと思います。


百年の灯り(Centennial Bulb)





バッテリー
アップルのiPodsの充電電池の寿命は当初極めて短く18ヶ月と決められていました。
しかも、寿命がきた電池は単体で交換できず、電話機ごとの交換が必要でした。
企業に都合のいい条件に気づいたあるユーザーが抗議の声を上げ、真相暴露の一大キャンペーンの果てにアップルの非が確定され改善がなされました。(その問題の充電電池はSONYの福島工場製品でした。)

今でも、携帯電話やスマホは同じことを繰返しています。
充電電池の寿命が急に尽きるでしょう。



プリンター
プリンターのトナーやインクを定期的に交換させるためにいろいろな方法で消耗期限が設定されています。
ソ フト的に、あるいは機械的にインクが擦れるように、あるいはプリンターが動かなくなるようにメカが組み込まれています。企業は、顧客の買い替えを必要とし ており製品にはそのためのメカが組み込まれています。(プリンターの寿命18,000ページ、5年間とか、寿命がくるとプリンターはソフト的に動かなくな ります。マイコンの書き換えをすれば動き出します。)






消費者は、企業、企業連合のプランにしたがって彼らが生産する商品を買わされています。
企業は1から10まで、モノポリーとコントロール(計画的販売)で動いています。

人々を益する新技術は長期モデルチェンジ販売計画に従って一寸づつ数年かけて製品化され、その間企業が販売利益を上げながら世に送り出されます。人々には買いたくもない中途半端な商品が押し付けられます。

フリーエネルギー技術や病気を治す技術は既に存在しますが、それが世に出るとモノポリーとコントロールが終わるので、それらの技術は封印され、開発者は潰されます。STAP細胞の作り方を示した小保方さんに生じたようなことが生じます。




The Light Bulb Conspiracy (2010)




ネット社会とは、
全てのプライバシーを巨大企業が一手に握る社会です。
超モノポリー、コントロール社会です。

google, facebook その他のソーシャルメディアの筆頭株主はCIAであり、彼らが個人情報を自由に扱えます。

仕組みを説明します。
google, facebook、その他のソーシャルメディアのデータは、サーバーと呼ばれるコンピュータに保存されます。

サーバーの容量、データ回線の転送速度は金の力に比例して巨大化します。
つまり多くの人々の個人情報を管理できるということです。

一番金を持っているのは誰ですか。
サタン崇拝者のイルミナーティ家族です。
ニムロデをはじめ古代からの支配者の末孫たちです。
CIAやその他の国際機関はイルミナーティ家族が世界独占支配のためにフリーメイソンを用いて創りました。

また日本のソニーなどの優良企業は、製品購入でアメリカが育て、最後にイルミナーティハゲタカファンドにより乗っ取られました。googleやfacebookなども同じで最後にはイルミナーティに乗っ取られています。

そのようにしてイルミナーティ家族の完全モノポリーに向けて金、人材、企業、テクノロジーが総動員されているのがネット社会の実体です。



インターネットを全世界に普及させ情報通信(有線、電波双方)の覇権を握り全てを掌握する方向に物事は進んでいます。

20世紀の初めに、無線通信の技術がマルコーニーではなく、天才ニコラ・テスラによって完成しました。
テスラはエネルギーの無線転送技術も完成させ、世界中に電気を無料で送る計画を持っていました。
しかし、イルミナーティ家族の意向によりその計画は潰されました。

その当時は電波に課金する技術が無かったからです。

最近は携帯電話の通話料に課金されるようになっていますので、やがてイルミナーティたちはエネルギー転送料に課金するシステムを作り無線で電気を供給するこ とを始めるかもしれません。

やがて、銅線、アルミ線、鉄塔の時代が終わるかもしれません。20世紀の初めから今に至るまで、銅やアルミの鉱山を所有する ロスチャィルドは既に巨額の利益を得ています。石油利権を持つロックフェラーもエネルギー革命を利用して次の儲け仕事の準備を進めているでしょう。

通信システムは双方向でのシグナルの受け渡しをしていますので、PCやスマホ、携帯電話、Fax、などの通信機器の蓄積データを吸い上げることなど技術的に可能です。そして膨大なデータを蓄積し高速でデータ処理ができるスーパーコンピュータがあります。

それをしないのは、道徳的に間違っているからです。

人が騙されたと意識しなければ、騙しても大して悪いことではないと判断する人もいるでしょう。
人を騙して自分の利益を得る人もいるでしょう。

企業、政府(教育、司法制度、その他)、宗教組織をどの程度信頼するかは各自の問題です。
全世界のJWや一般の人々の個人データがものみの塔協会の世界本部のスーパーコンピュータに蓄積されているでしょう。

それらのデータは、記事の作成、人々の動向の見極め、人事、その他に活用されるでしょう。
それらの一般的なレベルを恐れる人はいないでしょう。
背教者を特定することにおいても、それ程重大な問題とは思えません。

jw.org, tv.jw.orgを活用する際、協会がハイテクで何ができるかを意識しておくことは思慮深いと思います。

以上のようなことを考えるとき、
皆さんは、
ものみの塔協会が真のクリスチャン会衆と思えますか。
ものみの塔協会を運営している人たちは本当に「王国の子たち」でしょうか。
彼らの歩みはキリストの指導に対する信仰によると思いますか。
それとも、金とハイテクに頼っているでしょうか。


テモテ第二 3:13
13 しかし,邪悪な者とかたりを働く者とはいよいよ悪に進み,惑わしたり惑わされたりするでしょう。


社会の悪を暴露すれば、この世の支配者から憎まれるでしょう。

ヨハネ 7:7
7 世があなた方を憎む理由はありません。しかし,わたしのことは憎みます。わたしが[世]に関し,その業が邪悪であることを証しするからです。




嘘つきの世界

世の組織について

Saturday, July 11, 2015

キリストの死と復活

神から強力に証しされた人が組織宗教により殺害されました。
とはいえ、神の強力な業は死によって終わりませんでした。

つづきを見てみましょう。


ニサンの14日(金曜日)の午後3:00ごろにイエスは息を引き取り、ニサンの16日(日曜日)の早朝、復活しました。

ニサンの14日(金曜日)
18:00pm
19:00pm  日没後過ぎ越しを祝い、その後記念式を設立する。
20:00pm
21:00pm  この時刻ごろ捕縛され
22:00pm  夜中じゅう、アンナス、カヤファ、サンヘドリン、ピラト、ヘロデによる不正な裁判と辱めを受ける。
23:00pm
00:00am
01:00am
02:00am
03:00am
04:00am
05:00am
06:00am
07:00am
08:00am
09:00am
10:00am ピラトへ戻され裁判、ピラトはイエスの釈放を試みるが群衆に負ける。
11:00am
12:00pm 十字架に付けられる。闇がユダヤ地方に臨み15:00pmまで及ぶ
13:00pm
14:00pm
15:00pm 刑柱上で息を引き取り、ハデスへ。(つまり死にました。)
16:00pm
17:00pm

ニサンの15日(土曜日)
18:00pmから翌日の17:00pmまで記念の墓に安置されている。(ハデスの中、死んだ状態)

ニサンの16日(日曜日)
18:00pmから翌日の早朝06:00amごろまでハデスの中。
早朝に復活し、マリア・マグダレネともう一方のマリアが復活の最初の証人となる。


このように、イエスは足掛け3日(実際には1日半, 39h)ハデスにいました。


マタイ 12:39-40
39 [イエス]は答えて彼らに言われた,「邪悪な姦淫の世代はしきりにしるしを求めますが,預言者ヨナのしるし以外には何のしるしも与えられないでしょう。40 ヨナが巨大な魚の腹の中に三日三晩いたように,人の子もまた地の心に三日三晩いるのです。



イエスは復活後、昇天するまで40日間地上に留まり、弟子たちのもとに現れ、ご自分の復活に対する弟子たちの信仰を築き将来の活動について必要な指示と励ましを与えました。

キリスト教のダイナミックな活動は終わっていませんでした。
むしろ、これからキリストの約束の帰還まで続く全世界に至る強力な業が始まろうとしていました。




その昇天前の40日の間にイエスが残した指示や教え

ヨハネ 21:12-15, 21-22
12 イエスは彼らに,「さあ,朝食を取りなさい」と言われた。弟子たちのうち,「あなたはどなたですか」とあえて尋ねる者は一人もいなかった。それが主である ことを知っていたからである。13 イエスは来て,パンを取って彼らに与え,魚も同じように[された]。14 イエスが,死人の中からよみがえらされたのち弟子たちに現われたのは,これで三度目であった。
15 さて,彼らが朝食を済ませた時,イエスはシモン・ペテロに言われた,「ヨハネの子シモン,あなたはこれら以上にわたしを愛していますか」。[ペテロ]は彼 に言った,「はい,主よ,わたしがあなたに愛情を持っていることをあなたは知っておられます」。[イエス]は彼に言われた,「わたしの子羊たちを養いなさい」。
21 そこで,彼を見た時,ペテロはイエスに言った,「主よ,この[人](ヨハネ)は何を[する]のでしょうか」。22 イエスは彼に言われた,「わたしが来るまで彼のとどまることがわたしの意志であるとしても,それがあなたにどんな関係があるでしょうか。あなたは引き続きわたしのあとに従いなさい」。
他の人がどのように主から用いられるかを気にする必要はありません。人や組織ではなく、個人としてキリストにしっかり従いましょう。)

マタイ 28:18-20
18 すると,イエスは近づいて来て,彼らにこう話された。「わたしは天と地におけるすべての権威を与えられています。19 それゆえ,行って,すべての国の人々を弟子とし,わたしの名において彼らにバプテスマを施し,20 わたしがあなた方に命令した事柄すべてを守り行なうように教えなさい。そして,見よ,わたしは事物の体制の終結の時までいつの日もあなた方と共にいるので す」。


加えてイエスは弟子たちがやがて聖霊でバプテスマを受けることを約束し、それまでエルサレムに留まること指示しています。

そして弟子たちが全地でキリストの証人となることを伝え天に戻られました。

クリスチャンはキリストの復活の証人であり、それ故になぜキリストの犠牲の死が必要になったか、キリストの復活がアダムの子たちにどんな益をもたらすかをはっきりと理解している必要があります。

ですからクリスチャンはエホバ神の主権の証人ではありません。宇宙主権の論争は、その対立軸によって信者を束ねるためにJF.ラザフォードが思いつき利用した根拠のないインチキです。


使徒 1:3-5
3 これらの者たちにはまた,ご自分が苦しみを経たのちに生きていることを多くの確かな証拠によって示し,四十日にわたって彼らに現われ,また神の王国に関す る事柄を話されました。4 そして,彼らと会合しておられた時に,この指示をお与えになりました。「エルサレムを離れないで,父が約束され,またわたしから聞いたものを待っていなさ い。5 ヨハネは確かに水でバプテスマを施しましたが,あなた方はこれから幾日もたたないうちに聖霊をもってバプテスマを施されるからです」。
6 さて,集合したときに,彼らは[イエス]に尋ねはじめた,「主よ,あなたは今この時に,イスラエルに王国を回復されるのですか」。7 [イエス]は彼らに言われた,「父がご自分の権限内に置いておられる時また時期について知ることは,あなた方のあずかるところではありません。8 しかし,聖霊があなた方の上に到来するときにあなた方は力を受け,エルサレムでも,ユダヤとサマリアの全土でも,また地の最も遠い所にまで,わたしの証人となるでしょう」。

クリスチャンの第一の関心は、キリストの復活の証人として真のキリスト教を証しすることであり、予言の年代計算ではありません。

ものみの塔協会は予言の年代計算に夢中になった人々から始まっていますのでサタンに乗ぜられる要素を初めから持ち合わせていました。ラッセルはオカルト年代計算を活用し、ラザフォードはチャネリング(霊媒)を活用しました。

ですから、ものみの塔協会が多少の真理を持ち合わせていたとしても、それ自体は人を捕らえるサタンの器であることに気づいてください。

キリストの宣教活動

地上におけるキリストの3年半の宣教活動は、当時のユダヤ人社会およびローマ帝国の為政者たちに否定できない強力な影響を与えました。

それは神の力の生きた証拠であり、それによってあらゆる病気の人、悪霊に取り付かれた人たちが癒され、死者さえも命へよみがえさせられました。
また、イエスの教えは貧 しい人々や罪悪感を背負う人々を慰め希望を与えました。

メシアを待ち望んでいた人々は神の栄光を目の当りにし神を賛美しました。群集はイエスの後を追い、 またイエスの行く先々で群集が待ち構えていました。

マタイ 4:23-25
23 それから[イエス]はガリラヤの全土をあまねく巡り,諸会堂で教え,王国の良いたよりを宣べ伝え,民の中のあらゆる疾患とあらゆる病を治された。24 すると,彼の評判はシリアじゅうに伝わり,人々は,具合いの悪い者すべて,さまざまな疾患や苦痛に悩む者,悪霊に取りつかれたり,てんかんであったり,ま ひしたりしている者を彼のところに連れて来た。それで[イエス]はその人々を治された。25 その結果,大群衆が,ガリラヤ,デカポリス,エルサレム,ユダヤから,またヨルダンの向こう側から[来て],彼のあとに従った



ユダヤ人の宗教指導者たちは、こうした神からの強力な証しを否定できないにも関わらず、イエスをメシアとして歓迎しませんでした。

イエスは組織宗教の偽善を痛烈に暴露し、虐げられていた人々を組織宗教の支配から開放しました。そのためにイエスは組織宗教の敵意の的となり、宗教指導者たちは策を弄してイエスを殺害しました。

ヨハネ 11:48
48 彼をこのままほっておけば,みんなが彼に信仰を持つだろう。そして,ローマ人たちがやって来て,我々の場所も国民も奪い去ってしまうだろう」。

ヨハネ 12:17-19
17 それで,[イエス]がラザロを記念の墓から呼び出して死人の中からよみがえらせた時に一緒にいた群衆は,証しをしつづけた。18 そのためさらに群衆が,彼がこのしるしを行なったことを聞いて,彼を出迎えた。19 それゆえパリサイ人たちは互いにこう言った。「あなた方の見るとおり,何一つうまくいっていない。見なさい,世は彼に付いて行ってしまった」。



組織宗教の敵意によるキリストの死は、アダムが失った命の権利を受け戻すために予め定められた犠牲の死でした。

キリストは罪を犯すことなく(つまり失敗することなく)ご自分の死によって人類の救いを達成しました。

これらの出来事は、地方の片隅で生じたことではありません。
それは、神の崇拝の中心地で当時の世界帝国ローマの為政者の注視の下で生じました。

使徒 2:22
22 「イスラエルの皆さん,この言葉を聞いてください。ナザレ人イエス,それは,あなた方も知っているとおり,神がその人を通してあなた方のただ中で行なわれた強力な業と異兆としるしにより,神によってあなた方に公に示された人ですが

使徒 26:26
26 実際,わたしがはばかりのないことばでお話し申し上げております王が,これらの事についてよく知っておられます。これらは一つとして[王]の注目を逃れ得ないと,わたしは確信しているからです。これは片隅で行なわれてきたことではないからです。



このように、当時の覇権帝国の中で否定しがたい神の力による公の証しによってキリスト教は始まりました。

それは、個々の人々を組織宗教および人間のあらゆる組織的企てから自由にし、罪と死、貧困と搾取からの開放の希望を強力に実証(demonstrate)し ました。キリストの教えを受け入れた人々は、新たな視野、世界観を得て宗教指導者を必要としない崇拝の様式に移されました。

キリストの犠牲の死により、誰でもキリストを通して神と繋がることが可能になりました。
神を崇拝するために、あるいは神の是認を得るために、組織宗教(宗教的な取め)、宗教指導者は不要になりました。

世界本部も支部事務所も旅行する監督も大会ホールも王国会館も必要ありません。
いつでも、どこにいてもキリストを通して神と繋がっているからです。

テモテ第一 2:5-6
5 神はただひとりであり,また神と人間との間の仲介者もただひとり,人間キリスト・イエスであって,6 この方は,すべての人のための対応する贖いとしてご自身を与えてくださったのです。

使徒 4:12
12 さらに,ほかのだれにも救いはありません。人々の間に与えられ,わたしたちがそれによって救いを得るべき名は,天の下にほかにないからです」。

キリスト教(実体)には、ユダヤ教(影)に見られる階級制度、崇拝の場所、宗教儀式、祭りなどはありません。

実体に存在するのは、キリストを通して神と結ばれている個々のクリスチャンの間の兄弟関係です。

マタイ 23:8-10
8 しかしあなた方は,ラビと呼ばれてはなりません。あなた方の教師はただ一人であり,あなた方はみな兄弟だからです。9 また,地上のだれをも父と呼んではなりません。あなた方の父はただ一人,天におられる方だからです。10 また,『指導者』と呼ばれてもなりません。あなた方の指導者はキリスト一人だからです。

ですから、年長のクリスチャン(年長の男子、年長の女子)は、若いクリスチャンの教師でもなければ、指導者でもありません。単に年長の兄弟・姉妹に過ぎません。

若い兄弟姉妹たちを含めだれでも、クリスチャン人生の経験から他のクリスチャンを兄弟・姉妹として物心両面で助けることができます。それは、他の人の主人のように振舞うことではありません。

コリント第二 1:24
24 わたしたちがあなた方の信仰に対する主人であるというのではありません。わたしたちはあなた方の喜びのための同労者です。あなた方が立っているのは[自分の]信仰によるのです。


神に受けいられる清い崇拝は、場所、時間に依存しません。
グループ伝道や、宗教組織の集会が崇拝ではないのです。


いつでも、どこでも神を意識した個人の生き方が神に受けいられる崇拝です。

ヨハネ 4:21, 23-24
21 イエスは彼女に言われた,「女よ,わたし[の言うこと]を信じなさい。あなた方が,この山でも,エルサレムでもないところで父を崇拝する時が来ようとしています。
23 とはいえ,真の崇拝者が霊と真理をもって父を崇拝する時が来ようとしています。それは今なのです。実際,父は,ご自分をそのように崇拝する者たちを求めて おられるのです。24 神は霊であられるので,[神]を崇拝する者も霊と真理をもって崇拝しなければなりません」。

マタイ 6:3-4, 5-6
3 しかしあなたは,憐れみの施しをする際,あなたの右の手がしていることを左の手に知らせてはなりません。4 あなたの憐れみの施しがひそかに[なされる]ためです。そうすれば,ひそかに見ておられるあなたの父が報いてくださるでしょう。5 「また,祈るとき,あなた方は偽善者たちのようであってはなりません。彼らは,人に見えるように会堂の中や大通りの角に立って祈ることを好むのです。あなた方に真実に言いますが,彼らは自分の報いを全部受けているのです。6 しかし,あなたが祈るときには,自分の私室に入り,戸を閉じてから,ひそかなところにおられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば,ひそかに見ておられる父があなたに報いてくださるでしょう

ルカ 14:13-14
13 むしろ,あなたがごちそうを設けるときには,貧しい人,体の不自由な人,足なえの人,盲目の人などを招きなさい14 そうすればあなたは幸いです。彼らにはあなたに報いるものが何もないからです。あなたは義人の復活の際に報いを受けるのです」。

ヤコブ 1:27
27 わたしたちの神また父から見て清く,汚れのない崇拝の方式はこうです。すなわち,孤児ややもめをその患難のときに世話すること,また自分を世から汚点のない状態に保つことです。

ヘブライ 13:15-16
15 この方を通して常に賛美の犠牲を神にささげましょう。すなわち,そのみ名を公に宣明する唇の実です。16 さらに,善を行なうこと,そして,他の人と分かち合うことを忘れてはなりません。神はそのような犠牲を大いに喜ばれるのです。

エフェソス 6:6-8
6 人を喜ばせようとする者のように目先だけの奉仕をするのではなく,キリストの奴隷として,神のご意志を,魂をこめて行ないなさい。7 気だての良い奴隷でありなさい。主に対するように,そして人間に対するようにではありません。8 というのは,あなた方も知っているように,奴隷であれ自由人であれ,人が何にせよ善いことを行なうなら,主からそれに報いていただくことになるからです。

上記の聖句が示しているように、いつでも、どこでも個人の生き方が崇拝です。



対照的な国際投資企業ものみの塔聖書冊子協会の姿

ものみの塔は、リクルートのためのグループ伝道と、聖書を用いた洗脳のための集会や大会を崇拝と言い張り、セールス伝道の時間、配布物の数、再訪問の数、研究の数の報告を強要します。
その崇拝の様式は真の崇拝を装うペテンです。

ものみの塔は、権威への敬意を自らのトップダウン支配の都合に合わせて繰り返し強調し、兄弟関係のあるべき姿を権威主義に摩り替えてしまいました。

彼らは、自らの支配(管理)のために、何の根拠もないのに臆面もなく、
キリストの権威から始まり、人間の代表者の権威のトップダウン構造を強調し服従を強要し、独立の精神を不快で危険な精神として攻撃するようJWを繰り返し教えます。

人間の権威を強調する彼らは個々の兄弟姉妹たちがクリスチャンの自由に気づき彼らのインチキを見破ることを極めて不快に思っています。

それで、ものみの塔誌は、クリスチャンの自由について沈黙し続けます。
イエスの時代の宗教指導者たちのように自らの権威の保身を願う者は「クリスチャンの自由」について書けるはずがありません。

ものみの塔協会の崇拝の様式に従うエホバの証人の会衆は、真の兄弟関係を反映するキリストの会衆ではありません。会衆の長老たちの権威は、キリストからのものではなく、人間の企てである「ものみの塔協会」からのものに過ぎません。

それらのインチキ権威の雇われ人の聖書を知らない長老たちは、聖書の教えへの良心的な服従ではなく、ものみの塔協会の意向への絶対的服従をJWに強要するために働きます。


しかし、キリスト教は、キリストを信じる人々の兄弟関係であり、その崇拝は生き方そのもので、組織宗教の宗教活動ではありません。



ここで、再び神の力によるキリストの強力な宣教活動に話を戻します。

組織宗教の無価値な宗教活動から人々を開放したキリストは、当時の宗教指導者の妬みと憎しみの的となり、ローマの帝国の権威により処刑されます。

キリストが十字架上で処刑されたとき、
正午から午後3時まで3時間に渡る暗闇がユダヤ地方に及びました。
また、キリストが息を引き取ると神殿の聖所と至聖所を隔てるカーテンが真っ二つに裂け地震が生じました。

マタイ 27:45, 51, 54
45 第六時(12:00pm)以後,闇が全土に垂れこめて,第九時(15:00pm)にまで及んだ。
51 すると,見よ,聖なる所の垂れ幕が上から下まで二つに裂け,地は震い動き,岩塊は割れた。



これらの超自然的な現象は人々が真実を認識するように助けました。

54 しかし,士官および共にイエスを見守っていた者たちは,地震と起きている事柄とを見て非常に恐れ,「確かにこれは神の子であった」と言った。


裏切り者のユダ・イスカリオテは首をつり自殺し下に落ちて岩で腹を切り裂き内臓が流出しました。
その場所を宗教指導者たちは、ユダが神殿の賽銭箱に投げ入れた報酬で買取ったために、その場所は「血の畑」(アケルダマ)と呼ばれるようになります。
この出来事は、エルサレムの全住民が知る出来事となりました。

使徒 1:19
19 そのことはまたエルサレムの全住民に知られるようになり,結果としてその畑は彼らの言語でアケルダマ,すなわち“血の畑”と呼ばれた。)


イエスの死により、イエスの弟子たちは挫折と悲しみのどん底に突き落とされました。
希望と勇気を与える極めてダイナミックな活動の全てが終わったかのようになりました。

しかし、続きが待っていました。

組織の奴隷になってはいけません

ものみの塔協会のような組織宗教の、「・・・すべき」、「・・・すべきでない」調の融通のきかない取決めは罪を誘発します。

「救われるためには、人々をエホバの組織に導かねばならない。それ以外に救いはない」と教えられているJWたちは、隣人を見るときに意識のどこかにその人がバプテスマを受けたJWになってほしいという願望があります。

救われてほしい = ものみの塔に入ってほしい

それで、大半のJWはあるバイアス(考え方や意見に偏りを生じさせるもの)のかかった親切を示してしまいますね。


しかし、救いと宗教組織に入信することは関係ありません。
人は、イエスキリストの名により救われます。
人とキリストの間に宗教組織が入る余地はありません。


そのような「・・・すべき」調の規則に基づく宗教活動の強要がなければ、不要なバイアスも生じないでしょう。

リクルート活動により組織に人々を導くことを強要しなければ、だれでも必要なときに自然に親切を示せるのではありませんかね。

奉仕報告を強要したり、「巡回訪問に合わせて補助開拓をしましょう」みたいな奉仕の目標の強要がなければ、自分の活動を他の人と比較することなど生じないですね。

またそのような比較から来る落胆や優越感のような不要な感情も生じませんね。



ものみの塔協会は、さまざまな宗教的な活動を取り決めたり、基準を設定したりして組織的是認(組織から得られる是認)を信者に強要していますが、そのような崇拝の様式はキリストの教えに調和しません。


ものみの塔の宗教的な規則は罪を誘発するポテンシャルを持っています。

ローマ 7:8, 11
8 しかし,罪はおきて(決まりや取決め)を通して誘いを受け,わたしのうちにあらゆる貪欲を生み出しました。律法(決まりや取決め)がなければ,罪は死んでいたのです。
11 罪はおきて(決まりや取決め)を通して誘いを受け,わたしをたぶらかし,それを通してわたしを殺したのです。



ものみの塔の宗教規則により人の虚栄心が露骨にあらわになる現実を2世の目は暴露しています。



ガラテア 5:1-6
1 キリストは,このような自由のためにわたしたちを自由にしてくださったのです。ですから,堅く立って,再び奴隷のくびきにつながれないようにしなさい。. . .
4 律法(宗教的に決められた活動)によって義と宣せられることを求めるあなた方は,だれであろうとキリストから引き離されています。あなた方はその過分のご 親切から外れ落ちているのです。5 わたしたちのほうは,待望のものである,信仰の結果としての義を,霊によって切に待っています。6 キリスト・イエスにあっては,割礼も無割礼も価値がなく,ただ愛を通して働く信仰に[価値が]あるのです。




宗教組織の取決めには何の価値もありません。
ただ愛を通して働く信仰に価値があります。
それは、神を見習うことであり極めて個人的な生き方のことです。

それが、神とともに歩むことです。

ミカ 5:8
8 地の人よ,何が善いことかを[神]はあなたにお告げになった。そして,エホバがあなたに求めておられるのは,ただ公正を行ない,親切を愛し,慎みをもってあなたの神と共に歩むことではないか

神とともに歩むことに、組織宗教は必要ありません。
西暦1世紀にキリストは人々を組織宗教から解放しました。
ですからクリスチャンは組織宗教の中で人の奴隷になるべきではありません。

コリント第一 7:23
23 あなた方は代価をもって買われたのです。もう人間の奴隷となってはなりません

教育について

人は神の像に造られていますので、その気があればいつでも、またどこでも学ぶことができますね。
学校教育は役立ちますけど、それに頼らなくても学べますし自分の可能性を伸ばすことができます。

本屋には学習のための参考書はたくさんありますし、ネットのおかげでその気さえあれば学校より効果的に学べます。
ユーチューブにはたくさんの学習ビデオがUPされています。

若いうちに国家資格をとっておけば後々役立つでしょう。
建築、機械、電気、コンピュータ、などの職業技術を習得しているJWの若者たちは多いと思います。
それは今の社会で生きていく上で役立っているでしょう。

稼いだお金や時間は、インチキ組織のためにではなく、自分と自分に属するものたち、また隣人のために用いるといいですよ。

ものみの塔のせいで学校教育の機会を逸した40-50代の方も生活の術のために自分にあった役立つ資格を取ると良いかも知れませんね。仕事を得るチャンスが増えると思います。大学の資格が必要であれば放送大学などもありますね。


高等教育を受けるかどうかは個人が決めればいいことなのですが、
ものみの塔は、インチキ終わりの日の教えにより「終わりが近いのでこの世を利用しないようにしましょう」とか「教育のための時間や努力を人命救助に使いましょう」などと余計なお節介説教をして不当に他人の生活に干渉します。

そして、ものみの塔の教えに従順でないJWは組織内の特権コースをはずされたりもします。はずされない人もいますのでものみの塔の「ものさし」は一貫性がありません。またインチキ教えの責任も取りませんので騙され損しますよ。




次に、イルミナーティが企画運営しているこの世の教育制度の問題点を指摘したいと思います。

学校教育は大衆洗脳の道具の一つです。
学校では体制の都合に合わせて「嘘」も教えています。
また、教育制度は社会のクラス分けの機能を持っています。

それはイルミナーティの企画によります。
管理職、教育職、労働者のようなピラミッド構造を作るための道具です。

この社会は、個人から土地を奪って自給自足の術を断ち、個人が個性や能力を発揮することを妨げるように造られています。
社会全体が組織モノポリーによって運営されているため、いずれかの組織に属さない限り生きることは難しくなっています。

失業により生活破綻が生じるのは組織モノポリーの証拠です。
それは、奴隷制度を意識しない無意識の奴隷制度です。
人は組織なしでは生きられず組織の歯車になることを求められています。(ニムロデシステム)

ある面で教育はその制度のための器です。
幼稚園、小学校、中学、高校、大学と20年くらい組織的な条件付けを受け、競争制度とクラス分け、組織順応性を身に着けます。

その過程でピラミッド社会の落ちこぼれもたくさん作ります。
一般的に落ちこぼれはピラミッド構造の最下位の人生に甘んじなければなりません。

このピラミッド社会制度はイルミナーティ貴族の立案であり人間性に反しています。
いずれ神の王国により取り除かれます。

それまでは、今のピラミッド社会制度の現状を受け入れ、
それに合わせて、ピラミッド社会奴隷制度の有利なポジションを獲得することは知恵のあることだと思います。

そうすることで、経済的、精神的にある程度ゆとりある生活ができ、クリスチャンとして他の人に物心両面で単に言葉だけの愛ではない生きた愛を示せるようになれます。

ものみの塔協会は、信者の可能性をすべて吸い上げて奪う電気掃除機のようです。
そしてJWはものみの塔協会のマイコン奴隷です。

都合のいい教えによりマイコンされているので、JWは神に仕えていると思い込んでいますがものみの塔に利用されています。



おまけ
オックスフォード大学、ハーバード大学、イエール大学、ソルボンヌ大学などの教育機関はイルミナーティ貴族が作りました。
イエズス会が作った大学も多い。
目的はソーシャル・エンジニアリングのためです。
自らのピラミッド社会の維持と効率的な運営のためです。
イルミナーティが用いるフリーメイソンは、自分たちに都合のいい社会制度を造る石工(mason)であり、教育機関はそのための器のひとつです。
wikiから
社会工学(しゃかいこうがく、英: Social Engineering)は、プライベートな集団や政府といった大規模な集団における、大衆の姿勢や社会的なふるまいの影響への働きかけを研究する学問で ある。社会産業、経営、都市、地域、国際関係などの社会問題について、理工学的(分析的、数理的、計量的)なアプローチによって解明し、政策的な意味を追 究することを目的としている。



ピラミッドの階段を上り詰めていくとイルミナーティの陰謀に出くわすでしょう。
どの組織でもアポロ11号の3人の宇宙飛行士たちが経験したような良心の危機が待ち受けています。

レイ・フランズも統治体になって良心の危機に直面しました。

この世でピラミッドを上り詰めると同じことが起きるよ。
サタンの世だからね。

内部告発者の情報

嘘に満ち溢れているこの世界におけるインターネットの真髄のひとつは偽りの暴露でしょう。


情報の信憑性は、結局個人の裁量により判断する以外ありません。
他の人が提供する情報の信憑性を確認する努力を惜しまない人は自らの確かな結論を得るでしょう。

イルミナーティ(イスラム圏以外の世界金融システムを仕切っている家族)が現実に存在します。その証拠はネットを調べれば容易に得られます。

私がこで明らかにしてきた情報を個人で吟味し、さらに調査して自らの答を出してください。
私が見ているように見ない人に対してわたしには何の責任も義務もありません。

ですから、見解の信憑性の有無の議論に時間を費やすことは無駄とおもいます。
他人が提供する証拠に満足できない人もいるでしょう。
自分で見つけた証拠により納得してください。

もちろん、わたしの見方の根拠は喜んで示したいと思います。

コカ・コーラのオーナーはイルミナーティ一族と言われています。(ネットで調べてください。)
コカ・コーラのオーナー家族はラザフォードの時代にJWになりました。ラザフォードは1929年の大恐慌時代にキャデラックを2台所有していました。その一台はコカ・コーラのオーナーから提供されていました。

ものみの塔協会がタバコ産業、軍需産業、石油採掘会社の株主である証拠もネットで確認できます。

彼らはインタナショナル・ヘッジファンド・フォーラムの一員でもありますし、国連のNGOの立場も得ていましたし、いまだにその繋がりがあると言われています。

ものみの塔協会の最初の会長はラッセルの知人の銀行家でした。
また、ラッセルはJ.P.モーガンを「ものみの塔」誌上で教会活動のファンドの創設者として褒めています。J.P.モーガンは死の商人として知られている人物でイルミナーティの一員で、米連銀の創設に深く関わった人物です。

ラッセルはシオニストであり、彼の活動資金はロスチャイルドやユダヤ人権団体のブナイ・ブリッツから来ていました。

これらの基本的な事実は、既にネットで公になっています。
英語圏のネットでは、イルミナーティ、フリーメイソン、シオニズムについて多くの記事を見ることができます。また「ものみの塔」とのつながりも暴露されています。

英語でネットを検索して自分で情報の信憑性を確認してください。

英語がにがてなら、勉強してください。
20代、30代なら時間も体力も気力もあるでしょう。
真実を確認する努力を惜しまない人は幸いです。

ものみの塔のくだらないインチキ活動をやめて、本当に自分と他人の益となることのために時間と体力、知力、気力を使って下さい。




ものみの塔は、宗教免税特権およびマイコンJWたちのただ働きを活用して多額の財産(不動産、株など)を所有しています。

彼らは、株式 (stocks)、債券(bonds)、信用貸付資金(trusts)を投資の手段として用いていますし、利益を上げるためにヘッジファンドも活用してい ます。

それらの信用貸付資金(または委託資金)のひとつは故ヘリエッタ・ライリー(Henrietta Riley)の遺産からのHM Riley Trustです。その資金はエクソン・モービル(Exxon MObil、ロックフェラーの会社)、コカコーラ(Coca Cola、オーナーの一部はJW)、プロクター・ギャンブル社(Proctor & Gamble)、フィリィプ・モリス(Philip Morris、世界最大のタバコ産業のひとつ)などのイルミナーティ企業の株式に投資分配されています。

加えて、ものみの塔協会はマイコンJWには政治活動と称して選挙を禁止しながら、自分たちは自らの利益拡大のために政治的なロビー活動を活発に行っています。ものみの塔にとってこの世で物 事がうまく運ぶのはエホバの祝福ではなく、裏でなされる政治的なロビー活動(政治家を動かすためにお金やその他の利益の供与活動)のためです。国連の NGOの立場の取得もその一環に過ぎません。



ものみの塔は宗教の仮面をかぶった国際投資企業です。

ものみの塔協会の政治、企業との関わり

ものみの塔とたばこ産業

グローバリスト・イルミナーティ企業

マイコンJWが知らない本当のJF ラザフォード(JF Rutherford)


調査に役立つサイト
Freeminds.org
Watchtower Documents.org
http://www.a2z.org/wtarchive/archive.htm

インターネットは、主要メディアによる情報統制の厚い壁に大きな風穴を開けました。
誰もがインサイダーからの真実の情報を瞬時に得られるようになりました。

そのようなわけでネット上で情報かく乱合戦が始まっています。
CIAがグーグルやフェイスブック、ユーチューブの株主オーナーになった狙いは何でしょうかね。
ネット上では、真実暴露とともに監視も進行しています。

聖書の啓示の予言にあるように、いずれ世界は野獣崇拝で二分されるでしょう。
その際、真実を擁護する人たちは幸いです。

やがて、野獣崇拝か天地の創造者の崇拝かを選択する時が来ます。

ものみの塔はキリスト教の教会や他の宗教組織と同じで野獣崇拝のために働くでしょう。
ものみの塔協会やキリスト教会またあらゆる宗教の個々の信者は野獣崇拝をプロモートする宗教組織崇拝か、神の崇拝かの選択しなければならなくなるでしょう。

ものみの塔協会が、以下の聖書予言の解説をしない、あるいはできないのはなぜでしょうね。

啓示 13:11-17
11 また,わたしは別の野獣が地から上って行くのを見た。それには子羊のような二本の角があった。それは龍のように話しはじめた。12 そして,第一の野獣のすべての権威をその前で行使する。また,地とそこに住む者たちに,致命的な打ち傷のいえた第一の野獣を崇拝させる。13 また,大いなるしるしを行なって,人類の前で火を天から地に下らせることさえする。
14 そして,野獣の前で行なうことを許されたしるしによって地に住む者たちを惑わし,一方では,剣の一撃を受けながら生き返った野獣のために像を作るようにと 地に住む者たちに言う。15 またそれには,野獣の像に息を与えることが許された。それによって野獣の像は話すようになり,また,野獣の像をどうしても崇拝しない者たちをみな殺させるようにするのである
16 またそれは,すべての人,すなわち,小なる者と大なる者,富んだ者と貧しい者,自由な者と奴隷を強制して,その右手や額に印を受けさせ,17 また,その印,つまり野獣の名もしくはその名の数字を持つ者以外にはだれも売り買いできないようにする。

啓示 14:6-7
6 また,わたしは別のみ使いが中天を飛んでいるのを見た。彼は,地に住む者たちに,またあらゆる国民・部族・国語・民に喜ばしいおとずれとして宣明する永遠の良いたよりを携えており,7 大声でこう言った。「神を恐れ,[神]に栄光を帰せよ。[神]による裁きの時が到来したからである。それゆえ,天と地と海と水のわき出るところとを造られた方を崇拝せよ」。


ものみの塔協会は、この世を十分に利用する世のものです。

それで皆さんへの質問は、これからどうするつもりですか。
自分で行く末を見定めてください。



インサイダーJWが書いた出版物にもマイコンJWの知らない隠された事実が暴かれています。

自分の主体性を失い「ものみの塔協会」を神聖視しているマイコンJWたちは怖くて調査をしないのが問題であり、いわゆる背教者たちは神やイエスキリストへの信仰を失った人たちだけではありません。

むしろ、レイ・フランズ(Ray Franz)、エド・ダンロップ(Edward Dunlop)、ピーター・グレガソン(Peter Gregerson)、バーバラ・アンダーソン(Barbara Anderson)、ランディ・ワッタース(Randy Watters)、その他大勢のインサイダーたちがインチキ神権組織を去り「ものみの塔」の本当の姿を暴いています。


図書館で彼らの書いた本を取り寄せて読んでください。
いろいろ学べますよ。
真実が分かれば、インチキのうちに留まることは意味を失うでしょう。



役立つ本
http://www.amazon.com/People-His-Name-Witnesses-Evaluation/dp/1430301007/ref=sr_1_16?ie=UTF8&qid=1424770771&sr=8-16&keywords=for+Jehovah%27s+name
 



英語で検索するなら、
たくさんの証拠を見つけられるでしょう。

例えばラッセルとJP モーガンについて知りたければ、
「C.T. Russell praised J.P. Morgan」 とか「J.P. Morgan in the Watchtower magazine」とか、鍵となる単語を並べて検索をかけると探している証拠を見出せるでしょう。
そのうち検索が上手になりますよ。

Friday, July 10, 2015

キリスト教世界の発展

 サタンの敵意の中でイエスキリストは王国を宣べ伝えました。

 その始まりから、クリスチャン会衆はサタンの欺きと敵意を被って今日に至っています。

サタンは王国の子たちを大いなるバビロンの中に取り込みました。

ですから、キリストの到来まで誰も真のクリスチャンが誰であるか分かりません。
イエスは小麦と雑草のたとえ話でその点を明らかに示しておられます。




マタイ 13:24-30, 37-40
24 [イエス]は彼らに別の例えを示してこう言われた。「天の王国は,自分の畑にりっぱな種をまいた人のようになりました。25 人々が眠っている間に,その人の敵がやって来て,小麦の間に雑草をまき足して去りました。26 葉が生え出て実を生み出すと,その際に雑草も現われました。27 それで,その家あるじの奴隷たちがやって来て言いました,『ご主人様,畑にはりっぱな種をおまきになったのではありませんでしたか。それなのに,どうして そこに雑草が生えてくるのでしょうか』。28 彼は言いました,『敵である人がそれをしたのだ』。彼らは言いました,『では,わたしどもが行ってそれを集めることをお望みですか』。29 彼は言いました,『いや。雑草を集めるさい,小麦も一緒に根こぎにすることがあってはいけない。30 収穫まで両方とも一緒に成長させておきなさい。収穫の季節になったら,わたしは刈り取る者たちに,まず雑草を集め,焼いてしまうためにそれを縛って束にし,それから,小麦をわたしの倉に集めることに掛かりなさい,と言おう』」。

37 [イエス]は応じて言われた,「りっぱな種をまく者は人の子です。38 畑は世界です。りっぱな種,それは王国の子たちです。それに対し,雑草は邪悪な者の子たちであり,39 それをまいた敵は悪魔です収穫は事物の体制の終結であり,刈り取る者はみ使いたちです。40 それゆえ,雑草が集められて火で焼かれるのと同じように,事物の体制の終結のときにもそのようになります。

小麦で表されている真のクリスチャンは、雑草で表されている偽クリスチャンの中にいます。
その状態は事物の体制の終結の時まで続きます。つまりイエスの帰還まで誰が本物のクリスチャンか誰も裁けない、あるいは分からないということです。

誰が真の クリスチャンかを裁く方は、ものみの塔協会のような宗教組織ではありません、それは王国の栄光のうちに到来するイエスご自身です。

ですから、キリストの帰還のときは全ての自称クリスチャンの裁きの時となります。

コリント第一 4:5
5 それゆえ,定めの時以前に,つまり主が来られるまでは,何事も裁いてはなりません。[主]は,闇の隠れた事柄を明るみに出し,また心の計り事を明らかにされます。その時,人は各自神からの称賛を受けるのです。

マタイ 16:27
27 人の子は,自分の使いたちを伴って父の栄光のうちに到来することに定まっており,その時,各々にその振る舞いに応じて返報するのです。

マタイ 7:21-23
21 「わたしに向かって,『主よ,主よ』と言う者が みな天の王国に入るのではなく,天におられるわたしの父のご意志を行なう者が[入る]のです。22 その日には,多くの者がわたしに向かって,『主よ,主よ,わたしたちはあなたの名において預言し,あなたの名において悪霊たちを追い出し,あなたの名にお いて強力な業を数多く成し遂げなかったでしょうか』と言うでしょう。23 しかしその時,わたしは彼らにはっきり言います。わたしは決してあなた方を知らない,不法を働く者たちよ,わたしから離れ去れ,と。

イエスの時代から今日に至るまで、本物は偽物の中に覆われています。
キリスト教のダイナミックな宣教により西暦1世紀において信者の数は既に20万人を超えていました。その中でサタンの働きも顕在化して分裂、分派が始めから存在していました。

ですからキリスト教は大いなるバビロンと伴に始まったと見ることができます。
つまり、神の民は始めから大いなるバビロンの囚われの下に置かれて今日に至っているということです。

ですから、キリストの帰還に先立って啓示 8:4 にある呼びかけが出されることになります。

啓示 8:4
4 また,わたしは天から出る別の声がこう言うのを聞いた。「わたしの民よ,彼女の罪にあずかることを望まず,彼女の災厄を共に受けることを望まないなら,彼女から出なさい


小麦        雑草



真のクリスチャンが偽りの宗教の組織の中に存在するのは、珍しいことではありません。

イスラエルの歴史もそうでした。

神は真の崇拝をイスラエル国民に開始させましたが、イスラエル国民はその始まりからサタンの影響下に置かれました。それで西暦1世紀にイエスが地上に来た時、イスラエル人はサタンに操られた宗教指導者たちの強力な組織宗教の下にいました。

そのように宗教的な奴隷状態の一般の人々をイエスはそのユダヤ教の組織宗教から解放しました。
私たちがサタンの世にいる限り、サタンの働きを免れえません。

それで、全ての謙遜で誠実な人々は大いなるバビロンの囚われの下にいます。

西暦1世紀のサタンの働きとクリスチャン会衆設立当初からの背教の芽生えは、以下の聖句により裏付けられます。

むさぼり食うおおかみ(マタイ 7:15-19)
小麦と雑草(マタイ 13:24-30, 37-43)
圧政的なおおかみ(使徒 20:28-30)
肉を誇る者(ガラテア 6:12-16)
復活などないと言う者(コリント第一 15:12-14)
復活は既に起きたと言う者(テモテ第二 2:18-19)
エホバの日が来ていると言う者(テサロニケ第二 2:1-2)
背教(テサロニケ第二 2:3-12)
哲学の犠牲者(コロサイ 2:8)
優秀な使徒たち(コリント第二 11:5)
分派(コリント第一 11:19、啓示 2:14-15)
反キリスト(ヨハネ第一 4:2-3)
第一の地位を占めたがる者(ヨハネ第三 9)

以上の理由で、クリスチャン会衆はその始まりにおいてサタンの強力な欺きの働きを受けてきたことが分かります。そして使徒たちの死後、国家的なローマカトリック教会が権力を取り、その後その例に倣った国家融合宗教組織が幾つも存在するようになり今日に至っています。



現在、ほとんどの宗教組織(多分全て)は、宗教法人恩典のため国に法人登記をしており、その存在を国家の承認に依存しています。

それは明らかにサタンの体制により認められたシステムであり、真のクリスチャンの条件を満たしていません。

例えば税金についてイエスや使徒たちは何を教えているでしょうか。
以下の聖句は納税義務免除を求めて国家に登記し国の恩典を受け宗教活動をすることを勧めるものですか。

マタイ 17:27
27 しかし,彼らをつまずかせないために,あなたは海に行き,釣り針を投じて,最初に上がる魚を取りなさい。その口を開けば,あなたはスタテル硬貨一つを見つけるでしょう。それを取って,わたしとあなたのために彼らに与えなさい」。

マタイ 22:21(マルコ 12:17、ルカ 20:25)
21 彼らは,「カエサルのです」と言った。そこで[イエス]は言われた,「それでは,カエサルのものはカエサルに,しかし神のものは神に返しなさい」。

ローマ 13:7
7 すべての者に,その当然受けるべきものを返しなさい税を[要求する]者には税を,貢ぎを[要求する]者には貢ぎを,恐れを[要求する]者にはしかるべき恐れを,誉れを[要求する]者にはしかるべき誉れを。

コリント第一 7:31
31 世を利用している者はそれを十分に用いていない者のようになりなさい。この世のありさまは変わりつつあるからです。

これらの要求は個人によってふさわしく扱われるものであり、組織を対象に語られていません。

その事実は何を教えていますか。
それは、クリスチャン会衆は、キリストを信じる信者が構成する兄弟関係であり、宗教組織ではないということです。

宗教組織はキリストによって用いられいるのではなく、サタンが備えた偽物です。
それで多くのクリスチャンたちは大いなるバビロン(サタンの世が認める宗教組織)の中にいます。

ですから、どの宗派のクリスチャンもサタンの世の政府の恩恵の下で宗教活動を営む宗教組織が聖書的に肯定されるかどうか考えるべきです。

そして、なぜ啓示 18:4 が「わたしの民よ彼女(大いなるバビロン)から出なさい」と呼びかけているのか考えるべきです。

宗教組織に属している幾億人ものクリスチャンたちの誰が小麦で、誰が雑草かだれも裁けません。
それを行うのは王国の栄光のうちに戻られるキリストです。

そして、全てのクリスチャンはイエスの教えに従う義務があります。
バプテスマを受けたクリスチャンは自らの意思でキリストを受け入れて信者になったのですから当然自分の主の命令に従うべきです。

そして個々の自称クリスチャンたちは自分がクリスチャンとして行ったことに応じてキリストにより小麦か雑草か裁かれるでしょう。



キリスト教は、国家が承認する見える組織宗教でなはありません。

キリスト教は、キリストの帰還を待つ王国の子たちの会衆の兄弟関係であり、キリストの会衆には時空を超えた信仰の一致が存在し、いつの時代も、またどこにいても王国の子たちは天の支配の下に置かれており、見える人間性の機関と性質が異なります。



この点はイエスのたとえ話と、キリスト教の発展の歴史から明らかです。



マタイ13:3-4
3 それから,多くのことを例えで話してこう言われた。「ご覧なさい,種まき人が[種を]まきに出かけました。4 彼がまいていると,幾つか[の種]は道路のわきに落ち,鳥が来てそれを食べてしまいました

この鳥はどこから来たのでしょうか。

それは、キリスト教の中に潜む鳥で王国の種が人々の心に根付かないように異なった教理を教える者たちです。

西暦1世紀に一人の人イエスキリストにより始まったキリスト教は、やがて多くの偽教師の住みかとなりました。

マタイ 13:31-32
31 [イエス]は彼らに別の例えを示してこう言われた。「天の王国はからしの種粒のようです。人がそれを取って自分の畑に植えました。32 実際それはあらゆる種の中で一番小さなものですが,成長したときには野菜のうちで一番大きくて木のようになり,天の鳥たちが来て,その枝の間に宿り場を見つけます」。

ペテロ第二 2:1
1 しかしながら,民の間には偽預言者も現われました。あなた方の間に偽教師が現われるのもそれと同じです。





それらの偽教師たちは、キリスト教を組織宗教に変質させ信者を神とキリストではなく自らが構築した権威システムと組織崇拝に導きました。彼らの都合のいい教えはパン種のようにキリスト教全体を腐敗させました。

マタイ 13:33
33 [イエス]は彼らに別の例えを話された,「天の王国はパン種のようです。女がそれを取って大升三ばいの麦粉の中に隠したところ,やがて塊全体が発酵しました」。


 



これが、イエスが開始したキリスト教のサタンの世における発展の歴史です。
ですから、キリスト教を唱える国家に登録された組織宗教は全て偽教師の鳥たちが住む場所となっています。

ものみの塔聖書冊子協会も例外ではありません。
キリスト教のすべての教会組織の教えは、そこに住む偽教師たちの身勝手な教えにより発酵しています。

それで、組織の教理ではなく聖書の真理にのみ導きを求める人は幸いです。

そのようにする人たちは、やがてイエスの弟子たちが実践していたキリスト教を回復するでしょう。
そのようにして、聖書の真理により、西暦1世紀から今日までつづく王国の子たちによるキリストの会衆の一員となるでしょう。そのような人は、真のキリスト教を実践し他の人が真理を知る助けになるでしょう。


ものみの塔の偽教師たちは巧妙に聖書から人々を遠ざけます。

まず「人が聖書だけを読んでも真理は理解できないので導き手が必要である」と始めます。
次に、「聖書の正確な理解は、ものみの塔誌からのみ得られるのであって、自分で聖書を理解しようとすると暗闇の中で迷うことになり間違ったことを信じることになる」と述べます。
つまり、偽教師たちはものみの塔の教えに添った聖書の理解を促し、人々を聖書そのものが述べていることよりも、ものみの塔の教えに頼るように導きます。

全てがものみの塔経由となるため、聖書へのアプローチがダイレクトではなくなり聖書そのものが語る真理から人々は引き離されます。



では、神は本来聖書の理解を宗教指導者経由で与えているのでしょうか。

西暦1世紀の終わりまでにヨハネの書によって聖書の全巻は整えられました。
初期クリスチャンたちはクリスチャンギリシャ語聖書を書き写し個人的に所有していたと見られています。

ユダヤ教時代では、神のことばは巻物に書かれてユダヤ教の会堂で宗教指導者たちが保管管理および活用していました。しかしキリスト教時代の始まりとともに事態は変化し、個々のクリスチャンたちはクリスチャンギリシャ語聖書の無数の写本を作り、ユダヤ教時代の巻物のスタイルから今日の冊子のスタイルを開発し活用するようになります。

初期クリスチャンたちは、個人的に聖書を自分たちの導きとしていました。
なぜなら、神のことばは信じる者たちに直接働くからです。
以下の聖句は神のことばの持つ本来の力について何を教えていますか。

ヘブライ 4:12
12 神の言葉は生きていて,力を及ぼし,どんなもろ刃の剣よりも鋭く,魂と霊,また関節と[その]骨髄を分けるまでに刺し通し,心の考えと意向とを見分けることができるのです。

テモテ第二 3:15-16
15 . . . その[聖なる書物]はあなたを賢くし,キリスト・イエスに関する信仰によって救いに至らせることができます。16 聖書全体は神の霊感を受けたもので,教え,戒め,物事を正し,義にそって訓育するのに有益です。17 それは,神の人が十分な能力を備え,あらゆる良い業に対して全く整えられた者となるためです

テサロニケ第一 2:13
13 まさにこのゆえにも,わたしたちは絶えず神に感謝しています。わたしたちから聞いて神の言葉を受けた時,あなた方はそれを,人間の言葉としてではなく,事実どおり神の言葉として受け入れたからです。それはまたあなた方信じる者の中で働いています

ヨハネ第一 5:20
20 しかしわたしたちは,神のみ子が来て,真実な方について知ることができるよう,わたしたちに知的な能力を与えてくださったことを知っています。そしてわたしたちは,み子イエス・キリストによって,真実な方と結ばれています。

ヨハネ第一 2:27
27 そして,あなた方についていえば,彼から受けた油そそぎがあなた方のうちにとどまっており,だれかに教えてもらう必要はありません。むしろ,彼からの油そそぎがすべてのことについてあなた方を教えており,またそれが真実であって偽りでないように,そしてそれがあなた方に教えたとおりに,引き続き彼と結ばれていなさい。

ヨハネ 16:13
13 しかし,その者,すなわち真理の霊が到来するとき,あなた方を真理の全体へと案内するでしょう。彼は自分の衝動で話すのではなく,すべて自分が聞く事柄を話し,来たらんとする事柄をあなた方に告げ知らせるからです。

上記の聖句が示しているように、神のことばは直接信じる者に働きます。
神ご自身がキリストを通して真理の霊を送ると約束しています。
神の霊の働きを信じないなら、その人の信仰はどこにあるのでしょうか。
見える宗教指導者や宗教組織は神の霊の代わりはできません。
人間の指導者に頼ることは聖書の理解を約束している神への信仰でしょうか。

真のクリスチャン(王国の子たち)にとってキリスト以外の宗教指導者は必要ありません。
王国の子たちは、神のことばの正確な理解を保証されていますし、彼らは神のことばを退けることはありません。彼らは宗教指導者ではなくキリストのみに従う小さな群れです。

ヨハネ 10:26-27
26 しかしあなた方は信じません。わたしの羊ではないからです。27 わたしの羊はわたしの声を聴き,わたしは彼らを知っており,彼らはわたしに付いて来ます

ヨハネ 8:47
47 神からの者は神の言われることを聴きます。あなた方が聴かないのはこのため,つまり,神からの者ではないからです」。

ルカ 12:32
32 「恐れることはありません,小さな群れ。あなた方の父は,あなた方に王国を与えることをよしとされたからです。


大切なポイントは、
神のことばは、わたしたち個人に与えられた神からの音信であるということです。
ですから、神からの霊により正確な真理の理解が保証されています。
宗教指導者や宗教組織は神の霊の代わりはできません。

既に神のことばの理解と確信を得ている他の人からの助けを得ることは賢明であるとはいえ、そこに宗教組織や宗教指導者の権威の介入する余地はありません。

神のことばに従うことを第一の関心事とする人たちは、聖書と理解を与える神の霊によりいずれキリストの使徒たちが得ていた王国の子たちに期待されている信仰の一致に至るでしょう。





聖書に従うことを妨げるサタンの企み


人々が聖書によって導かれることを妨げるためにサタンは何をしたでしょうか。

キリスト教の始まりとともにサタンは偽教師をクリスチャン会衆に送り込みました。
やがてキリスト教はローマの国教となります。
ローマカトリックが行った政策は、聖書の管理を独占することでした。
彼らの主張は、一般の人々は聖書を間違って解釈するので、資格のある宗教指導者経由で人々は養われる必要があるというものでした。

ローマカトリックはラテン語の聖書を保管しその翻訳や配布を1,000年以上に渡り許可しませんでした。

やがて16世紀に命を掛けた宗教改革が起き聖書が一般の人の読めることばに訳され広く配布されるようになりました。
初期クリスチャンのように個人が聖書を所有し読めるようになったのです。
そのようにして大きな覚醒が起こされ、巨大宗教組織カトリックを離れた沢山の聖書研究グループが誕生しました。

神の摂理だと思いますが、サタンは聖書が個人の手に渡るトレンドを妨げることができませんでした。


しかし、相変わらず「聖書の正しい理解は個人にはできない」「神の経路となる人あるいは宗教組織によって人々は養われる必要がある」という偽りの教えでサタンは人々を欺いてきました。

地上における唯一の神の組織
地上でキリストを代表する教皇
地上におけるキリストの最後の預言者
などのお馴染みのフレーズで、聖書と個人の間に宗教指導者や組織が割り込むようになりました。

このサタンからの誤りの働きは、人々を聖書からオフセットしました。

人々は自分に宛てられた神からの個人的な手紙を読み自分なりに理解する権利を放棄しました。
神の霊に頼るより、神の霊を受けていると主張する宗教指導者や宗教組織を仰ぐようになりました。

その結果、人々は宗教指導者や宗教組織が提供するサタンの息のかかったパン種入りのパンを食べ、神のことばに従うより、宗教指導者や宗教組織の教えに従うことに満足するようになりました。

そのようなわけで、昔から宗教は支配者たちの道具として重宝され人々のコントロールのために利用されてきました。支配者たちは聖書を用いて従順や服従を人々に教えてきました。そして人々は、神よりも地上における神の代理と称する人物や組織に従うようになっています。

王国の子たちは「人間より神に従う」視点を失わない人たちであり、世代や住む場所にかかわらず聖書の真理によって結ばれています。

真理自体は自己矛盾をきたすことはありませんので、神から教えられた者たちは必ず信仰の一致に至ります。

西暦1世紀から今日に至る王国の子たちでなるキリストの会衆に不一致などありません。
いつの時代も、またどこに住んでいても王国の子たちは雑草(偽者のクリスチャン)の中でキリストの帰還を待ち続けています。西暦1世紀以来の時空に散在する王国の子たちがひとつに集められるのはキリストの帰還(return)のときです。その時彼らは天の倉に集められるでしょう。

マタイ13:30, 38-39, 43
30 収穫まで両方とも一緒に成長させておきなさい。収穫の季節になったら,わたしは刈り取る者たちに,まず雑草を集め,焼いてしまうためにそれを縛って束にし,それから,小麦をわたしの倉に集めることに掛かりなさい,と言おう』」。
38 畑は世界です。りっぱな種,それは王国の子たちです。それに対し,雑草は邪悪な者の子たちであり,39 それをまいた敵は悪魔です。収穫は事物の体制の終結であり,刈り取る者はみ使いたちです。
43 その時,義人たちはその父の王国で太陽のように明るく輝くのです。耳のある人は聴きなさい。



キリスト教は地上の見える組織宗教ではなく、キリストの帰還を待つ王国の子たちの時空を超えた信仰で結ばれた兄弟関係です。


マタイ 23:1-10
1 それからイエスは群衆と弟子たちに話して,こう言われた。2 「書士とパリサイ人たちはモーセの座に座っています。3 それゆえ,彼らがあなた方に告げることはみな行ない,また守りなさい。しかし,その行ないに倣ってはなりません。彼らは言いはしますが,実行しないからで す。4 重い荷をくくって人の肩に載せますが,自分ではそれを指で動かそうともしません。5 すべてその行なう業は人に見せようとしてするのです。彼らは,お守りとして身に着ける[聖句]入れの幅を広げ,[衣の]房べりを大きくしているからです。 6 また彼らは晩さんにおいては最も目立つ場所を,そして会堂では正面の座席を好み,7 また市の立つ広場でのあいさつや,人にラビと呼ばれることを[好み]ます。8 しかしあなた方は,ラビと呼ばれてはなりません。あなた方の教師はただ一人であり,あなた方はみな兄弟だからです。9 また,地上のだれをも父と呼んではなりません。あなた方の父はただ一人,天におられる方だからです。10 また,『指導者』と呼ばれてもなりません。あなた方の指導者はキリスト一人だからです




このことを念頭に王国の子たちのクリスチャン会衆の姿をクリスチャンギリシャ語聖書から学んでください。



天にある相続財産

天にある相続財産とは何でしょうか。




聖書が明らかにしていることは、

ルカ 12:32
「恐れることはありません,小さな群れよ。あなた方の父は,あなた方に王国を与えることをよしとされたからです。

ペテロ第一 1:4
すなわち,朽ちず,汚れなく,あせることのない相続財産へ[の誕生]です。それはあなた方のために天に取って置かれているものです。

コリント第一 15:53
朽ちるものは不朽を着け,死すべきものは不滅性を着けねばならないのです。

上の聖句が示しているように、王国、天ある相続財産、不滅を相続することが分かります。

その他にも、天での命、天の市民権、天における住い、王、祭司としての仕事などがあることが分かります。

それら天的なものを、地上の相続財産と比較して考えると良いと思います。
無形、有形の財産があるでしょう。

お金、地上の楽園などの物質的なものを当てにしているなら、クリスチャンの相続財産に魅力を見出せないでしょう。

マタイ 6:19-21
19 あなた方は自分のために地上に宝を蓄えるのをやめなさい。そこでは蛾やさびが食い尽くし,また盗人が押し入って盗みます。 20  むしろ,自分のために天に宝を蓄えなさい。そこでは蛾もさびも食わず,盗人が押し入って盗むこともありません。 21  あなたの宝のある所,そこにあなたの心もあるのです。

ルカ 12:32-34
32 「恐れることはありません,小さな群れよ。あなた方の父は,あなた方に王国を与えることをよしとされたからです。 33  自分の持ち物を売って,憐れみの施しをしなさい。自分のために,すり切れることのない財布,決して尽きることのない宝を天に作りなさい。そこでは,盗人が近づくことも,蛾が食い尽くすこともありません。 34  あなた方の宝のある所,そこにあなた方の心もあるのです。


あなたは天の相続財産の価値が分かるでしょうか。

マタイ 13:44-46
44 「天の王国は畑に隠された宝の ようです。人はそれを見つけてから隠しました。そして,喜びのあまり,出かけて行って自分の持つものすべてを売り,それからその畑を買うのです。 45  「また,天の王国はりっぱな真珠を探し求める旅商人のようです。 46  価の高い真珠一つを見つけると,去って行って自分の持つすべてのものを即座に売り,それからそれを買いました。




次に、神の選びについて
霊によって生まれる人たちとはどんな人たちでしょうか。

人間の価値において、選ばれた者たちと残りの人類の間に何か違いがあるでしょうか。
まず、選ばれた者も含めて神は全人類をどう見ているでしょうか。

ローマ 3:12
12 すべて[の人]が[道から]それ,みな共に価値のない者となった。親切を行なう者はいない,一人すらいない」。

神の目に、すべての人(アダムの子たち)は無価値なものと見なされています。

では、何が神の選びの基準なのでしょうか。
神は、無価値なものの中からいくらか良いものを選ぶのでしょうか。

以下の聖句は何を教えていますか。

コリント第一 1:26-28
26 兄弟たち,あなた方が自分たちに対する[神の]召しについて見ていることですが,肉的に賢い者は多くなく,強力な者も多くなく,高貴な生まれの者が多く召されたのでもありません。 27  むしろ,神は世の愚かなものを選んで,賢い人々が恥を被るようにされました。また,神は世の弱いものを選んで,強いものが恥を被るようにされました。 28  また神は,世の卑しいものや見下げられたもの,無いものを選んで,有るものが無になるようにされました。

神は、無価値なものの中の、愚かなもの、弱いもの、見下げられているものを選びます。

それらは、いったい誰ですか。

マタイ 21:31-32
31 イエスは彼らに言われた,「あなた方に真実に言いますが,収税人や娼婦たちが あなた方より先に神の王国に入りつつあるのです。 32  ヨハネが義の道をもってあなた方のところに来たのに,あなた方は彼を信じなかったからです。ところが,収税人や娼婦たちは彼を信じました。あなた方は, [それを]見ながら,あとから後悔して彼を信ずるようにはなりませんでした。

使途 4:13
13 さて,ペテロとヨハネのおくすることのない話し方を見,またそれが無学な普通の人であることを知った時,彼らは不思議に思うのであった。

コリント第一 6:9-11
9 あなた方は,不義の者が神の王国を受け継がないことを知らないとでもいうのですか。惑わされてはなりません。淫行の者,偶像を礼拝する者,姦淫をする者, 不自然な目的のために囲われた男,男どうしで寝る者, 10  盗む者,貪欲な者,大酒飲み,ののしる者,ゆすり取る者はいずれも神の王国を受け継がないのです。 11  とはいえ,あなた方の中にはそのような人たちもいました。しかし,あなた方は洗われて清くなったのです。神聖な者とされたのです。わたしたちの主イエス・キリストの名において,またわたしたちの神の霊をもって,義と宣せられたのです。



それで、自分が神から選ばれたことを誇るもっともな理由がありますか。
王国の子たちが残りの人類よりも何か優れていると見なす正当な理由がありますか。

いいえ、全くありません。

わたしたちアブラハムの胤が神の約束により選ばれたのは、神の憐れみの深さのためです。
使徒パウロによると、わたしたちが選ばれたのは神の辛抱強さと憐れみを際立たせるためです。

テモテ第一 1:15-16
15 キリスト・イエスが罪人を救うために世に来られたとは,信ずべく,また全く受け入れるべきことばです。わたしはそうした[罪人]の最たる者です。 16  それなのにわたしが憐れみを示されたのは,わたしの場合を最たる例としてキリスト・イエスがその辛抱強さの限りを示し,永遠の命を求めて彼に信仰を置こうとしている人たちへの見本とするためだったのです。

エフェソス 2:1-10
1 さらに,あなた方は自分の罪過と罪にあって死んでいましたが,そのあなた方を[神は生かしてくださいました]。 2  あなた方は,この世の事物の体制にしたがい,また空中の権威の支配者,不従順の子らのうちにいま働いている霊にしたがって,一時はそうした[罪]のうちを 歩んでいました。 3  そうです,それら[不従順の子ら]の中にあって,わたしたちは皆,一時は自分の肉の欲望にしたがって生活し,肉と考えとの欲するところを行なって,ほかの 人々と同じく生まれながらに憤りの子供でした
4  しかし,神は憐れみに富んでおられ,わたしたちを愛してくださったその大いなる愛のゆえに, 5  わたしたちが罪過にあって死んでいたその時にさえ,キリストと共に生かし―あなた方は過分のご親切によって救われているのです― 6  また,キリスト・イエスとの結びつきにおいてわたしたちを共によみがえらせ,天の場所に共に座らせてくださったのです。
7  それは,キリスト・イエスと結ばれたわたしたちに対する慈しみのうちにあるその過分のご親切の卓抜した富が,来たらんとする事物の諸体制において明らかに 示されるためです。 8  まさにこの過分のご親切のもとに,あなた方は信仰によって救われているのです。そして,これはあなた方によるのではなく,神の賜物なのです。 9  そうです,それは業によるのではありません。だれも誇ることのないためです。 10  わたしたちは[神]の業の所産であって,キリスト・イエスと結ばれて良い業のために創造されたのです。それは,わたしたちがそのうちを歩むようにと神が前もって準備してくださったものです。

コリント第一 4:7
7 というのは,だれが人を他と異ならせるのですか。実際,自分にあるもので,もらったのではないものがあるのですか。では,確かにもらったのであれば,どうしてもらったのではないかのように誇るのですか。


ですから、王国の子たちにとって、他の人々を自分と異なるものでもあるかのように見なすことはあり得ません。

自分の選びにより自意識過剰になることは、神の霊の働きと調和しません。

そのような霊は、サタンが父であった宗教指導者やパリサイ人のものです。
もし、あなたが神の召しを理解でき、それを受け入れているのなら、その希望によって喜びなさい。
それだけのことです。それを誇る理由などありません。

自分と同じように隣人を愛しなさい。
なぜなら、神もまた残りの人類を愛しているからです。
彼らも、わたしたちの宣べ伝える業によってではなく、わたしたちと同じように神の憐れみにより救われるでしょう。

永遠の命を天で受けるか、地で受けるかは重要な点ではありません。
残りのアダムの子孫は、神の子としての栄光ある自由を地上で享受するでしょう。

ローマ 8:20-21
20 創造物は虚無に服させられましたが,それは自らの意志によるのではなく,服させた方によるのであり,それはこの希望に基づいていたからです。 21  すなわち,創造物そのものが腐朽への奴隷状態から自由にされ,神の子供の栄光ある自由を持つようになることです。

神は、残りの全人類を愛しており救うおつもりです。
すべての人は神にとって貴重です。

ヨナ 4:9-11
9 すると神はヨナにこう言われた。「あなたがひょうたんのことで怒りに燃えたのは正しいことか」。 それに対して彼は言った,「わたしが怒りに燃えて死ぬほどになったのは正しいことです」。 10  しかしエホバはこう言われた。「あなたは,自分が労したのでも大きくしたのでもないひょうたんを惜しんだ。それは一夜のうちに育ち,一夜のうちに枯れうせ たものであった。 11  では,わたしとしても,大いなる都市ニネベを,右も左も全くわきまえない十二万以上の人々に加えて多くの家畜もいるこの所を惜しんだとしても当然ではないか」。



このように、わたしたちの天の父は、背景、教育、信仰、見方の異なる一般の人々を、無価値なものとはいえ、神の愛にこたえ応じる可能性を持つ貴重なものと見ています。

神は、それらの全てをわたしたちと同様愛しています。

ヨハネ 3:16
16 「というのは,神は世を深く愛してご自分の独り子を与え,だれでも彼に信仰を働かせる者が滅ぼされないで,永遠の命を持てるようにされたからです。


わたしたちは、世の弱いもの、無きに等しいものとして神の憐れみを受けました。
その理由で、わたしたちは、同じように隣人に憐れみを示すのは自然で当然でしょう。

マタイ 18:33
33 わたしがあなたに憐れみをかけたように,今度はあなたが仲間の奴隷に憐れみをかけるべきではなかったのか』。

わたしたちは、アブラハムの胤として、あらゆる国民に仕えることになるでしょう。
全ての国民は、わたしたちの奉仕によって自らを祝福することになるでしょう。
サタンの業は除かれその醜い爪跡もなくなるでしょう。


創世記 22:18
18 そして,あなたの胤によって地のすべての国の民は必ず自らを祝福するであろう。あなたがわたしの声に聴き従ったからである』」。

これが、キリストの王国の目的であり、わたしたちの天にある相続財産はその業に祭司の王国として天と地において与ることです。



おまけ、
ものみの塔の記事に、霊によって生まれることの説明が無いのはなぜでしょうか。

答え
それが何かを知らないからです。
にせ者であるので、聖書からクリスチャンの真の希望を説明できません。

クリスチャンの信仰

信仰について聖書は、次のように述べています。

ヘブライ 11:1
1 信仰とは,望んでいる事柄に対する保証された期待であり,見えない実体についての明白な論証です。

それで、信仰は見えない実体の論証に基づきます。
人間の目には、神は見えません。
とはいえ、パウロが説明しているように私たちは目に見えない神の存在の証拠を持っています。

ローマ 1:20
1 というのは,[神]の見えない[特質],すなわち,そのとこしえの力と神性とは,造られた物を通して認められるので,世界の創造以来明らかに見えるからであり,それゆえに彼らは言い訳ができません。

神の霊の子たちの場合、彼らは神を見ることができます。
しかし、彼らは神が告げない限り、神の思いを見ること、知ることはできません。

ですから、ローマ 1:20でパウロが述べたことは、そのまま霊者たちにも当てはまります。
み使いたちもまた、神の業やことばによって神の思いを知る、いわゆる見ることができます。

ですから、何億年にも及ぶ神との交友をとおして、それらの神の霊の子たちは、神の真実性やご自分の子たちに対する愛ある目的を知ることができました。

それで、神の真実性を疑って自らサタンとなった、神の子は自分の信仰の欠如の言訳ができません。

神の思いは、神が告げたこと、つまり神のことばによって分かります。
私たちは、それが全て真実であり、愛あるものであることが分かります。

神に偽りはありません。
ですから、私たちは神の約束(ことば)を信じます。
これは、天と地における全ての神の子たちが培うことを期待されている信仰です。

アブラハムはその種の信仰を表しました。
彼は、息子イサクに関する神の約束を信じました。

ローマ 4:18-22
18 達しがたい希望ではありましたが,それでも希望をよりどころとして彼は信仰を抱きました。それは,「あなたの胤もそのようであろう」と言われたところにし たがって,彼が多くの国の民の父となるためでした。 19  そして彼は,信仰においては弱くなりませんでしたが,およそ百歳であったので,自分の体がすでに死んだも同然であること,またサラの胎が死んだ状態にある ことを思い見ました。 20  しかし,神の約束のゆえに,信仰を欠いてたじろいだりすることなく,むしろ信仰によって強力になり,神に栄光を帰し, 21  また,[神]はご自分の約束した事を果たすこともできるのだ十分に確信していました。 22  ゆえに,「彼に対してそれは義とみなされた」のです。

ヘブライ 11:17-19
17 信仰によって,アブラハムは,試された時,イサクをささげたも同然でした。約束を喜びのもとに受けた人が,[自分の]独り[子]をささげようとしたので す+。 18  しかも,「『あなたの胤』と呼ばれるものはイサクを通してであろう」と言われていたのです。 19  しかし彼は,神は死人の中からでもこれをよみがえらせることができると考えました。そしてまた,ひとつの例えとして,確かに彼をそこから受けました。

アブラハムは、神の約束を拠所に神の真実性(約束を守る力や意思)に信仰を働かせました。

わたしたちもまた、アブラハムの胤としてその種の信仰を培うことが期待されています。
ですから、キリストを受け入れた信者にとって、神の約束、あるいはことばは極めて特別な意味があります。

それによって、つまり神のことばの力によって私たちは推論し、行動します。

テサロニケ第一 2:13
13 まさにこのゆえにも,わたしたちは絶えず神に感謝しています。わたしたちから聞いて神の言葉を受けた時,あなた方はそれを,人間の言葉としてではなく,事実どおり神の言葉として受け入れたからです。それはまたあなた方信じる者の中で働いています

ローマ 1:16
16 わたしは良いたよりを恥じてはいないからです。実際それは,信仰を持つすべての人にとって,すなわちユダヤ人を初めギリシャ人にとっても,救いのための神の力なのです。

コリント第一 1:22-24
22 ユダヤ人はしるしを求めギリシャ人は知恵を求めます。 23  しかしわたしたちは杭につけられたキリストを宣べ伝えるのです。これは,ユダヤ人にとってはつまずきのもとであり,諸国民にとっては愚かなことです。 24  しかし,召された者にとっては,ユダヤ人にもギリシャ人にも,神の力また神の知恵なるキリストなのです。

ですから、私たちの信仰は、しるしやこの世の知恵に基づくものではありません。
私たちの信仰は、愛ある神によって聖書に記されたキリストに関する話に基づきます。
そして、私たちのキリストへの信仰は決して失望にいたりません。

ペテロ第一 2:6
6 というのは,聖書にこうあるからです。「見よ,わたしはシオンにひとつの石を据える。選ばれた[石],土台の隅石,貴重な[石]である。これに信仰を働かせる者は決して失望に至ることがない」。



もし、あなたの信仰がキリストではなく、ものみの塔協会のような宗教組織に対するものなら、イエスの次のことばを聞くでしょう。

マタイ 7:22-23
23 その日には,多くの者がわたしに向かって,『主よ,主よ,わたしたちはあなたの名において預言し,あなたの名において悪霊たちを追い出し,あなたの名にお いて強力な業を数多く成し遂げなかったでしょうか』と言うでしょう。 23  しかしその時,わたしは彼らにはっきり言います。わたしは決してあなた方を知らない,不法を働く者たちよ,わたしから離れ去れ,と。


クリスチャンの信仰は、キリスト(約束の胤)に関する話によります。
その約束は聖書に記録されています。

また、それは良いたよりとして全世界で述べ伝えられています。

世界中で、イエスキリストを知らない人はいません。
みんな、意味も分からずにクリスマスを祝います。

あらゆる方法で、キリストの音信が伝えられています。
キリストの話に触れた人の中には、聖書を購入して読む人もいるでしょう。
それが、神への信仰の第一歩になる人もいるでしょう。

このようにクリスチャンの信仰は神のことば聖書、特にキリストに関する良いたよりに基づきます。
現在は、西暦1世紀のクリスチャン会衆が誕生したときのような奇跡の賜物によってではなく、霊感の書物からの霊の働きにより約束の胤の王国相続者の一員になる機会が差し伸べられています。

それは、特別な感情的な経験によるというよりは、目に見えない実体(神の約束)に対する論証によります。

霊によって再び生まれる人たちは、特別な人ではありません。
それは、特別な経験などでもありません。
神のことばに対する信仰の結果です。

なにか特別な経験を期待している人は、自分の信仰の質を吟味すると良いでしょう。
トマスはイエスの復活を信じることができませんでした。
彼は復活したイエスを見ない限り信じないといいました。
イエスは、トマスの信仰の質に合わせて彼の前に現れ信じるように助けました。
その時、イエスは、とても大切な点を語られました。

ヨハネ 20:29
29 イエスは彼に言われた,「あなたはわたしを見たので信じたのですか。見なくても信じる者は幸いです」。

信仰は、見えない実体についての明白な論証です。
特別な経験や感情をいつも期待する必要はありません。

ペテロ第一 1:8-9
8 あなた方は彼(イエス)を見たことはありませんが,彼を愛しています。現在彼を見ていませんが,彼に信仰を働かせ,言い表わすことのできない栄えある喜びをもって大いに歓んでいます。 9  それは,あなた方の信仰の果て,すなわち魂の救いを得るからです。



まとめ
信仰は見えない実体についての明白な論証です。
クリスチャンの信仰は聖書に基づきます。
約束の胤、キリストに関する良いたよりに信仰をもち、胤の王国の相続人となります。
そこに、人間の作った宗教組織が入り込む余地はありません。

奇跡的なしるし

イエスの弟子たちは、たびたび「信仰の少ない者たち」といわれました。
ユダヤ人は「しるしを見なければ信じない」といわれています。

そのような不信仰な人々の中で神のメシアは仕事を始めました。
それで、神は、疑う余地のない聖霊の働きにより人々の信仰を築く必要がありました。

バプテスマのヨハネは、聖霊が下る人が霊でバプテスマを施すメシアであることを神から告げられていました。そしてイエスのバプテスマのときにそのしるしを確認し、世に神のメシアを紹介しました。

ヨハネ 1:33-34
33 わたしもその方を知りませんでしたが,水でバプテスマを施すようにわたしを遣わした方が,『あなたは霊が下ってある人の上にとどまるのを見るが,それがだれであろうと,その者こそ聖霊でバプテスマを施す者である』とわたしに言われました。 34  そしてわたしは[それを]見たので,この方こそ神の子であると証ししたのです」。



イエスは、多くの奇跡を行い、人々はイエスに信仰を働かせました。

ヨハネ 7:31
31 それでも,群衆のうちの大勢の者が彼に信仰を持った。そして,こう言い始めた。「キリストが到来しても,この人が行なったよりも多くのしるは行なわないのではないか」。




同じことが、クリスチャン会衆の誕生についても言えます。

イエスの弟子たちは、聖霊のバプテスマを待つように、復活したイエスより告げられていました。

それは、ユダヤ人のペンテコステの祭りの際に起きました。
エルサレムのある2階の部屋に集まる120人の弟子たちは、霊に満たされて外国語で神について、またイエスの復活について語り始めました。

祭りのために各地からエルサレムに集まっていた外国語を話すユダヤ人たちは、この奇跡的な出来事により、その日のうちに3,000人が信者となりました。


要点は何ですか
奇跡的な出来事は、世(不信者)に対する神からの証であるということです。
クリスチャン会衆の揺籃期(誕生したばかりの幼児期)において、世に対する強力な神からの証は必要でした。

神は、多くの奇跡的な霊の働きにより、証に加わられました。
ですから、キリスト教(クリスチャン会衆)は神により確立されたといえます。

使徒 1:4-5
4 そして,彼らと会合しておられた時に,この指示をお与えになりました。「エルサレムを離れないで,父が約束され,またわたしから聞いたものを待っていなさ い。 5  ヨハネは確かに水でバプテスマを施しましたが,あなた方はこれから幾日もたたないうちに聖霊をもってバプテスマを施されるからです」。

使徒 2:4-7, 22, 41
4  彼らはみな聖霊に満たされ,霊が語らせるままに異なった国語で話し始めたの である。5 ところで,エルサレムには,天下のあらゆる国から来たユダヤ人で,敬虔な人々が住んでいた。 6  そして,この音が起こった時,大勢の人が共にやって来て,あっけに取られてしまった。彼らが自分の言語で話しているのをめいめいが聞いたからである。 7  実際,彼らは非常に驚き,不思議がって言いだした,「まあ,見なさい,話しているこの人たちは皆ガリラヤ人ではないか。
11  [また]クレタ人やアラビア人なのに,そのわたしたちが,神の壮大な事柄について彼らがわたしたちの国語で話すのを聞いているのだ」。 12  確かに,彼らはみな非常に驚き,また当惑して,「これはどういうことなのか」と互いに言い合った。
22 「イスラエルの皆さん,この言葉を聞いてください。ナザレ人イエス,それは,あなた方も知っているとおり,神がその人を通してあなた方のただ中で行なわれた強力な業と異兆としるしにより,神によってあなた方に公に示された人ですが,・・・
41 そのため,彼の言葉を心から受け入れた者たちはバプテスマを受け,その日におよそ三千人の魂が加えられた

使徒 5:12-16
12 そのうえ,使徒たちの手を通してその後も多くのしるしや異兆が民の間に起こった。 そして彼らは皆そろってソロモンの柱廊にいた。 13  ほかの者たちはだれも彼らに加わる勇気を持ってはいなかったが,それでも民は彼らをほめたてるのであった。 14  そればかりか,主を信じる者が,男も女も大ぜい加えられていった。 15  そのため,人々は病人を大通りにまで連れ出して来て,そこで小さな寝床や寝台に横たえ,ペテロがそばを通る際,せめてその影でも[病人]のだれかにかかる ようにした。 16  また,エルサレム周辺の都市の大勢の人が,病気の人や汚れた霊に悩まされる者たちを連れて集まって来た。そして,彼らはひとり残らず治されるのであった。

使徒 14:3
3 それゆえ,彼らはかなりの時を過ごしてエホバの権威のもとに大胆に語り,[神]は彼らの手を通してしるしや異兆を起こさせて,その過分のご親切に関する言葉に証しをされた

使徒 19:11-12
11 そして神はパウロの手を通して異常なまでの力ある業を行ないつづけられた。 12  そのため,ただ布切れや前掛けを彼の体から取って患っている人のところに持って行くだけで,疾患は去り,邪悪な霊たちは出るのであった。

ヘブライ 2:4
4 しかも神は,[数々の]しるし,また異兆やさまざまの強力な業をもって,またご意志のままに聖霊を配ることによって,その証しに加わられたのです。



霊の通常を越えた奇跡的な働きは、世に対する神からの証しであることが分かります。

クリスチャン会衆の始まりに、神はご自分の意思により、各クリスチャンの信仰に応じて普通を越えた霊の賜物を各自に与えました。

その間にクリスチャンギリシャ語聖書が神の霊の働きにより備えられ、将来の王国の子たちの信仰の拠所となるようになりました。

それで、最後の使徒ヨハネの死後、霊の普通を越えた働きは止み、クリスチャン会衆は、完成した霊感の書物と天のキリストに委ねられました。

また予告されてい た背教により小麦は雑草の中に姿を消しました。とはいえ霊感の書物とキリストの導きにより、現在に至るまでいつの時代にも、聖書が入手できる地域に真のク リスチャンが存在し、彼らは胤の約束により天的な希望を保って命を終えています。

使徒 20:32, 29-30
32 そして今,わたしはあなた方を神とその過分のご親切の言葉にゆだねます。その[ことば]はあなた方を築き上げ,神聖にされた者たちすべての間の相続財産をあなた方に与えうるのです。
29 わたしが去った後に,圧制的なおおかみがあなた方の中に入って群れを優しく扱わないことを,わたしは知っています。 30  そして,あなた方自身の中からも,弟子たちを引き離して自分につかせようとして曲がった事柄を言う者たちが起こるでしょう。



これは、実際に歴史で生じたことです。
それで、神の民はその始めにおいてサタンの罠である、大いなるバビロン(キリストの偽の王国)に囚われて現在に至っています。





初期クリスチャンに与えられた霊の賜物について、

コリント第一 14:22
22 それゆえ,異言はしるしのためです。それも,信者に対してではなく,不信者に対してです。

コリント第一 12:4-7
4 さて,賜物はさまざまですが,霊は同じです。 5  奉仕の務めはさまざまでも,主は同じです。 6  働きはさまざまでも,すべての人の中であらゆる働きをされる神は同じです。 7  しかし,霊の顕現は,有益な事柄を目的として各々に与えられます

ローマ 12:3, 6
3 わたしは,自分に与えられた過分のご親切によって,あなた方の中のすべての人に言います。自分のことを必要以上に考えてはなりません。むしろ,神が各々に信仰を分け与えてくださったところに応じ,健全な思いを抱けるような考え方をしなさい。
6 こうしてわたしたちは,自分に与えられた過分のご親切に応じてそれぞれ異なった賜物を持っているのですから,

これらの霊の賜物は、幼児期の会衆を築き上げるため、また世(不信者)に対するしるしとして与えられた神からの証です。それらの霊の賜物は、養子縁組の霊ではありません。それは、霊によって油注がれた「再び生まれた」クリスチャンに与えられた神からの異なる賜物です。

ですから、養子縁組の霊と、普通を超えたさまざまな霊の賜物とを混同してはいけません

霊によって再び生まれるクリスチャンは、必ずしも奇跡的、感情的な経験をするのではありません。

聖書をとおして各クリスチャンは、自分が何ものか、神からの召しは何かを自覚できるでしょう。
なぜなら、奇跡的な経験があっても、なくても聖書による希望は1つしかありません。
それは、約束の胤に対する天への召しです。

この点で、他のクリスチャンの約束の胤としての確信の正当性を裁くことができる人はいません。

ローマ 14:4
4 他の人の家僕を裁くとは,あなたはだれなのですか。その人が立つも倒れるも,それはその主人に対してのことなのです。実際,その人は立つようにされるでしょう。エホバはその人を立たせることができるからです。


普通を超えた霊の働き、あるいは賜物は、その初期の目的を達成し、また霊感の書物の完成とともに、霊の奇跡的な賜物を持つキリストの直接の弟子たちが死の眠りについて後、次第に見られなくなりました。

コリント第一 13:8
8 愛は決して絶えません。それに対し,預言[の賜物]があっても,それは廃され,異言があっても,それはやみ,知識があっても,それは廃されます。

普通を超えた経験(幻、夢、声、その他)を伴って霊によって生まれたと確信している人には、そのような経験をしない人を見下したり、また他の人も自分と同じような経験をすることを期待したりする正当な理由はありません。

また、そのような感情的な経験を持たずに、神のことばの理解により確信を得ている人は、奇跡的な出来事を期待する必要はありませんし、またそのような経験を語る人を裁く必要もありません。

人は、風がどの方向から吹くか分かりません。

ヨハネ 3:8
8  風はその望む所に吹き,あなたはその音を聞いても,それがどこから来てどこへ行くのかを知りません。霊から生まれた者も皆そのようです」。

コリント第一 2:11, 14-15
11というのは,人の事柄は,その人のうちにある人間の霊を別にすれば,人々のうちいったいだれが知っているでしょうか
14 しかし,物質の人は神の霊の事柄を受け入れません。それはその人には愚かなことだからです。また彼は[それを]知ることができません。それは霊的に調べるべき事柄だからです。 15  一方,霊的な人は実にすべての事柄を調べますが,その人自身はいかなる人によっても調べられません

だれも、人の確信、希望がどこから来るか見えませんし分かりません。
胤の約束により産み出される人々の信仰は、単にその人の知的な理解だけの産物ではありません。
知的な理解を可能にし、また理解したことに心で信仰を働かせる過程も神の霊の働きを抜きにしては生じません。

それで、一般的に信仰は、神の霊の実といわれています。
つまりクリスチャンの信仰は神の霊の働きの産物です。

霊による油注ぎ

霊による油注ぎについて書きます。


ものみの塔協会の誤りの教えにより、クリスチャンに2つの希望が提供されています。

天的希望と地的希望です。

しかし、聖書はクリスチャンに天的希望だけを差し伸べています。
地的な希望はクリスチャンのものではありません。


キリスト教時代(キリストが王国の宣教を開始してから、王国の子たちを迎えに帰還するまでの間)は、ただ一つの召ししかありません。
それは天への召しです。

それで、どの時代のクリスチャンも全て天的クラスです。




聖書の主題

聖書は、約束の胤の物語です。
約束の胤は、サタンの自己中心的な業を一掃し、愛ある神の本来の目的を回復するでしょう。
サタンの世がもたらした全ての損害は、期待を超えて償われるでしょう。

創世記 3:15
15 そしてわたしは,お前と女との間,またお前の胤と女の胤との間に敵意を置く。彼はお前の頭を砕き,お前は彼のかかとを砕くであろう」。

創世記 22:18
18 そして,あなたの胤(アブラハムの胤)によって地のすべての国の民は必ず自らを祝福するであろう。あなたがわたしの声に聴き従ったからである』」。

ガラテア 3:16, 26-29
16 さて,その約束はアブラハムとその胤に語られました。それが大勢いる場合のように,「また[多くの]胤に」とではなく,一人の場合のように,「またあなたの胤に」と述べてあり,それはキリストのことなのです。
26 現にあなた方は皆,キリスト・イエスに対する信仰によって神の子なのです。 27  キリストへのバプテスマを受けたあなた方は皆キリストを身に着けたからです。 28  ユダヤ人もギリシャ人もなく,奴隷も自由人もなく,男性も女性もありません。あなた方は皆キリスト・イエスと結ばれて一人の[人]となっているからです。 29  さらに,キリストに属しているのであれば,あなた方はまさにアブラハムの胤であり,約束に関連した相続人です。

このように、全人類を祝福する約束の胤は、キリストとその追随者たちであることが分かります。
そして、キリストの追随者たちは聖書の中で、「アブラハムの胤」、「神のイスラエル」、「クリスチャン」、「キリストの体」、「神の神殿」、「キリストの会衆」、「約束の相続人」、「王国」、「祭司」、「王国の子たち」、「小麦」、「羊」、「オリーブの枝」、「144,000人(文字通りの数ではない)」、「キリストの花嫁」などと呼ばれています。

クリスチャンギリシャ語聖書は、これらのキリストの追随者たちに宛てられており、それらの約束の胤によって、自らを祝福する諸国民については、限られた言及しかありません。

それで、聖書だけを読み通すなら、誰でもキリストを受け入れたものたちが、約束の胤として天に召されていることが理解できます。

キリスト教時代の、差し伸べられている希望は1つしかありません。
それは、ものみの塔が先走って強調している地的希望ではありません。


地にあるもの
地的希望(約束の胤により、自らを祝福する諸国民)

エフェソス 1:10
10  定められた時の満了したときにおける管理のためにご自身のうちに意図された意向によるものであり,すなわちそれは,すべてのもの,天にあるもの(約束の胤)地にあるもの(世)を,キリストにおいて再び集めることです。[そうです,キリスト]において,

ヨハネ 3:16
16 というのは,神はを深く愛してご自分の独り子を与え,だれでも彼に信仰を働かせる者が滅ぼされないで,永遠の命を持てるようにされたからです。

ヨハネ第一 2:2
2 そして彼はわたしたち(約束の胤)の罪のためのなだめの犠牲です。ただし,わたしたちの[罪]のためだけではなく,全世界の[罪]のためでもあります。

これらの「地にあるもの」は、キリストが戻られるとき集められ、大艱難を通過し新しい地において真の崇拝を学びアダムが失った祝福を全て回復するでしょう。

マタイ 25:31-32
31 「人の子がその栄光のうちに到来し,またすべてのみ使いが彼と共に[到来する]と,そのとき彼は自分の栄光の座に座ります。 32  そして,すべての国の民が彼の前に集められ,彼は,羊飼いが羊をやぎから分けるように,人をひとりひとり分けます。 33  そして彼は羊を自分の右に,やぎを自分の左に置くでしょう。

啓示 7:14
14 それでわたしはすぐ彼に言った,「わたしの主よ,あなたが知っておられます」。すると彼はわたしに言った,「これは大患難から出て来る者たちで,彼らは自分の長い衣を子羊の血で洗って白くした。

このように、「地にあるもの」を集めることは、キリスト教時代の後に生じます。

ですから、地的クラスの希望を不当に強調して全世界で700万人の信者を集めたものみの塔協会は、聖書を用いて騙りを働く不法なものたちです。

彼らは、無知、洞察の無さ(あるいは意図的かもしれない)により、聖書の真理を混乱させ人々から天を閉ざしてきました。それは、サタンの企てであり、神を崇拝していると言い張っていたパリサイ人と同じで、彼らの父はサタンです。


マタイ 23:13
13 「偽善者なる書士とパリサイ人たち,あなた方は災いです! あなた方は人の前で天の王国を閉ざすからです。あなた方自身が入らず,また入る途中の者が入ることをも許さないのです。



ものみの塔の統治体は、全員にせ者です。

啓示 2:2
2 『わたしはあなたの行ないを知っている。また,あなたの労苦と忍耐を,そしてあなたが悪人たちに耐えることができず,使徒であると言いはするが[実は]そうでない者たちを試して,それが偽り者であるのを見いだしたことを[知っている]。


再び生まれる
キリストを受け入れた者(天にあるもの、約束の胤)がどのように聖霊により油注がれるかを聖書は簡単に説明しています。

聖書が述べていることは以下のとおりです。

ヨハネ 3:3, 5, 8
3 イエスは答えて言われた,「きわめて真実にあなたに言いますが,再び生まれなければ,だれも神の王国を見ることはできません」。
5 イエスは答えられた,「きわめて真実にあなたに言いますが,水と霊から生まれなければ,だれも神の王国に入ることはできないのです。
8 風はその望む所に吹き,あなたはその音を聞いても,それがどこから来てどこへ行くのかを知りません。霊から生まれた者も皆そのようです」。

ヨハネ 1:12-13
12 しかし,彼を迎えた者,そうした者たちすべてに対しては,神の子供となる権限を与えたのである。その者たちが,彼の名に信仰を働かせていたからである。 13  彼らは,血から,肉的な意志から,また人の意志から生まれたのではなく,神から[生まれた]のである。

水と霊から生まれることは、神の意思、約束によります。

神は、霊と真理を持って崇拝する真の崇拝者を探していると、イエスは述べています。
そしてそれらの真の崇拝者は、神の王国のための約束の胤であり、イエスと共同の相続人となる人々です。

神は、それらキリストに信仰を働かせる真の崇拝者の心に、み子の霊を送ることを約束しています。

ヨハネ 4:23
23 とはいえ,真の崇拝者が霊と真理をもって父を崇拝する時が来ようとしています。それは今なのです。実際,父は,ご自分をそのように崇拝する者たちを求めておられるのです。

ガラテア 4:6-7
6 では,あなた方は子なのですから,神はご自分のみ子の霊をわたしたちの心の中に送ってくださり,それが,「アバ,父よ!」と叫ぶのです。 7  ですから,もはや奴隷ではなくて子です。そして,子であれば,神による相続人でもあります。

キリストを受け入れた人は誰でも約束の胤になるように招かれています。
それで、イエスは神に祈る際、神を「天の父」と呼ぶように教えました。
ユダヤ人はそのような習慣を持っていません。
彼らは、神にエホバ神と呼びかけて祈っています。

これらの変化はキリストの贖いにより可能となりました。
それで人々は、キリストの良いたよりによって、この変化を学び、信仰を築き、天の希望を確信するようになります。

その信仰は、神の霊の働きの結果です。
信仰のない人は、知的にこの話を理解できるでしょうけど、心が伴わないでしょう。
ですから、理解したことを心から受けることは無くそれに希望をおくこともないでしょう。
そのような人にとって聖書のことばは本来の意図を外したたとえで理解されます。

マタイ 13:10-11, 34
10 そこで弟子たちが寄って来て,彼に言った,「例えを使って彼らにお話しになるのはどうしてですか」。 11  [イエス]は答えて言われた,「あなた方は,天の王国の神聖な奥義を理解することを聞き入れられていますが,あの人々は聞き入れられていません
34 イエスはこれらのすべてを例えで群衆に話された。実際,例えを用いないでは話そうとされなかった。

ルカ 8:10
10 [イエス]は言われた,「あなた方は,神の王国の神聖な奥義を理解することを聞き入れられていますが,残りの人々にとって,それは例えによるのです。彼らが見ていてもむだに見,聞いていても意味を悟らないようにするためです。

ですから、もしあなたがキリストについての話を理解でき、心の中で信仰を働かせているなら、その信仰は単にあなたからのみ生じるものではありません。それは神の霊の働きの結果です。

コリント第一 3:6-7
6 わたしは植え,アポロは水を注ぎました。しかし,神が[それを]ずっと成長させてくださったのです。 7  ですから,大切なのは,植える者でも水を注ぐ者でもなく,成長させてくださる神なのです。

エフェソス 1:12-13
12 それは,キリストに望みを置く点で最初の者となったわたしたちが,その栄光の賛美に仕えるためでした。 13  しかしあなた方も,真理の言葉,すなわちあなた方の救いについての良いたよりを聞いた後,この方に望みを置きました。そして信じた後,やはりこの方により,約束の聖霊をもって証印を押されたのです。



まとめ
子としての霊の注ぎは神の胤の約束によります。
その約束は、キリストの良いたよりにより与えられます。
キリストを信じた後に、人は霊により証印されます。
エホバ神の真の崇拝者たちは、すべて自分の召しを確信するようになるでしょう。

エフェソス 1:, 16-19
16  あなた方のことを感謝してやみません。わたしは自分の祈りの中で引き続きあなた方のことを述べています。 17  わたしたちの主イエス・キリストの神,栄光の父が,ご自身についての正確な知識という点で知恵と啓示の霊をあなた方に与えてくださるようにするため, 18  [また,]あなた方の心の目が啓発されて,[神]があなた方を召してくださったその希望は何か,聖なる者たちのための相続財産として[神]が擁しておられる栄光ある富は何か, 19  そして,わたしたち信じる者に対する[神]の力の卓抜した偉大さがどんなものかを,あなた方が知るようになるためです。

エフェソス 4:1-6
1 それゆえ,主にあって囚人となっているわたしが,あなた方に懇願します。あなた方の召された召しにふさわしく歩み, 2  全くへりくだった思いと温和さとをもち,また辛抱強さをもって愛のうちに互いに忍び, 3  結合のきずなである平和のうちに霊の一致を守るため真剣に励みなさい。 4  体は一つ,霊は一つです。それは,あなた方が自分たちの召されたその一つの希望のうちに召されたのと同じです。 5  主は一つ,信仰は一つ,バプテスマは一つです。 6  すべての者の神また父は一つであり,すべての上に,すべてを通し,すべての中におられるのです。

キリストが帰還するまでのキリスト教時代の召しは、ただ1つしかありません。
それは、天への召しです。
今はまだ、約束の胤を集めるときです。

ヨハネ 14:1-3
1 「あなた方の心を騒がせてはなりません。神に信仰を働かせ,またわたしにも信仰を働かせなさい。 2  わたしの父の家には住むところがたくさんあります。そうでなかったなら,わたしはあなた方に告げたことでしょう。わたしはあなた方のために場所を準備しに 行こうとしているのですから。 3  そしてまた,わたしが行ってあなた方のために場所を準備したなら,わたしは再び来て,あなた方をわたしのところに迎えます。わたしのいる所にあなた方もまたいるためです。



ローマ 12:12
12 希望によって歓びなさい


聞く耳のある人は、聴きなさい。

インチキ油注がれた者たち

ものみの塔協会の統治体は、油注がれた残りの者たちと自らを称していますが、どのようにそうなったのでしょうか。


霊による油注ぎについて、エホバの証人たちは一般に以下のように説明します。

霊による油注ぎにより、
聖書が直接 自分にあてて書かれたと感じる。
“神との極めて親密で個人的な関係”をもつようになる。
天の希望が良く分かるようになる。

しかし、これは神を求めるすべての人がそうであるべきことですよね。

ものみの塔協会の聖書の解釈では、特定の人だけに霊による油注ぎがあり天の希望を抱くようになると教えています。また天に希望をもつ者の人数は文字通りの144,000人で、現在はそのうちのわずかな残りの者たちが存在していると教えています。


ものみの塔の教えは、クリスチャンを2つのグループに分けます。
天に行くクラスと地を受け継ぐクラスです。

1 天に行くクラスは霊による油注ぎを受ける。現時点で残りの者たちの数は10,000人くらい。
2 地を受け継ぐクラスは大群集と呼ばれ、現時点で800万人くらい。

天に行くクラスは、地を受け継ぐクラスを支配します。
それで、ものみの塔協会の統治体と呼ばれる天に行くクラスが、すべてを決定する権威をエホバの証人たち上に行使できるようになっています。

このシステムは神権支配と呼ばれており大群集のエホバの証人たちは統治体の権威を神からのものとして絶対視しています。

統治体が間違えば、民を導くためにその間違いが神の許しにより用いられたと推論します。

このような常軌を逸した推論は宗教的な間違った教えの産物であり、エホバの証人たちは間違った教えを盲信しています。


人々を騙すには人々が認め敬う巨大な権威が必要です。
人々は、教育、医療機関、政府などの欺きを見抜くことができません。

人々を洗脳する点で宗教的な教えは最強と言えます。
エホバの証人たちは、ものみの塔協会の嘘を見抜くことができません。



統治体のガイ・ピアス兄弟の孫娘のヘザー(Heather)さんは、幼いころからピアス兄弟がどのように144,000のメンバーになったのか、またどのように統治体のメンバーになったのかを尋ねていました。ピアス兄弟はいつも質問をはぐらかすか、質問に答えず話題を変えていました、と述べています。

油注がれた残りの者の家族で育ったヘザーさんは、ものみの塔の教えに疑問をもっています。自ら見聞きしたものにより、ものみの塔システムのインチキに気づいたからです。


JF ラザフォードの息子マルコム・ラザフォードも同じように父親の偽善を見抜きエホバの証人を止めています。

エホバの証人の2世や3世たちは、親やものみの塔のシステムのダブルスタンダード(偽善)を見て育ち信仰の破船を経験したり、ものみの塔を去ったりしたりしています。


2014年3月19日に統治体のガイ・ピアス (Guy H. Pierce) が激しい発作で亡くなりました。
79歳でした。
二度目の奥さんと、子供たち、孫たち、ひ孫たちを残しています。


Guy Pierce   
Heather Bennett (Pierce) says:
I can really see this impacting allot of witnesses, they put so much emphasis into the governing body that they will follow them blindly and yet here is a member of that body stating that the watchtower or “the words in the publications from Jehovah” that every member in the organization is to follow doesn’t apply to him therefore isn’t this just another example of an organized religion “tickling the ears” of their members but not truly following the instructions themselves? Or similar to the false teachers praying out loud in public areas with a scripture in a box tired to their foreheads to show off their own faith and yet not following the scriptures? He will certainly be removed from his place as governing body member once this comes to a head. Many times as I was growing up, I asked my grandfather questions about his faith and how he knew he was one of the 144000 and how he got to be a member of the governing body (Guy Pierce who passed back in march) and he would either evade my question or not answer at all and redirect the conversation. That alone was enough for me to begin questioning his position and the organization as a whole. The article published about him still doesn’t answer many of my questions, especially about my birth grandmother of whom I saw once in my life as she was passing away in the hospital when I was very young as well as if he was scripturally free when he married my step grandmother Penny. The validity of the governing body needs to be assessed and not just by the other men on the governing body but by all followers. How can the entire organization follow these men blindly without first having them prove the validity of their position as representatives of God? They shouldn’t, and this just proves that they shouldn’t if one of the members is making a statement that the watchtower does not govern him.



Thursday, July 9, 2015

エホバの証人からの質問

ある誠実なエホバの証人の兄弟は、「ものみの塔」の教えが破綻していることに気づいています。

その方は聖書の理解を求めて、クリスチャンのバプテスマや、啓示の144,000人や、マタイ25章の羊やイザヤ書2章、ミカ書4章の予言について尋ねてきました。


それらの質問に対する聖書からの答えです。



人が救われるためにはバプテスマを受ける必要がありますか?
どういう人が受けますか?
どこで受けますか?
誰が施したらいいでしょうか?

バプテスマは新しい契約に入る最初のステップです。
それは、罪の許しのための悔改めの象徴であり、献身の象徴ではありません。

この点で「ものみの塔協会」は人々を欺いています。

罪人は、悔改めることが求められており献身は求められていません。
「ものみの塔」は神への献身を教え不要な重荷をバプテスマの時点で信者に負わせます。

さらに悪いことに、バプテスマの意義を変えてしまい、「神の霊によって導かれている唯一の組織」と自らを印象付け「ものみの塔」に属する信者を作り上げます。

神への献身の責任は、神の霊によって導かれている唯一の神の見える代理機関として「ものみの塔協会」の権威を認め、その指示に全面的に従うことである、と信じ込ませます。それでバプテスマにより信者の生活は「ものみの塔協会」が支配できることに同意したことを自覚させ、協会と意見を異にする際の、「ものみの塔協会」の 制裁権の根拠を確立します。

これは、欺きです。
そのような解釈は、聖書から立証できません。



バプテスマは、悔改めの象徴であり、献身の象徴ではありません。

ルカ 24:47-48
その名によって罪の許しのための悔い改めがあらゆる国民の中で宣べ伝えられる-エルサレムから始めて,48 あなた方はこれらの事の証人となるのです。

使徒 2:38
38 ペテロは彼らに[言った],「悔い改めなさい。そしてあなた方ひとりひとりは,罪の許しのためにイエス・キリストの名においてバプテスマを受けなさい。そうすれば,無償の賜物として聖霊を受けるでしょう。

使徒 11:18
「それでは,神は命のための悔い改めを諸国の人々にもお授けになったのだ」。

使徒 17:30
30 確かに,神はそうした無知の時代を見過ごしてこられはしましたが,今では,どこにおいてもすべての者が悔い改めるべきことを人類に告げておられます。

使徒 20:21
21 むしろ,神に対する悔い改めとわたしたちの主イエスへの信仰について,ユダヤ人にもギリシャ人にも徹底的に証しをしたのです。

使徒 26:20
20 まずダマスカスの者たちに,またエルサレムの者たちにも,さらにはユダヤ地方全域に,そして諸国民にも,悔い改め,かつ悔い改めにふさわしい業をして神に転ずるようにとの音信を伝えてまわりました。

ヘブライ 6:1
1 このようなわけで,キリストに関する初歩の教理を離れたわたしたちは,死んだ業からの悔い改め,また神に対する信仰,

ペテロ第一 3:21
21 これに相当するもの,すなわちバプテスマ(肉の汚れを除くことではなく,神に対して正しい良心を願い求めること)がまた,イエス・キリストの復活を通して今あなた方を救っているのです。

ペテロ第二 3:9
9 エホバはご自分の約束に関し,ある人々が遅さについて考えるような意味で遅いのではありません。むしろ,ひとりも滅ぼされることなく,すべての者が悔い改めに至ることを望まれるので,あなた方に対して辛抱しておられるのです。

悔改め、という表現に注目できます。
バプテスマに関して献身という言葉自体や考えは聖書のどこにもありません。そのような教えは、「ものみの塔協会」の巧妙な欺きであり、神への献身という都合のいい教えにより信者に献身の責任を負わせて心理的に縛り、自らの目的に仕えさせています。

エホバ神は私たちに献身を求めておられません。
神が求めておられることは、悔改めです。それが神と共に歩む最初の一歩です。

それでこの悔改めはいつでも生じ得ます。
「ものみの塔協会」が教えるように、聖書の正確な知識を得て悔い改めて転向して意を決して祈りで献身してバプテスマというプロセスは聖書中の例と調和しません。


たとえば、
イエスの傍らの刑柱上で悔改めた犯罪人は、正確な知識や献身によらず、イエスからパラダイスの約束を頂きました。

フィリピにおいて、パウロとシラスのローマ人の牢番は地震を含め生じた奇跡により心を神に向け一晩で家族共々バプテスマを受けました。

神と共に歩む第一歩は、神への献身により責任を意識しそれを果たそうとすることではなく悔改めにより神の導きと救いを求めることです


神 への献身という非聖書的な教えにより、「ものみの塔協会」は献身的な生き方を奨励し自己犠牲を美化しバランスの欠いた全時間の奉仕活動へ人々を駆り立てます。 それによりある人々は誠実に献身の責任を果たそうとする精神態度から身も心も燃え尽きてしまい、落伍者のような気持ちにさせられたり、最悪の場合自殺する 方さえいます。

献身とバプテスマは、「ものみの塔協会」への入会儀式であり、聖書の教えではありません。


人が救われるためにはバプテスマを受ける必要がありますか?

その可能性は否定しませんが、地にあるものにとって水のバプテスマは必要条件ではないように思えます。

地にあるものたちとは、地上の楽園での永遠の命を受け継ぐ人たちです。
アダムの家族の大半が地にあるものとなります。

地にあるものは、復活か、大艱難を通過するかして地上の命の祝福を受けます。

復活する人々は、死によって過去の罪が制裁を受け清算されていますので悔改めが要求されるか疑問です。
大艱難から出てくる人々は、キリストを知らない誰も数えつくせない数の諸国民ですから、状況からしてバプテスマは要求されていないように思えます。

もちろん、復活して来る人たちも、大艱難から出てくる人たちも、死や大艱難から救われた後にキリストの贖いについて学び誰が救いを備え施して下ったかについて学ぶでしょう。

キリストの贖いによって衣を白くすることが、双方に要求されることは確かですが、バプテスマが要求されるかどうかについて聖書は述べていません。



キリストを受け入れた刑柱上の罪人はバプテスマを受けていませんが、地上における命の約束を得ています。

ルカ 23:42-43
42 そして彼はさらに言った,「イエスよ,あなたがご自分の王国に入られる時には,わたしのことを思い出してください」。43 すると[イエス]は彼に言われた,「今日あなたに真実に言いますが,あなたはわたしと共にパラダイスにいるでしょう」。

復活する人々は過去の罪の許しを既に得ています。

ローマ 6:7
7 死んだ者は[自分の]罪から放免されているのです。


諸国民の大群衆は王国の子たちを知りませんのでバプテスマも知らないでしょう。

マタイ 25:37-40
37 その時,義なる者たちはこう答えるでしょう。『主よ,いつわたしたちは,あなたが飢えておられるのを見て食べ物を差し上げたり,渇いておられるのを[見 て]飲む物を差し上げたりしたでしょうか。38 いつわたしたちは,あなたがよそからの人であるのを見て温かく迎えたり,裸なのを[見て]衣を差し上げたりしたでしょうか。39 いつわたしたちは,あなたが病気であったり獄におられたりするのを見てみもとに参りましたか』。40 すると,王は答えて言うでしょう,『あなた方に真実に言いますが,これらわたしの兄弟のうち最も小さな者の一人にしたのは,それだけわたしに対してしたの です』。



どういう人が受けますか?

キリストを受け入れた人々が受けます。
それらの人々は王国の子たちです。
それはまた、天にあるもの、神のイスラエル、新しい創造物、アブラハムの胤、キリストと共同の相続人と表現されている人たちです。

まず、バプテスマは、キリストへのバプテスマであって父と子と聖霊の名による」ものではありません

マタイ 28:18-20
18 . . .「わたしは天と地におけるすべての権威を与えられています。19 それゆえ,行って,すべての国の人々を弟子とし,父と子と聖霊との名において彼らにバプテスマを施し,20 わたしがあなた方に命令した事柄すべてを守り行なうように教えなさい。

三位一体の教理が採択される前、西暦300年ごろエウセビオス(西暦4世紀の歴史家、聖書注釈家)は、「父と子と聖霊との名において」の表現ではなく「私の名において」と表現しています。その「私の名において」という表現は以下の他の聖句と調和しています。

使徒 2:38,
38 ペテロは彼らに[言った],「悔い改めなさい。そしてあなた方ひとりひとりは,罪の許しのためにイエス・キリストの名においてバプテスマを受けなさい。そうすれば,無償の賜物として聖霊を受けるでしょう。

使徒 8:15-16
15 それでふたりは下って行き,彼らが聖霊を受けるようにと祈った。16 それは彼らのうちのだれにもまだ下っておらず,彼らはただ主イエスの名においてバプテスマを受けていただけだったからである。

使徒 10:48
48 そうして,イエス・キリストの名においてバプテスマを受けるようにと彼らに命じた。それから彼らは,幾日かとどまるようにと彼に頼んだ。

使徒 19:5
5 これを聞くと,彼らは主イエスの名においてバプテスマを受けた。

ローマ 6:3
3 それともあなた方は知らないのですか。キリスト・イエスへのバプテスマを受けたわたしたちすべては,その死へのバプテスマを受けたのです。

マルコ 10:38-39
38 しかしイエスは彼らに言われた,「あなた方は自分が何を求めているかを知っていません。あなた方は,わたしが飲んでいる杯を飲み,またわたしが受けているバプテスマを受けることができますか」。39 彼らは,「できます」と言った。するとイエスは言われた,「あなた方はわたしが飲んでいる杯を飲み,わたしが受けているバプテスマを受けるでしょう。

ガラテア 3:27
27 キリストへのバプテスマを受けたあなた方は皆キリストを身に着けたからです。

イエス・キリストの名において
主イエスの名において
キリスト・イエスへの
キリストへの
などの表現に注目できます。

それでマタイ 28:19 は、
19 それゆえ,行って,すべての国の人々を弟子とし,私の名において彼らにバプテスマを施し,が本来の姿であるといえます。

では、キリストへのバプテスマを受ける人は誰ですか。
キリストの追随者となる王国の子たちです。
彼らは、キリスト同じように犠牲の死を経験し、キリストと同じように天に復活します。



どこで受けますか?
誰が施したらいいでしょうか?

水のあるところですね。
風呂、プール、川、海などです。

クリスチャンが施します。

一人でできます。
儀式など必要ありません。

フィリポやパウロのの例はそのことを示しています。

使徒 8:38-39
38 そうして彼は,兵車に,止まるように命令し,ふたりは共に,フィリポも宦官も水の中に下りて行った。そして[フィリポ]は彼にバプテスマを施した。39 彼らが水から上がって来ると,エホバの霊がフィリポを急いで連れ去り,宦官はもう彼を見なかったが,歓びながら自分の道を進んで行った。

使徒 18:30-34
30 そして,彼らを外に連れ出してからこう言った。「皆様,救われるためにわたしは何をしなければなりませんか」。31 彼らは言った,「主イエスを信じて頼りなさい。そうすれば救われます。あなたも,あなたの家の者たちも」。32 そして,ふたりはエホバの言葉を彼に,またその家にいるすべての者に語った。33 そののち彼は,夜のその時刻にふたりを連れて行ってそのむち跡を洗った。そして,彼もその[家の者]もひとり残らずすぐにバプテスマを受けた。34 それから彼はふたりを自分の家の中に連れて来て,その前に食卓を据え,自分が神を信じるようになったことを家の者たちすべてと共に大いに歓んだ。



144,000人は文字通りの数ですか、象徴ですか?

144,000人という数は、イスラエルの12部族からそれぞれ12000人ずつ取られた合計人数です。

このイスラエルの12部族は文字通りの生来のイスラエル12部族のことではありません。
それは全人類の象徴です。
また、12,000人をどう見るかは聖書に明確に書かれていません。
しかし、全人類を12等分し、その各部族から12,000ずつとなると、等分比の象徴のように思えます。
つまり、全人類の各部族から同じように公平に選ばれることの象徴とみなすことが無理の無い素直な見方と思います。

それで、その合計の144,000人という数は、全人類の各部族から公平に選ばれた「王国の子たち」の象徴とみなせます。

ですから、144,000という文字通りの数ではないものの、「王国の子たち」の数には限りがあると言えます。

この見方は、王国を与えられる「小さな群れ」という表現や、ローマ7章の「オリーブの木の枝」のたとえ話と調和します。

天に行く「王国の子たち」の数は限られたものであり、人類大半と比べて「小さな群れ」と呼べる規模だと思います。

西暦1世紀以降「王国の子たち」を集める業が始まり、キリストが「主の日に」帰還するまで続きます。

今日まで2000年が経過していますが、既に何人の「王国の子たち」が集められたか考えてみると、優に文字通りの144,000人の数を超えます。

西暦1世紀だけでも、殉教したクリスチャンの数は50万人を超えていると見なされていますので、144,000という数を文字通りに取ることはできません。


啓示 5:9-10
9 そして彼らは新しい歌を歌って言う,「あなたは巻き物を受け取ってその封印を開くにふさわしい方です。あなたはほふられ,自分の血をもって,あらゆる部族と国語と民と国民の中から神のために人々を買い取ったからです。10 そして,彼らをわたしたちの神に対して王国また祭司とし,彼らは地に対し王として支配するのです」。

啓示 14:3
3 そして彼らは,み座の前および四つの生き物と長老たちの前で,新しい歌であるかのような[歌]を歌っている。地から買い取られ十四万四千人の者でなければ,だれもその歌を学び取ることができなかった。

そしてこれらの地から買い取られたアブラハムの胤である144,000人は啓示7章で象徴的なイスラエルの12部族から12,000人ずつ均等に取られることが示されています。

啓示 7:4-8
4 そしてわたしは,証印を押された者たちの数を聞いたが,それは十四万四千であり,イスラエルの子らのすべての部族の者たちが証印を押された。
5 ユダの部族の中から一万二千人が証印を押され,
ルベンの部族の中から一万二千人,
ガドの部族の中から一万二千人,
6 アシェルの部族の中から一万二千人,
ナフタリの部族の中から一万二千人,
マナセの部族の中から一万二千人,
7 シメオンの部族の中から一万二千人,
レビの部族の中から一万二千人,
イッサカルの部族の中から一万二千人,
8 ゼブルンの部族の中から一万二千人,
ヨセフの部族の中から一万二千人,
ベニヤミンの部族の中から一万二千人が証印を押された。

地から買い取られたアブラハムの胤である144,000人は、
あらゆる部族と国語と民と国民の中から
イスラエルの子らのすべての部族から
いわば均等に、つまり公平に取られていることが分かります。

それで、
あらゆる部族と国語と民と国民 = イスラエルの子ら
と理解できます。

また、この象徴的なイスラエルの各部族から均等に取られるとされる人数の12,000は文字どおりの数とは理解できません。

なぜならあらゆる部族と国語と民 と国民の数は12部族ではないからです。それで、イスラエルの12部族も、12,000人も象徴的な数であることが分かります。

象徴的な12部族から来る象徴的な12,000人の合計の144,000人を文字どおりの数とみなすより、均等にあるいは公平に取られた限りある数と見なす方が自然です。

「王国の子たち」の天的クラスは、地のあらゆる民族から、つまり人類の「世」から公平に取られるでしょう。


マタイ25章に出てくる神の恵みを受ける「羊」は誰を、あるいはどの人々をさすと思いますか?

大艱難を生き残る神を恐れる諸国民です。
宗教、イデオロギー、バプテスマなどに関係なく、諸国民の中の憐れみ深い人たちです。

彼らが救われるのは、王国の音信に応じて悔改めてバプテスマを受けるからではありません。
憐れみ深い人たちへの神の憐れみによって救われます。

それらの人々の大半は「王国の子たち」を知らないでしょう。
ですから、たとえ話の中の羊のように自分が救われる理由が分かりません。

「王国の子たち」は彼らの救いに関して義務も責任もありません。
それはキリストの裁きによる救いの業でありわたしたち「王国の子たち」と関係ありません。

「王国の子たち」は「王国の子たち」を集める業を行うのであって、大艱難を生き残る羊の「大群衆」を集める業を委ねられているのではありません。

私たちの宣べ伝える業でキリストを信じてバプテスマを受ける人は「王国の子たち」です。
私たちの宣べ伝える音信を聞いても信じられない人についての義務も責任もわたしたちにはありません。

ですから、無神論者であっても、仏教徒であっても、キリスト教、その他あらゆる種類の人々に聖書から真理を伝えることはできますが、その人の救いのためと思って私たちの信仰や希望を押し付けるようなことはありません。その必要はないからです。



諸国民の義なる者たちは、神の憐れみにより大艱難を生き残るでしょう。

マタイ 5:7
7 「憐れみ深い人たちは幸いです。その人たちは憐れみを受けるからです。

ヤコブ 2:13
13 憐れみを実践しない人は,憐れみを示されることなく[自分の]裁きを受けるのです。憐れみは裁きに打ち勝って歓喜します

ローマ 2:6-11, 14-15
6 そして,[神]は各々にその業に応じて報います。7 良い業における忍耐によって栄光と誉れと不朽性とを求めている者には永遠の命です。8 一方,争いを好み,真理に従わないで不義に従う者に対しては,憤りと怒り,9 患難と苦難があります。それは,有害な事柄を行なうすべての人の魂に,ユダヤ人を初めとしてギリシャ人にも臨みます。10 しかし,栄光と誉れと平和が,良い事柄を行なうすべての人に,ユダヤ人を初めとしてギリシャ人にもあるのです。11 神に不公平はないからです。

14 律法を持たない諸国民の者たちが生まれながらに律法にある事柄を行なう場合,その人たちは律法を持ってはいなくても,自分自身が律法なのです。15 彼らこそ,律法の内容がその心に書かれていることを証明する者であり,その良心が彼らと共に証しをし,自らの考えの間で,あるいはとがめられ,あるいは釈明されさえしているのです。16 わたしが宣明する良いたよりにしたがえば,神がキリスト・イエスを通して人類の隠れた事柄を裁く日に,このことはなされます

マタイ 25:37-40
37 その時,義なる者たちはこう答えるでしょう。『主よ,いつわたしたちは,あなたが飢えておられるのを見て食べ物を差し上げたり,渇いておられるのを[見 て]飲む物を差し上げたりしたでしょうか。38 いつわたしたちは,あなたがよそからの人であるのを見て温かく迎えたり,裸なのを[見て]衣を差し上げたりしたでしょうか。39 いつわたしたちは,あなたが病気であったり獄におられたりするのを見てみもとに参りましたか』。40 すると,王は答えて言うでしょう,『あなた方に真実に言いますが,これらわたしの兄弟のうち最も小さな者の一人にしたのは,それだけわたしに対してしたの です』。

啓示 7:14
14 それでわたしはすぐ彼に言った,「わたしの主よ,あなたが知っておられます」。すると彼はわたしに言った,「これは大患難から出て来る者たちで,彼らは自分の長い衣を子羊の血で洗って白くした。

大艱難から出てくる諸国民の大群衆が長い衣を子羊の血で洗って白くするのはいつでしょうか。
大艱難の前ですか、それとも大艱難の後でしょうか。

答えは、大艱難を通過して後からです。
救いを経験した憐れみ深い諸国民の大群衆は、自らの救いの源について学ぶことになるでしょう。

英語の聖書では、その時制が「and」でより明確に示されています。

啓示 7:14
14 . . . "These are the ones that come out of the great tribulation, and they have washed their robes and made them white in the blood of the Lamb.

地にあるもので象徴される人類の大半の救いは、神からの救いが先で、その後救いの源についての正確な知識を得ることになります。

復活して来る無数の死者は真の神について何も知らないでしょう。
大艱難を通過する数えつくせない大群衆も同じです。

ですから神についての正確な知識が救いをもたらす必要条件ではありません。

テモテ第一 2:4
4 [神]のご意志は,あらゆる人が救われて,真理の正確な知識に至ることなのです。

「ものみの塔」は、真理の正確な知識を得て、献身して、救われます、と逆のことを教えています。


イザヤ2章やミカ4章に出てくる神の山は何を表しますか?「みんなで登ろう、神が教えてくれるから」とありますが、今日はどこで行けばよいですか?それともこれは最後の裁きが終わった後のことでしょうか?

この予言は、大艱難から出てくる諸国民の大群衆に関する予言です。

ここでも時点が問題となります。
大艱難前の状況でしょうか、それとも後の状況でしょうか。
聖句を読むとそれが大艱難後の状況であることが分かります。

ミカ 4:1-4
1 そして,末の日に(in the final part of the days ),エホバの家の山はもろもろの山の頂より上に堅く据えられ,もろもろの丘より上に必ず高められる。もろもろの民は必ず流れのようにそこに向かう。2 そして,多くの国の民が必ず行って,こう言う。「来なさい。エホバの山に,ヤコブの神の家に上ろう。[神]はご自分の道についてわたしたちに教え諭してく ださる。わたしたちはその道筋を歩もう」。律法はシオンから,エホバの言葉はエルサレムから出るのである。3 そして,[神]は多くの民の間で必ず裁きを行ない,遠く離れた強大な国々に関して事を正される。それで彼らはその剣をすきの刃に,その槍を刈り込みばさみ に打ち変えなければならなくなる。国民は国民に向かって剣を上げず,彼らはもはや戦いを学ばない。4 そして彼らはまさに,各々自分のぶどうの木の下,自分のいちじくの木の下に座り,[これを]おののかせる者はだれもいない。万軍のエホバの口が[これを] 語ったのである。

大艱難の前の世界の状況は、真の崇拝が高められる状況ではありません。
この予言は、キリストによる征服が完了した後の状況と見ると極めて簡単に納得できます。

「ものみの塔」は、大艱難の前に神の真の崇拝が高められると逆のことを教えて自分たちの組織拡大に都合よく予言を利用してきました。

サタンの支配の終わりの日は戦いのときであり、諸国民の軍拡競争のときです。
それはまた、真の崇拝の弾圧のときであり、野獣崇拝(サタン崇拝)のピークのときでもあります。

啓示 6:2
2 そして,見ると,見よ,白い馬が[いた]。それに乗っている者は弓を持っていた。そして,彼に冠が与えられ,彼は征服しに,また征服を完了するために出て行った。

啓示 12:12
12 このゆえに,天と[天]に住む者よ,喜べ! 地と海にとっては災いである。悪魔が,自分の時の短いことを知り,大きな怒りを抱いてあなた方のところに下ったからである」。

啓示 6:8
8 そして,見ると,見よ,青ざめた馬が[いた]。それに乗っている者には“死”という名があった。そして,ハデスが彼のすぐあとに従っていた。そして,地の四分の一に対する権威が彼らに与えられた。長い剣と食糧不足と死の災厄をもって,また地の野獣によって[それを]殺すためである

啓示 11:7
7 そして,彼らが自分たちの証しを終えた時,底知れぬ深みから上る野獣が彼らと戦い,彼らを征服して殺すであろう。

啓示 13:7-10
7 そして,聖なる者たちと戦って彼らを征服することが許され,あらゆる部族と民と国語と国民に対する権威がそれに与えられた。8 そして,地に住む者は皆それを崇拝するであろう。ほふられた子羊の命の巻き物には,彼らのうちのだれの名も,世の基が置かれて以来書かれていない。
9 耳のある者がいるなら,聞きなさい。10 捕らわれの身となる[はずの]者がいるなら,その者は捕らわれの身となる。剣で殺す者がいるなら,その者は剣で殺されなければならない。ここが聖なる者たちの忍耐と信仰を意味するところである。

これらの聖書予言は、ミカ書やイザヤ書に書かれている予言が大艱難前の時代ではありえないことを強力に示しています。

しかし、ひとたびサタンの世が大艱難により一掃されて、諸国民の中の廉直な人々が地に生き残ると、それらの予言の一こま一こまは極めてパーフェクトにあるべきところに収まり美しい絵を描きだします。

偽預言者、大いなるバビロンはもはやありません。
エホバ神の清い崇拝だけになります。
諸国民の生き残った人々は神の王国の導きと祝福の下に置かれます。

エホバの家の山はもろもろの山の頂より上に堅く据えられ,もろもろの丘より上に必ず高められる。もろもろの民は必ず流れのようにそこに向うでしょう。

救いを経験した諸国民の憐れみ深い人々は、「来なさい。エホバの山に,ヤコブの神の家に上ろう。[神]はご自分の道についてわたしたちに教え諭してくださる。わたしたちはその道筋を歩もう」と言うでしょう。

神の道を学んだ諸国民にとって武器を人類の益のために打ちかえることは自然なことでしょう。
その結果は、人々は、各々自分のぶどうの木の下,自分のいちじくの木の下に座り,[これを]おののかせる者はだれもいない、ということです。

箴言 2:21-22
21 廉直な者たちが地に住み,とがめのない者たちが[地]に残されるからである。22 邪悪な者たちは地から断ち滅ぼされ,不実な者たちは[地]から引き抜かれるのである。